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三話

 俺は今、紀伊の背中に乗って空を飛んでいる。

 初めて乗った時は恐怖しか抱かなかったが、二回目となるとその感覚は薄れて余裕ができた。

 いやー、空を飛ぶと言うのはこんなに気持ちがいいのだな。

 強すぎず、弱すぎでもない、いい塩梅な風が体に打ちつけてきて涼しくて気持ちがいい。

 これは、紀伊がゆっくり飛んでくれているお陰だ。

 そんな中で、包みからおっかあに持たされた握り飯を取り出してかぶりついた。

 中には何も入っていない、何の変哲もない単なる塩味の握り飯。

 何とも味気ないと思うだろうが、この何の変哲のない握り飯こそ握り飯の頂点だと俺は思う。

 中に鮭や昆布を入れるなど、邪道。

 あんなものを入れては、飯の本来の味など楽しめない。

 その点、これは塩という調味料が入っているが、飯の本来の味を損ねるどころかうまく調和して飯の味を引き立たせている。

 ――と、偉そうなことを言ったが、握り飯はこれしか知らない。

 実家は裕福ではない。鮭とか、昆布などは高級な食材なため、買えないのだ。

 一度でいいから食べてみてぇな……まあ、これはこれで美味しいが。


「ねえ、直正。私の背中でものを食べるのはやめてくれないかな……」


 幸せの余韻に浸っているところに、紀伊が横槍を入れてきた。


「いいじゃないか。飯を食うぐらい」


 話は変わるが、俺と紀伊はタメ口で話すこととなった。

 一応、紀伊は龍神様なので敬語を使っていたのだが、紀伊が「敬語なんて使わずに気楽に話そうよ」と、言うのでお言葉に甘えてお互いタメ口で話すことしたのだ。


「君はいいかもしれないけど、私にとってはいい迷惑だよ。想像してみて? 自分の背中で誰かがご飯を食べているんだよ?」


 想像してみる。

 俺の背中に誰かが乗って飯を食う……。


「いや、別になんとも思わないな」


 何故かって? そんな状況、ありえないからだ。

 誰が俺の背中に乗りたがるってんだ。

 手に持っている残りの握り飯を口に放り込んだ。


「君というやつは……」


「まあ、そう言うな。俺とお前の仲だろ? それに今から名上の所に乗り込むんだ。腹が減っては戦はできぬと言うじゃないか」


 今から名上が住む本拠地、江戸に乗り込む。

 今のうちに腹ごしらえはしておかないとな。


「何を言っているの? まだ名上のところには行かないよ?」


 何を言っているって、それはこっちの台詞だぞ、紀伊。

 どういうことだ? 今から乗り込むんじゃないのか?


「もしかして君はそんな格好で、名上を倒しに行くつもり?」


 俺の格好は――そこら辺にいる民が着る着物と同じものだ。

 紀伊の言うことは一理ある。

 たしかにこんな姿では戦えない。

 それに、英雄が民と同じ格好というのも格好悪い。


「じゃあ、どこに行くんだ?」


「桂月様が八咫城やたじょうの城主に話をつけてあるらしいから、そこで武器と防具の調達。それと、話によると名上討伐のために力を貸してくれるらしいよ」


 八咫城といえば、紀伊の傭兵部隊、「八咫烏やたがらす」が拠点としている城だ。

 彼らには忠誠を誓う大名と言うのはなく、依頼を受ければどんな大名、組織であろうとも、援軍として戦争に参加する。

 実力は確かなもので、「八咫烏制す者、月輪を制す」と、言われるほどだ。

 最近、先代が亡くなり、その若い息子が跡継ぎになったばかりらしい。



 俺は、今までにないくらいに緊張している。

 広い部屋の中、俺はその部屋の中央に座り、両脇には上級武士の服装に身を包んだ男たちが一列に並んで座っている。

 そして、目の先には八咫烏という三本足のカラスの神様が描かれた軍旗が壁に貼り付けられている。

 ここは八咫烏の拠点、八咫城の大広間。

 あの後、八咫城の近くに降り立ち、門番に自分は直正だと言うとすんなり入城させてくれた。

 そこで、ここの城主の家臣らしき人にここまで案内され、今に至る。

 ちなみに、紀伊にはそこら辺でのんびりしておくように言っておいた。


「一矢様のおなぁ~りぃ~」


 声に合わせて両脇の上級武士たちが一斉に頭を下げた。

 それに合わせて俺も頭を下げる。

 襖の開く音と足音が聞こえた。

 足音は段々と近づいたかと思うと、俺の横を通り過ぎた。

 そして、無意識のうちに頭を上げた。

 目に飛び込んできたのは、俺や上級武士が座っている畳より、一段高い畳に今にも座ろうとしている若者とそれに付きそう老人の姿だった。


「無礼者!」


 突如、老人が叫んだかと思うと、腰の鞘から刀を抜き取った。

 まずい! まだ頭を上げてはいけなかったんだ! 殺される!


「やめぬか! 客人に無礼であろう!」


 若者が老人に向かって言った。


「しかし、若――!」


「やめぬかといっている。自分の言うことが聞けぬのか?」


 老人は納得行かない様子で刀を鞘に収めた。

 助かった……名上を倒しに行く前にまさか、協力者に打ち首にされるなんて洒落にならない。


「客人。すまぬことをした。ここは自分に免じて許していただきたい」


 一矢様。この人が八咫烏の頭領か。

 噂には聞いていたが、若い。

 俺とそんなに変わらないだろう。

 この御方はこの若さで一城の主。

 対して俺は何の変哲もない農家の息子。しかも、自立していない。

 どうしてこうも違うのか。世の中って不公平だな。


「そんな! こちらこそ殿様に無礼なことを!」


 深々と頭を下げた。


「そんなことをせずともよい。頭を上げよ。そんなことより、事情は桂月様より伺っておる。今すぐにでも名上討伐の軍を出そう――と、言いたいところなのだがな」


 一矢様は困った顔をした。

 何だ? 軍を出せない何か理由があるのか?


