一話
鳥居を潜った俺を出迎えたのは、両脇に規則正しく並べられるも生い茂った草木に飲み込まれた灯籠と、朽ち果てた社の前に置かれている賽銭箱へと続く石畳だった。
夢に現れた女性――「神様」であろうお方の指示に従い訪れたが、巫女服に身を包んだ女性の姿はない。
いや、女性どころか人影すら無い。
それは当然。ここは参拝客など訪れない事で一部の地元民に知られている神社だ。大半の地元民はこの神社の存在すら知らない。
さて、お告げが本当なら俺を導く存在。巫女服の女性にご登場いただきたい。
あの方が登場しないと話が進まないのだが……一通り調べて現れなければ、ただの夢だったと判断して帰るか。
鳥居の周りを回ってみたり、灯籠を一つずつ調べてみたのだが何も起こらない。あと、調べていない所と言ったら……。
社前に置かれた賽銭箱に目がついた。
これはあれか? 賽銭を入れろということか? まあ、神社を訪れておいて賽銭の一つも無いと言うのは失礼だし、いいか。
賽銭箱まで近づくと、着物の袖より一文だけ取り出し、それを賽銭箱に放り投げた後、二礼二拍手する。
次に、ここの社に住む神、龍神様に願い事をする。別段願いなど無いのだが、あるとするなら――。
「富」だ。
名声とくれば、次に欲するものは富だろう。
目を閉じて心の中で「富がほしい」と願う。
「そこは普通、『私と巡り会わせてください』では無いのですか?」
突如声が聞こえたので頭を上げた。
そこには巫女服に身を包んだ女性が立っていた。
本当に現れた……。
どうやら、賽銭箱に賽銭を放り投げて願い事をすることが女性を呼び出す条件で合っていたようだ。
と、言うことは来たのかな。
俺の時代が!
「いえ、そのような事を願わずとも、あなたと会えることは分かっていましたから」
こうは言ったが、半信半疑でした。はい。
「そうですか。それでは、早速ですが本題に移らせていただきます。直正。あなたは今、この月輪が窮地に立たされているいることをご存知でしょうか?」
「知りません」
「コホン。これは『名上』を名乗る者がこの月輪の実権を握ったのが原因です」
それなら知っている。
今まで無名だったが、最近名だたる大名を滅ぼし、天下統一を成し遂げて天下人になった者だ。
「彼は天下統一を成し遂げた後、暴政を振るい民を苦しめています」
天下統一の後に暴政……権力者ならよくあることだな。
「直正。お願いします。あなたの力で名上を滅ぼし、この国と民を救っていただきたい」
「そうはおっしゃいますが、見ての通り私は凡人。月輪の実権を握る人を滅ぼすなんてとてもとても」
そう。俺はしがないただの民。つまり凡人。
これから英雄として名を馳せる予定の男ではあるが、まだ何の力もないのだ。
「十分承知しております。ですので、あなたにはあるお供をお付けいたします」
女性は社の扉を開けた。
「付いて来てください」
女性に導かれるまま、社の中に入った。
四方を木製の壁、床、天井に囲まれた空間に、先ほど入ってきた扉とは違う、もう一つの扉がそこにはあった。
扉には、羽を生やした龍の彫刻で装飾されている。
その彫刻を見た時、お供が何のか予想がついた。
お供の正体は恐らく――「龍」だ。
「この先にはこの社の主である龍を封印されています。そして、その龍をあなたのお供に付けます」
思った通り。
龍は強大な力を持つ生き物として知られている。それがお供に付くとは頼もしい限りだ。
龍をお供に月輪を救った英雄……おお! 西洋の英雄みたいだ!
女性は扉を開けた。それと同時に一瞬、冷たい風が俺を襲う。
扉を開けた先は四方を岩で囲まれた空間、洞窟になっているようだ。
明かりはないため、先は真っ暗で何も見えない。にも関わらず、女性は洞窟へと足を踏み入れた。
瞬間、辺りが明るくなって先まで見通せるようになった。
明かりの正体は、壁に掛けられた松明の火だ。
誰かが足を踏み入れると勝手に火が灯るようになっているらしい。何とも便利な仕掛けだ。
「早く来ないと、置いていきますよ」
女性の声にはっとさせられた。感心している間にも女性は先々に進んでいたようだ。
女性から数歩遅れること俺は、洞窟に足を踏み入れた。
「言い忘れていましたが、ここには妖怪が住み着いていますので、私から離れないでくださいね」
女性のその言葉に悪寒が走った。
そういう大事なことは忘れるな! と、思いながら急いで女性の元へと駆け寄った。
ちょっと待て、駆け寄ったはいいが、俺は丸腰。
さらに言えば女性も丸腰。武器らしきものは持っていない。
駆け寄ったところで、遭遇してしまったら二人とも終わりなのでは?
背筋に悪寒が走った。
いる。確実に。
何がって? 妖怪だよ。
それも一体や二体ではない。
虎視眈々と俺たちを襲う機会を伺っている。
「直正。心配しなくても、私のそばに居れば安全ですよ」
一体何を根拠にそんな事を仰るのかこの人は。
「私を誰だと思っているのですか? 『神』ですよ?」
そうだった。この御方は神様。妖怪を葬るなど容易い。
それが分かると、妖怪どもに対する認識も変わった。
どうやら、妖怪どもは俺たちを襲う機会を伺っているのではなく、神様を恐れて見つめることしかできないのだ。
ざまぁみろ。
「そう言えば、直正。まだ私の名を名乗っていませんでしたね。私の名は『桂月』。以後、よろしくお願いしますね」
神様改め、桂月様。
「神、桂月様に導かれ、月輪を救った英雄」と、俺は後世に語り継がれることになるのか。
いいじゃないか。
しばらく進んだ後に再び、今度は鉄でできた扉が現れた。
洞窟の出入り口の扉と同じように、羽を生やした龍の彫刻で装飾されている。
分かる。この先に龍神様が居る。
桂月様は無言で鉄でできた扉を開けた。
辺りが水でうめつくされている中、孤立した陸地にそれはいた。
蛇のように細長く、深紅色の身体。その体から生える四本の足と二枚の羽。足の爪はどれも鋭く尖っている。
口辺から細長い長髯を二本生やし、頭には角が生えている。
紛うことなき龍そのもの。その龍が――。
寝ていた。鼻提灯まで作って。