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色々な設定で書いてみた短編集。

迷子と妖精。~迷い込んだ先は異世界でした~

作者: 金鳳花


「アンタ、どうやってここに来たの?」


 美しく輝く森の中。

 色鮮やかな鳥が空を舞い、周囲には宝石のような花が咲き乱れている。

 そして目の前には綺麗な顔をした人形のような女の子がふわふわと浮かんでいた。


 そう。()()()()()()()()


 女の子の背中には透き通るように薄い翅が生えていた。

 意味がわからない。

 目の前の存在も、どうしてここにいるのかも……わからない。

 わたしは泣きそうになりながら声を絞り出す。


「ここ……どこ?」

「は? なにいってるのよアンタ」


 女の子が綺麗な顔を歪めてこちらをみる。

 まるで不審者を見る目付きだ。

 つらい。

 そう思った瞬間、ボロボロと涙が溢れた。


「え、ちょっと泣かないでよ。迷惑なんだけど!

 ……あーもー、なんで人間のアンタがいるのかわからないけど、ここは“妖精の庭”よ。ほら、教えたんだから泣き止みなさいよ」


 ボロボロ涙を流すわたしに慌てたのか、ここがどこか教えてくれた。

 やさしい。

 女の子が教えてくれたことを反芻する。


 妖精の庭。

 なにそれファンタジー?

 そもそも目の前の存在(妖精さん)がファンタジーか。


 あぁなんてこと。

 わたし……わたし、迷子になっちゃったんだ。


 そう認識した途端、わたしの意識は薄らいでいった。



***



 わたしは柚月杏奈。

 高校二年生の十六歳。

 特技はどんな状況でも道に迷うこと。つまり迷子。


 特技が迷子って、なにいってんだって感じかもしれないけれど。

 特技と言えてしまうほど、わたしは迷子になる。

 道を歩けば迷子。

 友達と歩いていても迷子。

 なぜかいつの間にか知らない場所を歩いているのだ。


 そんなわたしはついに異世界にまで迷いこんでしまったようだ。




 目を開けると、木の葉っぱと空が見えた。やわらかい陽射しが顔に当たっている。わたしが寝ているのは、どこかの木の下のようだ。

 目線をずらすと視界に先程の女の子が映った。女の子の身長は大体十五センチくらいだろうか。甘やかな桃色の髪にハチミツのような色の瞳を持つ、綺麗可愛い顔立ちの子だ。本当にお人形さんに見える。

