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十四話

 俺たちは雑木林の中を歩いている。

 あれから一矢の言うことに従い出立の準備を整え、足早に町を去った。

 何故町を去らなければいけなかったのか、一矢に問いただすもいいからとまくし立てられ、理由を教えてはくれなかった。


「痛っ!」


 紀伊の声がした。俺、一矢、美幸は足を止め振り返る。

 俺の後ろを歩いていた紀伊が龍に噛まれた脇腹を抑えてうずくまっていた。

 素早く紀伊に駆け寄り、「大丈夫か」と声をかけた。


「大丈夫だよ……」


 紀伊は顔を上げて言う言うものの、傷を負っている脇腹のあたりに当たっている着物の一部が変色している。

 紀伊の了承を得て紀伊の着物の帯を解いて着物の前を開き、脇腹を覆っている包帯に目をやると赤く変色していた。

 無理をして歩いて傷口が開いたせいだろう。


「大丈夫なわけないだろ! 傷口が開いているじゃないか!」


 着物の前を閉じて帯を締めてやると、紀伊に背中を向けて腰を落として背中に乗るように指示した。

 紀伊は戸惑っていたのだろう、すぐには背中に乗ってこなかった。

 紀伊が背中に乗ったことを確認すると立ち上がった。紀伊は落ちないように両腕を首に巻きつけてくる。

 何故今まで紀伊を背負って歩かなかったのかと思うかもしれない。

 町を去る時、俺は紀伊に背負うことを提案した。しかし、紀伊はこれを拒否したのだ。

 紀伊は俺に気を使ったのだろう。気なんて使わなくてもいいというのに。

 紀伊を背負って歩き始めた。一矢と美幸はそんな俺の姿を確認すると前を向き、歩き始める。



 雑木林の中を進み始めてかなりの時間が経った。

 日が落ち始めたようで、雑木林に足を踏み入れた時と比べて辺りは闇に染まってきている。


「日が沈み始めたか。雑木林の中で当然だが町は見えいな……仕方ない、今日はここで野宿にしよう」


 一矢が提案した。

 暗い中で先を急ぐのは危険だ。一矢の提案に従うとしよう。

 俺は一矢に了承の返事をした。美幸も賛成のようで、俺と同じく一矢に了承の返事をする。

 今思えばこの旅で初めての野宿だな。


「それでは手分けして野宿の準備を進めよう。とは言っても、寝床はそこの木の近くで済むし、食料は携帯食料がある。必要なのは火をおこすための枯れ木ぐらいだ」


「それならば私が行こう」


 美幸が名乗りを上げた。


「分かった。しかし、一人だと効率が悪いだろう。どれ、自分も――」


「直正、ついて来てくれないか。一矢、貴様は紀伊に付いていろ」


 一矢の言葉を遮って美幸が言った。一矢は残念そうな表情をしている。

 いつものことだ、このやり取りにも慣れた。

 一矢に紀伊の事をよろしく頼むように言うと、俺と美幸は枯れ木を集めるために探索に出かけた。



 「こんなもんだろ」


 誰に言うでもなく言った。

 両腕いっぱいに枯れ木を抱えている。我ながらよく集めたものだ。


「美幸、そろそろ帰りましょう」


 離れた所で枯れ木を集めている美幸に声をかけた。

 了承の返事が帰って来て、美幸がこちらに近づいてくる。

 美幸も両腕いっぱいに枯れ木を抱えていた。


「直正もたくさん集めたようだな。帰ろう。紀伊と奴が待っている」


 俺と美幸は紀伊と一矢が待つ場所目指して歩きだした。

 お互い並んで口を閉ざして黙々と歩く。

 なんとなく気まずい。話しかけよう。


「美幸、一矢が家忠に殴られて気絶した時、一矢の事を『兄上』っていいましたよね?」


「なっ!?」


 俺の言葉を聞いた美幸は突然立ち止まった。

 美幸は恥ずかしさのあまりか、顔を赤く染めている。


「な、何を言っているのだ直正! 私が奴を兄上などと言うわけがないだろう!?」


 必死に取り繕っているようだが、動揺を隠しきれていないのがバレバレだ。

 面白い、少しからかってやれ。


「いえ、言いました。兄上と言って一矢に駆け寄って介抱しましたよね?」


「いや、言っていないし介抱などしていない! 断じて! 八咫の血にかけて!」


「言いましたよね?」


「言っていない! 直正、いい加減にしつこいぞ!」


「言いましたよね?」


 笑顔で詰め寄る。

 美幸は顔を引きつらせていたが、観念したようで溜息を漏らした。


「ああ、そうだ。そなたの言うとおり兄上と言った……」


「やっぱり。一矢の事を兄と認めているなら呼んであげればいいのでは?」


「そうは言うが、跡目争いで敵対していたと言うのに兄上と軽々しく呼べるものか」


 美幸は再び溜息をつく。

 敵対していたから。それが美幸の言い分であるが、美幸よ俺について一つ忘れていることはないか?


