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3:クインティーヌ侯爵家

 レールに案内をされる形で、俺は両親と弟妹が待っているだろうサロンへと足を運ぶ。今は日本で言うところの春休みで、進級前の長期休暇ゆえに弟妹も全寮制の学園からこちらへ戻っているらしい。弟はアルフォンソと同じ学園、妹は名家の子女ばかりを集めた同じく全寮制の女学園に通っている。…あぁ、正直両親だけでも面倒だって言うのに、弟妹まで帰省してるとか悪夢以外の何でもない。

 そう思いつつも、俺はアルフォンソとして振る舞うことを自然と身につけている。何というかな。別人という訳じゃないんだ。でも、完全に俺がアルフォンソでもないし、何とも言えずに不思議な感じだ。二重人格でもない。何しろ、俺の中にあるのは記憶だけで、アルフォンソという人間が別の人格を持って存在しているわけではないんだから。

 だからまぁ、しばらくは《俺》と《私》のせめぎ合いがあったり、一人称がごちゃごちゃしたり、口調が市井風になったりすることもあるだろう。そこでボロが出ないように、俺は振る舞わなければいけないわけだ。《俺》の記憶がよみがえって、一時的にアルフォンソと整合性が取れなくなっているだけ。今までにも何度も経験したことだから、そのうち慣れるだろう。

 あぁ、しかし、本当に憂鬱だ。あの両親と弟妹と一緒にお茶会。何も優雅じゃないし、俺は俺で本心を隠してお愛想笑いをして、両親の望む感じの貴族の子息として振る舞わないといけないわけだろう?ただの苦行だ。今すぐ仮病を使って布団に潜り込みたい。


「旦那様、アルフォンソ様をお連れしました」

「入りなさい」


 レールの静かな問いかけに、重厚な声が答える。名門貴族として、王宮の重鎮として、その声は他人を従える威厳に満ちていた。その声だけは、尊敬している。あれだけの存在感を出せることが出来たら、それだけで一歩勝利に近づくだろうとわかるからだ。

 ただし、声が良いだけで、発声が良いだけで、あの父親の口からこぼれ落ちる言葉に得るものなど何もないと、俺は知っている。


「父上、お待たせして申し訳ありません。母上も、セシリオ、マルティナも、遅くなって申し訳ありません」

「何、気に病むことはない。さぁ、座りなさいアルフォンソ」

「そうですよ、アルフォンソ。せっかく家族揃ってのお茶会ですもの。謝罪など不要です」

「兄上は本当に真面目でいらっしゃいますね」

「そこがアルお兄様の良いところですわ、セシリオお兄様」


 鷹揚に頷く父、朗らかに笑う母、苦笑する弟、楽しそうに微笑む妹。絵に描いたような美しい家族。美しい、上流階級の平和な光景。…彼らの内側が、貴族以外の人間を塵芥と見なしていると知らなければ、その美しさに安堵して、優しい家族だと信じてしまいそうになるほどに。

 父、オスワルドはアルフォンソと同じアッシュブロンドに、赤褐色の瞳をしている。顔立ち自体はいわゆるナイスミドルだろう。綺麗に整えられた口ひげも品が良い。短い髪を撫でつけるように整えている、オールバックスタイルがよく似合う。優しく穏やかで、王宮では威厳を持って仕事に挑む。…ただ、彼の関心は王侯貴族にしかなく、その仕事は彼らの富と名誉を守るためでしかない。そして、彼が何より愛するのは由緒正しい血統であり、庶民などただのゴミクズ扱いだ。

 母、ルシアナは社交界でも評判の美人だ。若い頃の美貌を今も保っているのは、本人の意識もさることながら、金をかけているからに他ならない。淡い栗色の髪はゆるくウェーブを描きながら背に流されていて、アーモンド型の瞳はアルフォンソと同じ青だ。雪のように白い肌も美しく、もはや貴婦人中の貴婦人。ただし、彼女もまた貴族至上主義だ。庶民は自分たちとは違う下賤の生き物だと公言してはばからない。

 弟、セシリオ。彼はアルフォンソより二つ年下で、まだ少年らしい愛らしさを面影に残している。綺麗に切り揃えた髪は母と同じ栗色で、瞳は父譲りの赤褐色。家族の前では素直で愛らしいが、他者の前では貴族の自尊心に絶対の誇りを持つ気位の高い少年だ。…学園で、遠目にその姿を見て嘆息したのも一度や二度ではない。決して居丈高ではないが他者を見下す姿は、褒められたものではないだろう。

 妹、マルティナは、セシリオよりさらに一つ下だ。アルフォンソと同じ父親譲りのアッシュブロンドに、母親譲りの青い瞳。両親の良いところを受け継いだのか、その美貌はまだ15歳の少女でありながら、既に母をしのぐとまで噂される。家族の前では無邪気で天真爛漫な末娘。けれどその本質は両親と同じで、無邪気で無垢ゆえに、彼女の言動は恐ろしい。…平然と、明日のパンがなければお菓子を食べれば良いのにと笑う、そういう娘だ。

