ねえさん
「ごめんねぇ、キーラさん」
侵入者改め、金髪碧眼のルーカス――所謂美形の部類であるが、如何せん第一印象が悪すぎた――は軽い調子で謝罪しつつ、出されたパスタを美味そうに口に運んでいる。フォークを持つ彼の右手は無傷だが、左手には生々しい傷跡が幾筋も残っていた。改めて見れば、男にしては少し長めの髪も、手入れはされていそうだった。ものぐさ故の伸び放題というわけではないらしい。先程は酷薄そうに細められていた青い目も、演技をやめた今は普通、いや、人並み以上に大きくぱっちりとしていた。
そんな風に冷静に観察しながらも、彼女の怒りはまだ収まっていなかった。
「ごめんですんだら殺し屋さんも廃業じゃないのかい、え? “金の風”さん」
キーラは嫌味をぶつけた。
「あんたもだよ、“黒い嵐”だっけ? 確かに、アレンにカラスってのはいい例えだね。これからそう呼んでやったっていいんだよ?」
彼女は、アレンの全身を上から下まで睨め付けた。アレンは顔をしかめる。
「まあまあ、そんなに怒ることねぇだろ」
「怒って当然だ」
珍しく、アレンが口を挟んだ。
「え、アレンまでこの人の肩持っちゃうの?」
ルーカスは不貞腐れたように言う。
「あんな演技は不要だっただろう」
「ちょっと演出するぐらい、いいじゃねぇか」
「演出過剰だ」
「なかなか上手かったよな! キーラさん、完全に殺しに来たって思ってたもんな」
「殺気がわざとらしかったがな」
「何だよ、お前だってもっと早くバラせただろうが! 同罪だ同罪」
「だから、二人共に、怒ってるんだよ!」
キーラは一言一句に怒りを込めて怒鳴りつけた。
それにしても、アレンがまともに会話している。言葉にはしないが、キーラはルーカスに半ば感心していた。
「……とりあえず、あんた、口に物を入れたまま喋るんじゃないよ。誰かに習わなかったのかい?」
「習ってねぇよ」
ルーカスはぶっきらぼうに答えた。
「ああ、そうかい。じゃあ、今、あたしが教えたよ」
キーラがそう言うと、彼は一瞬呆けた顔をした。が、すぐに大げさなため息を吐き出す。
「あーあ、あんたみたいなのは、裏稼業なんか向いてねぇんだろうなぁ」
ちょっと羨ましいよなぁ、とアレンに同意を求めるようにぼやくが、案の定アレンはどこ吹く風であった。
「向いてるって言われたところで嬉しくないよ。ほら、さっさと食べな」
「はいはい」
「はい、は一回でいい」
「うるさいなぁ、キーラ“ねえさん”は」
口では悪態をつきながらも、ルーカスは随分楽しそうだ。
アレンと自分が皿を空けたところで、キーラは聞いた。
「――で? あんた、本当は何をしに来たんだい、“金の風”さん」
彼は口を開いたが、慌てて口を閉じ、しばらくもぐもぐとパスタを咀嚼した。意外と素直な奴だな、とキーラは心の内で微笑んだ。
「何か調子狂うなぁ……ルーカスでいいよ」
口から物がなくなった彼は、頭を掻きながらそう呟く。
「へえ? 気に入ってるんじゃないのかい? “金の風”って渾名」
「最近呼ばれてねぇもん。何かむずむずするから嫌だ」
「そうかい」
ルーカスは水を一口飲んで、言った。
「ブランドン・ガーティンを殺したのは、俺なんだよ」