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十二話

 直正たち一行が堺の国に到着した翌日、その頃の江戸城の天守閣。

 この城の城主、名上家成は多くの家臣が見守る中、届けられた西洋伝来の鉄砲を両手で持ち、まじまじと見つめていた。


「なるほど、これを複製せよ」


 家成はそう言って、隣りにいた側近の男に鉄砲を渡し、男は一礼すると立ち上がって天守閣を後にした。


「それにしてもご苦労だった。『家忠』」


 多くの家臣たちを差し置き、家成に最も近い所にあぐらをかいて座っている男、名上家忠めいじょういえただは頭を下げた。

 この男は、一矢と美幸の後継者争いの際、美幸に味方していた者である。

 彼は父、名上家成より西洋伝来の鉄砲を八咫烏から奪うよう命を受け、八咫家に忍び込んで家臣としての地位を確保し、鉄砲を奪う機会をうかがっていた。

 そして、美幸が西洋伝来の鉄砲を投入したあの戦で、裏でつながっていた久虎と共謀してそれぞれ仕える主に反旗を翻して西洋の鉄砲を奪い、家成に届けたのだ。


「労いの言葉、光栄至極でございます。全ては我が名上家と父上の繁栄のため」


 家忠の言葉に家成は頷いた。


「して、家忠。久虎殿は何か言っておったか?」


「彼はこれから八咫兄妹を追撃して八咫烏頭領の証、八咫刀を奪い取り兄妹の首を刎ねると言っておりました。それと、これは彼が言ったことではなく、私自身が目にしたのですが……羽の生えた赤い体の龍を見ました。見たとき、背中には八咫家の長男と八咫の者ではない見知らぬ男が乗っておりました」


「羽が生えた龍と八咫の者ではない男だと?」


 家成は腕を組み、目を閉じた。

 そんな家成を家忠をはじめ家臣団は言葉を発さず見守る。

 数秒の後、家成は目を開け、腕組みを解くと口を開いた。


「家忠。これよりお前に命ずる。その赤き龍に乗っていたと言う男を始末して参れ。その男は――わしの命を狙っておる」


 家成の言葉を聞いた家臣団に動揺が走った。

 お互い顔を見合わせ、そんな馬鹿なという声やなんと無礼ななど驚きの言葉を口走っている。

 しかし、そんな中で家忠は動揺することなく、まっすぐ家成を見つめていた。


「ついでだ。久虎殿の為に八咫の兄妹からその八咫刀とやらも奪って来い。兄妹の首は……好きにするがよい」


「承知いたしました。今より出立し刀とその男の首、刎ねて参ります」


 家忠は頭を下げると立ち上がり、動揺している家臣団を尻目に天守閣より退室した。



 酷いありさまだった。

 地面は雑草で生い茂り、城を除いた町の家屋は、俺たち一行が昨晩泊まった宿とほぼ変わらないボロボロだった。

 数少ないこの町の者であろう人々は痩せこけ、つぎはぎだらけの着物を身にまとい、顔はこの世の終わりとでも言わんばかりに暗い表情をしている。


「酷いだろう? 原因はここの城主だ」


 呆然として立ち尽くしている俺に一矢が話しかけてきた。


「ここの城主ですか?」


「そうだ。ここの城主は、名上とつながっている。名上は自分とつながりがある大名などに自分の国で悪政を働くように呼びかけている。ここの城主も名上の呼びかけに答えて、この町の民から多くの富を徴収した。それでこのありさまだ」


 何ということだ。

 俺が実家の親元で平和に農作業にいそしんでいる間に外ではこんなことになっていたなんて。


「昨日の賄賂の事を覚えているか?」


 突然一矢が言った。

 覚えている。正義を掲げて名上を討伐に向かうはずの俺たちが、宿の女将に賄賂を渡すという悪事に手を出した事を。


「賄賂という言葉に語弊があったな。訂正しよう。この町で宿などの店を営む者はここの城主に売り上げの九割を献上しなければならない」


「九割!? そんな、残った一割で生活なんてとても無理では!?」


「その通りだ。売り上げの九割を献上しなければならない。だが、賄賂などは別だ。完全に自分の物とすることができる。昨日のあれは、少ないが泊めてもらったことに対する礼金と言うやつだ」


 一矢は続けた。


「名上とつながっている久虎が八咫烏を完全に支配して紀伊を統治する大名となれば、自分たちの故郷はいずれこの町のようになる。紀伊に反転して久虎を排して八咫烏を取り戻し、この町のようになるのを防がなければな」


 一矢は八咫刀を握った。

 そうだ俺の、俺たちの故郷をこの町のようにするわけにはいかない。爺から八咫烏を取り戻し、そしてそれを率いて一刻も早く名上を討伐しなければ。


「ここの城主とやら。噂をすれば現れたようだ」


 美幸はそう言いながら一つの方向を見つめていた。

 美幸の目線につられて目をやると、軍隊であろう一行がこちらに向かって行軍して来た。

 その中の一人に目をやる。豊満な体と脂ぎってテカった顔、そして高そうな着物を身にまとった男が彼の隣りにいる騎乗した甲冑姿の男に姿勢を低くし、ヘラヘラとしながらゴマをすっていた。

