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第九十七話

「もう、動くことはないと思っていた体に力が入り、わたしは……

 この手で、彼女を刺しました」


 アリシアは、自分の両手を、憎むように見つめる。


「それ以来、わたしはあの人と互いに距離を置くようになりました。

 ……恐らく、ですが。

 『アレ』に自我はなく、本能のようなもので動いている。

 しかし、本能なりに、自我のようなものはある。

 『エデン』と同化すれば、その意識は消える。

 それをあれは拒絶していた……のだと思います。

 その上で、時を待っていたのです」

「時……?」


 セインが尋ねると、彼女は「先に一つ聞かせてください」と前置きして問いかけてくる。


「赤目の魔獣がどのようにして生まれるか、ご存知でしょうか」

「邪悪なる者の力を取り込んでしまった魔獣たちが、変質するんだよね?」

「ええ、その通りです。

 では、その『力』はどこから取り込むのだと思いますか?」


 その問いかけで、セインは気づく。


「……そうか、源素……!」

「それを、仮に『穢れ』とでも呼びましょうか。

 アレは封印されながらも、その力を大地に少しずつ流していました。

 アレが待っていたのは、その『穢れ』が世界に満ちることです。

 もはや本来の『意志』さえも飲み込もうとしている。

 恐らく……単に倒すだけでは、解決しない」

「分かった、教えてくれてありがとう」


 そう言って、立ち去ろうとするセイン。

 そこで、アリシアが彼を呼び止める。


「セイン様……わたしが、こんなことを言うのは、おこがましいと分かっています。

 ですが、お願いします……王女様を……アルミリアを、助けてあげてください」


 彼女の言葉で、セインは立ち止まり、振り返る。

 その顔に笑みを浮かべ、彼は言う。


「任せて、必ず連れて帰ってくる。

 だから、待ってて」


 部屋をあとにして、そこで待っていたステンシアに声をかける。


「アリシア、これからどうなるの?」

「罪に問われることになるわ。

 王族への反逆行為は重罪よ、死刑は免れないでしょうね」

「そっか……

 うん、そうだよね」

「……それにね、どのみち彼女はもう、長くはないわ」


 ステンシアはそう続けた。

 セインの複雑な心境を読み取ったらしい。


「どういう、こと?」

「先に断っておくと、あなたに非はない。

 アリシアの体は、とっくの昔に機能を停止していた。

 それを『影』とやらが結び付いたことで、命を繋ぎとめていたのよ。

 その『影』が無くなったことで、もとの状態に戻る……という話。

 見たでしょう、アリシアの姿を。

 彼女はもう、思うように体を動かせない。

 今、こうして目覚めているだけでも奇跡よ」

「そうか……」


 セインは目をつむり、一度深く呼吸をしたあと、改めてステンシアと目を合わせる。


「ステンシア、お願いがあるんだ」



「待ってて、ですか」


 アリシアは、おかしくなって笑う。


 自分のことはよく分かっている。

 今はすでに下半身が感覚を失っている。


 手の指はまだ動くが、力は入らない。モノを握れはしないだろう。

 命の灯が、縮んでいくのを感じている。

 ひと月……いや、それよりも、もっと短いかもしれない。


 別に頼まなくとも、彼はアルミリアを助けただろう。


「……もう一度、会える必要はない。

 ただの、わがまま……

 わたしの思いも連れて行ってほしい、というそれだけの」


 それに、自分の命が尽きるよりも……


 病室の扉が開く。

 中に入ってきたのは、ステンシアだ。


 彼女はベットの横に立ち、アリシアを見下ろす。


──そうか、あなたか……──


 彼女のことも、一度殺しかけた。


 ならば彼女から引導を渡されるのも、道理か。とアリシアは納得する。


「ごきげんよう、ステンシア王女。

 このような姿でお迎えする無礼をお許しください」

「ええ、許すわ。

 楽になさい。

 ……それで、私がなんのために来たか、分かるわね?」


 アリシアは、もちろん、と言うように、静かに頷く。


「結論から言いましょう。

 あなたの罪は……保留よ」

「……はい?」


 ほりゅう。

 アリシアは呆気にとられた。


「セインから聞いたわ。

 貴方の命を助けたのは、アルミリアの頼みだったと」

「アルミリアが……?」


 少し、合点がいった。

 こう言ってはなんだが、セインには自分を助ける義理はないとは思っていた。

 だがまさか彼女の指示だったとは、驚いた。


「貴方のことを助けたのは、アルミリア。

 貴方の主。

 つまり、生殺与奪はあの子が握っているということよ。

 ゆえに、貴方の罪は一旦保留。

 あの子が戻ってくるまでね」

「ですが……! それでは、わたしはいったい、どうやって償えば……」


 いつ戻ってくるとも知れぬ主。

 それまでに、命がもつとは思えない。

 このまま終わるのでは、自分の気が済まない。


「私からあなたに伝えておくことは一つ。

 アルミリアが帰ってくるまで、生きなさい。

 それがあなたの果たすべき義務よ」


