金色の旋風
キーラは素早く立ち上がり、階段付近に視線を固定したまま、じりじりと後退した。その一方で、こいつはどこから侵入したのだろう、と冷静に頭を働かせる。
彼女に余裕があるのは腕の立つ殺し屋が近くにいるからだった――が、肝心の彼は一向に動く気配がない。
「アレン」
キーラは苛立った声を出した。侵入者に焦りを悟られようが、知ったことではない。
「さっすがぁ、“黒い嵐”さんは落ち着き方が違うねえ」
皮肉と苦笑を含んだ声がそんなことをのたまう。キーラはつと眉を上げた。
「何だい、“黒い嵐”って」
「え? あんた、情報屋だろ? この殺し屋さんの渾名、知らねぇのか」
「知らないね」
「まあなぁ……しょうがねぇか、最近はもう渾名で呼ばれねぇもんなぁ」
そこで一度口を噤むと、侵入者は階段に一歩足を踏み出したらしく、暗闇からぎしりと木の軋む音がした。
キーラがアレンの過去を詳しく知らないのは、探らないように注意を払っているからだが、今はそんな反論をしている場合ではない。彼女はさらに後ずさる。
「知らないなら教えてやるよ。黒い目、黒い髪を持つ、カラスのような男。嵐のように、一瞬で現れて、一瞬で殺って、一瞬で消える殺人鬼。奴が通った後には死体の山だけが残され、草も生えない――それがこの男、アレンだよ」
「……嵐と言うか、台風みたいだね」
無駄口を叩くと、侵入者はさらに一歩階段を降りて近づいてきた。
「ねえ、そんな奴に友達とか言っちゃうってさあ、あんた、馬鹿なの?」
キーラは訝しげに顰めていた眉を、今度は吊り上げる。
「裏稼業のくせにな。笑えるよ……ああ、そんな怖い顔すんなって。わかってるよ、あんたは馬鹿じゃねぇ。だから、友達なんて嘘に決まってんだ。腹の底では、ただの情報源だと思ってんだろ?」
「……見くびってもらっちゃ困る」
「へえ?」
「こいつは、友達だよ」
彼女は低い声で言い放った。
「――あたしを、タダで働かせるくらいには、ね」
「ふうん……じゃあ、ごめんね」
「は?」
「俺は殺し屋さんだって言っただろ? 何しに来たと思ってんだよ」
次の瞬間、侵入者の全身が、舞い降りたように階下に出現していた。実際には階段を駆け下りたのだろうが、そんな音は全く聞こえなかった。
すらりとした若い男だ。右手にナイフが握られている。
「へへ、俺だって“黒い嵐”さんには敵わねぇけど、“金の風”なんて呼ばれてたことがあるんだぜ?」
そう言うと、顔にかかった金色の髪を鬱陶しそうに振り払う。確かに、彼の姿を形容するのに、金という単語は相応しく思えた。
「アレンを殺す気かい」
キーラは言いながら、妙な引っ掛かりを感じていた。
ブランドン・ガーティンの名を騙る奴は、殺し屋まで雇って、アレンをこの世から消し去ろうというのか。
最も恨むべきは、ウェントワース男爵ではないのか?
そもそも、実際に手を下した人間を知っているとは。
――まさか、本当に蘇ったとでも言うのか?
「くだらん」
キーラの心を読んだかのように、アレンが呟いた。
しかし、次の言葉に、キーラは唖然とする。
「いい加減にしろ、ルーカス。ふざけすぎだ」