~抵抗~ 来たるべき時
「うがぁああああああああああああああ!!」
品性のない悲鳴を上げながら、ミュウは目を回しいた。自分の身体が重力に従って下へ下へと足先から滑走している感覚。そして、ぎゅっと抱きかかえているニィの肌の感触だけが、ミュウの意識にははっきりとわかった。
それ以外は外の情報を知る手立てがない。風を切る音と水の臭いはわかっても、現在地がどこなのか皆目見当もつかない。
ぐわんと横に流される。カーブに沿うようにして遠心力がかかった。今度は逆に流れて、三半規管が狂い始める。
どこに向かっているのだろうか。そもそも、この先は安全なのか。
不安な感情が膨れ上がる中、頬を掠めるニィの耳が温かいことに違和感を覚える。飾りではない血の通った肉の感触があったからだ。
突然、全身を打ち付ける水。派手に足からダイブして、容赦なく鼻や口に入る水に息苦しくなる。青臭い水の味と砂利のようなモノが舌の上に転がる。
ミュウは爪を立てて暴れまわるニィを手放して、自分も手足をばたつかせて上に上がろうとする。息が続かない。真っ暗で何も見えない。むしろ、潜っているのではないかと錯覚してしまう。
と、背中の作業機械が外れて天頂部を開放して、高輝度の高い眩い光を発した。
「————っ!?」
ミュウはその灯りが足元近くで揺らめいているのを確認する。それから目を閉じて、軽くなった体を上へと運ぶ。
「バァッ!!」
水面から顔を出して、水を吐き出すとじたばたと足を動かし、腕を上に伸ばした。
込み上げてくる恐怖の叫びなのか、息継ぎなのかわからない声を出す。状況がわからず、何かで内にたまっているモノを発散したかった。
そして、振り回していた手が固いものを叩いたのをきっかけにその方へ体を寄せた。固定されているもの安心があり、混乱する思考も落ち着きだして目を開いてあたりを探った。
耳にたまった水のせいで、耳鳴りがする。しかし、まだ暴れ狂う水の音があった。
海中で揺らめく作業機械の光を認めて、そして、水面で暴れている小さい手を見つける。その手の動きが徐々に弱くなり、沈み始めている。
ミュウは状況がうまく呑み込めず、息を整えていた。濡れた髪が視界をさえぎって、沈んでいく手をうまくとらえられない。だが、痺れていた思考が爆発する。
「嘘でしょ!」
焦燥感が沸き立ち、ミュウは寄りかかっていた壁を蹴って足元の光源が照らすニィの影を追った。
息を吸い込んで、華麗に潜水。もともと海辺の国で育った彼女だ。泳ぎは得意中の得意である。そして、伸ばした手が沈むニィの体を掴む。抱き寄せて浮上。
「ハァッ! ちょっと、何してるの……。起きろって!」
ミュウはウザったい前髪を後ろに払って、水面に顔を出しているニィに呼びかける。ミュウも息が辛く、大きく息を繰り返しながら、もう一度周囲を見渡す。
ミュウのいる場所は狭く、二平方メートルほどの空間だった。もっとも上と下に続く暗闇があり、高さと深さは考えるだけ無駄だろう。
「横穴……、よかった」
ミュウは大きめの横穴を見つけるとその方へ移動して、ニィと自分の体を水から出した。
ミュウはどっと疲れを覚えてむせかえりながら、重たい頭を揺すって意識を保つ。寒い。肌にまとわりつく衣類、頬に張りつく髪の毛、したたり落ちる雫が気持ち悪い。
そこへ壁伝いに上がってきた作業機械が高輝度を下げて、ニィの横で停止する。それから、カニバサミ型のアームで床を叩き、ミュウの背中に呼びかける。
その浮かび上がった姿態は艶めかしいものであったが、機械にはその色艶など知る由もない。
「もうっ、待って……。わかってる」
ミュウは口の中に居座るぬめりのあるものを吐き捨てて口元を拭う。急なことで身体と思考がかみ合わず、偏頭痛に悩まされる。
それでも、顔を顰めながら髪の毛をざっと後ろへ掻き揚げ、ニィの方へ体を向ける。横たわる小さな体は水浸しで、ピクリとも動かない。何度か、彼女の頬を叩いたが反応もない。
肩で息をしながら作業機械の明かりを頼りに、彼女の顔に自分の頬を近づける。
そこにあるべき息吹がない。
覚悟はしていたが、実際、息をしていない状態に直面すると心臓が早なってお腹がきりきりと痛む。寒気が一層増して、背中が震えあがる。
「————んっ」
ミュウは緊張しながら、震える手つきでニィの片手で額を押さえて、もう片方で顎を上げて気道を確保する。喉仏が落ちたのが灯りからわかった。
「ダメ……」