「名上討伐のためには今、我が家で起こっている問題を解決しなければならん」


「問題……ですか?」


「ああ。それは、この八咫烏の正しい後継者を決めねばならん」


 後継者?


「後継者は一矢様ではないのですか?」


「それがな――」



 一矢様の話ではこうだ。

 前の八咫烏頭領、一矢様の母上が後継者に一矢様をお選びになったのだが、母上の死後、妹である美幸様が反発。

 自分こそが後継者であるべきだと唱えた。

 これに、美幸様を支持する八咫烏の一部の武将たちが美幸様とともに一矢様に対して反旗を翻し、北部の紀伊城きいじょうに篭ったのだという。

 そして、現在に至る。


「と、言うわけで、美幸をなんとかしなければ名上討伐に向かうことはできない。すまぬな」


 仕方がない。名上討伐の途中で美幸様に襲われては、二面戦闘になってしまう。

 そんな状態では名上討伐など不可能。

 ならば先に、名上より力がないと思われる美幸様を何とかするのが正解だ。


「そこで、どうだろう。お主は桂月様に買われて、名上討伐の使命を与えられたと聞く。お主の実力も見たい。美幸との戦に力を貸してはくれないか?」


 願ってもいないことだ。

 今の俺はしがない民。ここで名を馳せれば八咫烏の将に取り立てられると言うわけだ。

 八咫烏に英雄、直正あり……なんてな。


「ところで、直正殿。お主は今までどれだけ戦闘の経験を積まれた?」


「いえ、まだ一度も」


 周りがざわつき始めた。何か、悪いことを言ったか?


「――一度も、か?」


「はい一度も」


 一矢様が再び困った顔をした。

 仕方がないだろう? ないものはないんだ。


「そうか……じい」


 一矢様は、先程俺を切りつけようとした老人に話しかけた。


「ははっ!」


「直正殿にあれを」


「ははっ!」


 老人は俺に近づくと立つように促し、付いて来るように言った。

 俺はそれに従って、老人の後を追った。

 歩くことほんの数分。城の離れにある倉庫の前にたどり着いた。


「入られい」


 老人に促され、中に入った。

 中には、鎧や刀、槍などが貯蔵されていた。

 ここは恐らく武器庫のようだ。

 今の俺には武器と防具がない。そんな俺のために一矢様は武器と防具一式をくださるのだろう。

 どんなのかな? 立派な鎧と兜。そして名刀――それらを装備した自分を想像してみる。

 ああ、まさに英雄だ。


「これがお主の装備じゃ」


 そう言って差し出したのは、必要最低限で、質素な防具。そして、鉄砲だった。


「これが……?」


「そうじゃ。何か?」


 はっきり言って、これは足軽の装備だ。

 おいおい、俺は英雄になるんだぞ?


「いやいや、立派な鎧と名刀では?」


「たわけが!」


 いきなり老人が吠えた。

 一体何だと言うんだ。


「貴様は戦闘の経験がないのであろう!? ならば、これで十分じゃ! それとも、若のご厚意にケチをつけるつもりか! 立派な鎧と名刀じゃと? 冗談を口にするでないわ!」


 俺は英雄になる男だぞ?

 その男に向かって、この爺――!


「ふん、悔しくば家臣の誰よりも若に尽くしてみせい。まあ、今のお主じゃとうてい無理じゃろうがな。さあ、とっとと着替えい。その後に、城門まで来るがよい」


 爺は俺を置き去りにして行ってしまった。

 上等だ。誰よりも功を立て、一矢様の側近にでもなってやろうじゃねえか!

 そうなったら、爺。お前は追放だ。



 爺に言われた通りに武器と防具を身に着けて、城門前にやって来た。

 そこには、鎧を見につけた将たちと、槍や鉄砲、八咫烏の軍旗を持った雑兵たちがいた。

 今から戦が始まるという雰囲気がひしひしと伝わってくる。

 俺の格好は質素な鎧と、右手に鉄砲という出で立ち。

 どこからどう見ても、そこら辺にいる雑兵だ。あの中に紛れたら、どれが俺だか分からなくなるだろう。


「直正殿」


 俺を呼ぶ声が聞こえた。

 声のした方を向くと、そこには立派な鎧と兜、それに、凡人の俺でも分かる立派な槍と刀を携えた一矢様の姿があった。


「一矢様」


「すまぬな、直正殿。はじめは、立派な刀と鎧を渡そうと思っておったのだが、お主は、戦闘経験が無いと言う。訓練も、戦闘経験もない今のお主には、その身軽な鎧と訓練を積んでいない者でも簡単に扱える鉄砲がふさわしいのだ。分かってくれ」


 正直、不満だらけだ。

 てっきり、立派な装備を頂けると思っていたからな。


「いえ、気にしておりません。このような物を頂き、光栄至極に存じます」


「そうか。そう言ってもらえるとありがたい」


 今はこれで我慢しよう。

 俺は功を立て、必ずやのし上がり、英雄と呼ばれてみせる。

次にようやく戦闘シーンに入ります。

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