”黒い嵐”の黒い噂
ルーカスがいつものように廃墟をねぐらにしている仲介屋を訪ねていくと、顔見知りが妙に大勢集まっていた。殺し屋はもちろん、情報屋、泥棒、その他諸々の裏道を歩く奴らだ。
「何だ? ぞろぞろと」
「おう、“金の風”の坊主じゃねぇか。お前、“金の風”って呼ばれてるが、“黒い嵐”と何か関係あるのか?」
ルーカスに気づいたこそ泥の親父が言う。
「黒い……? ああ、最凶の殺し屋とかいう奴か? 会ったこともねぇぞ」
彼は首を傾げる。
「そいつがどうかしたの?」
「いや、ただの噂なんだがな、“黒い嵐”が殺し屋を殺してるって言うんだよ。さすが最凶だ、血も涙もねぇよな」
「何だよ、それ。殺される殺し屋が悪いんだろ」
ルーカスは呆れて言った。確かに、殺し屋同士は手を出しづらいという空気はあるが、別にタブーでも何でもない。仲間でもないのだから、殺されても文句は言えないだろう。
「そうは言ってもよ、同業者のよしみってのがあるだろ」
「ねぇよ」
殺し屋の一人が苦笑した。
「相手が殺し屋だろうが、頼まれたら殺すだけだ、なあ? 坊主」
ルーカスはじろりとその男を睨む。
「俺を殺してくれって言われてもか?」
一瞬で空気が冷えた。
「……おっかねぇなあ、金色の死神は……」
男は苦笑を張り付けたまま、煙草を咥える。
とはいえ、ルーカス自身はまさにこの男と同じスタンスである。頼まれたら、殺すだけ。
実際、殺し屋を殺してくれという依頼はある。昔雇った殺し屋を口封じのために、というのが大半だ。血も涙もないのは殺し屋より、雇い主の方だろうとルーカスは思う。しかし彼にそういう依頼が持ち込まれたことはない。殺し屋殺しは、仲介屋を使わない一匹狼に依頼される傾向が強いからだ。
「そうだぜ、こいつはおっかねぇんだ。こいつを殺そうとした奴は、みんな死んじまったもんな」
仲介屋がにやりと笑い、その場はお開きになった。
「おい、坊主」
仲介屋に仕事を回され、帰ろうとしていたルーカスに声をかけたのは、さっきの殺し屋の男だった。
「何だよ?」
「ちょっと頼まれてくれよ」
男は周囲を警戒しながら言った。仲介屋のいる廃墟の周りには、情報屋もうろついている。
「ここで話せるのかよ」
「詳しい話は後だ。坊主に託したい情報がある。もし俺が、殺し屋殺しに遭ったら……」
ルーカスは口を尖らせた。
「俺には関係ねぇ」
基本的に彼は、依頼者の情報を知りたがらない。保身のためでもあるが、まず興味もないのだった。
しかし世の中には、秘密を探って更なる甘い汁を啜りたい殺し屋もいる。
「そういう色気を出すのは、強い奴がやることだっての。あんたみたいなのが情報握ったところで、殺されるだけだぜ」
「だから、頼んでるんじゃねぇか」
「あ?」
「名前だけでいいから貸してくれよ。はったりでいいんだ。お前にも秘密を喋ったと言えば、俺も殺されねぇ。坊主の名前にはそれくらいの効果がある」
「大した自信だな」
と言いつつも、それもそうかもしれない、と思った。俺を殺そうとした奴で、生き残った奴がいないことが知られていれば、この男も無事だろう。万一俺に殺し屋を差し向けてくる馬鹿がいても、返り討ちにするだけだ。そう思ったのだ。
そして、ルーカスは名前を貸すことには同意したが、情報を聞かずにこの男と別れてしまったのである。




