表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/6

5:黒い石

 男というのは着飾ると言っても簡単で良い。

 しみじみとそんなことを思ったのは、夜会の会場にあふれかえる色彩の渦に目がちかちかしたからだ。訪れている女性陣は、いずれも蝶よ花よと麗しく着飾っておられる。あいにく、こちとら未だに自我は日本人のパンピーゲーオタが大半を占めているので、そのドレス一着、ネックレス一本の値段を想像しただけで頭痛が痛いとか言いたくなる気分だ。

 普通の夜会ならば男性陣も色々とお洒落な色の服を着ているが、あいにく今回は国王陛下主催の夜会。第一礼装と定められた燕尾服姿が大半だ。中には軍服姿も見受けられるが、それだって色は派手では無い。勲章キラキラは派手かもしれんが。

 正直、この夜会が国王主催で、衣装が第一礼装である燕尾服!とほぼ確定している状態は、俺には有り難かった。そうでなければ、ずらりと並んだ色とりどりのスーツやタキシードの中から、どれにするかを選ぶという苦行が待っていたからだ。国王主催の夜会って楽で良いわ。…男は。

 女性はそうもいかないようで、流行最先端がどうのこうの的な感じで、皆様互いの衣装に目をやっては色々とお話をされているようだ。ちなみに俺は社交レッツゴーな両親から離れて、壁の花よろしく周囲の人間観察をしている。申し訳ないが、お貴族様的やりとりを俺に求められても困るので。

 いや、出来るけどな。

 俺の中にはアルフォンソとして生きてきた記憶もちゃんとあるから、そういう対応もやればできるぞ?でも、俺の自我はまだ《俺》主体なので、《私》にとっての当たり前を普通にやれと求められても、色々と困る。しいていうなら、小っ恥ずかしいという意味で。

 もう少ししたら、国王陛下がお出ましになるだろう。仕えるべき主としてではなく、いずれ倒すべき(救うことの出来ない)敵として彼を見定めようとしている自分に、小さくため息をついた。アルフォンソとしての意識が、そのことを苦痛に感じる。同時に、何度もゲーム転生を繰り返してきた、ゲーオタ日本人・石崎竜也いしざきたつやとしては、それで普通だと思ってしまっている。

 

「国王陛下のおなーりー」


 ざわめいていた会場を貫く、朗々とした侍従の声。ついでに、高らかに鳴らされるラッパの音。あれはたぶんトランペットだろうと思うが、俺の知っているそれとは形状が微妙に違う。というか、ちょっと長い気がする。もしかしたら、儀礼祭典用の楽器なのかも知れない。申し訳ないが、ゲーム転生の課程で音楽家になったことはないので、俺にはそれ以上のことはさっぱりわからない。

 皆がそちらに視線を向ける。扉に向けて、恭しく礼をする一同に倣って、俺も頭を下げる。開いた扉から現れたのは、もちろんのこと、国王陛下。我らがロスリム王国の偉大なる統治者。賢王の誉れ高き素晴らしき国王。

 ……その威光が、じわじわと浸食されているとわかっている今でなお、畏怖を感じて頭を垂れてしまう、我らが陛下だ。


「今宵は我が招きに応じてくれて喜ばしく思う。堅苦しいことはない。日頃国のために尽くしてくれている諸兄を労るための宴である。存分にくつろいで欲しい」


 主賓挨拶も簡潔にすませると、陛下は穏やかな笑顔で会場を見渡した。途端にわき起こる上品な拍手。はい、ここ注目。あくまでも上品である。これが庶民だったら、割れんばかりの拍手喝采だろうが、お貴族様はそんなことはしません。敬意を示すための拍手であったとしても、あくまでも上品に麗しく、である。

 ちなみに、手を叩くときに、大きく叩きすぎると無骨と言って怒られます。幼少時に礼儀作法の先生にたたき込まれた拍手である。なお、両手をきっちり重ねるのではなく、動かす方の手をやや下にずらすのが、この国での上品な拍手の作法だ。うわーい、面倒くせー。

 ちらりと視線を向ければ、国王陛下は挨拶に訪れる来客の対応に追われておられました。主催は大変ですね。社交命な我が両親はむしろ嬉々としてそういうことやりますけど。

 挨拶の人が途切れた頃を見計らって、両親に合流してご挨拶に向かいますかね。後ろに人が大勢待ってるとわかってる状況だと、あまり探ることが出来ないだろうからなぁ。今回の目的は夜会に参加するのではなく、国王陛下の洗脳具合を確かめるなのだから。気分はスパイだ。


