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十五話

 俺は今一矢と並んで座り焚き火を見ている。

 焚き火はパチパチという音を立て、火は雑木林を吹き抜ける風によってゆらゆらと揺ている。

 ふと一矢は近くにあった枯れ木に手を伸ばしてそれを焚き火の中に放り込んだ。

 一瞬、焚き火の火は大きくなるがすぐ元の大きさに戻る。


「こうしてお主と二人きりになるのは初めてだな」


 思えばそうだ。

 紀伊や美幸とは二人きりという状況はあったが、今まで一矢と二人きりという状況はなく、必ず俺たちの他に誰かがいた。

 こうして一矢と二人きりで話すのは初めてだ。


「それで? お主が睡眠の時間を削ってまで自分と二人きりになったのは世間話でもしようと言うわけではあるまい?」


 流石、見ぬかれていたか。

 そう、俺は自分の睡眠時間を削ってまで一矢と二人きりになったのは、寝付きが悪く眠くなるまで一緒にとかそういうことではない。彼に聞きたいことがあるからだ。


「分かっていましたか。流石ですね。俺があなたと二人きりになったのは聞きたいことがあるからです。単刀直入に言います。何故、足早に町を去ったのですか?」


 数刻前、俺たちは滞在した町を足早に去った。紀伊が龍に噛まれて傷を負い、一矢は家忠に殴られて気を失った状態から目を覚ましたばかりだと言うのにだ。

 足早に去る事になった発端は、自分たちをかくまってくれた宿の女将の一言だ。


『今すぐこの町から出ていってもらいたいのです』


 かくまってくれたことには感謝している。

 だが、今すぐ出て行けはないだろう? こちとら怪我人なのだ。せめてもう少しいさせてくれてもいいはず。

 そんな女将の言葉にあろうことか一矢はすんなりと承諾した。

 俺は抗議した。紀伊の傷が癒えるまで町に留まるべきだと。

 しかし、一矢はそれを拒否し、出立の準備をするように言いつけてきたのだ。

 紀伊に無理をさせて旅を再開した。そして、案の定紀伊が負った傷口が開いた。

 紀伊をそうまでさせて旅を再開した理由を聞きたかったのだ。


「――自分たちがあの町にいるとそこに住む人々は死ぬ事になる。だからすぐに旅を再開したのだ」


「死ぬ? 何故?」


「家忠は八咫刀を奪ったな?」


 一矢の問に頷く。

 忘れもしない。家忠が龍に噛まれた紀伊に気を取られた一矢の隙をつき、一矢を殴って気絶させて八咫刀を奪ったあの出来事。


「家忠は今頃、八咫刀を名上のもとに届けているだろう。そしてその時、自分たちがあの町に居た事を報告するはずだ。もちろん自分と紀伊を負傷させた事もな。その報告を聞いた名上は――ここまで言うと分かるか?」


「なるほど、分かりました。俺たちがあの町に居ればあの町の人たちは皆殺しにされる。そうですね?」


 俺の答えに一矢は理解したかと言いたげにうなずいた。

 一矢の言うことが確かなら、名上はあの町に軍を派遣する。目的は一つ、俺たちの討伐だ。

 俺たちの居場所を突き止めたのだ。しかも、一矢と紀伊は負傷しているときている。これほど討伐するに絶好の機会はないだろう

 名上は天下人。その天下人を討とうとする者、つまり俺たちは世間一般からすれば逆賊、世を乱す者だ。そして、そんな逆賊に手を差し伸べたとあればめでたく逆賊の仲間入り。当然名上から睨まれる。

