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第九十四話

 ゲレルの内側からほとばしる炎が、自身の体内に浸食していた『影』を燃やした。

 それを伝って、影の獣の全身も火炎に包まれ、獣は苦しみに悶える。


 立ち上がるゲレル。

 精霊と一体になったその体は、ほのかに赤く輝いていた。

 その髪は、炎のようにたなびく。


 そして、弓を構える。


 矢は持たない。


 指先で、矢があるべきところをなぞる。

 すると、そこに炎が渦巻き、収束し、一本の矢となる。


 炎の矢を放つ。

 それは、影の獣に向かって、まっすぐに飛んでいく。


 影の獣は、八つの刃で撥ね退けようとする。

 たった一本の矢。

 弾かれれば、それで終わり。


 だが、それでもゲレルは得意げに笑う。


「それは、タダの矢じゃねぇ!」


 その矢は、意志を持つかのように刃をかいくぐる。

 そして、影の獣の頭上を抜けて……


「受け取れ……セイン!」


 獣の背に立つセインの胸を、貫いた。



 何も見えず、聞こえず、感じるものもない。

 暗闇さえ優しく感じる『黒』の中に、セインはいた。


 目を閉じているのか、開いているのか、もはや自分自身というものが分からなくなりそうになった……その時だ。


 胸の奥から、熱を感じた。

 体の中に血が通う感覚を、思い出す。


 音が聞こえる。

 心臓の音。

 体が動く。


 『ここに自分は居るんだ』と、感じられる。


「……っていうか、熱っ! あっっっっつぅ!!!!!?」


 体の中を巡る血は、巡るごとに熱を増し、まるで沸騰したかのようだった。

 だが、そんな気がする、というだけのようだ。

 そもそも、今は生身の肉体ではなく、魂の状態なのだから。


「なにこれ。

 えっ、なんだこれ?!」


 自分の身を包む炎。

 突然起こった、身に覚えのない力に、セインは戸惑う。


 だが、気が付く。

 これは、ゲレルから送られた力なのだと。


 最初は驚いた。

 だが、慣れてくれば、怖いものではないと分かる。

 むしろ、心強く感じた。


「ありがとう、ゲレル」


 両手に剣を呼び出して、その身を流れる炎を刀身に宿す。


「こんな辛気臭いところは、さっさと燃やしちゃおうか!」


 勇士の剣とエスプレンダー、二本の剣で空間を切り裂き、その炎で『黒』を燃やす。


 この空間を塗りつぶしていた『黒』が燃えて、視界が開ける。


 その時、一瞬脳裏に浮かぶ光景……


 ……目の前に、小さな少女の姿があった。

 金色の髪、碧の瞳……幼いがその姿には面影がある。


「アレーナ?」


 アレーナらしき少女は、こちらに吸い寄せられるように近づいてきていた。

 だが、それを誰かに引き止められたようで……

 それから、この視界の主は、アレーナに襲い掛かった。


 襲われたアレーナを別の少女が庇う。

 薄い金色の髪をした、アレーナによく似た少女が……


「今のは、いったい……」


 気が付くと、目の前には黒い繭のようなものがあった。

 心の中に糸を張り巡らせ、中に何かを閉じ込めているような……


「さっきのは気になるけど、今は先にあれだよね……!」


 黒い繭は、自分を護ろうとしているのか、セインに向けて糸を放って攻撃する。

 セインはそれを剣の炎で焼き払い、突き進む。


 繭の目の前まで辿り着いたセインは、表面を切り裂き、中へと手を伸ばす。


 様々な感情が、セインの中に流れ込む。


『全てを、一つに』

『触れたい』

『わたしも、彼女のようになりたい』


 それは、誰か一人のものではなく、いくつかの人格が絡み合った、複雑なモノ。

 そのせいか、奥まで手を伸ばすのが、困難だった。


『奴が邪魔だ』

『消す』

『ワタシが、ホンモノに、なる……』


 絡み合った感情は、それが『誰のものか分からない』。

 きっと、本人もそうだ。


 自分のものでない感情と、記憶を、『自分のものだと思ってしまっている』。


 セインはその手を伸ばし、繭の中でなにかに触れた気がした。


『おね……がい……たす、けて……』


 また、視界に映る『誰かの記憶』。

 血を流して倒れる、二人の少女。先ほど見た少女と同じ人物のようだ。


 一人は辛うじて話せるようで、こちらに語りかけている。