ミュウは一度手を離して、腰にある水筒を手にして中身を口に含んで濯いで吐き捨てる。得体のしれない溜まり水を飲み込んでしまった口である。スポーツドリンクでも濯がないよりはずっとマシだろう。
それから、水筒を置いて、息を整えるともう一度気道確保をしてニィの口を覆うようにして唇を重ねて、ゆっくりと息を送る。
目でニィの胸が膨らむのを確認して、口を離すと胸骨圧迫に移った。正確な位置を把握しきれていなかったが、ミュウは寒さに震えながら行う。
「何で、わらわが、こんな、こと……」
ニィの意識は戻らない。
ミュウはそれでも献身的に人工呼吸と胸骨圧迫をかわるがわる繰り返した。
水難事故の多いミュウの故郷では、これくらいの応急処置は幼いころより習っていた。王族とてそれは例外ではない。だがそれは国を支える国民にこそすべき処置なのだ。その命を救うためにする行為だ。
だというのに、異国の、それも卑下されている種族相手の命を救おうとしている。この子を死なせてはいけない、とミュウ・ミュレーヌ・レルカントは思ってしまった。
「度し難いことだ。こんなことは……」
自分の感情を唾棄する。
三度目の人工呼吸でぐっとニィの喉が鳴った。
ミュウは素早く口を離す。
ニィが嘔吐するように口から水を吐き出して、むせかえる。
「世話、かけさせるでない」
ミュウはニィの体を横にして背中をさすって、肺にたまっている水を吐き出させる。その手の感触からもニィの体温が下がっているのがわかる。
肩で息をするニィは弱り切っており、目を開いても虚ろであった。まるで高熱に侵されたかのような姿に、ミュウははっとした。
その姿は病床に伏していた母親と似ていた。苦しそうに呼吸を繰り返して、呻いて、何度も嘔吐して、弱っていく。重ねてしまうのは、軽率なことだ。理性が囁くと頭も少しは醒めた。
「…………はぁ。どうしようって言うのだ?」
ミュウは前髪を乱暴に掴んで、背中を丸める。
それでも認めたくはない。母親とニィのどこが似ているというのか。家畜が病気にかかってそれを心配する道理がないように、ファルフェンに同情することはないはずだ。
しかし、ニィを気に食わない理由はただの嫉妬。伝承にあるファルフェンという卑しい種族が、桜と仲良くして、役に立つ。ミュウの自尊心を傷つける。目障りであったことは間違いない。
自分と違う種の一人が死んだところで何も良心を痛めるようなことはないと思っていた。
それでもニィの背後には集落があり、家があり、家族がいる。
ミュウたちと遜色のない人生がある。わかってしまうから、横たわって必死に息をするニィを助けなければいけないと思うのだ。
すると、前髪を掴む腕の手首にあるアクセサリから電子音が鳴り響いた。赤い発光が目の前でチカチカと点灯する。
「通信……」
ミュウはつぶやいて、髪を掴むのをやめてアクセサリのスイッチを押した。
『姫様、ご無事ですか?』
アクセサリから、勇子の声が飛び出した。しかし、支障があるらしく酷くざらついた声音だった。
「どうにかな」
『よかった……』
勇子の心底安心した声。
『今、姫様のもとに向かっているのですが、キャッチできる信号が微弱ですので、その場から動かないでください』
「そう…………。ん? 少し待て」
ミュウは勇子の指示を保留して、今座っている横穴の先を見据える。真っ暗闇が広がるだけの通路だが、風が鳴く音がかすかに聞こえる。濡れた体を誘うように冷たい風が流れていた。
「風、か」
『姫様、どうかなさいましたか?』
「…………。すまないが、先に進ませてもらうぞ」
ミュウは濡れた髪を掻き揚げて、真剣な顔つきになる。
風が流れているということは地上につながっている可能性がある。来た道筋を遡って出て行けるはずもない。それに出口を見つければ、桜と勇子も文句は言わないだろう。
そして何より、ミュウでも役に立てると証明できる。
アクセサリから勇子の狼狽する声が上がった。
『ダメです! 動かれると姫様の位置を把握できません。それに、何が潜んでいるかわからないのですよ?』
勇子の言うとおり、進んだ先に何があるかわからない。あの目を光らせた巨大生物に似た何かが生息しているかもしれない。
もしかしたら、風の流れは生物の呼吸かもしれない。想像するだけで身震いしてしまう。
それでもミュウは横たわるニィを見て、目を細める。彼女のか細い息遣いや微かに揺れる肩が生きようとする必死さを物語っていた。
