2 ✳︎ 記憶するのは人の顔と名前で充分だ。
2話目です。
どうぞよろしくお願いいたします。
僕と千歳の関係性なら、知り合い以上友人未満だろう、と秋空は考える。
千歳の前では友達以上恋人未満と言ったが、そもそも出会ってから半年、実際に会ったのはこれで3回目だ。友人とは言い難い。
秋空の目から見て、千歳明という人物は、今の時代珍しいくらいお人好しに映る。けしておせっかいではなく、人がやりたがらないことを、淡々とこなす。
それでいて、おごらない。人の上に立とうなんて微塵も考えない。
君はそれをただの無関心だと言うけれど。それにしてもまったく、素晴らしい人間だよ。僕が嫉妬するくらいにね。
そこまで考えてから、意識を現実に戻す。
「よくわからないよ、君のことは」
千歳に、鈍感にもほどがあると言われたのでそう返した。
「わたしから見れば秋空のほうがよっぽどわからないって」
未だ微妙な顔をしている千歳に、
「立ち話もなんだから、ね。せっかくだし、紅茶飲んでいってよ。ああ、叔父さんの書斎にまた本が増えたんだ」
と目的地を指差すと、
「………お邪魔します」
意外に素直な返事が返ってきて、秋空は思わず微笑んだ。
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「相変わらず素敵だよね、ここの書斎。あ、館もの新しいの入ってる」
「でしょ。僕も読んだけど、よかったよ、それ。借りていきなよ」
秋空も千歳もミステリー好きなので、この一風変わった書斎にある本をよく読む。
話は逸れるが、秋空の叔父の家は、文字通り洋館だ。大きさは少し贅沢な一軒家、ぐらいだが、家具や調度品まですべて揃えたので値段はシャレにならない。尋ねたところ、先代が趣味で作らせたものらしい。秋空がその話を千歳にしたら、「これを趣味と言うか…」と、半ば呆れたように呟いていた。
千歳が本棚を物色している間に、秋空は叔父の茶葉で紅茶を入れる。
「千歳はミルクティーが好きだったよね」
「ああうん、ありがとう。………それにしても、よく覚えてるねわたしの好み」
秋空は記憶力がいいんだね、と言う千歳。
秋空からしてみれば、千歳のほうが記憶力はいいと思う。そもそも覚えようとする項目が違うのだ。千歳が人の名前と顔、生年月日を覚えているとしたら、秋空はその人の趣味、嗜好、考え方などオプションを覚える。
「大丈夫、現実的に考えて、役に立たないのは僕の方だから」
コトリ、と洒落たローテーブルにカップを置く。それに合わせて千歳もこれまた素晴らしく座り心地にいいソファに腰掛けた。
「……?それについて否定はするけ ど、ま、いいよ。…………うん、美味しい」
ふわりと微笑んだ千歳に秋空は図らずも胸が高鳴った。
「それは光栄ですね」
「やっぱりよくわからない」
千歳は難しい顔つきになる。それを少々笑いながら秋空は言った。
「そっくりそのまま君に返すよ」
「え、わたしほどわかりやすい人間はあまりいないと思っていたけど」
「まあ千歳ほど思考が変わっている人間はそういないだろうね」
秋空はすかさず言い返す。
「馬鹿にしてるの」
「してないよ。これは僕の千歳に対しての見解だ」
ややむくれた千歳に秋空は言った。むくれたといってもほとんど表情は動いていない。千歳明は無表情が標準装備だ。それに対して秋空は常に笑みを浮かべている。
「本当に食えないやつね」
千歳はため息をついた。
秋空は「それはよく言われるよ。なんでだと思う?」と、訊く。
訊かれた千歳は数秒秋空の目を見ると、再びため息をついた。
「雰囲気かな。その胡散臭い感じが怪しい」
「千歳さーん、オブラートって知ってるかな…?」
「包んだってもちろん」
「包んでそれ!?え!?僕の扱いわりと酷くないかな!?」
「そう?いつもこんな感じだよね」
「僕のライフもう0なんだけど!?」
冗談だって、と笑った千歳に秋空は、あ、千歳が笑うの久しぶりだなと思った。
現役女子高校生でここまで表情を表に出さない人を見たのは千歳が始めてだと秋空は以前に感じた。まあ現役女子高校生に会った数もたかが知れてるのだけれども。秋空の知る限り両手をすべて折る必要はないだろう。中高一貫男子校のデメリットだね、そこは、と心の中でぼやいた。再び飛んでいきそうになった意識を千歳に戻して、秋空は紅茶を飲む。
くせがなくて、確かに美味しい。
千歳は紅茶がよほど美味しかったのか空になったカップを弄んでいる。
それを見て「お茶のおかわりあるよ」と秋空は言い、席を立った。
「ありがとう」
「叔父さん喜ぶだろうね」
「なんて種類の紅茶?これ」
秋空は何語で書かれているかすらわからないパッケージから、ようやくみなれたカタカナを見つけ出す。
「キャンディ、だって」
「叔父さん次もこれ買ってきてくれないかな」
「それも頼んでおくよ」
二人はのんびりと会話をする。
「今更だけど、叔父さんは仕事?」
「うん。また新しい依頼が入ったみたいだよ」
「母さんが嘆いてた、そういえば」
秋空の叔父は、私立の探偵だ。そして秋空はその助手としてこの洋館に住んでいる 。
そんな二人に千歳の母が依頼をしたことが事の発端だ。秋空が留守番をしていると、冷静で何事にも動じない少女と、謎と、招かれざる客が来たわけだ。これが今年の春休みのこと。
「事件といえば、千歳の住んでる地域で火事が起こってなかった?」
秋空はテーブルの上の新聞を捲り、該当記事を指差す。
「…【小学校で爆発 遠隔操作か】。あー、小学校で起こったやつね。校長室が燃えたんだっけ。怪我人は出なかったし、まあ」
「淡白だねえ。気をつけなよ?千歳」
「え、なにが」
「いや、わりと近所でしょ、ここ」
秋空は呆れた顔をした。
「今年はもう事件は沢山」
「千歳と顔を合わせる度になにか起こってるからね」
始めて会ったときに一回、夏休み初めにも一回。
我ながら素晴らしいエンカウント率である。
「だから、今回は大丈夫、うん」
と、頷く千歳。秋空はそれを見て嫌な予感がした。
「うわぁ…………」
千歳明、冷静で何事にも動じない女子高校生に加え、一級フラグ建設士である。
キャンディ (Kandy)
セイロン島中央部。水色は輝きのある紅色で冷めても濁り(クリームダウンと呼ぶ)を生じにくい。バリエーションティーやアイスティーに最適。香りは控えめで、渋みが少なく、軽く柔らかだがこくのある味。
参考 ✳︎ Wikipedia
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。