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二十三話

 八咫烏陣営の幕の中。

 大きく長い机を挟んで向かい合うように将たちが座り、俺と美幸もその中に混じって座っている。

 そしてその奥、八咫烏の頭領が座る場所に久虎がいる。

 爺め、本来なら一矢があそこにいるはずなんだぞ。

 そんな事を心の中でつぶやきながらふと空を見上げると、暗かった空に太陽の光が差し込んできた。夜明けだ。

 幕の外より甲冑が擦れる音や、兵士たちの声が聞こえる。現在、八咫烏の陣営は慌ただしい。それもそのはず、小田原の軍がここに攻め込んでくるからだ。

 何故その事を知っているか? それは美幸が情報を提供したからだ。

 これは作戦だ。八咫烏の将兵たちは意気揚々と戦場に立つだろう。西洋伝来の鉄砲という強力な武器を持っているからな。

 しかし、その鉄砲には撃てなくなるように細工を施してある。戦が始まった時に鉄砲という強力な武器を封じられた八咫烏の将兵たちは動揺、恐怖を抱き、持ち場を離れて逃亡することだろう。

 そして見事、小田原の軍が戦力を大幅に失った八咫烏を討ち破り勝利するというわけだ。

 幕をくぐり、一人の兵士が幕内に侵入してきた。

 兵士は久虎のもとまで歩を進めると、腰を下ろして地面に膝をつく。


「久虎様、準備が整いましてございます。あと、これを」


 兵士は鉄砲を差し出した。

 久虎はそれを受け取ると、こちらを向いた。


「小田原に対する準備は万端。これも美幸、お主のおかげじゃ」


「光栄至極に存じます」


 美幸は頭を下げた。


「そこでじゃ。美幸とそして直正、お主らには褒美をやろうと思っておる」


 今の久虎の言葉が合図だったのだろう。俺と美幸の周辺にいた将たちは立ち上がり、俺たちから距離を置いた。

 瞬間、幕の出入り口より鉄砲を持った兵士たちが雪崩れ込み、俺と美幸を包囲して銃口を向けてきた。

 これは、鉄砲に細工をしたことがばれたか。

 いや待て、これはハッタリかもしれない。俺たちを試しているのやも。


「久虎様。これは一体どういうことですか?」


 ハッタリであることを願い、平静を装って久虎に質問する。


「どういうことって、褒美じゃよ。鉄砲に『安全装置』をかけてくれた事に対してな」


「っ!」


 どうやら、ハッタリではなかったようだ。

 安全装置。それは鉄砲に仕掛けた細工の事。

 今回仕掛けた細工は本来、誤射を防ぐ為の装置だ。火縄銃で言うところの火蓋に相当する。


「どうやら、お主らは儂らが最新の鉄砲について仕組みを知らないと踏んで安全装置をかけたようじゃが、そんな事、既に分解して把握済みじゃ」


 いや、まだだ。

 こいつらは安全装置を知っていても、それを解除できないかもしれない。


「へぇ、把握済みね。じゃあ、今ここでその安全装置を解除してもらおうか」


「ほう、まだそんな強気なことが言えるのか? これ、安全装置を外せ」


 久虎が言った。

 俺の正面にいる兵士を見る。

 兵士は遊底の後ろに手のひらを当て、その手のひらを左に回した。

 安全装置を解除する動作だ。

 終わった。俺と美幸はここで死ぬのだ。恐らく、紀伊も殺されることだろう。

 すまない一矢、作戦は失敗だ。それと、先に逝く。

 久虎はこちらに近付き、鉄砲を持ち上げてこちらに銃口を向けてきた。


「二人とも死んでもらおう――と言いたいところじゃが、どうじゃ美幸? 儂の妻は無理でも、愛人になると言うのならお主の命だけは助けてやってもよいが?」


 俺は死を覚悟して諦めた。だと言うのに、突如怒りが沸き起こってきた。

 原因は今の爺の言葉。美幸が爺の愛人? 変態爺め、冗談じゃない! こいつをぶちのめさなきゃ死ねねぇ!

 俺は拳を作り握りしめた。

 抜刀して斬りかかるまでに時間が掛かり、斬るまでに撃ち殺される。ならば一発だ。届く前に撃たれるだろうがやらないよりはマシ。死ぬ前に一発、爺を殴る!

 殴りかかろうとしたその時――。


「プッ」


 久虎の顔に少量の何らかの液体がかかった。

 美幸が久虎の顔に唾を吐きかけたのだ。


「これが私の答えだ、変態め。たとえ地獄に落とされ、二度と這い上がれず生まれ変われなくなっても、貴様の愛人など御免だ」


 久虎は真っ直ぐ美幸を見据えた。

 顔についた唾を拭き取らずそのままだ。


「この儂に唾を……許さぬぞ!」


 久虎は体をわなわなと震わせ、怒りの形相に変わった。

 どんなにへつらって来ても必ず殺す。そういう意図が感じられる。


「久虎様!」


 今度こそ殺される。そう思ったその時、一人の兵士が慌てた様子で幕の中に入ってきた。

 将たちは兵士を見た。


「何じゃ! 後にせい!」


 しかし、久虎はそんな兵士に目をやる事なく、銃口をこちらに向けたまま俺と美幸を睨みつけて言った。


「そ、それが、我が軍敵軍の攻撃により総崩れにございます!」


「何じゃと!?」


 久虎は俺と美幸から銃口と目を離して報告してきた兵士を見た。兵士たちも同じく俺と美幸から銃口と目を離して報告してきた兵士を見る。

 八咫烏が総崩れだと?