「アルフォンソ」

「母上」

「陛下にご挨拶に伺いましょう。お父様がお待ちですよ」

「はい、母上」


 今日も我が母上はお美しい。現代日本にいたら、間違いなく美魔女とか言われるぐらいに麗しくお美しい。銀幕の女優様方ばりに金と時間を美容にお使いになっていたら、そら美しさを維持できるだろう。とはいえ、そのスリムな体型を維持するために、食事や運動をきっちり制限されているところは、素直に尊敬しても良いと思う。人間、金と時間があっても節制が出来なきゃ太るし老ける。これ、自明の理。

 なお、今日も麗しい母上の衣装は、銀糸で縫い上げた光沢のある細身のドレス。パニエ?とかペチコート?とかコルセット?とかで補正が効かないような細身のドレスは、たぶん、現代日本で言うマーメイドドレスとかと同じ系統だろう。なお、元の体型が美しくないと着こなせないとはメイドの発言。それには俺も同意する。

 ドレス自体には飾りは少ない。細身のデザインなので、それだけでは派手さは全然ない。だが、随所随所に施された白糸の刺繍や、それに施されたスパンコールっぽい光るビーズみたいな何かのおかげで、光を反射してキラキラしている。派手すぎないけど上品な美しさを損なわない。我が母ながら、侮りがたし。

 栗色の髪は結い上げているが、きつく結い上げるのではなくてややふんわりとさせている。ドレスがほっそりきっちり系に対して、髪型はふんわり系だ。細い銀糸の鎖みたいなものをくるくる巻いている。キラキラ光ってお美しいです、母上。ついでにピアスやネックレス、指輪の類は母上の瞳と同じ青であるサファイアを、けばくならない程度にお使いである。

 …うん。国王陛下主催の夜会に相応しい、気品と節度を保ちつつも、家柄とか財力がなければ手に入らないだろう素材で勝負してる辺りが、恐ろしいです。こういう社交の場では女性は互いの力関係をはかりますよね。お洒落のレベルで。こえぇ…。俺、男で良かった。マジで男で良かった。

 母上に促されて近寄った先では、俺と同じく第一礼装である燕尾服を隙なくきっちり着こなした父上がいる。こっちはこっちで、ナイスミドルとかロマンスグレーとか言われそうなイケオジっぷりを発揮している。年齢より貫禄がある父上は、社交的な笑顔を浮かべて余所のご婦人方を褒めていた。ただし、妻たる母上が傍に来た瞬間、否、来る前から、自分にとって一番美しいのは妻ですからな!というスタンスは崩さない。ぶれない。この夫婦マジでぶれないわ…。

 なお、我が両親は、政略結婚が普通のはずの貴族社会において、幼い頃からの許嫁という関係ではあるが、同時に幼馴染みで互いに恋をして結婚したという、超幸せなパターンである。よって夫婦仲は常に良好。むしろこっちが砂を吐きたいレベルでラブラブだ。


「来たか。行くぞ、アルフォンソ」

「はい、父上」

「失礼のないようにな」

「心得ております」


 というかむしろ、俺は父上の後ろに大人しく控えているつもりですけどね。必要最低限のご挨拶はしますけど、それ以上の会話を俺に求められても困ります。困りますとも、父上。ただの侯爵家の跡継ぎに、国王陛下と面と向かって会話しろとかただの苦行でしかないわー。俺、中身はただのパンピーゲーオタなので、そういうのマジでいらんですよ。

 そうして、大人しく父上の後ろを母上と並んで歩きます。周囲の視線はスルーでよろしくお願いします。俺は社交には興味がないです。キリッ!


「陛下、今宵はお招きにあずかりありがとうございます。本日は、妻と息子も伴って参りました」

「うむ。クインティーヌ侯爵には日頃大変世話になっている。妻君、ご子息も、楽しんで貰えればありがたい」

「クインティーヌ侯爵オスワルドが妻、ルシアナにございます。陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう。お招きに預かり光栄にございます」

「お初にお目にかかります、陛下。クインティーヌ侯爵が嫡子、アルフォンソ・ソル・ラ・クインティーヌと申します。今宵は若輩の私もお招きにあずかり、恐悦至極に存じます」

「そなたがアルフォンソか。侯爵より噂は聞いておる。優秀とのこと。将来、国をしっかり支えてもらいたいものだ」

「恐れ入ります」


 恭しく一礼した。つーか、父上、アンタ何を話してるんだ。頼むから息子の自慢話とかすんな。優秀アピールとかすんな。ちらりと横目で伺えば、そうでしょう!とでも言いたげなご満悦表情の父上と母上が見えた。アカン。この両親マジで子煩悩すぎる…。