『このまま……では、死んで、しまう……

 わたしは、いいから……その子を……

 大切な、人なの……』


 少女は消え入りそうな声で、必死に訴えてきていた。


『アレーナを……おねがい……』


 その言葉を最後に、少女は動かなくなる。

 視界の主は、その少女の意思に応えるように、もう一人の少女に近づき……傷口から、中へと入り込んだ。


 その時、セインは背筋が凍り付きそうになるほどの、おぞましい気配を感じた。


 動かなくなった少女の元に、なにかが集まっていた。

 酷く冷たい、なにか……『影』のようなものが……


──エデンと似ているような……でも、少し違う──


 セインは、繭の中で触れた何かを、掴む。


「キミのことは許せない。

 どんな理由があったのだとしても……」


 そして強く、自分の元へ引き寄せる。


「だけど、キミは……キミの意志で生きろ!

 誰かにいいように使われたままで終わるな、アリシア!」


 繭の中から引きずり出したアリシアを、セインは抱きとめる。


「……エデンは……?」


 その姿はまだ見えない。

 だが、もう一度繭の中へ手を伸ばそうとした時……

 嵐のように強い風が吹きすさび、セインは、この世界から弾き出されてしまった……



 影の獣から、その身を弾き飛ばされたセイン。

 ズキズキと痛む頭を押さえながら、上半身を起こす。


 『影』はアリシアの体から離れ、どこかへ飛び去ろうとしている。


 まだあそこには、エデンが捕らわれている。


──止めなきゃ……!──


 こちらへ駆け寄ってきていたゲレルに、声を上げようとする。


 だが、咄嗟に声が出てこない。

 体と魂が離れている時間が長すぎた。

 魂が肉体と繋がり切れず、思うように体が動いてくれないのだ。


 このままでは、逃げられてしまう……


 そう考えた瞬間、セインは目にする。


 一筋の輝きが、まっすぐ飛んでいく。

 『影』に向かって。


 それは白金に輝く槍だった。

 槍が『影』を刺し貫く。

 光の柱が立ち、『影』をこの地に縫い付ける。


 その隙で魂が体に定着し、セインは駆け出す。


「ルーアッ!」


 セインは声を絞り出す。


 離れて眺めていたルーアが、その一言に応えて手をかざし、彼の足元を隆起させる。

 空中に捕えられている『影』の元まで近づき、セインは飛ぶ。


 一回きりのチャンス。

 セインは迷わずエスプレンダーで斬りつけ、中に見えた黒い球体に手を伸ばす。


 その球体を胸に抱え、地上のゲレルに視線を送る。


 弓を構えていたゲレルは、炎の矢を作り出し、『影』に向けて放つ。

 そして、セインは落ちながら風の力を剣に纏わせ、ゲレルの矢が刺さるのと同時に振るう。


 『影』は一気に燃え上がり、灰となって消えた。


「なんだったんだ、あれ」


 戦いを終えて、ゲレルが呟く。


「『邪悪なる者』は、かつて勇士が『意志』と『力』に分けて封印した。

 ……そうだな、ルーア?」


 そう言って、セイン達の元にやってきたのは……アレーナだった。

 ルーアは彼女に唖然としながらも、問いかけには頷く。


「エデンは邪悪なる者が元々持っていた『意志』。

 そしてあれは、『力』が意志をもったものだ。

 今や『力』は単独で『邪悪なる者』になった。

 そして、より完全な存在となるために、『エデン』を取り込もうとしている」


 そういいながら、『エデン』を抱くセインの元へ近寄る。


「取り込まれてしまえば、『エデン』の意識は飲み込まれ、失われてしまうだろう。

 だから……私は守ると決めたんだ」


 アレーナは、エデンを受け取り、自らと同化させる。


「私は、間違ったことをしているかもしれない。

 けれど……私が、この友人にしてあげられることは、これだけだから」


 俯き、自分の胸に手を当てるアレーナ。

 彼女はその姿を変えながらも、セインを見つめ、告げる。


「セイン、キミを信じている。

 だから、私は私にできることをする」


 そう言って、彼に背を向け、遠く彼方に視線を向ける。


「……あまり時間がない。

 私とエデンで、もう少しだけ時間を稼ぐ。

 『世界の中心』で待っている」


 それだけ告げて、彼女は飛び去って行った。

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