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四話

 俺は現在、質素な防具に身を包み、鉄砲を携えているという格好。言ってしまえば、雑兵の姿をしている。

 予定では今頃、立派な甲冑に身を包み、名刀なんかを携えているはずだった。

 しかし、「訓練や戦闘の経験がない」という俺の話を聞いた一矢様が用意したのはこれだったのだ。全く、英雄が雑兵と同じ格好とは聞いたことがないぞ。

 これでは、雑兵の中に混じったが最後。誰が俺だか分からなくなり、手柄を立てても目立たない。

 まあ、その心配はないか。

 なぜなら――そんじょそこらの雑兵と違い、俺には紀伊がいる。

 紀伊に乗っていたり、そばに居れば俺が直正であることは一目瞭然だ。


「直正。『鞍』の乗り心地はどう?」


「そうだな。緩みもないようだし、乗り心地はいい。一矢様に感謝だな」


 鞍というものは、本来馬に取り付け、乗馬を補助するものだ。

 紀伊城から出陣する際、「乗り心地が悪いだろう」と、一矢様のはからいにより紀伊に鞍が取り付けられた。

 一矢様が桂月様から名上討伐の話を聞かされた後、桂月様より紀伊の体の大きさを聞き出し、特注で作らせたそうだ。


「着いたよ」


 地上を見下ろすと、野営や作戦会議を行うための幕が張ってあった。幕の周りには八咫烏の軍旗がなびいている。

 紀伊はゆっくり下降をはじめた。



 「殿がお待ちです」


 見張りの雑兵に促され、幕の中に入った。

 中では、一矢様と彼を慕う将たちが即席の机を囲んでいる。


「直正殿。参られたか。ささ、こちらに」


 机を見ると、一つだけ開いている席がある。あそこが俺の席か。

 席につくさなか、将たちが俺を睨みつけてきた。察するに、俺のことが気に入らないのだろう。

 気持ちはわかる。想像してみてほしい。

 彼らは今まで頭を下げ、時には死を覚悟するなどの苦労を重ね、今の地位についたのだ。

 そんな中、何一つ努力せず、神のお告げを聞いたというだけで同じ地位につく者がいる。これほど腹立たしいものはないだろう。

 しかし、運も才能のうちだ。悪く思わないで欲しい。


「さて、皆が揃ったことだ。作戦を説明する」


 直正を睨みつけていた将たちが目線を外し、一矢を見た。


「敵は恐らく、馬防柵を築き、その後方より大量の鉄砲を用いて馬防柵に近づく我々を攻撃。八咫烏が最も得意とする戦法で来るはずだ。この戦法は数と、それをまとめる規律がものをいう。それを崩してしまえばこちらのもの」


「しかし若。若も知っての通り、この戦法を打破するのは容易ではありませぬぞ。これを打ち破る方法は二つ。一つは、後方に回りこみ攻撃を仕掛ける。しかしながら、これは既に対策済だと思われます。もう一つは数で力押し。人と馬の死を気にせず、どんどん突撃させる。こちらの方法ならば――」


「その二つ目の方法は却下する。人と馬の命は軽々しく扱うものではない。それと、じいよ。方法はその二つだけではない。もう一つあるのだ。これが実行に移せるのは、直正殿がいるお陰」


 紀伊城で俺に対して悪態をついた爺が睨みつけてきた。

 何だ、爺。やろうっていうのか?


「それは――空だ」


 老人は目線を一矢へと戻した。


「空で、ございますか?」


「そう、空だ。直正殿が龍神様に乗り、飛んで敵の陣営まで行く。そこで、鉄砲玉が届かぬ高さから直正殿が鉄砲を用いて敵を攻撃。自分たちの攻撃が届かず、敵の攻撃が届くことに恐怖し、陣形を乱して一目散に逃げ去るだろう。規律が乱れたのならばもはや敵ではない、そこを我々が騎馬鉄砲隊で攻撃して勝負をつける。以上が作戦だ」


 将たちがざわつき始めた。

 皆、常識にとらわれて、空から攻撃など思いもよらなかったのだろう。


「直正殿。今回の作戦はそなたが要だ。よろしく頼む」


「承知いたしました。この直正。身命を賭して働きます」


 再び爺が睨みつけてきた。

 今回の作戦、俺がいるお陰でさらに要だってさ。爺よ、さぞ悔しいだろう?

