城壁の破壊神 アレス① 初戦
アレス。ギリシア神話に登場するオリンポス十二神の一柱であり戦を司る神である。ゼウスとヘラの子だといわれている。本来は戦闘時の狂乱を神格化したもので、恩恵をもたらす神というより荒ぶる神として畏怖された。「城壁の破壊神」の二つ名を持っており、戦争における栄誉や計略を表すアテナに対して、戦場での狂乱と破壊の側面を持ち、性格も粗野で残忍、かつ不誠実であるという。
至って凶暴で残忍な相手だということを知る由もない三人は雷電峠から転移して戦闘街域という場所に来ていた。
「なんだここ? 戦闘街域だって」
スマホには戦闘街域と表示されていた。辺りを見回すと街らしき建物が一面に建っていた。しかし、その建物が機能していないことにすぐに気がついた。建物の窓ガラスが全てなくなり廃墟と化していたからだ。
「何ここ。お化けが出そう」
莢がロゼの服の袖を掴み、おどおどしつつロゼの後ろに隠れながら言った。
「そう? 何か宝物が見つかりそうな気がするけど。ワクワクするのは私だけかしら」
莢の言葉を一掃したロゼがキョロキョロしながら廃墟を詮索している。案外、トレジャーハンターな面もあるロゼだった。
「天音もそう思わない?」
不意に言葉を投げかけられた俺は咄嗟にうんと言ってしまった。これが後に悲劇を招いてしまうとは。
「そうよね。じゃあ今からトレジャーハントの開始よっ! それと、ついでにアレスも探しましょう」
そう言うと銃剣一体と思われる武器をメニューから具現化させそれを腰に携え、ツカツカと廃墟の建物へと向かっていく。
「待ってよ」
さっきまでロゼの後ろについていた莢もその後をついていく。そして追いついたかと思えば、先ほどみたくロゼの服の裾を掴んで一歩後ろを歩いて行く。
「おいっ、待てよ。てか、宝じゃなくてアレスがメインだからな」
全く集団行動が取れない奴らだ。まるでデパートでおもちゃ売り場に来て、おもちゃに目がいった子ども達を追いかける父親の気分だ。さしずめ、おもちゃに興味満々の姉妹を追いかけているというところか。そう言いつつも気になり走って後を追う。
「わぁー真っ暗だ」
廃墟の建物に灯りは無い。その為先が見えない。注意しなければ。もう主観がお父さんになっている。
「先が見えないから注意しないとな」
「心配しなくても大丈夫よ。ライトがあるわ」
皆に注意を促した矢先、ロゼはケースの中から立派な懐中電灯を取り出し廃墟内を照らし出した。そのお陰で廃墟内を自由に歩けそうだ。
一秒かからないツッコミにお父さんガッカリだよ。そして、本当に用意周到だよ、ロゼは。
何か罠があるんじゃないかと周りに意識を置きながら、先頭を歩く二人の後を追って歩く。
「みんな! 気をつけろよ。こういう廃墟は何か罠があるに違いない。不用意に壁とかに触るんじゃないぞ」
絶対、何かあるハズだ。例えば定番の落とし穴。落ちたら串刺しで死が待っている。
「わ、罠!? どこ? どこにあるの?」
その言葉を聞いた途端、莢が急にオロオロし始める。罠があるという考えがなかったらしい。言わなければよかった。
「もう、莢ってば何オロオロしてるのよ。そんなの見つけたら破壊してしまえばいいのよ」
ひぇ~。なんちゅ~お方だ。気をつけるという言葉を知らないと見える。
「そっかぁ~。壊せばいいんだね」
あの~、莢に変な入れ知恵をしないでもらえますか。
歩くこと数十分。俺たち三人はだだっ広い空間にたどり着いた。入り口から現在地までは分岐点はあったものの一本道で迷うことがなかった。
「ねぇ、見て。あそこに何かあるよ」
莢の声に反応して指差す方に顔を向ける。そこには、映画や漫画でよく見る箱が置かれていた。
「「「た、宝箱だぁ!!」」」
目の色変えた三人(俺も含め)が宝箱に向かってダイビングする。
「じゃあ、せーので開けるぞ」
宝箱の開き口を三人で持ち、俺のかけ声と共に宝箱を開く。
「うー、重いよー」
宝箱の蓋がこんなに重いとは思わなかった。三人で持っても開けるのに一苦労した。
