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笑わない男の、左手  作者: 柚木
Kと友情
12/19

琥珀の海 2

 キーラは、虚ろな女の目を見据えて切り出した。

「お伝えした通り、私は犯人の居場所を知っています」

「ブランドン様は蘇りを果たされました。しかしそれは、ブランドン様を殺めた者への復讐をなさるためではありません」

 女は抑揚のない声で言う。

「ブランドン様には、まだこの世でなすべきことがおありになったのです。その道は悪しき者の使いによって一度は邪魔立てされましたが、我々の神はブランドン様をお見捨てにはならなかった」

 キーラはレモンティーをゆっくりと口に含んだ。

 女はどこか不自然だった。信者にありがちな、教祖に心酔している、という様子ではなく、あくまでも淡々として見える。演技なのだろうか?

「なすべきこととは、何なのです」

「あなた方のような、邪教の徒には理解の及ばぬことです」

 問いかけてみたが、さらりとかわされた。

「邪教、ですか。国教を信仰してるだけなんですがね」

「国教」

 女は鼻を鳴らす。キーラはおや、と思った。少し、感情らしきものが見えた気がしたからだ。

「あんなものは、まやかしですわ」

 女の目つきはキーラを憐れむようだった。

「――それは、あなたもよく知っていることでしょうに」

 キーラは一瞬の動揺をやり過ごし、再び女の目を見返した。

「ええ……そうですね」

 この女は、果たしてどこまでこちらのことを調べているのか。掴み切れないだけに、キーラは言葉少なになる。

「そうでしょうとも。あなたは『知っている』だけですわ。本当にわかってなどいないのでしょう? あなたのような人を偽善者というのです」

「赤の他人に、そこまで言われる筋合いはない」

 キーラは少し強い口調で言った。これは半分以上、本心だ。

「あなたには彼を救うことはできないでしょう」

 女はますます憐憫の籠った目でキーラを見下す。




「――あの時、『彼』を救えなかったようにね」




 キーラは今度こそ何も言えなかった。

「ブランドン様は、犯人の居場所に興味などないと仰っています。もう、よろしいかしら?」

「……では、なぜここに来たのです?」

「こうやって忠告をするためですわ」

 私、優しいんですのよ、と女は虚ろな目のまま、口だけで微笑んで言った。

「でも、彼を救おうなんて、あなたも『優しい』ですわね?」

 キーラは沈黙を貫き、次の言葉を待った。

「あの、罪深い金色の殺人鬼を救おうだなんて」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「死神が、金色か、だって……?」

 その青い双眸に射竦められると、奇妙な震えが背中から這い上がってくる。

「ああ」

 金色の死神は、頷いた。

「ブランドン・ガーティンを殺したのが俺だって、偽ブランドンがちゃんと知ってるか、あんただって知りたいだろ?」

「そりゃね。だけど、確かめるってどういうことだい」

「直接ブランドンに聞きに行ってくれ、って頼んでるんだ」

 彼は事も無げに言った。

「そんな無茶な……」

「奴が復讐する気なら、上手く餌を撒けば絶対に引っ掛かるよ」

「大した自信だねえ」

 キーラは少し呆れる。

「どんな餌を撒けって言うんだい?」

「そんなのは自分で考えろよ、キーラさん」

 ルーカスは自分で頼んでおきながら、面倒くさそうだった。

「あの部屋には何もねぇよ。気になるなら調べてみろよ。あ、それから、ガラスの片付けも頼むなっ」

 そう言って、彼は選んだ部屋に消えていったのであった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 キーラは苛々と道端の小石を蹴り飛ばした。

 琥珀亭を後にした彼女は、レストランへの帰り道を急いでいた。

 信者の女やブランドン・ガーティンが、どこまで自分たちのことを調べているか、予想をしていなかったわけではない。しかし、「あんたを殺した人間の居場所を知ってる」というメッセージに乗ってきたことから、殺した人間――ルーカスの動向を掴まれてはいないのだ、と油断していた。

 あの口ぶりでは恐らく掴まれているのだろう。

 目的は復讐ではないと断言していたが、それも信用はできない。

 手を打つ時間はあまり残されていないかもしれない、と思うと、自然と早足になる。とにかくあの二人には仕事を控えるなり、隠れるなりしてもらわなければ――。



「忠告だって……冗談じゃないよ」

 あたしは、もう、ともだちをうしなったりしない。




 大通りに差し掛かると、前から馬車が現れた。この通りではよく見かける、私有の馬車だ。砂塵が舞い上がり、馬車が猛然と突進してくる。


 ――どうも、普通の馬車よりスピードが出ている気がする。




 気づいた時には、キーラの体は馬車の中に引きずり込まれていた。


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