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十七話

 俺と一矢でいつでも紀伊と美幸を守れるように二人を囲みながら町中を歩く。

 歩きながら辺りを見渡す。堺の国ほどではないが、人々が行き交っている。

 町中を歩く者はほとんどが男性だ。だが、その男性たちは異常でニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべている。

 男たちの中に混じってわずかながら女性の姿もあった。女性たちは着物を着崩し、肌を露出させている。

 この町には女性は少ないのかというとそういう事はない。家屋が立ち並ぶ方に目をやる。

 どの家屋も扉が開かれ、玄関口で女性が正座をしてじっとこちら側を見つめている。このように女性たちの殆どは家屋の中にいるのだ。


「あまりキョロキョロするな。客引きに合うぞ」


 一矢が言った。

「ここは何度も訪れた」とそういう立ち振舞をしなければならないらしい。でなければ、女性に声をかけられズルズルと玄関先で女性が正座をしている家屋の中に引きこまれてしまうと言う。

 引きこまれた家屋の中で何が起こるのか。

 それは、金銭による男性と女性の性行為である。

 ここは娼婦の町。この町は女性が体を売ることで発展してきたという。しかし、それを知るのはほんのごく限られた者たちだけ。

 何故か、それはこの町は上記のような行為による発展という背景にある。時の天下人は上記による発展を認めず、地図上から抹消したためだ。地図を頼らずにたどり着いた者だけがこの町を認知できる。

 以上が一矢から教えられたことだ。

 一矢は何故かこの町に詳しい。しかし、以前に訪れたことがあると言うわけではない。

 では何故詳しいのか。それは、一矢が幼少期までこの街で育ったからである。

 驚きだった。一矢はこの町で生まれて幼少期まで育てられ、そして捨てられたという。本人曰く、商売の邪魔になったからだろうと言うことだ。

 さて、話は変わって俺たち一行は今夜泊まる宿を探している。売春宿ではなく、普通の宿だ。

 宿が見つからなければ町から離れたところで野宿だが、それは避けたい。今朝まで夜通し妖怪と戦い続けた。再びあのようなことになるのは避けたいのだ。

 そして、美幸のことがある。この町に来てからというもの、美幸は息苦しそうにしている。一矢が言うには、この町の雰囲気にやられてしまったんだとか。これは町を離れてもしばらくは治らないらしい。

 ただ、耐えてこの町で一泊すると治るという。美幸にためにもさっさと宿屋で休ませてあげたいのだ。

 俺たち一行が路地を通り過ぎようとしたその時、俺は見逃さなかった。

 それを見逃さなかった俺は足を止める。


「おーい、こっち」


 一同を呼び止め手招きする。


「何だ直正」


「こっちは行かないんですか?」


「そっちか……」


 一矢が歯切れの悪い返事をする。


「そっちに普通の宿はない。あるのは売春宿だ」


「売春宿? あるのは普通の宿みたいですけど」


 一矢は俺に近づいて来て路地が見えるところで止まると、共に路地を見た。路地の先にそれはあった。堂々「宿」と言う看板が掲げられた家屋。売春宿はこんな看板を掲げない。


「そんな馬鹿な」


 一矢は宿屋に向かって走っていった。

 残された俺、紀伊、美幸も後を追う。


(ここは売春宿だったはずだ)


 一矢の心の声が聞こえる。


「一矢がいた頃はそうだったかもしれませんけど、時代というものは移り変わっていくものです。ここが宿屋に変わっていても何もおかしくはないのでは?」


 俺の言葉に一矢はハッとした。


「――そうだな、直正の言うとおりだ。よし、今夜はここに泊まろう。皆もいいな?」


 一矢の言葉に俺、紀伊、そして苦しそうにしている美幸は賛同した。

 賛同したことを確認した一矢は宿屋の扉を開け、俺たち一同は中に入った。



 今の状況を確認しよう。

 俺たちは「宿」という看板が掲げられた家屋に入った。間違いない。

 だが、何だここは。内装こそ宿屋だが、そこかしこから男女の喘ぎ声が聞こえてきて異様な雰囲気を放っている。

 ついに美幸はその場に座り込んでしまった。俺はそんな美幸を介抱する。


「一矢、他を当たりましょう。ここは駄目です」


「そのようだな」


(やはり変わっていない。早くここから離れたい……)


 心の声を聞くに、一矢も離れたいようだ。

 幸い宿の者に見つかっていない。見つかる前にここを離れよう。

 それにしても一矢の心の声を聞くに何かあるみたいだな。後で聞き出すか。

 宿から立ち去ろうとしたその時――。


「ようこそいらっしゃいました」


 宿屋の奥から女性が出てきた。

 しまった、見つかってしまった。ここに泊まるしかないのか?いや、泊まるべきではないだろう。

 助言を仰ごうとして一矢を見た。しかし、驚くべき姿を確認する。

 一矢は女性を見つめたまま固まってしまっている。


(まさか……!)


