琥珀の海 2
キーラは、虚ろな女の目を見据えて切り出した。
「お伝えした通り、私は犯人の居場所を知っています」
「ブランドン様は蘇りを果たされました。しかしそれは、ブランドン様を殺めた者への復讐をなさるためではありません」
女は抑揚のない声で言う。
「ブランドン様には、まだこの世でなすべきことがおありになったのです。その道は悪しき者の使いによって一度は邪魔立てされましたが、我々の神はブランドン様をお見捨てにはならなかった」
キーラはレモンティーをゆっくりと口に含んだ。
女はどこか不自然だった。信者にありがちな、教祖に心酔している、という様子ではなく、あくまでも淡々として見える。演技なのだろうか?
「なすべきこととは、何なのです」
「あなた方のような、邪教の徒には理解の及ばぬことです」
問いかけてみたが、さらりとかわされた。
「邪教、ですか。国教を信仰してるだけなんですがね」
「国教」
女は鼻を鳴らす。キーラはおや、と思った。少し、感情らしきものが見えた気がしたからだ。
「あんなものは、まやかしですわ」
女の目つきはキーラを憐れむようだった。
「――それは、あなたもよく知っていることでしょうに」
キーラは一瞬の動揺をやり過ごし、再び女の目を見返した。
「ええ……そうですね」
この女は、果たしてどこまでこちらのことを調べているのか。掴み切れないだけに、キーラは言葉少なになる。
「そうでしょうとも。あなたは『知っている』だけですわ。本当にわかってなどいないのでしょう? あなたのような人を偽善者というのです」
「赤の他人に、そこまで言われる筋合いはない」
キーラは少し強い口調で言った。これは半分以上、本心だ。
「あなたには彼を救うことはできないでしょう」
女はますます憐憫の籠った目でキーラを見下す。
「――あの時、『彼』を救えなかったようにね」
キーラは今度こそ何も言えなかった。
「ブランドン様は、犯人の居場所に興味などないと仰っています。もう、よろしいかしら?」
「……では、なぜここに来たのです?」
「こうやって忠告をするためですわ」
私、優しいんですのよ、と女は虚ろな目のまま、口だけで微笑んで言った。
「でも、彼を救おうなんて、あなたも『優しい』ですわね?」
キーラは沈黙を貫き、次の言葉を待った。
「あの、罪深い金色の殺人鬼を救おうだなんて」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「死神が、金色か、だって……?」
その青い双眸に射竦められると、奇妙な震えが背中から這い上がってくる。
「ああ」
金色の死神は、頷いた。
「ブランドン・ガーティンを殺したのが俺だって、偽ブランドンがちゃんと知ってるか、あんただって知りたいだろ?」
「そりゃね。だけど、確かめるってどういうことだい」
「直接ブランドンに聞きに行ってくれ、って頼んでるんだ」
彼は事も無げに言った。
「そんな無茶な……」
「奴が復讐する気なら、上手く餌を撒けば絶対に引っ掛かるよ」
「大した自信だねえ」
キーラは少し呆れる。
「どんな餌を撒けって言うんだい?」
「そんなのは自分で考えろよ、キーラさん」
ルーカスは自分で頼んでおきながら、面倒くさそうだった。
「あの部屋には何もねぇよ。気になるなら調べてみろよ。あ、それから、ガラスの片付けも頼むなっ」
そう言って、彼は選んだ部屋に消えていったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
キーラは苛々と道端の小石を蹴り飛ばした。
琥珀亭を後にした彼女は、レストランへの帰り道を急いでいた。
信者の女やブランドン・ガーティンが、どこまで自分たちのことを調べているか、予想をしていなかったわけではない。しかし、「あんたを殺した人間の居場所を知ってる」というメッセージに乗ってきたことから、殺した人間――ルーカスの動向を掴まれてはいないのだ、と油断していた。
あの口ぶりでは恐らく掴まれているのだろう。
目的は復讐ではないと断言していたが、それも信用はできない。
手を打つ時間はあまり残されていないかもしれない、と思うと、自然と早足になる。とにかくあの二人には仕事を控えるなり、隠れるなりしてもらわなければ――。
「忠告だって……冗談じゃないよ」
あたしは、もう、ともだちをうしなったりしない。
大通りに差し掛かると、前から馬車が現れた。この通りではよく見かける、私有の馬車だ。砂塵が舞い上がり、馬車が猛然と突進してくる。
――どうも、普通の馬車よりスピードが出ている気がする。
気づいた時には、キーラの体は馬車の中に引きずり込まれていた。




