嘘つきは殺し屋の始まり
その夜はルーカスもレストランの二階に泊まることになった。アレンが度々そうしている、と聞くと、俺も俺も、と言って帰らなかったのである。
キーラは仕方なく彼を従えて厨房に入り、階段を上った。
「なあなあ、ここさ、ちょっと不用心すぎじゃねぇかあ? 俺、普通に入れちゃったぜ」
小馬鹿にしたように言ってきたルーカスに、キーラは
「そうみたいだねえ」
と返す。
「ま、情報屋は備忘録なんか作らないから、盗まれるようなもんはないけどね。ただ、ちゃんと窓にはまともな鍵を掛けてるし、窓ガラスも簡単にかち割られるような代物じゃないはずだよ」
「うん」
彼はあっさりと答えた。
「二階は意外と鉄壁だったからさ。一階のレストランの正面から入ったんだよ。普通の錠前だけだったし」
キーラは階段を上り切ったところで、不意に立ち止まる。
「え、うわ、急に止まるなよ! 危ねぇだろ――」
「――アレンに」
「あ?」
キーラは体ごと振り返った。ルーカスは一段下に片足を掛け、怪訝な顔をしていた。
「アレンに招かれたなら、あいつが窓くらい開けておきそうなもんだけどね。誰も泊まっていなかった部屋なら、鍵が開いてても気づかずにあたしが出かける可能性はあった」
脅すような声音で言うが、ルーカスは冗談じゃない、というように鼻を鳴らす。
「あんたはそこまで不用心じゃねぇだろうが。奴の手助けなんか、はなっから借りる気がなかっただけだよ……何だよ、疑ってんのか?」
「ブランドン・ガーティンの件に関して、アレンとあんたが協力して動いてるなら、あたしは味方になろうと思ってたんだけどねえ。もし違うって言うんなら考え直さないとね」
「考えすぎだろ」
ルーカスは苦笑した。
「そうかい」
「で、俺はどの部屋使えばいいの?」
「そうだねえ」
二階は、階段を上り切ると、右手にも左手にも廊下が伸びている。キーラは廊下の右奥を指差しながら言う。
「あっちの端っこはあたしの部屋だけど、後はどこだっていいよ。アレンもいつも同じ部屋ってわけじゃないしね」
「じゃあキーラさんの隣でいいや」
ルーカスはそんなことをのたまって廊下の奥へと歩き出した。キーラは顔をしかめて後を追う。
「他も空いてるだろ。わざわざ隣にするんじゃないよ、気持ち悪い」
「えぇ、ひでぇこと言うなあ……」
こいつはさっきから妙な理由でむくれてばかりだ。キーラはため息をつきたくなる。
「……だったら、アレンも隣に泊めるんじゃねえぞ」
「何だそれ」
「だって、何か嫌だし! アレンとキーラさんは仲良しで、俺は仲間外れって、嫌だろ」
「わかったよ、アレンに後で言っておく」
呆れてそう言うと、彼は意気揚々と反対側に向かって歩き出した。そして、一つの扉の前で止まる。
「じゃ、ここにするわ。おやすみぃ、キーラさ――」
「もう一度だけ聞くよ。あんた、何しに来たんだい」
ルーカスとの距離は、十分とれている。彼の答えを聞く前に、キーラは自室の隣のドアを蹴った。
「ちっ」
随分と距離があるはずだが、舌打ちはキーラの耳に届いた。
部屋の中に、無残に割られたガラスが散乱しているのが見える。
「一階から入ったって言わなかったかい?」
ルーカスを見やるが、彼は反論せず、ただただ悔しそうな表情で立ちつくしている。
「残念だけど、一階の正面の入り口の鍵は、普通の錠前だけじゃないんだよ。床すれすれに番号式の鍵が付いた閂があってね。よっぽどよく見ないとわからないけどね……ま、それ以前に閉店中とはいえ、大通りに面してるレストランにピッキングで侵入するとは思えないよ、あんたみたいな殺し屋さんがさ」
キーラはじろりとルーカスを睨みつけた。ルーカスは、そんな適当な嘘をついてまで二階から侵入したことを隠したかったらしい。キーラだけでなくアレンにすら隠したい、とは一体どういうことなのか。
しかも、だ。
「それに、この部屋は昨日アレンが使った部屋だよ。あんた、それを知ってて――」
ルーカスが、ふっと口許を緩め、笑みを漏らした。
そのまま、こっちに歩いてくる。
「あんた、思ったよりは頭良いな。勘に頼りすぎな気もするけど、当たらずとも遠からじだし」
彼の目は、また酷薄そうな目つきに戻っていた。
「なあ、ブランドンの奴が見た死神が金色か、確かめてくれねぇか?」