 俺たちがあの町に留まっている。するとどうなるか、あの町の人たち逆賊の仲間として殺されてしまうだろう。

 しかしだ、名上の軍が到着した時、既に俺たちの姿がなかったらどうだ。町の人たちは名上の軍に嘘を証言することができる。

「名上様に差し出すために捕らえておりましたが隙をつかれて逃げられてしまいました」と言った具合に。

 そうなるとあの町の人たちは罰せられないし、殺されないだろう。


「女将の発言はあの町の人達を守るためのものだ。その気持を無駄にしないためにも紀伊に無理させて足早に町を去った。分かってくれるな?」


 俺は頷いた。そういう事なら仕方がない。

 続けて一矢は「無理させたこと、紀伊にはちゃんと謝っておく」そう言った。

 さて、聞きたい話は聞けた。俺は立ち上がる。

 つられて一矢は彼の隣においてあった槍を掴んで立ち上がった。


「直正、紀伊と美幸を起こしてきてはくれないか」


 一矢の言うことに従い、木の下で眠っている紀伊と美幸のもとに駆け寄ると二人の体を揺する。

 二人は目を覚ました。二人ともまだ完全には目を覚ましてはいないようで、目を細めて何も言わずに俺を見つめてくる。

 ふと美幸は口を開いた。


「どうした?」


「奴らが来ました」


 俺の一言に完全に目を覚ましたようだ。

 紀伊と美幸の目は完全に見開かれ、美幸は立ち上がって腰に備えてある鞘から刀を抜く。


「私は紀伊を守る。奴らの対処は任せた」


 俺は了解の返事をすると、一矢のもとに戻って腰の鞘より月輪を抜いた。奴らと戦うためだ。

 奴らが木々の間から姿を現した。それは妖怪だ。蜘蛛が巨大化した、そんな姿をしている。結構な数がいるようだ。

 妖怪と言うのは昼間には姿を見せない。日中は暗い所、桂月様と訪れた龍の祠の洞窟などに息を潜めている。太陽の光を嫌っているからだ。

 従って奴らは太陽が沈んだ夜、姿を現す。

 奴らの好物は俺たち人間だ。だが、一定の条件を満たした人間しか襲わない。

 一定の条件、それは襲う対象が少人数であるということ。奴らは対象が大人数であると決して襲わない。

 何故か? それは太刀打ち出来ないからだ。

 人間は個々の力が弱くとも、大勢集まると強力な力を発揮することを奴らは知っており、太刀打ち出来ないことが分かっているのだ。

 俺たちは四人――いや、三人と一柱か。襲うための条件を満たしているために襲いかかってきたのだ。

 さあ、来い。返り討ちにしてやる。

 蜘蛛の内、一体が俺に襲いかかってきた。


「っ!」


 俺はすんでのところで攻撃を避けた。右の頬が痛い。

 右手を痛む頬に当てて離し、当てた手を見た。人差し指に赤い液体がついていた。それが血であると理解するのに時間がかからなかった。完全に避けきれなかったらしい。

 俺はいつものように桂月様から授かった能力を使って妖怪の攻撃を避けようとした。

 しかし避けられなかった。何故か? 奴らは心の声など発していなかったからだ。

 奴らは考えて攻撃してきているのではない。生きとし生けるもの全てに産まれた時から備わっている本能に従い攻撃してきているのだ。

 俺は焦った。自慢の能力が役に立たないのだ。これが焦らずにいられるか。


「直正! 右!」


 美幸の声が聞こえた。声に従い、右を向く。

 今まさに妖怪が俺を仕留めんと飛びかかって来ていた。距離から見て避け切れそうにない。

 駄目だやられる――その時だった。

 妖怪は空中で停止した。その直後、奴の体から血が滴り落ちる。

 一体何があった。見ると、奴の体から金属らしきものが覗かせてえいる。見覚えのある金属だ。


「大丈夫か直正!」


 一矢の声が聞こえた。

 空中で停止した妖怪の向こうに一矢の姿があった。こちらに向かって槍を突き刺しているような構えをしている。

 理解した。妖怪の体から覗かせている金属は一矢の槍だ。

 一矢は槍を振った。息が無くなり死体となった妖怪は槍から外れ、妖怪たちの中へ飛んで行く。それに巻き込まれた妖怪たちの一部はふっとんだ。


「しっかりしろ! やられるぞ!」


 一矢は激励を飛ばしてくると槍を構え直した。

 まだたくさん妖怪はいる。俺は両手で月輪を握りしめて次に備えるべく構えた。



 俺は木を背もたれにして、目を閉じて眠っている紀伊の隣に座っている。紀伊が寄りかかってきた。そんな紀伊の頭を撫でてやる。何故美幸ではなく俺が紀伊の隣りにいるか。あれから俺は美幸と代わって紀伊の守りについた。代わらなければ俺は妖怪にやられていただろう。

 焚き火のある所を見た。一矢と美幸が横になっている。

 焚き火は火が消え、煙が上がっている。枯れ木を追加しなかったせいだ。

 そんな焚き火から目を離して回りを見渡した。そこに広がっていたのは多くの巨大な蜘蛛の死体。

 あれから妖怪の襲撃は止むことはなかった。戦い続け、気付いたら日が昇り始めていた。

 妖怪は日が昇り始めたことを察すると今までの攻勢はどこへやら、颯爽と退散していった。

 蜘蛛の死体が蒸発をはじめた。妖怪は太陽の光に当たると蒸発する体質を持っているからだ。これが、妖怪が太陽の光を嫌う理由。

 今回の戦いで俺は思い知らされた。俺は能力が使えなければまともに戦う事ができないのだと。この先、もしも能力が通用しない相手と戦うことになったら。俺は一瞬のうちに殺されてしまうだろう。

 まぶたが重くなってきた。夜通し戦い続けた結果だろう。

 妖怪が退散していった後、一矢は「少し睡眠を取ってから出立しよう」そう言っていた。

 睡魔には勝てそうにない。とにかく今は眠ろう。

 俺は、ゆっくりと目を閉じた。

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