「…………わかっている」
ミュウはアクセサリを口元に引き寄せながら、自分に言い聞かせるように言った。
先に進むという決意は揺るがない。
「風の流れもある。うまく行けば、地上に出られるやもしれない」
『地上に出て、どうするおつもりですか?』
「…………ここは空気が淀んでいかん。それに服も濡れたからな。乾かしたい。通信、終わり」
ミュウは吐き捨てるように言って、アクセサリのスイッチを押した。
それから、顔中が熱くなるのを感じてライトをつけている作業機械に目を向ける。唯一の目撃者ともいえる作業機械は静穏のモーター特有のせせらぎのような音を奏でながら、半球状の光学センサを半回転させる。小首を傾げるかのように。
「誰にも言うな。柄にもないからな」
ミュウは独り言だろうと思いながらも、口をとがらせて言う。
それから横たわっているニィを抱き上げて、立ち上がる。一瞬、ふらっとしたがすぐに足に力を込める。疲労はしていたが、歩けないほどではない。
「しかし、重いな」
脱力して、さらに水を吸った服を着た子供の体重が両腕にずっしりと伸し掛かる。砂の詰まった麻袋を持っているかのような気分だ。
それから、作業機械を指し先で小突く。先に行け、と顎でしゃくってさらに小突くと作業機械は健気に先を歩き始める。
ミュウは大きく息を吐きながら、抱きかかえているニィの温もりに寒さを忘れるのであった。
「姫様? ちょっと、姫様!?」
「通信、切られてしまいましたね」
桜と勇子は坂を下りながら、ミュウの行方を追跡する。アクセサリの立体モニタにはミュウが持つ作業機械の位置を示す矢印が浮かんでいる。
三次元のホログラム地図は一キロ先まで下り坂を示しており、あてになるようなものではなかった。
加えて深奥部に行けばいくほど、作業機械のレーダーの精度は下がる。先ほどまでの通信障害も四方を土に阻まれているのもあるが、奇妙な力がこの地下空間に働きかけをしているのは間違いない。
二人は懐中電灯の光を頼りに、水垢が蔓延る坂道を照らす。ぬめりを放つ赤い苔のようなものに足を取られないように気を付けながら、ミュウが滑った時にできただろう跡を追う。
「風がどうとか言っていたけど、遭難する可能性はあるのよ。まったく、困ったお姫様」
「信号は受信していますから、とにかく慎重に行きましょう」
「桜はこういうとき、割と冷静なのね」
勇子は隣を歩く桜を横目に見た。
この場合、冷静に行動できる桜の判断は正しい。ミュウが作った水垢の跡を追って滑っても、目的地が同じとは限らない。
それに、足元の溝に流れる水や水垢が増えてきていることも気になった。上層の通路では苔なのどの明らかな植物的な息吹があった。しかし、下れば下るほど、植物の緑は失せて無機質な水垢が増えている。この下は動植物が生息できる場所ではないのかもしれない。
「知らない場所ですからね。それに、この辺は空気も妙に籠ってますから……」
桜はスンスンと鼻を鳴らして、空間に立ち込める腐臭を嗅ぎ取る。カビっぽい臭いだ。
勇子は手にしている懐中電灯をあちこちに渡しながら、汚れの目立ち始めた壁面を捉える。
「上から流れてくる水が、辺りのものを削りながら蒸発しているからね。地熱が高いみたいだし」
「だから、水垢だらけなのですね」
「汚いことに、ね。でも、地下施設であったなら、地熱を利用したり、下水機能が整っていたりしたずだから、この程度で済んだ可能性もあるわ」
勇子はそう分析して、奥底を見据える。
ここはスペースコロニーのような循環機構を持っていると考えられる。
スペースコロニーとてエネルギーの再利用や下水機能には細心の注意を払っている。この地下通路はその片鱗らしいものがあり、長らく人が手を付けなくなって自然の力が表に出てきたようだ。
これだけの空間を作れるのなら、『ファルファーラ』の住民にも宇宙に出るだけの力があってもおかしくない。その半面で、疑問はさらに深くなっていた。
「この星の古代人はそれなりの科学力を持っていたはずなのに、なんで地下に放置するようなことをしたのかしら……」
勇子がぼやく。
「わたしたちと同じでこの星に住めないほど、人口が増えてしまったとか……。あり得ませんか?」
「神様のような導師様がいたかもしれないのに?」
信じがたい、と勇子は眉間にしわを寄せる。
