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二話

 前回までのあらすじ。

 龍神様のもとにたどり着いたが、龍神様は眠っていた。



 ――何か、想像していたのと違うな。

 てっきり、どっしりと構えていて、渋い声で「来たな。直正よ」なんて言われるものだと思っていたのだが。

 桂月様は手を叩いた。龍神様を起こす為だろう。

 しかし、龍神様に動きはない。

 桂月様はため息を吐くと、大きく息を吸った。

 あっ、この流れは……。

 俺は両手で耳をふさいだ。


「『紀伊』!」


 思った通り、桂月様は吠えた。

 それはそうと、なるほど、あの龍神様は紀伊と言うのか。

 龍神様改め、紀伊様は「わひゃあ!」と、なんとも間抜けな声を上げて飛び起きた。

 状況を理解していないらしく、辺りを見回している。

 声質を聞く限り、龍神様は人間で言うところの女らしい。

 俺の中の龍神様像がどんどん崩れていく。

 ちなみに、俺の中の龍神様像は、声質は男のもので威厳があって、堂々としている。

 説明しにくいが、そんな感じだ。分かるだろう?

 辺りを見回していた紀伊様は、ようやく俺達の存在に気づいたらしく、俺と桂月様を見つめた。


「おはようございます。紀伊?」


 桂月様は微笑みながら言った。

 しかし、心の中では怒りの炎を燃やしているのだろう。そう思うと、怖い。


「あっ、はい。おはようございます……」


「紀伊。私がここに来た意味。分かりますね?」


「はい。えーっと、君が私と一緒に行動する人?」


 首を傾げて聞いてきた。

「はい」と答えたということは、既に桂月様より事を聞かされているのだろう。


「直正といいます。よろしくお願いします」


「私は紀伊。今回君と一緒に行動することになった龍よ。それと、私のことは呼び捨てでいいから。よろしくね!」


 ああもう、威厳も何もあったもんじゃないよ。龍というのはこうも人に対して馴れ馴れしいものじゃないだろう?

 とは思ったものの、結局のところ、強くて頼りになればいいんだよな。

 性格は重要じゃない。

 重要ではないが、できれば威厳ある性格がよかったなぁ。


「さて、時間も惜しいところです。今からあなた達二人を社の前まで一瞬にして移動させます。紀伊。直正のこと、よろしく頼みましたよ?」



 気づいたら社の前にいた。ほんの数秒前まで洞窟の中にいたというのに。

 本当に一瞬の出来事だった。

 鉄砲の引き金を引いたら相手が倒れたと、言うような。そんな経験、一度もないけどな。

 って、いちいち洞窟に入らずとも、桂月様が今の術で龍神様をここまで連れて来ればよかったんじゃ。

 まあ、今更グチグチ言っても何も始まらない。


「直正。これからどうするの?」


「とりあえず、俺の里に行って旅の支度をします。行きましょう」


 まずは、里に戻って旅の支度をしないといけない。

 後、おっとうとおっかあにも話をつけないといけないな。


「直正。直正」


 社を背に歩きだした所で、紀伊が話しかけてきた。


「なんですか?」


「もしかして歩いて行くの?」


 いきなり何を言い出すのかこの龍神様は。

 俺はしがない民。馬を飼うような余裕など無い。

 と、なると徒歩しかないだろう。


「俺は馬なんて飼ってないから、そうなりますね。それが何か?」


「いえ、そのほら。移動手段は地上だけじゃないんじゃないかなぁって」


 紀伊は何やらそわそわしている。

 それに、「移動手段は地上だけじゃない」って何を言っているんだ? 空でも飛べって言うのだろうか?

 生憎、俺には紀伊のように羽がなければ、宙に浮くという妖術も会得していない。

 ――ん? 待てよ?

 空……飛ぶ……紀伊……。


「その、もしかして、背中に乗せてもらえるのですか?」


 俺の言葉に紀伊が喜んでいるのが分かった。

 なぜなら、凄い勢いで羽をばたつかせているからだ。




「人を載せて空を飛ぶ。私、好きなんだぁ」


 そうですか。それは良かったですね。


「どう直正。空を飛ぶ気分は」


 はっきり言うと、すごく怖い。身体中の震えが止まらない。だって、体を固定する物は何もないんだぜ?

 雲までとはないが、周りの木より高いところを飛んでいる。

 この高さから落ちて、地面に叩きつけられたら一瞬にしてお陀仏だ。

 そうならないように、うつ伏せで必死で紀伊の角にしがみついている。


「お願いしますからゆっくり! ゆっくり飛んでくださいね!?」


「大袈裟だなぁ。大丈夫だよ。落ちたら拾ってあげるから」


「あなたは自由に空を飛べるからそんな呑気なこと言えるかもしれないですけど、こちらは空中に放り出されたら体の自由がきかないのですよ!」


 そう、拾ってあげると言っても、落ちている間は何も出来ない。その時に感じる恐怖は相当なものだろう。


「もう、怖がりだなぁ。空を飛ぶことにぐらいで恐怖を感じていたら英雄になれないよ?」


 英雄。言われてみれば確かにそうだ。

 英雄と呼ばれている人たちは皆、いろんなことに恐れず、勇敢に立ち向かっているじゃないか。

 今の俺の姿を見て、誰が英雄と言うだろうか。

 震える体にムチを打ち、なんとか体を起こした。


「うんうん。英雄はそうじゃないとね。それじゃあ、行くよ?」


 行く? 何を?

