琥珀の海 1
一週間後の定休日までに、キーラはブランドン・ガーティンを騙る宗教家とのコンタクトを試みた。情報屋の情報網を駆使すると、信者何名かには辿り着くことができた。
彼女は、レストランに出入りするスパイに伝言を頼んだ。「あんたを殺した人間の居場所を知ってる」という実に端的なメッセージだったが、彼の目的が復讐だと仮定するならば、興味を持ってもおかしくない。
「いらっしゃいませ」
その女は、ふらりと店に現れた。
「ブラックコーヒー頂戴」
「かしこまりました」
「ねえ、あんたがキーラさん?」
女が蓮っ葉な口調で問う。
「……そうですが」
「伝言だよ。明日、琥珀の海で」
「……それだけかい?」
「うん。そうだよ」
あまりにもストレートだ。謎かけのような反応を期待していたわけではないが、少し意外だ。と言っても、キーラの方からシンプルな伝言を送ったのだから、当然とも考えられる。彼女はじろりと女を睨んだ。
「ねえ、早くコーヒー出してよ」
女は笑いを噛み殺すような顔で言った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
定休日、キーラは大通りの分かれ道を、今日は右に進んだ。右に進めば、道の左右に高級宿屋が立ち並んでいるのである。
今日を指定し、レストランにきっちりと伝言を届けてきたところを見ると、ブランドンたちは彼女のことを調べ上げているのだろう。
キーラは「琥珀亭」の前で足を止めた。
「琥珀の、海、ね」
躊躇いなく、両開きの扉を押し開ける。
たちまち、ボーイが寄ってきた。
「あの、この宿屋に、海の名前がついた部屋はありませんか?」
ボーイは一瞬訝しげな顔をしたものの、すぐに口を開く。
「海、でございますか……お部屋はございませんが、地下のラウンジが、『菫色の海』と申しますが」
「ありがとうございます」
キーラは礼を言い、地下へ降りていった。
階段は高級宿屋らしく豪華で、細かい細工の施された木の手すりは、しっかりと磨き上げられていた。
地下のラウンジの内装も、フロントより凝っているぐらいだ。壁紙やソファーは落ち着いた紫の色調でまとめられている。キーラは適当なソファーにかけ、辺りを見回した。それらしき人物どころか、まだ一人の客もいないようだ。
彼女は手を挙げてウェイターを呼び、レモンティーを注文した。
果たして、現れたのは、またしても女だった。
黒衣に身を包んだ――キーラにとってはある人物を思い起こさせる風貌だったが――その女性は細い声で、しかし妙な威厳をもって、こう言った。
「ブランドン・ガーティン様はどなたにもお会いになりません。わたくしが代わりにお聴き致しますが、わたくしの言葉はブランドン様のお言葉と相違ございませんので」




