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七話

 美幸が指揮する軍が築いた幕の中。

 兵士たちが西洋伝来の鉄砲の銃口を美幸に向けている。

 そんな中、美幸は兵士たちの後ろにいる将らしき男を見た。


「これは、どういうつもりだ? 家忠」


 美幸はと将らしき男、家忠を睨み付ける。


「怖いですな。どうもこうも、あなたには死んでいただくのですよ。名上家成めいじょういえなり様が欲していた西洋伝来の鉄砲が手に入った今、あなたには用がありませんから」


 言いながら、家忠は微笑む。


「それとも、よろしければ家成様の家臣となられますかな? あなたほどの人物であれば、それなりの地位は約束なさるはずですよ?」


「貴様、母上の恩を忘れ、名上に与するか。許してはおけん。斬り捨てる!」


 美幸は腰に携えた刀を鞘から抜いて構えた。


 斬り捨てるとは言ったものの、今の状況は不利だ。私は近付かなければ斬りつけることができないのに対して、相手は人差し指で引き金を引くだけで今の位置から簡単に殺傷できる。

 しかも、それが一人だけでは無い。数人いる。一人斬り殺すことができても、他の者に撃ち殺されてしまう事は明白だ。

 さて、どうやっての状況を打開するか。



 突如、空より咆哮が聞こえた。その場にいた者たちは空を見上げる。

 そこには、深紅色の体に羽を生やした龍、紀伊が空より幕内に迫ってきていた。

 兵士たちは驚き、鉄砲の構えを解いてその場に尻餅をつく。


「美幸! 捕まれ!」


 紀伊の背中には直正と一矢が乗っていた。一矢はそう言って手を差し出す。

 それに答えて、美幸も手を差し出すと一矢は美幸の手を掴むと、彼女を引き上げて紀伊の背中に乗せた。

 紀伊は飛び上がり、幕から遠ざかっていく。


「何をしている! 撃て! 撃ち落とすのだ!」


 家忠の号令に兵士たちは急いで立ち上がり、再び銃を構えて引き金を引いた。

 複数の銃声が鳴り響く。


 チュインと言う音が聞こえた。これはそう、鉄砲玉が自分のすぐ近くを高速で通過したときに聞こえる音だ。

 冷や汗がどっと吹き出る。直正殿は何を考えているんだ!

 美幸が危険なので助けに行こうと言う彼の発言に賛同したのはいいものの、助け出すために何か策を講じるわけでもなく、ただ紀伊の背中にのって敵陣に突っ込むとは。

 なんと言う無謀。なんと言う大胆不敵。直正殿は命が惜しくはないのか?


『彼の記憶から本日の合戦とたった今の出来事、それと恐怖心を奪いました』


 桂月様がおっしゃった事を思い出した。

 そう言えば恐怖心を消したと言っていた。つまり今、彼は恐怖と言うものを感じていない。だからかこのような大胆不敵行動に出れるのか。



 直正たちを乗せた紀伊は両陣営から遠く離れた雑木林に降り立った。

 直正たちは紀伊の背中から降りる。


「うわーん直正! 怖かったよぉ!」


 紀伊は涙を流し、鼻水を垂らすと言う情けない顔でわんわんと泣き出した。

 無理もない。策もなしに敵陣営に突っ込み、さらに無防備な後ろから鉄砲で撃たれたのだ。恐怖して当然である。

 それは紀伊だけではなかった。一矢と美幸も顔面蒼白で全身から冷や汗を流している。生きた心地がしなかったであろう。

 しかし――。


「よしよし、大丈夫だ紀伊。それにしても、そんなに怖かったか?」


 紀伊を撫でながらそう言う直正。彼だけは違った。

 何事もなかったような平然な顔をしている。一矢と美幸のように冷や汗もかいていない。

 彼は桂月により恐怖心を奪われている。だから、先ほどの出来事に恐怖していないのだ。


「当たり前だろう! 貴様、頭がいかれているのか!」


 美幸が怒鳴った。


「そう怒鳴るな。直正殿は桂月様により恐怖という感情を失っているんだ。」


「それにしてもあの行動は異常だ! 普通は何か策を講じるものだろう!?」


「申し訳ありません。あれしか思いつかなかったのです」


 直正が言った。

 美幸言うことはもっともだ。だが、今まで農作業ばかりで勉学に励まなかった彼は頭はよくない。

 そんな彼が必死になってひねり出した答えがあれだった。


「何はともあれ、美幸は助かった。さて、これからの事だが、自分たちはこれより桂月様の命に従い、名上討伐に向かう。しかし、やつらはすでに早馬を飛ばし、この事を家成に報告しているのは明白。それで、自分たちを討つべく、討伐隊が結成され、命を狙ってくるだろう。そして、じい――久虎ひさとらも」


