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二十二話

 紀伊に背中に乗って上空より八咫烏の陣営に向かう中、後方で鳴り響いていた空砲は、小田原城から一定の距離を離れると止んだ。

 小田原城と八咫烏の陣営を挟む中間地点に差し掛かった。地上を見降ろす。

 そこには大量の岩が置かれている。あれは元からそこにあるものではない。正行様いわく、小田原城への侵攻を困難にするために置いたとか。

 白い布の両端を持ち、掲げる準備をする。降伏を意味するこの布を掲げていないと相手の鉄砲で撃たれるからな。


「すまぬ、直正」


 突然、俺の背中にいる美幸が言った。


「どうしたんですか、突然」


「いや、こんな事をさせてしまって申し訳ないと思ってな。本来ならば、言い出した私が率先して行くべきなのだ。直正、何かあった時はそなただけでも逃げよ。私の事は捨て置け」


「何を言っているのですか。絶対にそんな事はしません。そうなった時は、あなたをお守りします」


「――ありがとう」


 八咫烏の陣営が近づいてきた。

 八咫烏の陣営の前には、兵士たちが鉄砲を持って今から戦を始めるのかと思わせるように規則正しく並んでいた。

 恐らく、小田原城からの発砲音がここまで届き、それに対して警戒態勢をとっているのだろう。

 兵士たちはこちらに気づいたようで、銃口をこちらに向けてくる。


「撃たないでくれ!」


 白い布を掲げる。

 紀伊は地面に降り立ち、俺と美幸は白い布を掲げたまま紀伊から降りた。

 兵士たちがこちらに近づいてくる。相変わらず銃口はこちらに向けられたままだ。


「何の用だ」


 列をかき分け、最前列の前に兵士たちとは違う質のいい甲冑に身を包んだ一人の男が出てきて言った。恐らく、指揮官だろう。


「我々は降伏を申し出る為に来た。どうか久虎様に会わせてほしい」


「――武器を取り上げろ」


 指揮官らしき男が言うと、二人の兵士が近づいて来た。

 俺と美幸はそれぞれの武器、月輪と刀を腰から外すとその二人の兵士に渡した。


「付いて来い」


 指揮官らしき男は反転すると、幕に向かって歩いて行った。

 俺と美幸は武器を渡した兵士の他に、おかしな行動をしたら撃つためだろう銃口をこちらに向ける二人の兵士に付き添われて男の後を追う。

 兵士たちをかき分けて幕の前にたどり着いた。鉄砲を持った二人の兵士が出入り口の両脇に立っている。


「入れ」


 男に従い幕をくぐった。

 幕の中には懐かしい顔がそろっていた。かつて一矢に従っていた将たちだ。

 俺と美幸の姿を見ると、皆驚いたようで目を見開き、ざわついた。

 そんな中、幕の奥にそいつはいた。

 久虎。八咫家の家老。名上と繋がり一矢を裏切り、俺に対して悪態をついていた個人的に気に入らない爺。

 腰には一矢から奪った刀、八咫刀を携えている。


「おやおや、これは『元』姫様。どのような御用ですかな?」


 久虎がニヤリと笑う。

 わざと「元」を強調していやらしい奴だ。

 そして俺の事は無視か、この爺。


「実は、久虎様の陣営に加えていただこうと思い、やって来ました」


 美幸が言った。

 家老だった者に敬語とは、本人からしたら屈辱以上の何者でもないだろうに。


「ほう、唐突ですな。何故にまた?」


「久虎様は知っての通り、私の隣りにいる直正は桂月様より名上討伐を命じられております。そして、私は一矢と共に直正に力を貸すべく同行していました。悪行を働く名上を討てば英雄と呼ばれるのは間違いない。それに目をつけた一矢は名上を討伐した後、私と直正を排して英雄としての地位を独占。この月輪の支配を目論んでおり、小田原に報酬を与えることを条件に組むよう持ちかけいた事を知りました。私は直正を連れ、小田原城から抜け出したのです。銃声が聞こえたでしょう? あれは抜け出した私たちを抹殺するために放たれたものです」


「ふむ、じゃがまだ疑問はある。我々は名上様に組みする者たち。名上様討伐の使命を与えられたお主たちからしたら敵じゃ。何故我々の陣営に加わろうと?」


 久虎の言葉に美幸はフッと笑った。


「何を言っておられるのです? 小田原を討った後、久虎様は名上を討ちに行くのでしょう? あなたは長年仕えた八咫家を平然と裏切ったお方。名上の下に付くなどという地位ごときで満足していないはず」