 こんなことを思っている今の俺はたから見ると、勝ち誇ったような顔をしているのだろうな。


「配置につけ。皆、健闘を祈る」


 一矢の声に、直正を含んだ将兵たちが了解の返事をした。



 自分でも分かるくらい心の臓が高鳴っているのが分かる。今にも胸を突き破り、飛び出してしまいそうなくらいだ。

 この原因は明白。紀伊の背に乗り、上空より敵である八咫美幸の陣へと向かっているからだ。


「大丈夫?」


 紀伊が首を曲げて、顔を覗き込んできた。


「ああ、大丈夫だ」


「それにしては凄い震え様だけど……」


 無意識のうちに体は震え、紀伊に伝わっていたようだ。鉄砲を握る手を持ち替えて、今まで握っていた手を開いて見てみると、汗で濡れ、震えていた。

 何とも情けない姿だろうか。だが、仕方がないだろう? 怖いのだ。

 一矢様いわく、鉄砲の有効射程距離は二町(約二百メートル)ほど。それより高く飛べば、たとえ体に鉄砲玉が当たっとしても、死はおそらくないとのこと。

 そう、『おそらく』だ。絶対ではない。死ぬ可能性はあるのだ。それが怖い。


「そろそろ敵の陣営だね。覚悟はいい?」


 敵の陣営が近づいてきた。

 馬防柵という馬の突撃を防ぐ柵が設けられ、その後方より鉄砲を装備した雑兵が大量にいる。

 逃げ出したいが――。


「いつでもいい。行ってくれ」


 逃げるわけにはいかない。俺は直正。月輪を乱す悪党、名上を討伐して英雄になる男だ。

 こんなところで立ち止まるわけにはいかない。



 「おい、何だあれは」


 八咫美幸陣営の雑兵の一人が空を指を指した。それにつられて他の雑兵たちは空を見上げる。

 そこには一体の龍の姿。全身深紅色の体に翼を生やし、直正を乗せた龍、紀伊だ。


「りゅ、龍だ!」


 美幸の陣営は混乱に陥った。創作の中でしか存在しないはずの生き物がそこにいるからだ。


「慌てるでない! 鉄砲を用いて撃ち落とすのだ!」


 指揮をとっている男の命令で雑兵たちは鉄砲を持ち上げて、銃口を空を飛ぶその龍に向けた。そして、内心恐怖に駆られながら、まだか! と次の命令を待つ。


「放て!」


 待ち望んでいた命令に従い、雑兵たちは引き金を引いた。大量の鉄砲から発射音が鳴り響き、鉄砲玉が紀伊に向かって飛んで行く。

 雑兵たちは確信した。これで紀伊を落とすことができると。

 だが、彼らは知らない。彼らが使う鉄砲、『火縄銃』の有効射程距離、つまり、死に至らせることができる距離はおよそ二百メートルということを。それ以上鉄砲玉は飛ぶのだが、効果が見込めないのだ。



 大量の銃声に恐怖し、身をかがめた。体の震えが止まらない


「直正! 早く攻撃しないと!」


 紀伊が急ぎ立てる。恐怖に震える体にムチを打ち、鉄砲の銃口を敵の雑兵たちがいる中へと向けた。

 鉄砲の扱い方は教えてもらっているし、一度だけ撃った。

 弾と火薬は既に装填済み。後は火蓋を切り、引き金を引くだけだ。

 震える手で火蓋を切り、引き金に指をかけ、そして引き金を引く。


 銃声と同時に反動が直正を襲った。しかし、彼は一度射撃の経験があるので、驚きはしない。

 直撃したであろう美幸の兵士が仰向けに倒れ、兵士を中心にして流れだした血が大地のほんの一部を赤く染めた。

 直正は有効射程外から撃ったのだが、兵士は倒れた。これは上空から下ろすように撃ったため、重力に従い、銃弾の威力が増したためである。


 やった。人を、殺してしまった――。


 兵士の姿を確認した直正の顔から血の気が引いていく。彼は急いで火縄銃を投げ捨て、頭を抱えてうずくまる。


「許してくれ! 許してくれ! 許してくれ!」


 命乞いをするように何度も許してくれと唱える。取り返しの付かないことをした罪悪感が、彼を襲う。


「大丈夫! 大丈夫だよ!」


 そんな彼を落ち着かせるために、紀伊は必死でなだめる。



 馬に騎乗し、一矢は美幸の陣営を眺めていた。


 どうやら彼、直正殿はうまくやってくれたようだ。

 美幸の軍は一部を除き、八咫烏とは関係ない。美幸こそが頭領だと思っている戦闘経験のない民が集まって結成されただけの烏合の衆。

 少しつついてやれば簡単に崩れる。


 一矢の思惑通り、直正の放った銃弾が敵の雑兵を倒し、自分たちの攻撃は届かないが相手の攻撃は届くことを知った敵軍の兵士たちは恐怖し、持ち場を離れて我先にと逃げ出した。

 こうなっては、敵を壊滅させるのは容易い。


「今こそ好機! 全軍、突撃せよ!」


 一矢の号令に従い、八咫烏全軍は突撃した。大量の蹄の音が戦場に響き渡る。

 恐怖に支配された敵軍の兵士など、八咫烏にとってただの動く的にすぎなかった。逃げ惑うことしかできない敵軍の兵士たちは八咫烏の将兵が馬上より放った鉄砲玉の餌食となっていく。



 銃声、馬の蹄の音、逃げ惑う敵軍兵士たちの悲痛な叫び声、これら全てが戦場より消え去った時、その場に残っていたのは、なぎ倒された馬防柵、敵軍の軍旗、数えるのが億劫になるほどの敵軍兵士たちの死骸と、その兵士たちによって染められた大地であった。

 八咫烏側の死傷者は無し。文句のつけようのない八咫烏側の大勝だった。

火縄銃の知識について間違っていたら申し訳ございません。

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