「裏に回り込まれたとでも言うのか!」


「いえ、真正面からの攻撃です!」 


 真正面だって? 小田原の軍はどんな戦術を使ったと言うんだ?

 ともかく、久虎たちが銃口と目を離した今こそ好機。

 俺は鞘より月輪を抜刀し、久虎との距離を詰めつつ奴の首めがけて振った。

 久虎と兵士たちはそんな俺に気がついてようで、慌てて銃口をこちらに向けようとするが既に遅し。月輪を久虎の首をほんの少し切ったところで止めた。切り口より少量の血が流れる。


「久虎様!」


「全員動くな! 少しでも変な動きを見せればこいつの首を跳ね飛ばすぞ!」


 兵士たちは俺の言葉に従い、動きを止めた。

 俺は月輪を久虎の首に当てたまま、奴が携えてあった八咫刀に手を伸ばし、引き抜いて美幸の近くに投げ捨てた。


「美幸。それを拾え」


 美幸は俺の指示に従い、八咫刀を拾う。


「皆、良く聞け! 今より八咫烏の頭領はそこにいる八咫美幸だ! 美幸が持つ八咫刀が何よりの証拠! 俺の前にいる久虎とか言う爺ではない!」


 久虎は目を見開かせた。


「ふ、ふざけるな! 儂、久虎は八咫烏の頭領じゃ! 皆の者、こ奴はとそこの女子は反逆者じゃ! 八咫刀を持っていようが関係ない!」


 久虎は将や兵士たちを見渡しながら言った。

 将たちは顔をそれぞれ見合わせ、同じく兵士たちもそれぞれ顔を見合わせた後、ゆっくりと銃口を下ろした。


「いえ、久虎殿。あなたは八咫烏の頭領ではない。証拠に、あなたは八咫刀を持っていない。今持っているのは姫様です。それと、実のところ言いますと、私どもはあなたを八咫烏の頭領と思ったことはありません。今まであなたの命令に従っていたのは八咫刀を持っていたから。それだけです」


 一人の兵士の口から発せられたのは無情な台詞だった。兵士たちは八咫刀という証を持っていたから久虎の命令に従っていただけだったのだ。

 久虎は素早く俺に向き直り、見つめてくる。奴の目には涙が浮かんでいた。


「ひ、姫様! 直正殿! 今までのご無礼をお詫びし、これからはあなた達に忠を尽くします! どうか、どうか命は!」


 久虎は尊厳や威厳、それらすべてを捨てて涙目で懇願してきた。今のこいつには無様という言葉がお似合いだろう。

 八咫烏を乗っ取った事、名上と繫がっている事、そして何より美幸に投げかけた愛人発言を鑑みると、俺はこいつを許すつもりはない。奴の首に当てている月輪を動かし、斬り捨てた。

 久虎の頭は体から分離されて地面に落ち、切り口からは大量の血が吹き出し、久虎の体は後ろに倒れた。



 美幸の命令で八咫烏は武装を解除し、侵攻して来ていた小田原の軍を招き入れることでこの戦は幕を閉じた。被害を出したのは八咫烏のみで、小田原の軍に被害はなかった。

 その後の八咫烏の将兵の処断だが、これからは新頭領である美幸に忠を尽くすことを条件に全員を許すことになった。


「二人共、無事のようだな」


 一矢が言った。

 俺と美幸は無事だ。傷一つ負っていない。


「はい、お陰様で。それはそうと、一ついいですか?」


「何だ、言ってみろ」


「一体どうやって八咫烏を打ち破ったのですか?」


 八咫烏は連射、装填に優れた最新の鉄砲を備えていた。真正面からぶつかって勝つのは無理だ。

 なのに小田原の軍は真正面からこれを打ち破った。


「それか。それはな、空だ」


 一矢は空を指差しながら言った。


「空?」


「ああ。正直殿の戦略でな。この先に大量の岩が見えるだろう?」


 一矢が指差しながら言った先には大量の岩が転がっている。

 紀伊の背中に乗って上空より八咫烏の陣を目指す時に目にした岩だ。


「夜、暗闇に紛れて大量の弓兵を岩陰に八咫烏から見えないように忍ばせておく。そして翌朝、その岩陰より空に向けて矢を放つ。矢というのは弧を描いて飛ぶ物。岩陰に隠れたままでも相手の陣まで飛ばす事が可能だ。そして矢は、八咫烏を襲ったという訳だ。対して、鉄砲玉は真っ直ぐ飛ぶもの。岩陰に隠れておけば、岩が盾となって鉄砲玉を防いでくれるのでこちら側に被害が出なかったのだ」


 なるほど、だから小田原の軍は被害を出すことなく八咫烏に勝利できたんだな。


「って、それなら俺と美幸が危険な目に合わずに済んだのでは? 危うく殺されかけたんですよ?」


「そう言われてもな。この戦略が発案されたのはお主たちが行った後だったからな。それはそうと、鉄砲の細工には失敗したのだろう? 正直殿の戦略なしに突っ込んでいたら危うくこちらは全滅だった」


一矢の言う通り、確かに鉄砲の細工には失敗し、突っ込んで来られたら小田原の軍は全滅。名上を討ちに行くどころではなくなっていただろう。

 戦略を発案した正直様には感謝だ。


「お、おい。あれは何だ?」


 兵士の一人が俺たちの後方、上空を指差して言った。確か、後方には小田原城があるはず。

 兵士が指差す方、振り返って小田原城を見た。

 すると、小田原城上空に静止する飛行物体があった。何だ、あれは。

 そう思ったのもつかの間、飛行物体が小田原城に突っ込み、天守閣の一角が崩れ去った。

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