 ぼーっと見ていると、向こうもこちらが起きたことに気がついたようだ。


「あ、やっと起きたわね。突然倒れて超迷惑だったんだけど」


 女の子は腰に手を当ててプンプン怒っている。

 そんな仕草もかわいい。

 ……いやいやそんな場合じゃないや。

 わたしは急いで起き上がり、女の子に頭を下げる。


「あ、あのっ! 迷惑かけてしまってごめんなさい。あと、ついててくれてありがとうございます」


 迷惑だと言いつつもわたしが起きるまで一緒にいてくれたんだからとても優しいよね。

 可愛いくて優しいとか最強だ。

 わたしは見知らぬ地でのこの出会いに心から感謝した。


「まぁ、過ぎたことだしいいわ。そもそもアンタどうやってここに来たのよ。ここは妖精しか入れないはずなのに」

「え! そうなんですか。えっと……えー、その、わたし迷子みたいなんです」


 いくら迷子が特技だからといって、初対面の人(?)に自分が“迷子である”と言うのには勇気がいる。

 でも、妖精さんの顔に「どういうこと?」って書いてあったので、今日の出来事を思い出しながら話してみる。


 朝、学校へ向かう途中で迷子になった。

 いつもは姉妹か友達が一緒に学校へ行ってくれるのだが、今日はみんな用事があったので一人で登校したのだ。

 携帯さえ持っていけば大丈夫だと、迷わないときもあるからと笑っていたのだが……見事に迷った。

 運悪く周囲に人が居なかったので、現在地を訊けず、そのまま進んできたらここに着いて妖精さんと出会った。

 言葉にすればたったそれだけ。

 しかし妖精さんは真剣にわたしの話を聞いてくれた。


「ふぅん、そんなことがあるのね……」

「はい。……それでですね、あのー、妖精さん。すいませんが、異世界への帰り道ってわかりますか?」


 ダメ元で訊いてみたけど、妖精さんは真面目に考えてくれた。

 腕を組んで「うーん、うーん」と唸っている。


「むぅ。アタシにもわからないわねぇ」

「やっぱり……そうですか。ご親切にありがとうございました」

「あ、ちょっと待ちなさいよ。他の妖精にも訊いてあげるから」


 うぅ……優しい。

 お言葉に甘えて他の妖精さんにも訊きにいった。



*****



 早いもので、異世界へ迷いこんで一週間が経った。

 あのあと、結局帰り道はわからなかったけど、なんだかんだで意気投合したわたしと綺麗可愛い妖精さんティア。ティアは胸を張りながら「仕方ないわねぇ。まぁ暇潰し程度にアンタの面倒をみてあげるわ。心優しいアタシに感謝しなさいよ?」と、わたしの面倒をみてくれると言い出した。なんて優しいんだろう。

 わたしは感激した勢いで頭を下げつつ「綺麗で優しくて可愛いティア様ありがとうー!」と妖精さんの優しさに感激して涙が滝のように流れた。

 ドン引きされた。

 つらい。




 “不帰(かえらず)の大森林”というところに“妖精の庭”はある。

 名前は物騒だけど、木の実や果物が豊富なとても綺麗な森。そして、“妖精の庭”には妖精さんたちが五十名程いるらしい。でも妖精さんは好きにあちらこちらに行ってしまうので“妖精の庭”にいたりいなかったりするらしい。


 妖精の庭に住んでみて思ったのは、この世界が不便で便利だということだった。

 現代っ子であるわたしは電化製品がないと家事すらろくに出来なかった。

 ティアには、「アンタ今までどうやって生活していたの?」と心配そうに言われてしまうくらいに。

 役に立てないことにしょんぼり落ち込んでいると「仕方ない子ねー」とティアが色々教えてくれた。

 ……ティア様ありがとう!

 感謝の気持ちを胸に、出来ることを少しずつ増やしていこうと思った。

 でもこの世界に電化製品は無いけど魔法はあった。電化製品の代わりに魔法で同じようなことが出来るのだ。

 料理をするときには火を点ける魔法。

 水道の代わりに水を出す魔法。

 洗濯は水と風の魔法で……と、魔法で色々なことが出来る。わたしが住むところも妖精さんたちが魔法で作ってくれた。

 現在わたしは木と草とお花で出来たお家にティアと一緒に住んでいる。

 もちろんわたしは魔法なんて使えないので、なにかやるときはティアに手伝ってもらうか、魔法を使わないで出来るものは手作業でお手伝いしている。

 役に立っているかは微妙だけど、なにもしないよりはいいと思う。

 手作業で出来ることは、ティアも魔法を使わないで一緒に作業してみることもある。ちまちま作業しているのが可愛い。興味を持った他の妖精さんが手伝ってくれることもある。小さな妖精さん達がちまちまちまちま作業している光景は、とても癒される。

 かわいい。




 妖精の庭の生活はとても自由だ。好きなときに起きて、好きなときに寝る。

 でも、大体の妖精さんは日が上れば起きて日が落ちれば眠る準備をする。

 妖精さんの主な食事は木の実や花の蜜だった。身体が小さいのでそんなに食べる必要はないのだそうだ。

 でもわたしはその量では足りないので、ティアが果物を取ってきてくれたり、他の妖精さんが人間の町で食べ物を買ってきてくれたりした。

 わたしは人間の町に行くと迷子になったあげくにカツアゲされたり売り飛ばされそうになったりするので、基本的に妖精の庭でお留守番だ。(三回ほど経験し、妖精さんたちにもう行くなと止められた)

 うぅ……ご迷惑をおかけしました。


 それにしても、ティアが木の実を両手で持って食べている姿は超可愛い。ちょっとずつ、ちみちみと食べるのが超絶可愛い。ほのぼのする。

 毎回じーっと見ているからか、ついにティアに怒られた。


「ちょっと! そんなにじっと見られると食べにくいんだけど」

「ご、ごめんなさい。ティアの食事している姿が可愛くて」


 ……だって桃色の髪にハチミツ色の瞳の綺麗可愛い妖精さんが両手で木の実を持ってもぐもぐしてるんですよ! 見ちゃうでしょ!!?


 この熱い思いをティアに語ったところ、久々にドン引きされた。

 つらい。




 ティアに「手のひらに乗ってみてくれない?」とお願いしてみた。

 そして、訝し気ながらもティアがわたしの手のひらに乗ってくれたときはスッゴくテンションが上がった。Maxだ!


