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笑わない男の、左手  作者: 柚木
Kと友情
4/19

パズルゲーム

 リアさん、と少年は言う。その響きは修道女達が口にする時より、いくらか温かく、そして甘美だった。

 あの子も、ここよりもっとあったかい街から来たんだって。一年中あったかいところ。

 と、少年が他の子を指さして教えてくれた。

 君は、この村の生まれなの? と聞くと、少年は首を横に振った。

 少年は、いや、修道院にいる子供達は、全員孤児だ。彼女もそのことは聞いていた。

 村で子供を捨てたら、親は村にいられなくなっちゃうよ、と少年は年に似合わない苦笑いを浮かべてみせる。

 でも、この近くの村の生まれだと思うよ。

 冬じゃなくてよかったね、と彼女は言った。この極寒の村の修道院では、雪に埋もれた門の前に捨てられ、体が凍えてしまう子供も少なくないからだ。

 しかし、少年は首を傾げた。

 ――そうかなぁ。


 彼女はその時、そうだよ、と安易に元気付けたのか。

 そうかなぁなんて言わないでよ、と悲しんでみせたのか。

 そう思わないの? と聞き返したのか。

 気圧されて黙ってしまったのか。


 彼女は、何と答えたかを、もう思い出そうとしないことにした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 占い師は、ブランドン・ガーティンの名前を聞くと小さく唇を歪めた。

「ああ……彼のことなの?」

「ええ」

「占いのお客様のことでは、私、口はとっても堅いのよ。でも、関係ない人のことを話すならば問題はないし……そうね、噂話は好きよ」

 わざわざ前置きしてから、彼女はふと首を傾げる。

「でも、彼のことなんて、私じゃなくたって知ってるでしょう?」

「野菜売りの御主人でも知っていましたしね」

 何も知らないのを悟られるのは得策ではない。そう思ったが、野菜売りから得ただけの知識で話を繋ぐのは、なかなか厳しいものがあった。

「もちろん名前は知っていますよ。近頃街で評判の宗教家だってことも。けれども私はあなたの人間観察眼を見込んで、お聞きしてるんです」

「人間観察と言っても、私、会ったことはないわよ」

「そうなんですか」

「あの野菜売りだって、会ったことはないんじゃないかしら。街で大々的に布教活動をしているってわけでもないもの……そもそも、信者にすらほとんど顔を見せないと言われてるじゃない?」

「そうでしたね」

 キーラは適当に相槌を打つ。

「最初に噂になったのは、一ヶ月くらい前だったわね。何でも、自分は死者の世界から帰って来た、蘇りを果たした、って言ってる人間がいるとかいう話だったわ」

「蘇り……まさか、信じてませんよね?」

 アレンが殺した男を騙る者は、自分からそんなことをのたまっているのか。キーラは少々呆気にとられた。

「信じてないわよ。でもそんなの、本当だって証明も、嘘だって証明も難しいでしょう?」

「正体を暴けば、嘘だって証明はできますよ」

「正体って言ったって、人前に姿を現さないんだから」

 そこがまず、怪しさ満点なのだ。しかし、確かに怪しいだけで、証明は難しいかもしれない。

「じゃあ、その人が絶対に死んでて、今も死んでるって証明できれば?」

「お墓を掘り返すということ?」

 占い師は眉を寄せる。

「それでも、別の体に転生したとでも何とでも言うでしょうよ」

「そうですよね……」

「実際彼は、みんなに信じさせるために、ブランドン・ガーティンの生まれてから死ぬまでの記憶を語ったそうよ。古くからの知人は、この人は絶対に本人だ、って言ったそうなの。で、生き返った人間、って触れ込みで宗教家活動をしてるってわけなんだろうけど……気になるわよねえ」

 占い師はため息を漏らすように言った。

「理由、でしょ?」

「え?」

「あなたが知りたいのは、彼が、生き返った理由……いえ、彼を復活させる必要があった、理由とでも言えばいいのかしらね」

 キーラは頷いた。

「やっぱり、誰かが彼の名を騙っていると思われるんですね?」

「まあ、そう考えるのが妥当だけど、目的は全然わからないわ」

 占い師は憮然とした表情で言う。

「宗教勧誘みたいなことをしている占い師連中は、商売敵が現れたって戦々恐々のようだけど、私はそんなのどうでもいいの。ここは人生相談しかしてないんだから、競合していないしね……誰かが彼を生き返ったことにしたとすると、そこには何かしらの意図があると思うわ。まあ、ただ面白がってというのも、ないとは言えないけど、それじゃつまらないわよね」