桜も自分で言っておいて、何か確証があったわけではない。だが、導師という存在について考えることが多くなっているのは確かである。
「導師様がそのような方なら、ニィ様やツェ・ズゥ様がわたしにお話をしてくださるとは思えません」
「一応はその子孫という設定だからね。遺伝子の劣化とか、考えているのかもしれない。一子相伝に才能が受け継がれるわけではないのは、この星も同じのようね」
勇子は自身の青い瞳を思い出して、皮肉気に言った。
「設定……」
桜はその虚飾の言葉に困惑する。
ツェ・ズゥと話をして、自身に『導師』の役割が果たせるかどうか証明するといった。ニィたちを助けたい一心である。
しかし、それを設定だけの無関係の人間がやっていいものなのか。彼らは『導師』に救いを求めており、桜・マホロバという少女ではない。
「勇子様、わたしは導師様をやり切れると思いますか?」
「何よ、急に?」
勇子は肩をすくめる。
「導師様とはどのような方だったのか。もっと尊大な方だったのではないか、もっと偉大なことをなさる方だったのではないかと考えるのです。それに比べて、わたし……」
「これからなっていくしかないのよ、そういうのに」
「できますか?」
「三人でやっていけと所長も言っていたのだから、そう根を詰めないことね」
桜は不安な気持ちが少しだけ和らいで、ほっと胸を撫で下ろした。
勇子も『導師』がどんな人物か知らない。想像もつかない。だから今回の探検で、何かヒントがあればと考えているし、桜一人に重荷を背負わせる気もない。
「目的を前に倒れられたら、困るもの」
「…………」
桜は初めて、勇子のエリート意識というのか、任務遂行の実直さに不信の目を向ける。まっすぐな分、気持ちに鈍感なのではないかと思うのだ。
勇子もまた細めた赤い瞳に、青い瞳を丸くして返した。
「何?」
「いいえ」
短い問答をして、二人は地下を歩き続ける。
すると、さらさらと流れる水の音にまぎれて、瀑布のような怒涛の轟音が遠くから聞こえる。暗闇の奥底から沸き起こっている。
太陽が傾き始めた時分。
地上の雲霧林は湿度の高い、熱気をさらに強めていたころ、ファルフェンの集落は変わらない日々を過ごしていた。女たちは家事をこなして、男たちは狩りから獲物を担いで帰ってくる。
彼らは森の地面に生息する鳥類、爬虫類や両生類も肉を好んで食べる。さらに、季節ごとの果実やキノコ類も食用としている。先人から脈々と伝えられる生活リズムは自然の中で育まれた技術である。
昼食時になって、一人の子供が高い枝の先に巣をつくっている鳥の巣へ登っていた。採卵のために集めた巣のコロニーで、畜産的な役割を持っている。
「…………?」
子供が手にしている大鋸屑の入ったバケットに卵を仕舞っていると、霞がかった双子月の影から何かが浮き上がってきた。
周りでクケーッと鳴く親鳥たちを払いのけながら、子供はじっとその影を見据え、長い耳を立てる。二つの尻尾を枝に絡めてバランスを取る。
バサバサと羽を叩く親鳥のものではない、空気を振動させる音。鳥の軍勢のように固まって飛んでいる。しかし、渡り鳥が来る周期ではない。
「なんだ、あれ?」
子供は疑問に思いながらも、卵を回収すると枝から降りてしまう。
しかし、その異様な空気の震えを集落に住む者は全員感知しており、警戒心を強めていた。
屋敷で体を休めているツェ・ズゥもまたその音に吹き出物がむき出しの耳を弱々しく震わせながら、来るべき日が来たと悟った。
「ツェ・ズゥ。外が変です」
奉公人が平静を装いながら、奥から姿を現す。
「みなを避難させよ。来るべき時が来たようじゃ……」
ツェ・ズゥは諦観した様子で語った。
避難しろとは指示するものの、どこへ逃げようとも結果はわかりきっていた。他の集落でも同様の混乱が起きているだろうことは予想できる。力がない以上、逃げ回って再起をかける。
だからせめて、異邦人たちの活躍がもう少し早ければと悔やんでしまうのだった。
ミュウは風の流れに沿って通路を歩んで、ついに広い空間に出た。
滝が落ちる音と飛沫が濡れた頬にかかる。作業機械のライトをもってしても、全体を照らすことはできない。
「埠頭だとでもいうのか、ここは?」
ミュウはニィを抱っこしなおして、足元でひたひたと揺れる水面を見た。肩に頭を置くニィの様子を見ながら、その重さに慣れつつある自分に妙な気分を覚える。
作業機械が照らすのは壁面に沿って出っ張る埠頭のような道と黒ずんだ水面の揺れる影である。沸き立つ水の臭いに顔を顰めながら、続くところまで歩いていく。
