4:腹心とはかくも鋭きものか
「何か、お考えごとですか?」
柔らかな声に問いかけられて、俺はゆっくりと背後を振り返った。そこには、隙のない立ち姿でこちらを見ているレールがいる。いつもと変わらない微笑みを浮かべているが、その灰色の瞳に浮かぶのは鋭い光だ。…まぁ、この男に気づかれないわけが、ないよなぁ。
とはいえ、正直に話したところで絶対に理解はされない。それは今までの人生でわかっている。だから俺は、苦笑を浮かべてレールに言葉をかけた。
「明後日、陛下主催の夜会に参加することになった」
「それはおめでとうございます。…夜会に行かれるのですね」
「陛下のお呼びとあらば、参加せぬなど無礼であろう」
笑顔で告げれば、レールも笑顔で頷いた。国王主催の夜会に招待される、という重大事件なのだから、深刻な顔をしていても、考え込んでいても許される。そうだろう、という意味合いを込めた視線を、レールはスルーした。
おいおい、スルーかよ。思わず胸中でツッコミを入れてしまう。こいつ、主の言うこと全然信じてないな。まぁ、レールだから仕方ないか。主従であると当時に親友みたいなもんだしな。
…と、なると。
「その腹の内側全部出しやがれ、アル」
…やっぱりこうくるか。
恭しく一礼した後に人の襟首ひっつかんで、ヤクザばりの目つきでにらみつけながら、低い声で言い放つ。レール、いくら人払いしてあるからって、家人に知られたらお前間違いなく刑罰ものだぞ。慣れてるから気にしないけどな。
《ラベ太陽》本編でも、こういうシーンがあった。アルフォンソの回想シーンで、一人で悩んでいたらレールに怒られて、励まされて、気づいたら協力者になってくれてた、という割と感動的な話。あくまで話の内容だけなら、だ。
だって、怒られ方が、まさに今の俺と同じだ。
お育ちのよろしい貴族のお坊ちゃまが、チンピラ上がりの執事に襟首ひっつかまれて、ドスでも抜きそうな勢いで威圧されるという謎の光景。…アレ?もしかして、ゲーム内での回想シーンってこれか?襟首ひっつかむレールと困った顔してるアルフォンソっていうスチルしかなかったしな…。もしかしたらこれが件の回想シーンかもしれない。
…うん。きっとこれは回想シーンで見たことのあるあのイベントだな。ということは、俺の行動は決まっている。決まってしまった。ここはゲームの本筋に則っておこう。そうしないと後々面倒だ。
「…私は、民を救いたいんだ」
「…民を?」
「我が家は侯爵の位を賜っている。けれど、それに見合った貴族としての勤めは果たせていない。だから、私はそれを果たしたい」
「……それは昔からのお前の夢だろうが。今、お前が腹に抱えてる内容と違うことぐらい、俺にはわかる」
隠さず話せ、とレールは鋭い瞳で俺を見てくる。そう、お前はそういう男だよ、レール。普通なら開けたくないようなびっくり箱を、災いしか入っていないとわかっているパンドラの箱を、お前は気にせず開けるんだよな。正確には、開けると言うよりぶっ壊すんだろうけど。
でも、不思議だな。そういうレールだから信頼できる。お前は《私》に嘘をつかない。決して裏切らない。そのことを、《私》は知っている。だからお前には、《私》の願いの全てを話すことが出来る。
「…民を傷つけるものに反旗を翻したい」
「アル?」
「知っているだろう?重税に苦しむ民を、騎士団に所属するような人間達が苦しめていることを」
「……まぁ、街に出ればいくらでもそういう話は聞くな。まだ、王都全体には及んでいないが」
「及んでからでは遅い。だから、それに対抗する集団を作りたい」
淡々と告げれば、レールは胡乱げな瞳で俺を見ていた。レール、俺は別に血迷ったわけでも、狂ったわけでもないんだが。まぁ、そう思われても当然か。あのガチガチの貴族主義の父親の下で、未だ跡継ぎでしかない18歳の若造のアルフォンソに、何が出来るんだって言われたらそれまでだ。
だがな、これは《俺》が、否《私》が何を置いてもやり遂げなければならないことだ。レジスタンスを作る。弱く、虐げられてしまう民を、護るための力を手に入れる。けれどそれは、決して表沙汰にしてはならない。首謀者が《私》であると知られてはならない。…そう、彼らに出会うまでは。
「…理想論で出来ることじゃないぞ」
「わかってる。…だから、力を貸してくれないか?」
「…阿呆。お前の執事になると決めたときから、俺はお前の駒だ。好きに使え」