 ああ、こういう人なのか。と、キーラは思った。

「あなたは、なぜ占いを?」

「唐突ねえ」

 占い師はちょっと口を尖らせる。

「人間観察が好きだからだ、って言わせたいの?」

「いえ……お金のためではないのだろうな、と思ったので、聞いてみただけです」

 キーラがそう答えると、彼女は肩を竦めた。

「そうねえ……占いに頼る人は――宗教にはまる人もそうでしょうけど――ただ心に隙間ができているだけだと思うの。だから、そこを埋めるものが必要なの」

「それが、占いだと?」

「別に占いじゃなくてもいいのよ。ここに来た人の求めるもので、私に渡せるものがあれば、それをお渡しするだけのこと。パズルゲームのようなものよ」

 占い師はカードのようなものを手に取ったが、しばらく眺めた後に、また元の位置に戻した。

「あなたにだって、隙間はあるのよ、きっと。でも、あまり気にしていないように見える」

「目を瞑っていれば、見えませんから」

 キーラは微笑んだ。

「私は、耳が聞こえればそれで十分なので」

「ふふ」

 占い師は笑みを漏らすと、また口を開いた。

「あなたの心にあげられるパズルのピースがなくて残念だわ。その上ブランドンさんの方のパズルゲームも難解だし……まず、ピース自体ほとんどないのだもの」

「占い師仲間の方や、御知り合いの信者の方とかで、はっきりと姿を見た人は本当にいないのですか」

「いないわねえ」

「じゃあやっぱり、死んだ方のブランドン・ガーティンの関係者を当たるしかないのか……」

「かもしれないわね。特に、その人の記憶を聞いて、同一人物だと確信を得たという知人」

「あなたは、どう思われますか? 誰が、何のためにやっているのか」

「まず、私のような街の噂好きが、ブランドン・ガーティンという人が亡くなった話を知らないわけだから、その人はこの辺の人ではない可能性が高いわ。実は市場の人とも少し話したのだけど、誰もそんな人、知らないのよね。近所の人に別人だと言われてしまうのを恐れて、無関係の土地で復活したのかもしれないけれど、それだと目的は更に予想しづらくなる」

 そこで一旦言葉を切って、占い師は宙を睨んだ。

「ブランドン・ガーティンの関係者を当たるのは、もし彼が何か事件や事故で亡くなっていて、真相を知る者が脅しのために名を騙っている、なんてドラマチックな背景があるのなら有効な手段ね」

 キーラは内心ぎょっとするが、おくびにも出さない。いや、出していないつもりというだけだが、自信はあった。確信を持った言い方でもなく、あくまで一つの仮説という調子で占い師は語る。

「でも、都合がいいから選んだだけっていうのが一番ありそうな話だわ。遺体が絶対見つからないってわかってるから、とか、先にブランドン・ガーティンを選んでいて、遺体はもう片付けたとか」

「つまり、生き返れるなら誰でもよかった、と」

「何か変な言い方だけど、そういうこと」

 キーラは、ここら辺が潮時か、と思い、姿勢を正す。

「ありがとうございました。……あの、これ、つまらないものですが」

 袋から取り出した大ぶりのキャベツがランタンに照らされ、真っ白な光を反射する。

「あら! よろしいのかしら?」

「ええ」

「あなた、これはただの好奇心で聞くのだけど……亡くなったブランドン・ガーティンの関係者の方?それとも、ブランドン・ガーティンの名を騙る宗教家の関係者の方?」

 キーラは立ち上がりながら答えた。

「私自身は何も関係ありません。これは仕事ですから」

「じゃあ、ブランドン・ガーティンを葬った側の方、かしら?」

 遮るように占い師は尋ねてきた。キーラは心中で舌打ちをしたが、その表情はほとんど変わらない。

「同じお答えしかできませんが」

「そう。お会いできてよかったわ」

 テントを出ても、太陽が眩しいとは感じなかった。キーラは赤唐辛子を手に、レストランへと戻っていった。


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