 一矢の心の声が聞こえる。やはり、何かある。

 女性はそんな一矢に疑問を抱いたようだ。女性は一矢の顔を覗き見る。


「お客様? 以前どこかで……」


 女性の言葉に一矢は体をビクつかせて反応した。


「い、いや、そんなことはない。それよりもここは売春宿ではありませんよね?」


「はい。前はそうだったのですが、今はこの通り普通の宿屋です」


 それにしては、性行為中であろう声がそこかしこから聞こえてくるのだが。


「そうですか。それと、もう一人女性がいたはずですが、今どこに?」


「よくご存知ですね。お客様がおっしゃられた者、私の母なのですが去年亡くなりました……やはりお客様は私達母娘についてご存知では?」


「そんなことはありません。ただ、町中であなたのことを耳にしただけですよ」


「そうだったのですか。それで、どうなさいますか?」


「そうですね、一泊させてください」


「ちょ、ちょっと待ってください! 本当にここに泊まるのですか!?」


 宿の者に対して失礼なのを承知で言った。

 当然だ、この宿に入ってから美幸の容体は悪化した。こんな所で美幸を休ませるわけにはいかない。

 一矢はこちらを向く。


「大丈夫だ、休めば良くなる。それにここは普通の宿屋だ。売春宿ではない」


 一矢は再び女性に向き直った。


「というわけで部屋に案内してください」


「承知しました。こちらへ」


 一矢は女性について行った。

 そんな一矢を見て紀伊はこちらを見てくる。


「どうするの?」


「どうするも、行くしかないだろ」


 一矢に納得行かないながらも美幸を背負って一矢と女性の後を追った。大丈夫だろうな?



 部屋はまともだった。綺麗に保たれていて障子に穴が開いているなんてこともない。

 ただ、男女の喘ぎ声がうるさい。これがなければよかったのだが。

 俺は紀伊に美幸を着替えさせるように奥の間取りに追いやり仕切りの障子を閉めると、押し入れより布団を取り出して敷いた。


「直正、もういい?」


「いいぞ」


 障子が開けられた。美幸はいつでも寝られる格好になっている。

 美幸に近づき、肩を貸してやると布団まで誘導して寝かせた。

 相変わらず息苦しそうにしている。本当にこれでいいのか?


「明日の朝になれば治っている。心配しなくてもいい」


「本当でしょうね?」


 反抗的に言う。

 一矢の独断で泊まることを決めたのだ。反抗的になるのも当然だ。


「本当だ、信じろ」


「どうだか」


 俺と一矢は睨み合った。

 しばらく睨み合いが続いた後、一矢はため息をついて目線を下げた。


「――あれは、自分の姉だ」


 突然一矢が言った。

「あれ」とは何だ。それに「姉」って一体。


「『あれ』とは?」


「出迎えてくれた女性のことだ。あれは自分の姉だ。あっちは自分に対して面識があるように言っていたが、自分のことを思い出せなかったようだな」


 なるほど、だから一矢はあの時固まったのか。

 幼少期以来に見る姉が自分の前に現れたのだ。固まるのも無理はない。


「そして、ここは自分の実家だ」


 衝撃の発言だった。ここが、一矢の実家?

 確信がいった。だから一矢は外からこの宿屋を見て驚いていたのか。

 一矢が知っているのは売春宿の実家だけ。それが普通の宿屋になっていれば驚くのもうなずける。


「驚いたよ。売春宿が普通の宿屋になっているのだから。まあ、この町の性質上、普通の宿屋でも喘ぎ声が耐えないようだが、ともかく明日になれば美幸も治っているだろう。そしたらすぐに出発する。周りがうるさいがまあ、我慢してくれ」


 そうは言われたものの、気になる。今晩、眠れるだろうか。

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