来客
赤唐辛子とニンニクをオイルと絡めただけのパスタを、やって来た殺し屋と自分の前に置く。場所は勿論、あの四人掛けの定位置である。
アレンにしては珍しく、夕食時の来訪だった。事前の連絡などなかったため、キーラは店用に仕入れた赤唐辛子をほんの少し拝借する羽目になった。
「昨日の話だけどね」
キーラは輪切りのレモンを浮かべた水を突き出しながら切り出す。
「ブランドン・ガーティンの名を騙る自然な理由と言ったら、ウェントワース男爵に対する警告じゃないのかい?」
それは占い師が言っていたことだが、キーラがこの話を聞いて最初に思いついた仮説と、ほぼ同じだった。
キーラが今日市場で仕入れてきた情報は、恐らくアレンやウェントワース男爵にとっては既知の情報だろう。キーラはそう考え、これ見よがしにアレンに披露することはしなかった。
彼女はアレンの向かい側に座り、彼の目線を捕まえようとした。しかし彼はパスタ、いや、テーブルから視線を外さない。
「殺した男が本当に生き返るわけがない。だとしたら、誰か別の奴が、恐らく悪意を持ってやっているんだろうさ……案の定、ブランドン・ガーティンはほとんど目撃されていないらしい。ま、これについてはまだ、複数の証言が得られてないから何とも言えないけどね」
「そうか」
目線を落としたまま、アレンは呟いた。やはりそうか、の意と捉えたキーラは、さらに続けた。
「ウェントワース男爵がブランドン・ガーティンを殺させた理由を、あんたの口から聞けりゃ楽なんだけどねえ」
などとため息交じりにぼやいてみるも、彼は意に介さず、フォークに手を伸ばす。
既知の情報をアレンから聞き出そうとせずに、わざわざ街中で収集してくるのは、ひとえに彼の殺し屋としての信用を守るためである。キーラは、口の堅さが要求される職業の者には、情報提供を無理強いしない主義だ。ただし、誘導尋問をしたり、顔色を判断材料にすることは、多々ある――昨夜のように、アレンにはあまり通用しないのだが。
彼女が黙っているのが鬱陶しくなったのか、アレンはぼそりと呟いた。
「知らん」
相変わらず口数の少ないアレンの台詞を、キーラの頭は「知っているが言えない」と変換するか、そのまま受け取るか迷った。
殺人を請負う人間は、人によるが、殺人理由を依頼人に聞く者も少なくないらしい。その意図は様々だ。正統な理由だ、と納得しない限り殺さない、という奇特な殺し屋もいれば、秘密を共有することで貴族を利用しようという大胆な者もいると聞く。もっとも、何も聞かずに殺人を実行し、後から命を狙われる危険を減らす、というのも一つの手だ。貴族の側も、何も聞かない奴の方が使いやすいだろう。
キーラは、アレンがどちらの主義者なのか、いまいち読み切れずにいた。
もしくは単に、「お前の都合なんぞ知らん」と言いたいのだろうか?
「何であたしにこんな仕事を頼んだんだい?」
キーラは論点をずらした。
「頼んだ覚えはない」
「ああ、そうだったね。でも、珍しく自分から話したじゃないか」
今まで、こんなことは一度もなかった。アレンが何も言わないので、キーラは続ける。
「ウェントワース男爵に対する警告だけなら、あたしはあんまり気にしないよ。でも、もし殺人実行者のあんたに対する警告なら、捨て置けないね。あたしは、こう見えても『友達思い』なんだからさ」
「……捨て置けばいいだろう」
呆れ気味に彼は言った。
「あたしに話したら、余計なことをすることぐらいわかりそうなものだけどねえ。そんなに短い付き合いでもないだろ?」
「勿論わかってたよ」
不意に、厨房の奥の階段から声が降ってきた。
キーラははっとして階段の暗がりを睨み据える。
「誰だい」
鋭い声を投げつけると、いかにも人を食った言い方で返事が返って来た。
「俺ぇ? まあ、しがない殺し屋さんだけど、何か文句ある?」