「これが楽しいの?」


 ティアは意味わかんないって顔をしていたけれど、わたしは超楽しかった。


「楽しい! 楽しいよティア!! 可愛いっ」

「……変な子ねー。まぁいいけど」


 手乗り妖精さんマジ可愛い!

 手乗り妖精さんマジ可愛い!


 心のなかでキャーキャーいいながら、調子に乗ったわたしはティアにお願いして肩に乗ってもらったり頭に乗ってもらったり、人差し指に座ってもらったりした。

 あまりの可愛いさに誉めて誉めて誉めまくった。

 ……わたしの誉め言葉にまんざらでもない顔をしているティア超可愛い!


 たった一週間でわたしはティアにメロメロだった。

 ティアも口では「仕方ない子ねー」とか「何回迷子になれば気がすむの」とか言っているが、わたしが困っていると、いそいそとやって来て助けてくれる。

 うぅ……やさしい。

 ティア、ありがとう。



*****



 そんなこんなしていたら、異世界に迷いこんでから三ヶ月が経った。

 異世界での生活には大分慣れ、ティアとすごく仲良くなった。そして超絶頑張ったわたしは、今ではティアに迷惑をかけないくらいまで成長した。

 ……いや、言い過ぎかな?

 この三ヶ月でなんとか家事は出来るようになった。迷子になる回数も減った……ような気がする。うん。きっと減っている。

 そして今日は久しぶりにティアと一緒に木の実を拾いに森へ来ていたのだけど……。


「ティアー、どこー?」


 わたしはまたしても迷子になっていた。

 あれ、おかしいなー。まだ“妖精の庭”を出てからそんなに時間が経っていないのに。

 見覚えがあるようなないような森の中を一人でうろうろと歩く。


「うぅ……ここどこぉ」


 歩いても歩いても同じような景色に見える。

 わたしはもう涙目だ。


 ティアには「アンタが迷子になったら、アタシが迎えにいくから。だから迷ったと思ったら絶対動かないでよ?」と言われていたが、探してもらうのは申し訳ない気がする。

 それにさっきまでティアといたんだから、すぐに見つかるはずだ。そう信じて行動したのだが、やっぱり動かなければよかったのかティアは全く見つからない。

 半泣きで森をうろうろ歩く。

 歩き疲れた頃、木々の向こう側が明るくなってきた。それを見て、もしかしたら“妖精の庭へ戻れたのかも”と喜んだわたしは、急いで光が射す方へ駆けていった。

 するとそこは────崖だった。


「ひっぇえええ!!! うそぉ!!」


 止まろうと思った。止まろうと思ったのだが勢いがつきすぎていて止まれなかった。

 足を踏み外し崖から落ちたわたしは、かろうじて崖の縁を指で掴むことに成功した。両肩と指に信じられないくらい重さがかかる。今日ほど自分の体重を恨んだことはないだろう。


