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笑わない男の、左手  作者: 柚木
Kと友情
10/19

Kの思案

 キーラが階下に降りると、アレンはまだ定位置に鎮座していた。勝手に厨房に入って淹れたのか、湯気の立つコーヒーカップを手にしている。

「こんな時間にコーヒーかい。眠れなくなるよ」

 つっけんどんに言ったが、案の定返事はない。

 彼女は、カウンターの上の無造作に重ねられた食器に目を留めた。

「ああ、ありがとうね」

「――すまんな」

「え」

 唐突な謝罪に、キーラは純粋に驚いた。

「あいつのことだ」

 アレンは息を吐き出す。

「あいつはいつも、悪ふざけがすぎる」

「ふうん」

 キーラは何気ない調子で水を向けてみた。

「ルーカスとは付き合いが長いのかい?」

「いや」

 即答だった。キーラが黙っていると、珍しく彼は後を続けた。

「渾名は随分前から知っていたが、会ったのは……三年前か。お前より短い付き合いだな」

「三年前って、それじゃ、ルーカスは出会ったばっかりの奴にブランドン・ガーティンの件の情報を託したって言うんだね?」

 アレンは答えず、彼女に一瞥をくれた。何の感情も籠らない黒い目を、キーラは一度見返したが、すぐに逸らす。

 キーラは三人分の食器を流し台に下ろし、蛇口を捻った。

 実行者がルーカスだと聞いて、初めこそ面食らった。が、アレンが自分に相談したことに違和感を感じていた彼女は、むしろ納得しかけていた。

 やはりこいつはそういう奴なのだな、と思う。思ってしまった、というのが正しいのだろうか。

 友達だと思ってほしいだなんて、贅沢は言わない。

 けれども、もし狙われているのが自分一人だったら、こいつはあたしに絶対話したりしない。

 そう確信できてしまうのが悲しかった。

「どうした」

 背後から話しかけられ、はっとする。

「落とすぞ」

 洗い終えたガラスコップを皿の上に置こうとしていたのだが、ガラスコップを持った手は皿とは全く違う方向を彷徨っていた。

「あ、ああ。何だか、ぼうっとしてたみたいだね」

「……そうか」

「いきなり後ろに立たないでくれないかい? あんた、足音がしないもんだから怖いんだよ」

 キーラは早口で言った。アレンは、すまん、とだけ言うと、空になったコーヒーカップを流し台に置いた。

「寝る」

「あ、アレン」

 慌てて呼び止めると、彼は無言で振り返った。

「ルーカスの奴がね、あたしの隣の部屋にアレンを泊めるなってさ」

 キーラはできるだけ自然な笑顔を作る。

「焼餅だか何だか知らないけど、意味がわからないよねえ。本当に、変な奴だよ」

「わかった」

 アレンは特に嫌な顔もせず、頷いた。

 そして、音も立てずに階段を上っていった。


 割られた窓ガラスの破片を箒で掻き集めながら、キーラは思案した。

 この部屋から窓の外に目をやると、見えるのは隣家の壁だけだ。

 一階の正面エントランスから、堂々とピッキングで入るのは危険極まりない。キーラの部屋と、反対側の角部屋も同じく危険だ。なぜなら、窓の位置が違うからだ。この二部屋の窓は、レストランを大通りから見た時の側面になるため、目撃されやすくなるだろう。

 そう考えると、壁同士が隣り合う数部屋の窓は目撃される危険が少ないが、どの部屋も同じ条件だ。

 やはり、アレンが泊まっていた部屋に、何か拘るようなものがあったのか。

 しかし、アレンの部屋は固定ではない。彼が何かを持っていたとしても、ルーカスが今日この部屋から押し入ったところで、手に入れられたとは考えにくい。

 とはいえ、彼の頭が空振りを予測できなかったとも思えない。

 では、持ち歩かないようなものか? この部屋に隠してあると知っていたなら、それもありだ。

 ガラス片をごみ袋に詰め込む。

「そして……あたしにも、アレンにも入らせたくなかった……。しかし、調べてみるったってねぇ」

 彼女はかがんでベッドの下を覗き込んだり、書き物机の引き出しを開けてみたりした。

 駄目だ。ある程度、予想をしてからでないと、捜しようがない。

「まさに闇雲ってやつだ。ブランドン・ガーティンの話も、雲を掴むような話だしねぇ。藁でもいいから掴みたい気分だよ……」

 これで使い方あってたっけ、とキーラは一人呟いた。

「ちゃんと学校で勉強しとくんだったな」

 キーラはゆっくりと、静かにドアノブを回した。そして慎重に廊下に出る。廊下はしんと静まり返り、どの部屋からも物音は聞こえなかった。

 ふう、と息をつきながら、キーラがドアを閉めた。


 そうして、錆びついた心は部屋の隅に転がったまま、床の上で夜に包まれた。


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