幕間
港のすぐ傍にあるとある街……その、領主の家。
執務室の窓が「ドン」と音がした。
最初は風かと思って気に留めなかったが、その後何度か続けて叩く音が聞こえ始めたため、領主らしき金髪碧眼の中年の男性は仕事の手を止め窓の方へと向かう。
窓を開け、周囲を見渡すと何も見当たらなかったため、仕事へ戻ろうとした時だった。
「待てよアギル……ここだ、下を見ろ……」
絞り出すような声が聞こえ、アギルと呼ばれた男は下の方を向く。
そこには、グッタリとした様子で、獣の耳が生えた茶髪の青年が倒れていた。
「グレイガ? お前その傷はどうした」
「色々あってな……レシーラの所に居たんだが、アイツどっか行きやがって……お前の所に、行けってさ」
獣男……グレイガは壁を伝って立ち上がり、倒れ込むように窓から執務室へ入る。
そして、壁にもたれるように座り、息を整える。
「レシーラ……わざわざこんな所に来させやがって、覚えてろよ」
仕事に戻ろうとしたアギルは、グレイガのつぶやきを聞いて手を止める。
「そうか、お前は知らないのか。レシーラなら死んだぞ」
それを聞いたグレイガは、驚いて目を見開く。
「レシーラが死んだ? 何があったんだ」
「理由は分からんが、フラマと言う街を攻めていたらしくてな。そこで冒険者に殺されたらしい」
「殺された、ね……どんな奴か分かるか?」
「そんな事を聞いてどうする。敵討ちでもするつもりか?」
アギルはグレイガがそれにどう答えるかは分かっていた。それでも、ほんの少しだけ、期待を込めて問いかける。
しかし、グレイガはそれに鼻で笑って答える。
「冗談言うなよ、死んだ奴の事になんか興味はない。俺はただレシーラを殺した奴の方に興味があるだけだ」
そんな事だろうとは思ったが、こいつ少しは仲間の死に何かを感じたりはしないのか……と思いながらアギルはため息をつく。
「で、どんな奴なんだよ。レシーラを殺したのは」
「顔までは分からないが、どうやら城の占い師の話では黒髪で黒い瞳の少年……と言う話だ」
「黒髪に、黒い瞳……? なあ、確かレシーラはフラマに行ったんだったな?」
アギルがそれに頷くと、グレイガはニヤリと唇を吊り上げる。
「黒髪で黒い瞳の人間はそうは居ない……そして、フラマはあそこからそう遠い場所でもない……となれば……」
「心当たりがあるのか?」
「フッ、まあな」
「それでどうするつもりだ? まさかそいつと戦いに行くんじゃないだろうな」
グレイガは答えない。だが、彼の顔を見れば何をしようとしているかはなんとなく分かった。
「お前、あの娘は始末したのか? 普段好き勝手にやっているのだ、たまには四天王の仕事を……」
アギルが言い終える前に手をかざして遮る。
「分かっている、皆まで言うな。ちゃんとあの女も始末してくる」
きっと何を言っても聞く耳は持たないのだろうと観念し、ため息を吐く。
「……まあいいだろう。だが、その体で大丈夫なのか?」
グレイガはふらふらと立ち上がると、執務室の入口の方を顎で指す。
コンコンコン……と、戸をノックする音が聞こえる。
そういうことか、とアギルは呟いた。
「入っていいぞ」
「失礼します。旦那様お食事のご用意が……」
部屋に入ってきたメイドはグレイガの姿を見て息を呑む。
叫び声を上げようとする寸前、グレイガは瞬時に彼女の前に移動し、口を塞ぐ。
「お前、見ちまったな?」
メイドは腰が抜けたのか、その場に尻餅をつく。
「お前、許してって顔してるな。だが、お前は何も悪い事はしていない。謝る必要なんてないんだぜ? ただ、お前は運が悪かった。それだけだ」
グレイガは彼女の耳元に顔を寄せて囁く。
「いい事を教えてやる。俺が初めて命を奪った人間はな、丁度お前と同じくらいの歳頃だった……そう、若く美しい女だった。だからかな、俺は若くて美しい女が好物なんだよ」
それを聞いたメイドの顔から血の気が引いていき、表情は恐怖に引き攣る。
グレイガはそれに満足そうな笑みを浮かべ、そして……
「俺の命の糧になれ」
彼女の首筋に噛みつき、流れる血をグレイガは吸い出す。
「悪趣味な奴だ」
その光景を見ていたアギルは、ポツリと呟く。
「死体は見つからないように処理しておけよ、グレイガ」
「分かってるよ。どうせ、もうこの体もまともに使えないしな」
既に事切れて、動かなくなった死体に、グレイガは手をかざす。
すると、グレイガの腕から触手が伸び、瞬時に死体を包み込む。
触手が手に戻った時、既に死体はなくなっていた。
その直後、グレイガの体が、先ほど取り込んだメイドの姿へと変化する。
「さて、これで少しはマシになった……で、その黒髪の奴、今どこに居るか分かるか?」
「そこまでは知らん。だが、戦いの後フラマからすぐに出ていったとは思えない。あの街から出ていったとすれば、ここ数日の事だろう……まずは、ここからも近いレミューリアにでも行ってみたらどうだ?」
「そうか、んじゃそうするわ」
そう言って、グレイガは窓から身を乗り出す。
「なるべくなら次会う時は事前に言ってくれよ、使用人を何人も食われてはたまらん」
アギルの言葉に、フッと笑みを浮かべ、グレイガは窓から飛び去っていった。
今回で第一章が終了です。そしてストックも無くなってしまったので更新もいったんストップです。また書き溜めして戻ってきますのでその時はよろしくお願いします。