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笑わない男の、左手  作者: 柚木
Lと憧憬
18/19

売られた喧嘩

 その男が死んだという話がルーカスの耳に届いたのは、一週間後だった。仲介屋が教えてくれたのだ。

「殺ったのは、またあいつらしいんだよ」

 仲介屋は不機嫌だった。まあ、自分の使える手駒が減るのだから、当然のことだ。

「へえ、黒い死神さん?」

「ああ」

「ふうん」

 舐めた真似してくれるじゃねぇか、とルーカスは呟いた。

「何だ? お前が舐められたわけじゃねぇだろう」

 仲介屋は怪訝な顔をするが、ルーカスは何も答えずに立ち去った。


 黒い嵐。

 最も凶悪な殺し屋。

 殺し屋殺しも厭わない一匹狼。

 あの男を殺したということは、次に狙われるのは自分だろう。奴は、俺の名前を利用したあの男の脅しを、無視したということだ。

 

 ――上等じゃねぇか。


 その喧嘩、買ってやる。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「えっ、この前のと全然違う……これ、美味しいです!」

 ジュリアが目を輝かせる。今夜ルーカスが頼んだのは、彼には甘ったるすぎる果実酒だった。ただのジュースでも飲んでいるような気分になる。

「あ、そう」

「ごめんなさい、何か……」

「別に」

 ルーカスは今日もソファーでごろごろしているだけだった。ジュリアも所在無げに座っている。

「他の客、取ってねぇだろうな」

「はい」

「ここのおばさんには文句言われたけど、金払ってんだからいいよな」

 女主人の仏頂面を思い出して、彼はにやりと笑った。

「神様はともかく、女神様は街で買えちゃうってわけだ」

 ジュリアの唇に視線をやると、彼女はきっとルーカスを睨んだ。


「……神様も、女神様も、いませんよ」


「へえ?」

 少し意外に思ったが、彼女が娼婦に身を落とした元お嬢様だということに思い至ると、まあ納得できないこともなかった。しかしどうしても、心底そう思っているとは見えない。というのは、穢れなき少女に対する幻想ってやつだろうか。

「何でそんな風に思うんだよ? 自分がこんなとこで暮らす羽目になったからか?」

 彼女は俯いた。

「お家も、家族も失いました……」

 そして、顔を上げる。

「私は……私自身は、娼婦だって何だってやります! そんなことはかまわないんです! でも……みんなには……」

 その後は、もう言葉にならなかった。嗚咽を漏らし始めた彼女の肩に思わず手を回した。細いなと思った。

「おう、よしよし。泣け泣け」

 しゃくり上げる彼女に、ルーカスは話しかける。

「神を信じるのは普通の奴だ。普通っていうか、中間層ってやつだな。運が悪い奴は神を恨む。運がいい奴は神を蔑ろにする……って、誰かが言ってた。で、神を信じないなら、自分でも他人でもモノでもいいから、何か信じてればいいんだってさ」

 誰が言っていたかは、もう忘れてしまったけれど。

 彼女は、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたまま、言う。

「ルーカス様は……?」

「俺? ああ、俺が信じてるモノか? 何だろうな」

 

 ――自分の、右手、だろうか。


 しかし、彼ははぐらかした。

「あんたのこと、信じていい? 女神様」

 女神は、首を振る。

「私は、あなたについて行く方です。ルーカス様」

「俺は嘘つきだぜ」

「それでもいいんです」

「あ、そう」

 

 物好きだな、と笑った男は、女神の髪をくしゃりと撫でた。


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