 甲冑姿の男、奴がこの町を統治する大名だろう。

 そして、豊満な体の男は恐らく町の人達を差し置いて大名にゴマをすり、自分だけは見逃してもらおうなどと考える悪代官と言ったところか。

 町の人達は一行に気付いたようで、慌ててその場に跪いた。


「っ! 頭を下げろ!」


 突然美幸が耳打ちしてきた。

 突然の言葉に驚きながら、美幸と一矢を見た。二人とも何かに気付いたようで、驚いた顔をしている。

 瞬間、美幸と一矢は急いで跪く。

 俺と紀伊は何が何だか分からず、お互い顔を見合った。


「お前たち! 頭が高いぞ!」


 大声がしたので、聞こえた方に振り向く。

 すると、そこにいたのは先程大名らしき甲冑姿の男にゴマをすっていた男だった。怒りの形相をしている。


「も、申し訳ございません! そなたたちも頭を下げんか!」


 美幸が突然俺の頭を掴んで、地面に跪かせた。

 横目で紀伊を見ると、俺と同じように一矢に頭を掴まれ跪かされている。


「全く、愚民どもが……ささ、家忠様。参りましょう」


 相手からは見えないように目線を軍に向けた。

 男が促したようだが、軍は進まず停止している。

 甲冑姿の男がこちらを見つめてきた。するとどうしたことか、甲冑姿の男は口を歪ませて笑みを浮かべた。


「お久しぶりで御座いますな、一矢様、美幸様?」


 一矢と美幸は素早く立ち上がり、武器を構えた。

 俺もこうしてはいられない。立ち上がり、武器を構える。

 紀伊も俺たちにつられて立ち上がるが、武器を持っていないためかとりあえずといった形で武闘家のように構えた。お前は、龍の姿に戻ればいいんじゃないかな。

 相手の軍の兵士たちは隊を乱すと、それぞれ持っていた槍の穂先をこちらに向けて俺たちを逃すまいと包囲する。

 町の人達は戦闘の雰囲気を感じ取ったようで、この場から慌てて立ち去って行った。


「家忠。よく私たちが分かったな」


「これでも私は『元』八咫家の家臣ですから。お二人の顔はよく知っていますよ」


 甲冑姿の男、家忠は『元』という言葉を強調してそう言った。


「それで、これは何だ? 随分とご挨拶ではないか」


「今回あなた方に用があるのは他でもありません。父、名上家成の命により八咫烏頭領の証、八咫刀をお渡し頂くのとそこの彼の命を頂きたい」


 家忠はまっすぐ俺を見据えた。

 こいつは名上を父と言った。となるとこいつは名上の息子。


「そういう訳でして、八咫刀とそこの彼の命を頂きます――かかれ!」


 兵士たちは襲いかかってきた。

 だが、俺には桂月様より頂いた能力がある。これによって敵が俺のどこを切りつけようとしているか読み取れるため、簡単に敵の攻撃を避けることが出来た。

 兵士たちは襲いかかったが、切り傷ひとつ付けられなかったためか動揺している。

 今度はこちらの番だ。月輪を握りしめて兵士たちに襲いかかる。

 この能力は本当に便利だ。敵がどこを切りつけようとしているか読み取れるだけでなく、敵はどの方向に逃れようとしているかも読み取れる。

 能力のおかげで次々と兵士たちを斬り捨てていく。まさに無双だ。


(こうなったら、あのガキだ!)


 豊満な身体の男の考えに気付いた時には遅く、男は紀伊に襲いかかっていた。

 しかし、俺、一矢、美幸は動揺しない。



 紀伊が光に包まれたかと思うと次の瞬間、羽を生やした深紅色の龍になって襲いかかってきた男に噛み付いた。

 紀伊の口から赤い血がボタボタと滴り落ちる。口からはみ出ている男の体に動きはない。一瞬にして絶命したようだ。


「羽の生えた赤き龍! 幼子に化けていたか!」


 家忠は言った。

 紀伊は男の死体を飲み込むと一直線に家忠に襲いかかった。噛みつかんと口を大きく開く。

 家忠はというと怯えた様子はなかったが、突如口を歪ませて笑みを浮かべた。


「甲斐!」


 家忠が大声を上げた次の瞬間、何かが紀伊の体に噛み付いた。

 それは、龍だった。羽が生えていない身体も緑色の一般的な龍。

 噛みつかれたことで紀伊は勢いを無くし、痛みからか咆哮を上げた。


「紀伊!」


 直正、一矢、美幸の三人は同時に紀伊の名を呼び、紀伊を見つめた。


(龍を心配するとは余裕がありますね、一矢様?)


 直正は心の声を聞き取った。

 これは、家忠のものだと確信すると急いで一矢を見る。

 家忠が一矢の背後に立っていた。


「一矢! 後ろ!」


 一矢は直正の声にはっとすると後ろを振り向いた。

 だが時既に遅し、一矢は家忠の持っていた刀の柄頭で殴られるとその場に倒れこみ、意識を失う。


「龍に見とれているからこういう事になるんですよ」


 家忠は一矢が帯びていた八咫刀を奪いとった。

 家忠は自身が持っていた刀を捨て、八咫刀を鞘から抜くと直正めがけて襲いかかった。直正は対抗するために月輪を構える。

 その様子を見ていた紀伊は、噛み付いていた龍を何とか引き剥がすと、家忠に向かって噛みつく。

 家忠はそれを察知し、すんでのところで避けた。紀伊は直正を護るように彼の前に立つ。


「もう少しの所を……全軍撤退! 甲斐! 行くぞ!」


 家忠はそう号令すると、馬に飛び乗り東に向かって駆けて行った。龍、甲斐もそれを追う。

 家忠の号令を聞いた生き残っていた兵士たちは手を止め、家忠と甲斐の後を追った。


「兄上!」


 そう言って美幸は一矢に駆け寄ると抱きかかえ、彼の体を揺する。

 しかし、一矢からの返事はなかった。

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