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また、今度

俺とか君とかしか出てきません。短いです。

 夏の終わりを感じさせる冷たい風が頬を撫でた。俺はスマホを鞄から取り出した。いつもと何の変化のないそれに、もう落胆すら浮かばない。

「先輩、どうかしましたか?」

 今年初めてできた後輩は、突然止まった俺を不思議そうに見た。

「いや、別に。風が冷たくなったなって」

「そうですね。涼しくていいですよね」

「ほら、次の営業先行くぞ」

「はい!」

 後輩は大学を卒業したばかりの新社会人だ。勢いよく返事をしたが、どこか緊張した顔である。もう、5か月経つというのに緊張が抜けないのか。そこまで考えて自分もそうだったと思い直した。後輩の背中を一度叩く。「痛いっすよ」と冗談めかして言うので、俺は笑った。

「そういえば、気になってたんですけど、先輩って彼女いるんですか?」

「は?」

「いや、気になって」

「…いるよ」

「え?いるんですか?」

 目を丸くして驚く後輩の頭を俺は軽く叩いた。

「いちゃ悪いかよ」

「いえ、いいんですけど。…先輩、いつも遅くまで残ってるし、休日出勤とかしてるじゃないですか」

「遠距離だから」

「え?遠恋なんですか?」

「ああ」

「彼女さん、どこにいるんですか?」

「名古屋」

「なんだ。結構近いじゃないですか」

 どこか面白くなさそうな表情に他人事だと思ってと睨みつけてみる。けれど、この新人は俺のそんな反応にはびくりともしない。

「だって東京から名古屋なんて、新幹線の乗り換えもないんですよ」

 さらっとそう言う後輩になんだか俺は腹を立てた。そんなに簡単じゃないんだと思い知らせてやりたくなる。あまりプライベートは言わないようにしていたのに。けれどここまで言ったのだからと俺はどこか饒舌になった。

「あのな。俺もあっちも仕事してるの。2人が時間合うときなんてそうないわけ。それで新幹線で3~4時間もかけて会いに行くなんてそうそうできないの。お前たちみたいに若くて体力が有り余ってるわけじゃないんだし」

「先輩、28歳ですよね?」

「そうだよ」

「若いじゃないですか!」

「いや、23のお前にそう言われても」

 力説する後輩に俺は苦笑交じりにそう言う。

「結婚とかされないんですか?」

「まだ、人を支えられるほど給料もらえてねぇよ」

「…別にいいんじゃないですかね?支えなくても」

 突然の言葉に俺は首を傾げた。そんな俺を見て後輩が笑う。

「支えるなんてきっと男のエゴですよ。彼女さんも仕事してるんだし、支えてほしいなんて思ってないんじゃないですかね?…いや、わかんないですけど。それより、きっとちゃんとしたものが欲しいと思いますよ?」

「…なんで俺、後輩に説教されてんの?」

 ふとした疑問を口にした。後輩は申し訳がるわけでもなく小さく笑った。

「こういうことはきっと、先輩みたいに何年か仕事とかして、人との距離感をしっかりつかんでいる人より、俺みたいなペーペーの方がわかるんですよ」

「なんだそれ?」

「会えないのだって、ただのいいわけですよ。だって、会える時間が1時間だって30分だって、会いたいなら会いに行けるはずですよね?」

 まっすぐ俺を見てそう言う後輩を若いなと思った。けれど同時に、自分のことを言い当てていると思った。確かに会いに行こうと思えば、いくらでも会いに行ける。仕事をしているので時間はないが、仕事をしているので金はあるのだ。けれどそんな情熱も若さもなかった。会いたい気持ちはあるのに、会えないことに慣れてしまっていた。電話もメールもろくにせず、けれど別れたくないと思っていた。なんて不毛なんだろう。

よくドラマや漫画で見るように「目を閉じれば君がいる」なんて、嘘で、目を閉じても、開けても君はいない。君を思い出して目を閉じるたび、君との距離を自覚するんだ。だけどやはり君が好きだと思う。離れていても、何の連絡をしなくても、心の中に君がいて、心は君を好きだと叫んでいる。

 俺は大人だ。どうしようもなく大人で、後輩までできてしまった。けれども、この後輩のように単純に考えてもいいのかもしれない。何も知らなかった学生の頃のように、ただ「好き」という気持ちだけで動いてもいいのかもしれない。

「…ちょっと、電話してもいいか?」

「もちろんです」

 俺が言うと、後輩はどこか大人びた表情でそう言った。その表情がなぜかむかついたので、軽く頭を叩いてみる。「痛いな、もう~」とおよそ先輩には言わないセリフをそいつは言った。彼女とのことが済んだら、先輩としての威厳をどうにかして確立しようと心に誓う。

 俺は少し離れたところで彼女に電話をかけた。

「…どうかした?」

 俺の電話に名乗りもせず彼女はどこか心配そうな声でそう言った。それもそのはず、平日の日中に電話をすることなど、今までなかった。

「今、大丈夫?」

「…うん。ちょっとだけなら」

 そう言って彼女は場所を変えたのか、電話の向こうが一気に静かになる。

「なあ、…今日、夜そっち行ってもいい?」

「……え?」

「会いたいんだ」

 久しぶりにそんな言葉を使った気がした。どこか照れてしまう。電話口の向こうで彼女が困っているのがわかった。

「どうしたの?」

「…たまには素直になんないと、逃げられちゃうから」

「…逃げないって。そっちこそ、逃げないでよ」

「俺が、お前から?ないね。一生」

「一生…?」

 別に将来を誓うつもりは毛頭なかったが、彼女の声が少しだけ上擦ったので俺は見えないのに大きく頷いた。

「一生」

「…本当にどうしたの?」

「後輩に叱られた」

「はい?」

「素直になりなさいって」

「…何それ?」

 彼女がクスクス笑うのが聞こえる。幸せだと思った。遠くてもいい。電話でもいい。彼女が笑っていれば、俺は嬉しいのだ。そんな当たり前のことをすっかり忘れていた。

「今日は、残業があるから。…今度、休み合わせようか?」

「ああ。なぁ、今度渡したいものがあるんだけど、受け取ってくれるか?」

「……給料3か月分ならもらってあげる」

 どこか照れたようにそう言った彼女はきっと耳まで赤くなっていることだろう。その顔が見えないのは残念だけど、今度のお楽しみだと俺は笑う。

「楽しみにしてろよ」

「うん」

「また、今度な」

「うん。また今度ね」

 そう言って俺たちは同時に電話を切った。

 とりあえず、あと一つ営業に回って、お昼を後輩に奢ってやろう。そして、自分の給料をもう一度計算してみよう。そう思い、俺はスマホを鞄の中にしまった。



あれ?なんだか切ない気持ちになりたかったのに、なぜ?

でも楽しかったからいいです(笑)

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かに切なくじゃなくてほんわかしました。ツーカー?安定の関係ですね。
[良い点] 言葉に出来ないけどいいね。情景が頭に浮かんでにやりとしてしまう
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