「それ、建前ですよね?」


 美幸は驚いた表情を見せた。

 その表情から「何故分かった」という考えが見て取れる。

 何故建前だと分かったか、それは俺の能力にある。

 美幸は気づいたのかハッという表情を見せると「そうだったな」と小さく漏らした。


「そなたは桂月様より人の考えを読み取れる能力を授かっていたのだったな」


 美幸はそう言って敵わないなという表情を見せた。

 そう、俺には人の考えを読み取れる能力がある。桂月様から授かったものだ。

 この能力のおかげで美幸の本音を読み取ることが出来たのだ。


「そなたが能力で読み取ったとおりだ。兄上が母上に拾われ、私の兄となった今まで悪態をついて一矢と呼び捨てにしていたのだが……今更兄上と呼ぶのが恥ずかしいのだ」


 美幸はただ恥ずかしかったのだ。今まで呼び捨てにしていた一矢を改まって兄上と呼ぶのが。


「一矢の事を是非、兄上と呼んであげてください。一矢は喜ぶはずです」


 美幸は笑顔で頷いた。

 一矢は美幸のことを大切な妹として見ている。兄と認められて嬉しくないはずがないはずだ。

 数分かけて紀伊と一矢が待つ場所に戻ると、夕飯の用意がされていた。と言っても携帯食料で、つづらの中から出すだけでいいのだが。


「結構な量の枯れ木を集めてきたようだな。これだけあれば今夜は心配なさそうだ」


 マジマジと俺たちが取って来た枯れ木を見ながら一矢が言う。

 俺は肘で美幸をつつき、一矢の事を兄上と呼ぶように促す。そんな俺に美幸は耳打ちしてきた。


「いや、その何だ……本人を目の前にするとまた恥ずかしくなってきてな……」


 おいおい、さっき頷いていたじゃないか。まあ、気持ちはわからなくもないが。


「何だ、二人してコソコソと。何か自分と紀伊に言えない事でもあるのか?」


 一矢が聞いてきた。

 俺と美幸が二人でコソコソと話をしている事に疑問を抱いたのだろう。今の俺たちを見るとそう思うのは当然の事だろうな。


「い、いや、何でもない、『兄上』」


 ついに言った。

 美幸は急いで自分の口を押さえる。だが、一矢に美幸の声はしっかりと聞こえていたようで、固まった。

 まさか、あの美幸が――そんな事を言いたげな表情をしている。


「み、美幸。今自分を兄上と呼んだか?」


 美幸は無言で頷いた。

 それを聞いて一矢は笑顔になる。


「美幸! ついに自分を兄だと認めてくれたか! 自分は嬉しい――ぐはっ!」


 美幸に抱きつこうとした一矢が美幸にみぞおちを殴られた。殴られた一矢はその場にうずくまる。


「抱きつこうとするな。気持ち悪い」


 美幸は冷酷に吐き捨てた。うん、俺も抱きつくのは気持ち悪いと思った。



 俺は今一人で焚き火を見つめている。パチパチと音を立てて火が不規則に揺れながら燃えている。

 時刻は夜。辺りは暗闇に包まれている。焚き火を見つめる俺を横目に紀伊、一矢、美幸は今頃寝息を立てて寝ている。何故こんなことになっているか、それは一矢の提案にあった。

 野宿において夜、全員が眠ってしまうのは危険。いつ、どこから『あれ』の襲撃があるかわからない。そこで、交代で見張りとして一人起きておくという提案で今は俺が起きているということだ。

 交代の基準だが、はじめに枯れ木を六本焚き火にくべ、そのくべた六本の枯れ木が燃え尽きるたびに交代となっている。

 六本の枯れ木が燃え尽きた。焚き火が消えないように数本枯れ木を火の中に放り込むと立ち上がって、一矢のもとに向かった。

 静かに寝息を立てている所を一矢の名を呼びながら体を揺さぶって叩き起こそうとする。可哀想だが、仕方がない。これは規則なのだ。

 一矢は目を覚ました。寝ぼけて認識できていないのか、じっと俺のことを見つめている。

 そんな一矢だが、認識できたのか口を開いた。


「ああ、交代か。後は任せろ、お主はゆっくり休むといい」


 一矢は起き上がって欠伸をしながら焚き火に近づこうとした。しかし、そんな一矢を俺は引き止める。

 何事かと驚いた様子で一矢は俺の顔を見た。


「少し、俺と話をしませんか?」

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