死神達はかく語りき
キーラを助け起こしたその美女は、妖しい笑みをルーカスに向ける。
「ルクレツィア……リッジウェイ嬢だ」
アレンはさらりと言ってのけたが、聞き捨てならない名前だった。
「え? おいおい、何でそんなお方がこんな墓地に」
ルーカスは大げさに目を見開く。リッジウェイ伯爵家の、「長女」だ。
「何でそんなお方がこんな墓地に?」
彼女は、夢でも見ているような、とろんとした甘い声で繰り返した。
「それは、徘徊するのが趣味だからよ。とってもいい夜だわ、お散歩にぴったりだと思わない?」
「墓地で、散歩っすか……そりゃまた、変わった趣味をお持ちですねえ」
「ねえ、そんなお方ってどんなお方?」
ルクレツィア嬢が屈託なく笑うと、ルーカスはしかめっ面をした。
そんなお方が、と言ったものの、巷では、「リッジウェイ伯爵の長女は、普通の伯爵令嬢ではない」という話は有名だった。狂っているだとか、黒魔術に凝っているだとか。長女にも関わらず、伯爵には存在を否定されており、跡取りは次女になりそうだとか。
畏怖を含んだ噂話には事欠かない女性だったが、一方で実は神秘的な美人らしいと囁かれてもいた。確かに、顔には自信のあるルーカスが、素直に「美人さん」と評したくなるその容姿は、美しいからこそ一層異様に映る。黒衣を翻して墓地を歩く姿は、噂通り、魔女のようだ。
しかし、ルーカスのような裏社会の人間の間では、別の噂も流れていた。
「伯爵令嬢が、っていう意味っすよ、単にね。ルクレツィア……様」
「それだけ?」
ルクレツィア嬢は目をむいて、いかにも魔女の如く意地の悪そうな笑顔を作ってみせた。
「――アレンの知り合いなのでしょう?」
今度は落ち着き払った低音が耳に届いて、ルーカスは急に現実に引き戻される。
何だ、こいつも「演技派女優さん」かよ。
「下手なお芝居はおやめなさい。“金の風”と呼ばれたあなたを、この私が知らぬとでもお思いなの?」
「へえ」
ルーカスの声も自然に低くなる。
「――そっちの世界に足踏み入れてる奇特なお嬢様だってのは、本当なんだな」
「ええ、私の噂の中でも数少ない事実よ」
「美人ってのも真実だろ」
ルーカスが茶化す。
「あら、褒めても何も吐かないわよ? まあ、情報なら本職のキーラの方が確かだろうけど」
彼女が冗談交じりに言った時、キーラがはっとしたように口を開いた。
「ルクレツィア嬢……あたしのことはいいから、こいつらを匿ってくれないかい」
声が掠れている。アレンが言葉少なに尋ねた。
「ルーカスに何を頼まれた?」
「何だよ、その言い方は。言ってるだろ、俺はただ、死んだ奴が蘇ったのか確かめたかっただけだ」
「楽しそうなお話ね」
「信用ならない」
「俺はアレンには嘘つかねえよ?」
ルーカスはそう言って、邪気のない笑みを浮かべた。
「何せ、拳で語り合っちゃった仲だし?」
「拳どころの騒ぎじゃなかっただろうが」
「はは、そうだっけな」
「――金色だった」
キーラは焦った様子で告げる。それだけで、アレンは意味を理解したようだ。またもやルーカスに非難がましい目を向けてくる。
「……やっぱり、そうだよなあ」
ルーカスは、肩を落とした。
「ブランドンを名乗る者は、ちゃんと知ってた――」
「――いや、知らないってことが、これではっきりしたな」
「な……どういうことだい」
「ブランドン・ガーティンを殺すよう依頼されたのは俺。だけど……」
ルーカスは苦い顔でアレンを睨む。
「直前で失敗した」
「その尻拭いをさせられたのが俺だ」
アレンが涼しい顔で言うと、ルクレツィア嬢は
「させられたなんて、よく言うわよ。自分からしに行ったくせに。こう見えて、大概お人好しなんだからね、アレンは」
と鼻を鳴らした。
「一体どうなってるんだよ……」
「キーラが戸惑うのは当然よ。ほら、あんた達、ちゃんと説明しなさい」
「しょうがねえか。いいよな、アレン」
ルーカスは一応、お伺いを立てる。ルクレツィア嬢も、にっこり笑って付け加えた。
「ここで引いたって、キーラはもうとっくに巻き込まれてるんだから。あんたに出会った時からね」
アレンの表情は相変わらずだが、ルーカスは提案する。
「とりあえず、キーラさんのレストランで、昔話でもします?」
「いいわね」
「……仕方ないねえ」
皆が歩き出した後を、彼はゆっくりとついて行く。
「じゃあまずは……ルーカス君、十七歳の若気の至りのお話を聞いていただこうかね」
自嘲気味に呟いた声は、闇夜に吸い込まれて、誰の耳にも届かず消えていった。