「重いっ! 無理ぃぃぃいい!!」


 自分の体重で腕がプルプルする。冷や汗がドッと吹き出た。

 風が吹き上がり身体を揺らす。チラリと下を……見なければよかった。かなり高いので、落ちたら無事にはすまない感じ。

 今は火事場の馬鹿力なのか持ちこたえられているが、そんなに長くは持たないと思う。極度の緊張に精神が磨耗する。

 ……あぁ、なんだか走馬灯が見える。半分以上が迷子になったときの記憶だけど。

 その中には色んな人の顔が見える。

 お母さん、お父さん、姉妹に友人たちの顔も次々と頭を過る。

 そしてなにより今一番お世話になっている──ティア。

 ティアはわたしのことを探しているかな。ティアのことを考えていたら、また涙腺が緩んできた。ヤバい。指の力が抜ける。


「うぅ……ティア。ティア。ティア! うわぁっ!?」


 ティアの名前を叫ぶのと同時に指先が滑る。強くしがみついていたからか、爪からは血が滲んでいた。


「助けて、ティアーーーー!!!!」


 わたしが絶叫するのと、その声が聞こえたのは同時だった。



「まったく、なんでこんなとこにいるのよバカ杏奈! 迷子になったら動くなっていったでしょ!!」



 耳に聞こえたその声は、わたしが待ち望んでいたティアのものだった。

 次の瞬間、落下しはじめていたわたしの身体は二本の腕に抱き止められていた。


「ティ……ア?」


 この綺麗で可愛い顔はティアのものだ。だけど、大きさが違う。わたしの手のひらに乗るくらいの小さなティアは、なぜか、なぜか大きくなっていた。

 しかも抱き抱えられたときに触れた胸は真っ平ら。確認のためにもう一度撫でてみる。


「ちょっと、あんまり触んないでよ」

「ごめんっ……ていうかティア? 大きい。なんで胸ない!?」

「はいはい説明してあげるから。ちょっと大人しくしてなさい」


 パニックになりかけて、もぞもぞと動いていたら、ティアにぎゅっと動けないように抱きしめられた。




 崖の縁のところまで戻って、ティアの腕からふわりと降ろされた。地面に足が着いたことにより少しだけ気分が落ち着いたので、改めてティアを見る。

 長い睫毛もスッと通った鼻筋も、赤い唇も変わらない。綺麗可愛い妖精さんだ。

 だけど、そこにいるティアは女の子に見えなくて困惑した。


「ティア……女の子じゃないの?」

「アンタ助けてあげたアタシに対する第一声がソレ?」


 わたしが質問したら、ティアがいつもより低い声で言った。ハッとする。

 そうだ。お礼も言わずにわたしは何を言っているんだ。


「ごごごめんなさい! 助けてくれてありがとうございましたー!!」

「まったく……。仕方ない子ね。まぁいいわ、迷子になった説教はあとでね。まずは説明してあげる」


 そうして聞いた説明は、久々にファンタジーだった。

 まず、ずっと女の子だと思っていたティアは女の子ではなかった。

 しかし男の子という訳でもなかった。

 なんと、妖精には性別が無いのだそうだ。

 性別は恋をした相手に合わせて身体が変化するらしい。恋をしないとずっと小さな人形サイズのままだとか。

 今のティアの姿は人間でいう十代から二十代くらいの少年……青年(?)に見える。


「……で、説明したけど。どう思った?」


 ティアが少し視線を外しながら聞いてくる。

 白く滑らかな頬は少し赤く染まっていた。


 ピンときた。


「なるほど。そういうことね。わかったわ、ティア」

「っ! 杏奈……」


 ティアの瞳が期待と不安に揺れる。頬は薔薇色に色づき、匂い立つような美しさだ。

 すべてを理解したわたしは、ティアの目を真っ直ぐ見つめた。


「ティア。ティアはいつも通り綺麗だよ?」


 男性になってもティアは美しい。わたしは自信満々に答えた。


「違うわよ!」


 ティアが顔を真っ赤にして怒る。

 ……え、間違えた!?

 わたしはオロオロする。絶対コレだと思ったのに。

 慌てふためいたわたしは、他に何かあっただろうかと辺りを見回す。そんな挙動不審なわたしに、ティアはため息を吐いた。そしてわたしの頬を両手でガシリと包み、上から見下ろしてきた。わたしの視界はティアの綺麗な顔と、甘そうな桃色の髪の毛でいっぱいになった。


「いーい? よく聞きなさい。妖精はね、恋をしたら相手に合わせて身体が変化するの」

「わかってるよ?」


 さっきちゃんと聞いた。もしかして、わたしはティアにそこまでバカだと思われているのだろうか。きょとんと見上げるとティアの目尻が徐々に赤く染まってきた。


「……わかってないでしょ、バカ杏奈。ニブニブ娘!」

「えぇー」


 なぜ今罵倒されているのかな。

 ティアはわたしの表情を読んで、心底弱った顔をした。ハチミツ色の瞳には、どこか切なげな甘さが含まれている。


「わかりなさいよ。アタシが好きなのは……アンタよ」


 羞恥からか、潤んだ瞳でこちらを睨んでくるティアは、凄まじい色っぽさだった。


「…………え?」


 言葉の意味を理解した途端、心臓が壊れるかと思った。


「あ、杏奈っ!?」


 あまりの衝撃に、人生で二度目のブラックアウト。ティアの声を聞きながら、わたしの意識は遠のいていった。







 異世界に迷いこんで早三ヶ月。

 家に帰る方法はまだわからないけれど……


「ほら杏奈、迷子にならないように手をつなぎましょ?」

「ありがとうティア。今日はどこに行くの?」

「頭が良い知り合いがいるから、異世界への行き方があるかどうか訊いてみましょ」

「うぅ、ありがとうっ! ティア!!」


 優しくて綺麗可愛い妖精さんと、今日も異世界で元気に暮らしています。


ここまで読んでいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほのぼのー、ほんわり、まったり。 一応ハッピーエンド(?) [一言]  主人公、もうちょっと学習しようね?! 天性の方向音痴は絶対治らないから!  迷子になって突然(うっかり?)元の世界に…
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