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笑わない男の、左手  作者: 柚木
Lと憧憬
15/19

死神達はかく語りき

 キーラを助け起こしたその美女は、妖しい笑みをルーカスに向ける。

「ルクレツィア……リッジウェイ嬢だ」

 アレンはさらりと言ってのけたが、聞き捨てならない名前だった。

「え? おいおい、何でそんなお方がこんな墓地に」

 ルーカスは大げさに目を見開く。リッジウェイ伯爵家の、「長女」だ。

「何でそんなお方がこんな墓地に?」

 彼女は、夢でも見ているような、とろんとした甘い声で繰り返した。

「それは、徘徊するのが趣味だからよ。とってもいい夜だわ、お散歩にぴったりだと思わない?」

「墓地で、散歩っすか……そりゃまた、変わった趣味をお持ちですねえ」

「ねえ、そんなお方ってどんなお方?」

 ルクレツィア嬢が屈託なく笑うと、ルーカスはしかめっ面をした。

 そんなお方が、と言ったものの、巷では、「リッジウェイ伯爵の長女は、普通の伯爵令嬢ではない」という話は有名だった。狂っているだとか、黒魔術に凝っているだとか。長女にも関わらず、伯爵には存在を否定されており、跡取りは次女になりそうだとか。

 畏怖を含んだ噂話には事欠かない女性だったが、一方で実は神秘的な美人らしいと囁かれてもいた。確かに、顔には自信のあるルーカスが、素直に「美人さん」と評したくなるその容姿は、美しいからこそ一層異様に映る。黒衣を翻して墓地を歩く姿は、噂通り、魔女のようだ。

 しかし、ルーカスのような裏社会の人間の間では、別の噂も流れていた。

「伯爵令嬢が、っていう意味っすよ、単にね。ルクレツィア……様」

「それだけ?」

 ルクレツィア嬢は目をむいて、いかにも魔女の如く意地の悪そうな笑顔を作ってみせた。

「――アレンの知り合いなのでしょう?」

 今度は落ち着き払った低音が耳に届いて、ルーカスは急に現実に引き戻される。

 何だ、こいつも「演技派女優さん」かよ。

「下手なお芝居はおやめなさい。“金の風”と呼ばれたあなたを、この私が知らぬとでもお思いなの?」

「へえ」

 ルーカスの声も自然に低くなる。

「――そっちの世界に足踏み入れてる奇特なお嬢様だってのは、本当なんだな」

「ええ、私の噂の中でも数少ない事実よ」

「美人ってのも真実(ほんと)だろ」

 ルーカスが茶化す。

「あら、褒めても何も吐かないわよ? まあ、情報なら本職のキーラの方が確かだろうけど」

 彼女が冗談交じりに言った時、キーラがはっとしたように口を開いた。

「ルクレツィア嬢……あたしのことはいいから、こいつらを匿ってくれないかい」

 声が掠れている。アレンが言葉少なに尋ねた。

「ルーカスに何を頼まれた?」

「何だよ、その言い方は。言ってるだろ、俺はただ、死んだ奴が蘇ったのか確かめたかっただけだ」

「楽しそうなお話ね」

「信用ならない」

「俺はアレンには嘘つかねえよ?」

 ルーカスはそう言って、邪気のない笑みを浮かべた。

「何せ、拳で語り合っちゃった仲だし?」

「拳どころの騒ぎじゃなかっただろうが」

「はは、そうだっけな」

「――金色だった」

 キーラは焦った様子で告げる。それだけで、アレンは意味を理解したようだ。またもやルーカスに非難がましい目を向けてくる。

「……やっぱり、そうだよなあ」

 ルーカスは、肩を落とした。

「ブランドンを名乗る者は、ちゃんと知ってた――」

「――いや、知らないってことが、これではっきりしたな」

「な……どういうことだい」

「ブランドン・ガーティンを殺すよう依頼されたのは俺。だけど……」

 ルーカスは苦い顔でアレンを睨む。

「直前で失敗した」

「その尻拭いをさせられたのが俺だ」

 アレンが涼しい顔で言うと、ルクレツィア嬢は

「させられたなんて、よく言うわよ。自分からしに行ったくせに。こう見えて、大概お人好しなんだからね、アレンは」

 と鼻を鳴らした。

「一体どうなってるんだよ……」

「キーラが戸惑うのは当然よ。ほら、あんた達、ちゃんと説明しなさい」

「しょうがねえか。いいよな、アレン」

 ルーカスは一応、お伺いを立てる。ルクレツィア嬢も、にっこり笑って付け加えた。

「ここで引いたって、キーラはもうとっくに巻き込まれてるんだから。あんたに出会った時からね」

 アレンの表情は相変わらずだが、ルーカスは提案する。

「とりあえず、キーラさんのレストランで、昔話でもします?」

「いいわね」

「……仕方ないねえ」

 皆が歩き出した後を、彼はゆっくりとついて行く。

「じゃあまずは……ルーカス君、十七歳の若気の至りのお話を聞いていただこうかね」

 自嘲気味に呟いた声は、闇夜に吸い込まれて、誰の耳にも届かず消えていった。

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