 いずれも、ある意味では貴族らしい貴族。この家族に囲まれて育って、何でアルフォンソはこーゆー性格になったのだろうと、常々疑問に思ってしまう。突然変異も良いところだ。

 穏やかに進むお茶会。話の内容はもっぱら社交界のそれで、どこそこの男爵家の令嬢を誰それが見初めたとか、どこそこの子爵家は伯爵家の若君のお気に入りだとか、そういう話だ。人間関係を把握するには役立つが、正直くだらない情報ばかりだ。何故両親は、領地を放置してこんなくだらない話をするために連日夜会に出席しているのか、はなはだ疑問だ。

 夜会へ赴くための衣装も土産も、決して安くはないというのに。それすら理解せずに、元々豊かな領地と先祖代々の莫大な資産を、あることが当たり前と湯水のように使う。宴を自分たちが主催した時など、それが顕著だ。見栄を張りたいわけではない。彼らにとってはそれが普通。貴族である自分たちは、相応しく着飾らなければならないと、本気で思っている。


 …その為の資金が、民が汗水流して働いて払ってくれている税収からだと、何故彼らは気づけないのか。


 そういう人たちだとわかっている。わかっているが、妙にイライラする。民を大切に思わない人間は貴族ではない。そう思うのに、それを伝えることすら許されない。そんなことを告げてしまえば、きっと、乱心したと、心の病でも得たのかと言われるだろう。愛されているのに、どうしても彼らとはわかり合うことが出来ないのだ。


「そういえばアルフォンソ。明後日の夜会には、お前も出席するのだぞ」

「…父上?」

「陛下主催の夜会だ。よもや欠席するなどとは言わぬな?」

「……もちろんです、父上。先日までの夜会は、卒業後の疲れも抜けきっておりませんでしたから欠席いたしましたが、王族の皆様主催の夜会を、我がクインティーヌ侯爵家が欠席するわけにはまいりませぬ。私も、次期当主として勤めを果たす所存です」

「うむ。これで心配は杞憂に終わった。のぉ、ルシアナ」


 はははと豪快に笑う父に、母はにこやかに微笑んだ。大輪の花のように艶やかで、それなのにまるで少女のように愛らしくもある、美しい母。その本質を知ったときから、俺には彼女の笑顔が、獲物を狙う食虫植物のように見えて仕方がない。庶民という餌を平然と貪る、美しくも残酷な徒花のようだ、と。

 ころころと笑う母。自分たちも同行したいと口を揃える弟妹を、父はお前達はまだ早いと諫めている。父の中で何が基準なのかと思うが、おそらく、未だ学生の身である二人には早いと思っているのだろう。…まぁ、俺は15歳の時には連れ回されていたから、二人が何故を口にするのは当然だが。

 俺が早くから夜会に連れ回され社交界デビューしていたのは、ひとえに嫡子だからだ。いずれ家を継ぐ人間だからと、早いうちから顔合わせをさせられていたに過ぎない。同年代の何人かともそこで出会った。…出会ったが、ただの知人レベルで収まる人間しかいなかったな。

 そんな風に考えていると、また、どうでも良い雑談が繰り広げられる。矛先がこちらに向かない限りは、当たり障りのない返事で答えておく。あぁ、面倒だ。本音を洗いざらいぶちまけられないのは、実に厄介。

 けれど、明後日の夜会には本気で参加するつもりでいる。…国王陛下を、観察するためだ。

 俺は知っている。いずれこの国をよりいっそう蝕むようになる腐敗は、国王陛下が魔王に操られて起きると言うことを。ゲーム本編の話をねじ曲げるわけにはいかないが、今、どの程度洗脳が進んでいるのかを確認することは出来るかも知れない。避けられるならば、犠牲は少しでも最小限にしておきたい。

 ここはゲームの世界だが、完全にゲーム通りにはならない。それはいつものことだった。俺というイレギュラーが入りこむからか、シナリオやイベントに若干の変更が現れるのだ。けれど、別にそれで話の本筋が破綻することも、ゲームクリアが出来なくなることもなかった。今回もそうだろう。

 どうせ、今の俺はゲームシナリオから外れた場所にいるのだ。それならば、少しでも自分が生き延びられるように生きる。ただ、それだけだ。



 …もしかしたら、その課程で俺は、この家族を見捨てる日がくるのかもしれない。

クインティーヌ侯爵家勢揃いです。悪人ではないのですが、貴族至上主義メンツです。

正直、このメンツの中でアルフォンソの人格が形成されたとは思いがたいですね。

巨人ファン一族に阪神ファンが生まれるぐらい不思議な現象です。(知人にいた)

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