「一矢様の言われる通り、やつらは名上に命を狙う者がいると報告するのは明白でしょう。名上が追っ手を放つのは分かります。でも、あの爺も命を狙ってくるとは一体」


 爺は、西洋伝来の鉄砲を奪取するという名上の命を受けていた。それ以上の命令はされていないようだった。

 そして、それを果たした今、再び命令を受けない限り俺たちを狙うことはないはず。

 そのような命令を受けるとは限らない。だが、一矢様は必ず追ってくると確信している。何故。


「それは、これだ」


 そう言って一矢は腰に携えた刀を握った。


「これは八咫烏頭領の証、『八咫刀やたとう』だ。この刀を持っていれば、どこの誰でどのような経緯があろうと、正式な八咫烏の頭領と皆が認め、命令に従うようになる。事実、自分がそうだ。やつが八咫烏の支配を目論んでいるならば、この刀を手にいれようとするはずだ」


 一矢様には美幸様を助けに行く途中、紀伊の背中で名上と爺、久虎の関係。そして、やつが八咫烏を支配する事を目論んでいることを話してある。

 なるほど、その証である刀を狙って俺たちを追いかけてくるわけだ。誰だって八咫烏の頭領になれるのだからな。

 それはそうと、一矢様は気になることを言った。


「一矢様。今、『事実、自分がそうだ』と、言いましたよね? それって一体」


 一矢様は自分はどこの誰で、経歴は訳ありである。そんな意味にとれる事を言った。

 一体、何者なのか。


「――一矢は、八咫の血を引いていない」


 美幸が言った。


 衝撃的な発言だった。一矢様は八咫の血を引いていない?


「こいつは穢れた血だ。八咫刀を持っているからと皆が頭領と認めても、私は認めない」


 美幸は一矢を睨み付ける。


 なるほど、だからあの時美幸様は一矢様の事を穢れた血と。


「文句なら、天に召された母上に言うのだな。自分は元々このような地位は望んでいない。だが、自分を拾って育ててくれた母上の恩に報いるためにもこうして頭領の道を選んだ」


「分からない。どうして貴様なのだ。八咫の血を引く私ではなく」


「とにかく、今は桂月様の命に従い、名上討伐に向かいましょう」


 無理矢理話をぶった切る。

 今は八咫家の事について争っている場合ではない。それに、無理矢理話をぶった切らなければいつまでもこの話をしそうだ。


「名上討伐か。私は参加しない。桂月様からそのような命を受けておらぬのでな。そんな事よりも、一矢。八咫刀を渡せ」


 ああもう、この人は! 身内で争っている場合じゃないのに!


「いい加減にしてください! 身内で争っている場合ではありません! こうしている間にも、民は暴政に苦しんでいるのですよ!」


「知った事ではない。民が苦しもうが、上に立つものが存命ならば国はやっていける」


「――そんな事だから、母上はお前を頭領に選ばなかったのだろうな」


 一矢様の発言に、美幸様が再び一矢様を睨み付ける。

 一矢様!? 何で火に油を注ぐような真似をなさるんですか!


「一矢。貴様……!」


「上の者が存命でも、民なくば国は成り立たぬ。基本中の基本だ。そんな事も知らぬとは……母上が存命の頃、苦労なされた姿が思い浮かぶ」


 両者とも再び争いだした。

 この人たちは……もういい。


「お二人とも、そうやって争い続けるなら、俺と紀伊だけで名上を討伐に行きます。行くぞ紀伊」


 すっかり蚊帳の外だった紀伊に話しかけた。

 突然話しかけられたことに驚いたのか、少しビックリしている。


「いいの?」


「ほっとけ。桂月様から武具を頂いた。これで、一応は名上を討伐に向かえる。できれば仲間も欲しかったが、これでは仕方がないだろ?」


 言って、直正は紀伊の背中に乗った。

 それを見た一矢と美幸は急いで駆け寄る。


「ま、待て直正殿。龍神様が付いているとは言え、一人では無理だ。それに、桂月様からはお主に協力するよう言われている。自分も連れていけ」


「ならば、美幸様と仲良くしてくれますか?」


 一矢は一瞬戸惑ったが――。


「分かった。善処する」


 直正に了承の返事をした。


「美幸様。できればあなたにも協力を要請したい」


 次に、直正は美幸に話しかけた。

 美幸は苦虫を噛み殺した。そんな顔をする。


「私一人では、久虎を下すことができない。それに、行く宛もない。いいだろう、協力する」


「もちろん、一矢様と仲良くしてもらえますよね?」


 直正は念のために言った。道中、争ってばかりではたまったものではないからだ。


「善処する……」


 二人とも、了承してくれた。だが、そこはかとなく不安だ。

 こんなので、名上を討伐できるのだろうか。

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