 ステンシアは、凛とした態度で、アリシアにそう告げる。


「あなたが本当に罪を悔いるなら、一日でも長く生きなさい。

 自分を責め、苦しむこともあるでしょうけど、それでもよ。

 それが私から命ずる罰。

 あの子が帰ってくるまで、死ぬことは許さない。

 いいわね?」


 その口調は厳しくも、眼差しは優しいものだった。


「まあ確かに、私も殺されかけはしたけれど、結果として生きてるのだから。

 不問……とまでは言えないけど、多少の恩赦は与えましょうという話よ。

 このあと、貴方の治療を行う者が来るわ。言うことはちゃんと聞くように。

 いいわね?」

「……はい。必ず、生きてみせます」


 ステンシアの問いに、アリシアは精一杯応えた。



 仲間の元に戻ったセインは、一連の話を仲間に伝える。


「アリシアを延命させる、のか」


 そして、ゲレルが一番に口を開いた。

 意外、とは思わない。

 だが「まさかそこまでやるのか」と言いたげに。


「そ。だから、ひとまずセナにお願いしたいんだ。なんとかできないかな」

「いきなり無茶苦茶いうじゃん」


 困った顔をするセナ。

 しかし、それでも頼み込む彼の姿には「嫌」とは返せなかった。


「しょーがないなぁ」


 と、まんざらでもなさそうに応えた。


「ふむ、それでセナの治療が終わり次第、一刻も早く『世界の中心』へ行きたいところだろうが……」

「まだ無理……だよね」


 ルーアは、重々しく頷く。


 セインは勇士の剣を引き抜いて、ルーアに見せる。


「この剣の名前を知りたい。

 僕だけで賄えない魔力は、みんなのお陰で何とかなる。

 でも、それだけじゃ本当の力を引き出せないと思うんだ」


 そう言って、ゲレルの方に乗る《火の精霊》に目を向ける。


 火の精霊は、守るべき霊脈がエデンに支配されてしまった。

 そのため、『今の自分が出来ること』として、ゲレルに憑いて協力してくれるそうだ。


「ゲレルは、《火の精霊》の名前を知って、力を引き出せたっていったよね」

「ああ、そうだな」


 ゲレルは頷く。


「たぶん、《勇士の剣》も同じだと思う。

 本当の力はまだ引き出せてない」

「その通り。

 今のままでは不十分だ」

「そこまで分かってるってことは、これからどうすればいいかも分かるんだよね?」


 ルーアの言動に、セインは確信を持って問いかける。


 そして彼女も、「その通り」と頷く。


「次がワシらの最後の目的地……その場所は……」


 そう言いかけた、その時だ。


 突然、部屋が暗くなる。

 今はまだ昼間。窓から入る陽光だけで充分に明るかったはずなのに……


 ゲレルが咄嗟に火を灯し、その明かりを頼りに窓へと向かい外を見る。


 空が黒い影に覆われていた。

 異様な雰囲気で、鳥肌が立つ。


「……雨?」


 セインの肌に、ぽつり、ぽつりと雫が当たるかのような感覚。

 だが、その雫はドロリとした気味の悪い感触で……体の中に、浸み込もうとしていた。


 すぐにセインの体から、それは弾かれた。

 だが、弾かれた雨粒のようなそれは、宙空で寄り集まり、一つの塊を作る。

 そして、人型のような姿になり、セインに迫った。


 セインが咄嗟にそれを斬り払うと、『その個体』は消滅する。


 だが、外では次々と影の雨から生まれた人型のそれは、赤い目を光らせ、人に向かって迫っていく。


「なんだ、これ」


 その光景に困惑はしたが、それ以上に今の状況はまずいと感じたセイン。

 咄嗟に窓から飛び出す。


 仲間たちと手分けして、城の庭に発生した《人影》を倒していく。


 その後セインは、竜の姿に変わったクロムの背に乗って、街に向かう。

 そこで見たのは、《人影》が人を取り込もうとする光景。


 それに何の意味があるのかは分からないが、明らかに良くないというのは分かる。


 セインはひたすらに、目についた《人影》を斬っていく。

 だが、それはどれだけ倒しても、無尽蔵と思えるほど、次々と現れる。


 疲弊し、膝をつきそうになったとき……


 《人影》は、突然地面の中に引きずり込まれるように消えていく。

 空を覆っていた闇も晴れ、不気味なまでの青空が広がる。


 半日が経ち、ようやく混乱が収まってきた時。

 セイン達は再び集まる。


「これ、《邪悪なる者》のせい……だよね」


 セインの言葉に、ルーアが頷く。


「思ったよりも、残された時間は少ないようじゃな」

「……昼間のは多分、アレーナが止めてくれたんだと思う。

 二つに分けて封印されてた《力》と《意志》はもう別の存在ってアリシアは言ってた。

 それに、《力》の方が強くなって、《意志》は取り込まれてしまうみたいだ」

「そうか……。

 ヤツらの目的はいまだに分からぬが、考える暇はなさそうだ。

 《彼の地》に急がねばならぬな」

「最後の目的地、だね。それは、どこなの?」


 ルーアは、セインとセナ、それぞれに視線を向けて答える。


「それは、お主らのよく知る場所。

 この世で最も聖気に満ちた地……

 《空人の里》じゃ」

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