ゲームの始まり
殺し屋には、女を買うのが好きな奴が多い。
自他ともに認める美男子のルーカスはといえば、女に困ることもなく、はっきり言って買う必要がなかった。それに、どちらかというとそんな奴らを馬鹿にしていた。
――あれでやっとこさ狂わずにいられるなんてのは、殺し屋としての堕落だ。
などと思っていたのだが、こんな稼業でただただ金を貯め続けると置き場所に困る程の金持ちになってしまうことに気づいた。これは面倒だ。彼は仕方なく、たまに贅沢をすることにした。
派手な金の使い道を考えた結果、結局娼館に落ち着いた辺り、ルーカスもただの男である。
彼が使うのは専ら、看板を掲げないレベルの、ちょっと高級な娼館だ。他の客と顔を合わせない造りになっていて都合がいい。
見るからに若いルーカスが来店しても、娼館の女主人は大して不信感を見せなかった。後から聞いたところ、裏稼業に限っては若造も珍しくないらしい。金払いさえ良ければ、娼館という所は身分を問わないもののようだ。
ある晩のこと。
「え、今日、生娘しかいねぇの?」
説明を聞くなり不機嫌な顔になった彼に、女主人は不思議そうに返事をする。
「ええ……今日は盛況で。新入りの一人しか空きがないのですよ」
生娘に高値がつくことが、ルーカスには不思議だった。
「お嫌なら、もっと高い店にお行きになることです。貴族の方が使われるようなね」
ああいったお店では、きちんと教育された娘にしか、客を取らせませんから、と女主人は続けた。
彼は舌打ちをする。
「俺みたいなの、入れるわけないだろうが」
ルーカスは言うが、女主人は肩を竦めただけだった。
「まあいいや、そいつで。あと、酒」
「かしこまりました」
ルーカスは部屋に入るなり黒い革張りのソファーに寝そべった。
程なく控えめなノックの音が聞こえた。
「どうぞぉ」
木製のドアが開く。
「ジュリアと申します」
ルーカスはそれには答えず、女を品定めする。長い黒髪が印象的な、エキゾチックな美人だ。生真面目で、育ちが良さそうな顔つきだった。
正直、こういう場所で出会う女としては、嫌なタイプである。
酒を持ってついてきた女が、恭しくグラスをガラスのテーブルに並べ、ドアを静かに閉めて出て行った。ジュリアはテーブルの向こう側に突っ立ったまま、動かない。ルーカスは構わず酒をグラスに注いだ。
「あんた、いくつ? 俺、十七だけど」
「じゅ、十六歳です」
「酒飲んだことある?」
「ありません」
「あ、そう」
ルーカスは二つ目のグラスを無視することに決める。
「ル、ルーカス様が望まれるのならば、お付き合い致します」
「要らねえよ」
「え、あ、はい……申し訳ございません」
「酒飲んだら寝るから」
ジュリアの肩が、ぴくりと震えたのがわかった。
「そっちじゃねえよ。眠るんだよ」
「はぁ?」
「何だ、残念そうだな」
「違います!」
「あんたも、疲れてるだろ。寝ておけよ」
ルーカスはそう言うと、グラスの酒を飲み干す。ジュリアは、彼の喉笛を不思議そうに見つめた。
「でも、高いお金を払ったんでしょう」
「まあな」
「だったら、私はちゃんと……働かないといけない、でしょう?」
ジュリアは眉を寄せて、難しい顔をしている。
「ふうん、そういう感覚あんのか。あんたどうせ、そこそこのお嬢ちゃんだったんだろ」
「……わかり、ますか」
彼女が息を呑んだ。
「そりゃ、庶民とは雰囲気違うもん」
「ルーカス様だって、十七歳で、ここのお得意様なんですよね」
「俺は自分で稼いでるだけだよ。どう見てもお坊ちゃんには見えねぇだろ?」
「はい……あ、えっと、その……」
「はは、素直でよろしい」
慌てて口を押さえるジュリアを尻目に、ルーカスはまた酒を注いだ。
「まあ、まっとうな稼ぎ方じゃないけどな。あんたも金をふんだくりたいなら若い奴を狙えよ。ここに来る若いのはほとんどが堅気じゃねぇ。けど、脂ぎった爺さんよりはましだろうし、金だけは有り余ってる奴らばっかりだ」
「ルーカス様は、また呼んでくださいますか」
真顔で言うジュリアに、ルーカスはぷっと吹き出したくなるのを抑えられなかった。
「……おいおいあんた、この俺様から金ふんだくろうっての?」
「え、そ、そういうわけじゃ……でも、そういうことになっちゃいますよね、すみません」
俯いたジュリアを見ていると、無性に可笑しさが込み上げてきた。
「別にいいぜ?」
ジュリアは目を丸くする。
「そういうことなら、飲めよ」
「あ、はい」
完全に座るタイミングを逃していた彼女は、はっとしたようにソファーに座る。ルーカスとの間に微妙な空間ができ、彼は苦笑したが何も言わなかった。
「ほら」
彼は二つ目のグラスにもほんの少し酒を注いで渡す。
「ありがとうございます」
かちりとグラスを合わせ、ジュリアは、いただきますと呟いてから口に含んだ。
「うまいか?」
「……に、苦っ」
「だろうなあ」
ルーカスは笑った。しかし彼女はグラスを置かない。
「の、飲みます。飲めない娼婦なんて、やっていけないし……」
「娼婦、ねえ」
ルーカスは整った顔を盛大に歪めた。
「あんたには多分向いてねぇよ」
「でも……それでも、やるしかないから」
悲壮な決意を急に振りかざされて、ルーカスはむっとした。
「ルーカス様、私を買って下さったのですから、私を今から――」
「やだね」
ルーカスは、ぐいとグラスを空けた。
「どうしてですか」
「あんたがかわいいからぁ?」
彼は欠伸を噛み殺しながら言う。
「いや、かわいかったら我慢できねえか」
「ま、真面目に答えて下さい! しかも、ひどいです!」
言い募るジュリアに詰め寄り、顔を近づけると、彼女は一瞬で黙り込んだ。ルーカスはそのまま彼女の耳元で囁いた。
「なあ、あんたさ。本当に俺の金、全部しゃぶってくれる?」
「え」
「しゃぶりつくしてくれるんなら、俺の女にしてやってもいいぜ」
「ど、どういう意味ですか」
「それなりに金出すから、俺以外の客取るなって言ってんの」
今んとこ引き取れるような家にすんでねぇしな、と呟いて、彼はほくそ笑んだ。
「何がしたいんですか」
「ゲームだよ」
「ゲ、ゲームって」
戸惑う少女の首筋に、指を這わせる。
薄汚れた俺の右手を、誰かが裁くまでは――
「――俺と遊んでくれよ」