 久虎はにやりと顔を歪ませた。


「これはこれは、お見通しじゃったか。左様、儂は名上の下に付く程度で満足などしておらん。ここまで来たら天下人にのし上がって見せるわい。しかし、いいのか? 儂が天下人になっても」


「ええ、私たちが桂月様から与えられた使命は名上討伐。それさえ果たせば、月輪の未来など知ったことではございません。どうぞ、ご自由に。これは直正も了承済みです」


 俺は「はい」と答えた。

 美幸はこう言ったが、当然了承などしていない。久虎を欺く為の演技だ。

 美幸の言葉を聞いた久虎は豪快に笑った。

 そうやって笑っていられるのも今のうちだ。せいぜい満足するまで笑うんだな。


「久虎様。恐れながら、今すぐ部隊長を務める兵士たちに鉄砲を持って集まってもらえるように命を出してもらえませんでしょうか?」


「鉄砲を?」


「はい。今から小田原と戦をするというのに鉄砲に不具合が生じては話になりません。私は母上より鉄砲の整備方法を教わっております。それを皆の前で実演、伝授しようかと」


「なるほど」


 久虎は隣りにいた側近らしき男の方に向いた。


「兵を集めよ。鉄砲を忘れずに持ってくるようにとな」


 側近らしき男は返事すると、兵士たちに招集をかける為、幕の外へと出て行った。



 広く、開けた土地。そこで俺と美幸は立っていた。美幸の手には西洋伝来の鉄砲が収まっている。

 そして目の前、そこにははるばる遠征してきた八咫烏の中から選ばれた兵士たちがそれぞれ西洋伝来の鉄砲を持ち、こちらを向いて立っている。


「皆集まったな。それではこれより鉄砲の整備方法を実演する。この整備方法を知ったそなたたちは、後に指揮している兵士たちに教えてあげてほしい。ちなみに実演中、私は手を止めない。分からなければ隣の者に教えてもらえ」


 美幸が言った。


「それではまず、銃身の下に細い出っ張りがあるだろう? それは銃身の内部を清掃するためのものだ。引き抜いてほしい。細長いから折らぬようにな」


 美幸が実演すると、兵士たちはそれをお手本に実行する。



 あらから順調に整備は進んだ。

 兵士たちは美幸の言うことに何の疑いもなく、ただ言われたとおりに実行している。

 それにしても、この鉄砲には驚かされるばかりだ。清掃のために分解されたのだが、この月輪では見たこともないものが詰まっていた。

 その中で一番印象に残っているのは「バネ」と呼ばれる部品だ。

 押しつぶしても再び同じ形に戻るという事に驚かされたものだ。改めて西洋の技術は優れていることを感じさせられた。

 現在、鉄砲は分解したのを、再び組み上げて元の形に戻したところだ。さて、問題はここから。

 今から事前に教えてもらった、鉄砲の整備とは一切関係のない動作を美幸が実演する。


「さて、長々と実演したがこれが最後だ。遊底の後ろに溝が掘られていると思う。それを前に押し込み、右に止まるまで回転させる。これで整備は以上だ。出来た者から順に持ち場に戻って欲しい」


 さあ、どうなる。

 ここで一人でも疑問の声が上がれば失敗。死を覚悟しなければならない。

 兵士たちは美幸に言われた通り、遊底の後ろを押し込み右に回転させた。誰一人疑問の声を上げることなく。

 鉄砲を撃てなくする細工に成功したのだ。

 兵士たちはお礼の声を述べると、兵士たちに教えるためだろう、それぞれの持場に戻って行った。

 そして、残されたのは俺と美幸だけになった。


「お疲れ様です」


 声をかけると美幸は勢い良く息を吐いた。


「疑問の声がなかった所を見ると、細工は上手く行ったようだな」


「ですね」


「しかし、まだ安心はできない。開戦にはまだ時間がある。それまでに気づかないとは限らないからな」


 そうだ、開戦の時間である夜明け、小田原の軍が奇襲を仕掛けて来るまでまだ時間がある。

 もし、それまでに気付かれでもしたら――だ。

 とにかく、やれることはやった。後は夜明けまで誰も気付くことが無いように祈りながら時を過ごすだけだ。

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