「な、中身が…」
「何も…」
「無い。空っぽ…だね」
開けてビックリとはこの事だった。一苦労して開けた宝箱の中は何もなかった。既に他のプレイヤーによって持ち去られてしまったのか、元から無かったのかは不明だが、一つ言える事とすれば骨折り損のくたびれもうけということだ。
「くそっ」
やはり、ここまで来たからにはお宝を一目見たかった。なぜもっと早くここに来なかったのか後悔が残る。
「まぁ、こんな事はしょっちゅうあるわ。来るのが遅かったとしか言えないわね。戻ってアレスでも探しましょう」
そう言うとロゼはさっさとここから出る準備を始める。やはり根っからのトレジャーハンター気質なのか、そんなにガッカリとした表情は見せなかった。
「…ここも違う。一体どこに隠されているのかしら。必ず見つけてみせるわ、ロストを」
「どうした? 何かあったのか?」
「ううん。何でもないわ。さっ行きましょう、早くクエストをクリアしなくちゃ」
ロゼが言っていたロストという言葉。おそらくそれがロゼの探し求めている物に違いないだろう。だが、ロストとは一体何なんだろう。この世界にはまだまだ俺の知らないことがありそうだ。
「ギヒッ」
背後から気味の悪い声が聞こえた。ここには俺と莢とロゼの三人のみ。他にいるとすれば同じクエストを受注している他プレイヤー。他プレイヤーがここに来ている? ここで二つの仮定が生まれた。まず一つ目に、そもそも同じクエストなんかあるのだろうか。あるとすれば、先の宝箱の件も中身がリセットされていなければ同じとは言えない。だとするとこのクエストは―
「危ないっ!」
誰かが急に飛び込んできた。その衝撃で俺の体も吹き飛ばされる。
「痛ててててて」
腰とお尻を強打してしまった。お尻は四つに割れてないだろうか。まったく、誰が飛び込んできたんだ。犯人特定のために体を起こすと黒みがかった茶髪のハーフアップが目に入った。莢だ。
「さ、莢。お、重い。ど、どいてくれない?」
「ん、んん。あっ、ごめん」
すぐさま莢が体を起こし上からどいてくれた。やっと体が軽くなった。
「ねぇ! 天音! さっき私になんて言った?」
莢がグイッと顔を近づけて来た。しかも何か怒ってる?
「えーと、どいてくれない?」
「違うよ。その前!」
「その前? ……」
「覚えてないんだ? へー」
ますます機嫌が悪くなっていく。俺、一体なんて言ったんだろ。
「分からないんなら教えてあげるよ。天音は私に重いって言ったんだよ。おーもーいって」
重い。それは十代の女の子、ましてや世界中の女性に言ってはならない言葉だ。それを軽々しく言ってしまっていたなんて。
「あー、それは…咄嗟に出た言葉であって、決して莢が重いんじゃなくて」
「また言った!」
さらに墓穴をほってしまった。弁解の余地もない。穴があったら入りたいよ。
「ごめんなさい」
「いいよ。これで許してあげる」
ほっ、やっと許しが出た。
「風の矢」
ヒュン。
俺の顔の横を何かが横切っていった。ものすっごい速さで。
「ちっ、しくじった。そこ動かないでよ」
「あの、莢さん。一体何を…」
にこっ、今まで見たことのない極上の笑みが帰ってきた。
「何をって、全世界の女性を敵に回した人へのお仕置きだよ」
ヒュン。
再び俺の目の前を何かが横切っていった。しかも先ほどより完全に俺の方に寄って来ている。相当、お怒りのようです。
「だめだよ~。当たらないと」
こんな莢を短い時間だが未だかつて見たことがない。闇側莢だ。
「ちょっとっ!」
不意に声が廃墟内で響いた。声の主はロゼ。しかも、切羽詰まったような感じだ。
「どうしたんだ、ロゼ!」
「い、一体、いつまで、あ、遊んでいるのよ。特に莢、引っ付き…すぎよ」
「そ、そ、そんなに引っ付いてないよ。ただ、天音を危険から救っただけだよ」
何かがロゼに襲いかかっていた。ロゼは何かのスキルによって具現化された武器を腰から抜刀し、何かの攻撃を防いでいた。顔を見る限りロゼは本気だ。それと莢よ、さっきまでの威勢はどこ行ったんだ!