 もう両親はスルーすることに決めて、俺はゆっくりとお辞儀していた身体を戻す。その課程で、陛下の指を確認する。そこには指輪があった。目立たない、銀細工の指輪。その中央に、ひっそりと存在を主張する漆黒の石が見えた。黒曜石のようにも見えるが、底の見えない凝ったようなその石の存在に、俺は内心でちっと舌打ちをする。

 その黒い石こそが、魔王の洗脳の媒介だ。一見するとただの黒曜石に見えるそれは、負の感情を凝縮させて作り上げられた、魔王の魔力を込めた悪魔の石だ。ゲーム終盤でその存在が主人公一行に知らされることになるその名を、闇の石。装着した人間を、魔王の魔力で洗脳していくという迷惑な宝石だった。

 予想通りの指輪の存在に、顔を上げた先、間近で見つめた国王陛下の瞳の色に、もう殆ど猶予が無いことを理解した。本来、陛下の瞳の色は深みのある紫だった。王族の優性遺伝みたいなもんで、王族は色の濃淡はあれど皆さん紫の瞳をしている。その中でも色が濃い方が血統が正しいとか言われる感じで。

 だが、今の陛下の瞳は、端々が黒の浸食されている。黒は魔王の色だ。洗脳が進んだ人間は、まず瞳が黒になる。そして、次は髪の色が黒に近づく。陛下の髪は金髪で、今はまだ黒に侵されているようには見えない。そして、瞳と髪が黒に変色すると、次は肌も浅黒くなっていく。そうして全てが黒に塗りつぶされて、人間は魔王の眷属になってしまうのだ。そうなるともはや、人間ではない。魔王の魔力を注がれた、魔物となる。


「では、今宵の宴を楽しんでくれたまえ」


 陛下の言葉に頷いて、次の来客に挨拶の場所を譲る。父上と母上の背中を見ながら歩きながら、脳内で今後の計画を煮詰めようと必死に思考を巡らせた。あーもー。無理ゲーとしか思えないわー。何で俺が、こんなことに頭悩ませないといけないんだよー。

 ぶっちゃけ、今の、浸食が進んでない状態で陛下からあの指輪取り上げて、教会のある聖地とかに放り込んで、神官やらシスターやらの皆さん総出で浄化とか解呪とかしてもらった方が、絶対に、絶対に、穏便に話が解決する!


 いや、やらないけどな?


 それやると、この《ラベ太陽》の世界が根本から破壊されるからな?まだ主人公の存在が微塵も出てきてない状態で、俺が勝手に物語を穏便に解決に導いたりしたら、世界構成にどんな影響が出るかわからない。多少ゲームシナリオから逸脱したイベントが起こるのは構わない。だが、本筋を崩壊させたら、下手をしたら世界が壊れる。

 だから俺は、今手を出せば救えるとわかりながら、陛下を救わない。世界のために一人を見捨てる。ゲームシナリオで、彼は救えない存在だから。そんな免罪符を胸に刻みながら、俺は、先ほど目の前で優しく笑った人間を、この世界と自分が生き延びるために、見捨てて、いずれこの手で殺すのだ。

 生憎と、それで罪悪感を抱くような繊細な精神は、とっくの昔にどこかへ捨て去った。たぶん、最初の転生で、魔王の眷属になってた実の父親(幼少時に出ていったので記憶は既にあやふやだった)を、ためらう幼馴染みの勇者に代わって、渾身の炎魔法で焼き尽くしたその時に、俺の精神は色々と強度を増したと同時に、大事なモノは捨て去っている。

 RPGの世界は少しも優しくはない。リアルを追求した人間関係が存在する作品ならば、敵は魔物じゃなくて、異種族じゃなくて、同じ人間だ。それを斬り、殴り、刺し、魔法で殺傷することに、それをしているのが自分だと理解した上で行動した時から、俺はパンピーゲーオタではなくなっている。ゲームじゃないリアルでRPGをやって、人を殺しても、平然としていられる自分になった時から。

 だが、それで良い。俺はこの幾重も繰り返されていく人生を、悪いとは思ってない。むしろ楽しんでいる。今回ばかりは詰みゲーとしか思えないが、それでも楽しんでいるのだ。



 だから申し訳ないが、今後も生き延びるために、俺は非情になってやろうじゃないか。


夜会のターンが存在しないのは、筆者がそれらの知識がちっともわからないからです。

あと、主人公が嫌がったからですねー。パンピーゲーオタですから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