ぶっきらぼうに告げるレールに、苦笑する。誰が、駒なものか。お前はアルフォンソのたった一人だけの親友で、ただ一人、全ての真実をさらけ出せる大切な相棒じゃないか。立場こそ執事で従者であったとしても、お前とアルフォンソの間にあるのは、誰にも切れない絆だ。…そうだろう?アルフォンソ。
言うだけ言って、レールは満足したらしい。いや、そこで満足されると困るんだけどな。
「レール」
「それで、お前は具体的に俺に何をして欲しいんだ?」
「…」
お願いをする前にさっさと指示寄越せと言われてしまいました。マジで有能だな、レール。お前が味方で本当に助かるわ。だってこいつ、チンピラ上がりだから下町にも顔が利くんだよ。普通、貴族様に仕えている執事様って敬遠されるのに、時々ふらっと外出して、下町や裏町の賭博場とかに潜り込んでるらしいし。
実際、今はお仕着せの執事服着てるけど、服装と髪型変えたら、チンピラに見えるし。レールは表情から口調、声音までがらりと変えるのがお得意だ。ぶっちゃけ、執事じゃなくて隠密じゃないのかお前、と思っているのは黙っておこう。武術の心得があるぐらいは見逃すが、潜入捜査が得意な時点で執事じゃない。
「…レジスタンス、みたいなものを作りたい」
「それはわかった。作りたいのはお前の意思だろう。俺は、何をすれば良いのかを聞いてるんだ」
あくまでお前が決めろというスタンスは、従者としては正しいのだが、親友としては間違っていないだろうか。あるいは、そうやって内容を決めろと言ってくるのは、彼なりの発破なのかも知れない。後先考えずにただの思いつきと理想論だけで何かをするなら、さっさと諦めろとでも言いたげなまっすぐな瞳がそこにあるので。
よーし。思い出せ、俺。アルフォンソがイベントで、回想シーンで、語ったことを。レジスタンスの連中が、主人公達に気さくに話して聞かせたことを。そこにアルフォンソの行動があるし、それがレジスタンスを作るきっかけだ。まずはじめに、彼は何をしたと言った?
…そうだ。信頼できる人間を、探し出すこと、だ。
この場合の条件は、口が堅いことと同じ思想を持ってることと、腕っ節があることだ。だってレジスタンスの実働部隊を率いるリーダーを探すんだから。あくまで頭はアルフォンソということになるかもしれないが、普段の行動を一任する以上、頭が切れて武術が出来て、ついでに度胸も据わってないと不可能です。
名前は覚えてるんだ。覚えてるんだけど、この時代にあいつこの街にいるのかな?いやでも、レジスタンス作ったとき、そのきっかけになったのって副リーダーのおっさんだったよな。そういう話してたよな、うん。
「…傭兵に渡りを付けることは出来るか?」
「傭兵?あいつらは金次第でどちらにでも転がるぞ。ただの石ころか砂の山だ」
「その中に、砂金が混じってる可能性もあるだろう?」
「……お前はその、砂金を探すのか?」
「民に近い場所で動くなら、私やお前と違って、身軽な人間が必要になる。そうだろう?」
「まぁな」
侯爵家の嫡子であるアルフォンソも、その執事であるレールも、そんなに表だっては動けない。動けるわけがないではないか。どこに誰の目が光っているのかわからないのに、実働部隊を動かせるわけがない。そもそも、実働部隊を作るにしたって、人員が必要だ。構成員が俺とレールの二人じゃ、何も出来ない。
「それでは、近日中に傭兵ギルドに顔を出して参ります。そこで、アルフォンソ様のお眼鏡に適う人間がいるかどうかを、調べて参りましょう」
「…ありがとう、レール」
「礼など不要にございます。私は貴方の執事なのですから」
執事モードに戻ってにこやかに答えるレール。本性を仮面で隠したのは、もう本心はわかったから大丈夫だ、という彼なりの合図らしい。しかし、ここまで鮮やかに変貌されると素晴らしいとしか言えないな。さっきまでのチンピラお兄ちゃんが、今や完全無欠の有能執事サマだぞ。凄すぎる。
しみじみとレールの擬態っぷりに感動していたら、思わぬパンチが飛んできた。
「とりあえず、アルフォンソ様は明後日の夜会に着ていく衣装の準備などを、明日中には終えて下さいね」
「…わかってる」
貴族様特有のアレコレが苦手な一般庶民の《俺》には、大変苦痛な時間があるのを思い出しました。仕方ないので、着せ替え人形になる覚悟を決めます。
…明後日の夜会は、俺に取っても別の意味で戦場だからな。
ちまちまとお話を動かしていきたいと思いますが、権謀術数とか考えられない阿呆なので、あまり細かいことは気にしないでさくっと読んでいただけると助かります。
チート補正はゲーム知識と今までのゲーム転生の経験(記憶と知識)な主人公ですが、頑張って貰います。