「ギヒッ、やっと、こっちに気づいたなァ。一人で二人を守るって大変だったろォ? なァ」
ギヒッという独特の笑い方、忘れるわけがない。他プレイヤーだと思っていたが、まさか敵だったとは。
「お前! 何者だ。ロゼから離れろ!」
抜刀した雷鳴剣エクレールを右手に持ち、謎の敵めがけて振り下ろす。が、あっさりとかわされる。思ったより素早い。
「俺はアレス、城壁の破壊神アレス。小僧、あんな鈍らな太刀筋じゃあ俺を倒すのは不可能だ」
遂にアレスと対峙した。普通の人間っぽい格好にランスを片手に持っている。鋭い目つきで俺たちを睨んでいる。
「さァ、俺を楽しませてくれやァ。ガキどもォ」
アレスがランスを構えて突きを放った。一瞬の出来事だった。構えまで見えたのだが、それから先が残像のようになってブレて消えた。どこいった。
ガキィン。
突然、目の前にロゼが現れた。ロゼが剣の刃を使ってランスの切っ先を止めていた。
「何をしているの天音。ちゃんと目を見開いていないと死ぬわよ」
見えなかった。瞬きなんてしていない。する暇なんてなかった。それぐらいアレスの突きは早かった。ロゼがいなければ今頃俺はここにいなかった。
「また守られたなァ、小僧ォ」
突きの威力を上げながらアレスが皮肉混じりの低い声で言う。ロゼはその威力に押されジリジリではあるが後退していた。
ロゼの守りもいつまで持つか分からない。手数は一体三なんだ。落ち着いて対処すればきっと勝てるはずだ。
気合をいれ、エクレールを力強く握った。
「オオオオオオォォォォォォ」
「いいねェ、その表情。やっと本気でやれるぜェ。邪魔だ小娘ぇ」
「くっ!!」
ジリジリと後退していたロゼがアレスの突きによって吹き飛ばされる。その勢いが風となって横を通り過ぎた。まだまだ力を温存していた事が伺える。
「来いよ、小僧。その剣で俺を倒してみやがれ」
ダッシュでエクレールの攻撃範囲内までアレスに近づき、横一閃に剣を振るう。
ガキィン。
ランスで簡単にはじかれる。想定通りだ。はじかれた剣をそのままに体をひるがえし、アレスの顔面に右足で蹴りを入れる。直後、相手との距離を取る。
「フハハハハハハハハハ」
顔面の蹴られた部分が赤く色づき、唇から出血したアレスが高らかに笑い始める。そして、唇からの出血を腕で拭った。大してダメージは与えられていないようだ。
「ちったァ、効いたよ。だが―」
ズンッ。
「ガハッ」
いきなり吐血した。何が何だか分からない俺は混乱した。さらに、どこからか激痛が湧き上がってきた。気が狂いそうなほどの痛みだ。かすかに動く右手で痛みの原因を探る。
「ぐあああぁぁぁ」
それは腹部からだった。何かが刺さっている。先が尖ったもの。そうか、アレスの持っていたランスだ。
「やはりお前も、俺の力の前では無力だったか」
虚ろになりながらアレスの方を見ると残念そうな表情で俺の体を刺し貫いていた。
「天音ぇぇぇぇ」
吹き飛ばされたロゼの必死な声が聞こえた。
(どうしたんだ? 俺はこのとおりピンピンしてるよ。だから心配するなって)
「ま、まだ…終わっちゃ…いない…ぜ」
俺の今にも消えそうな声にアレスは何かを感じ取ったようで俺の顔をじっと見つめていた。
「ふん、いいだろう。小僧ォ! 決着はお前が完全に回復するまでとっておいてやる。場所はここだ」
アレスは俺の体からランスを引き抜くと俺たちに背を向け闇の中へと消えていった。
一方、俺はその場に倒れこみ、ランスによって貫かれた腹部から大量出血していた。ランスが栓のようになっていたらしく、それが無くなったから今まで出なかった血液が大量に流れ出たということだそうだ。
「天音! 天音!!」
「天音!! 天音!!!」
俺を呼ぶ声が聞こえたが、それに反応することは出来なかった。激痛により薄れゆく意識の中、ロゼと莢。アタッシュケースから何かを取り出す二人の姿を見つめながら気を失った。