 そんなことを思った矢先、俺は空中に放り出された。

 重力に従い、落下していく――。

 紀伊はもう少しで地面に衝突する直正を、すんでのところで拾い上げた。


「はい、終了! どうだった?……あれ? 直正~?」


 返事のない直正の姿を確認するため、紀伊は首を折り曲げて自身の背中を見た。

 そこには、息はしているが意識がなく、うなだれている直正の姿があった。


「あーあ、気絶しちゃったよ。先が思いやられるなぁ」



 目を開けると見慣れた天井が目に入った。

 この天井を見るのはいつも、就寝に着く時と起床する時だ。

 つまり、「俺は今、自分の家にいる」という考えに至るまでそう時間はかからなかった。

 今までの出来事は全部夢だったのだろうか?

 そんなことを思っていると、ふと外が騒がしいことに気がついた。

 何事だろう?

 わらじを履くと、引き戸を開けて外に出た。

 するとどうだろう。家の前で里中の大人から子供、それにおっとうとおっかあが集まり、みんな空を見上げているじゃないか。

 はたから見ると異様な光景だ。


「おっかあ」


 その声におっかあは俺に気づき、俺を見た。


「おや、直正。起きたかい?」


「ああ、うん。それにしても、皆どうしたんだ? 空なんか見上げて」


「あれだよ」


 おっかあは再び空を見上げて、空を指し、俺はそれにつられて空を見上げた。

 するとそこには、羽を生やした細長い物体が舞っていた。どうやら、夢ではなかったらしい。

 その物体は、ゆるやかに下降してくると、そのまま俺の前に降り立った。


「はい、おしまい。楽しかった?」


「うん! 龍神様ありがとー!」


 紀伊の背中から少女が飛び降りてきた。

 五歳と言ったところだろうか。

 こんな小さい子を背中に乗せて空を飛んでいたのか。


「やっと起きたみたいだね、直正。今の子、君と違って全然怖がらなかったよ?」


 これは、馬鹿にしているのか?

 いや、しているな。


「ふーん、そうですか。まあ、十人十色ですからね。怖がらない人だっていますよ」


「これが、今まで君以外は誰も怖がっていないんだよね」


 俺の自尊心を砕くには十分な一言だった。

 子供に負ける英雄なんて、面目丸潰れだよ……。

 そんな俺を尻目に、紀伊は順番待ちしていた次の子を乗せて空に飛び立っていった。

 と、言うかさっきの子以外も乗せていたのか。


「直正。ちょっと」


 声のした方を振り向くと、家の引き戸から手招きするおっかあの姿があった。

 気づくと人だかりの中におっとうの姿はなかった。家の中だろうか。

 何の用だろうと思いながら、導かれるまま家の中に入った。



 囲炉裏を挟んで俺が座る反対側に、おっとうとおっかあが座っている。察するに、何があったか聞かれるのだろう。

 ちょうどいい。名上を打ち倒すべく、旅に出ることをこの機会に告げよう。

 おっとう。おっかあ。直正、男になります。


「全く、びっくりしたよ。龍神様があんたを乗せてこの里にやってきたんだから」


 おっかあいわく、俺は気絶していたらしい。

 そんな俺を、紀伊はここまで送り届けたようだ。

 紀伊が現れた時、おっかあは腰が砕け、里の男たちがクワなど田畑を耕す農具を武器代わりに持ち寄って紀伊を取り囲んだらしい。

 しかし、紀伊の友好的な態度と敵対意識がないこと、龍神様であることから取り囲むことをやめ、現在に至るということだ。


「直正。おめぇ、神様から名上っちゅう奴らを倒すように頼まれたらしいな」


 今まで口を閉ざしていたおっとうが口を開いた。

 流れ的に、俺に励ましの言葉でも掛けてくれるのだろう。


「その頼み。断わんな」

 おっとう! 俺は!――って、あれ? ちょっと待て!


「えっ!? 励ましの言葉をかけてくれるんじゃないの!?」


「何を言っとるか。そげな危ねえこと、武士の奴らにやらしときゃいいんだよ。おめぇはうちの畑を継ぐんだ」


 頼みを断れ? 武士にやらせて俺はここの畑を継げ? 冗談じゃない!


「俺は選ばれたんだ! こんなチンケな畑を継げだって? 何であんなものを継がないといけないんだ!」


「直正! あんたご先祖様とおっとうになんてことを!」


「もういい……」


 直正の父は立ち上がり、直正を睨みつけた。


「今すぐここを出て行け! 二度とそのツラみせんな!」


「ああ、出てくよ! 出て行ってやるよ!」


 直正は立ち上がると、玄関まで行き、わらじを履いて勢い良く引き戸を開けた。


「紀伊!」


 直正は怒りに任せるまま吠えた。

 呼ばれた紀伊はゆるやかに下降し、直正の前に降り立つ。


「行きますよ!」


「ど、どうしたの直正。何で怒ってるの?」


「どうだっていいじゃないですか! さっさと行きますよ!」


 紀伊は乗せていた少年を降ろすと、代わりに直正を背中に乗せた。


「直正」


 紀伊が飛び立とうとしたところで、直正の母親が包みを持って家から飛び出してきた。


「なんだよ……」


「はいこれ」


 直正は、差し出された包を何も言わずに受け取った。


「それ、おにぎりと着替え。それと少ないけど、お金も入っているから」


「……おっかあ」


「おっかあね。おっとおと同じで反対だよ? だけど、あんたが決めたことだしね。仕方ないと思ってる。やれるとこまでやっといで。駄目だったら戻ってくればいいさ。おっとうはああ言ったけど、おっかあと同じでいつでも待ってるから」


「うん。こっちもごめん。俺もさっきカッとなってとんでもないことを……行ってくる」


 紀伊は羽を広げると、直正を乗せたまま飛び上がった。

 里から直正の紀伊の姿が見えなくなるのは、そんなに時間がかからなかった。

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