どういうところなのか、見当もつかない。
地下に滝がある違和感は拭えないうえに、空気の流れがそこから生まれている。地上に続いていると考えていたために、そのおざなりの見当違いに辟易もした。
先行する作業機械の後ろをてくてくとついていくことにも情けなさを感じ始める。
すると、アクセサリから電子音が鳴り響く。
ミュウは作業機械を踏みつけて止めると、ニィを片腕で抱えながらアクセサリを口元へ寄せる。
「なんだ?」
「ああ、姫様。ご無事ですか?」
今回は桜からの通信で、ほっとした息遣いが聞こえた。
勇子と同じ切り出しかたでミュウは思わず口元を緩める。まだまだ『ファルファーラ』の語彙の修練が足りないと思う。
「うむ。無事は無事だが、あなたたちは今どこにおる?」
「えっと……。滝みたいな音がする場所で、広い空間があります。下に続いているみたいなのですけど……」
「滝? わらわのところでも滝らしい音が聞こえる。桜、何か目印になるようなものはないか?」
「目印、ですか? ちょっと待ってください。照明弾を投げます」
桜からそう報告を受けてすぐ、頭上でまばゆい光が破裂した。灯篭のように明かりをともしならがら、ゆっくりと降下する光球。
今いる場所が明るみになって、そこがドーム状の空間だと把握する。それでも、ミュウの位置からは奥行きがかなり見て取れる。
ミュウは目を細める。
「確認した。それに、どうやら『船』はここにあるようだ」
そういいながら、照明弾に照らされた巨大な影を見た。
湖面に浮かぶ小島。その表面はごつごつとした岩のような肌をしており、岸から距離があるというのに城塞のような見上げるほどの大きさがあった。
ミュウの報告を受けて、桜も納得したような声で言う。
「離れ小島みたいなのがそうですか?」
「そうとしか思えんが? 機体よりはるかに大きいぞ?」
「…………わかりました」
桜も慎重に考察してから答えた。
「それから、水が張ってますけど、どれくらいの深さがありそうですか?」
「深いだろうな」
ミュウはそこで一度区切って、水面を覗いた。照明弾の明かりが弱くなりつつあるが、水の深い黒い色は変わらず、底の深さを物語っている。
ニィをかかえる腕が痺れてきて、ニィを仕方なしに降ろす。
それから、手を水面に浸して深さを見てみる。肘まで軽く呑み込み、まだまだ深さには余裕がある。水温も高めで、温水に近い。
「詳しい深度はわからんが、飛び込みはできるだろうな」
ミュウは冗談交じりに言って手を抜いて、水を払う。
「わかりました。姫様はそこで待機してください。明かりをつけたままでよろしくお願いします」
「わかった」
通信を切って、ニィのそばによる。
照明弾が消えうせて、あたりがまた暗闇に飲み込まれる。
作業機械の明かりだけが弱々しく輝いている状態だ。肌寒さまでも蘇ってくる。滝壺の音が遠くで轟く。
どうやら桜たちは上層部にいるらしいが、ここまで下ってくるのに苦労するだろう。まさか直接降下してくるとも思えない。桜の大人しさを考えると妥当だろう。
ミュウは気長に合流を待とうと考えていると、唐突に近くの水面に何かが落下した。派手な音を立てて、水しぶきが散った。
「————まさかっ」
ミュウは驚いてニィを抱きかかえながら、派手に波紋を立てる水面に注意を向ける。
緊張に心臓が早なり、ニィを強く抱きしめる。
そして、岸辺のヘリに白い手が出てきた。
「ハフゥッ。姫様、ご無沙汰です」
「桜…………?」
ミュウは水面から出てきた絹のような白い髪と肌の色、そして、赤い瞳が明かりに照らされて浮かび上がった。
間違いなく、桜・マホロバの特徴だ。
それには口を半開きにして唖然とするしかなかった。本当に飛び込んでくるとは思わなかった。
「はい。ちょっと高さがありましたけど、どうにかなりましたね。よいしょっと」
桜は何事もなかったかのように水から上がって、シャツの胸元を引っ張る。
ミュウは彼女の濡れた姿態を上から下までよく見て、本物だと確信を得ると盛大なため息をついた。
「まったく、普通、飛び込みをしようと思うものか?」
「ミュウ様の現在地がはっきりしてましたから。回り道してミュウ様とニィ様の居場所がかえってわからなくなる可能性もありました。まさか、こうも近いとは思いませんでした」
桜はこともなげに言ってほほ笑んだ。
「それに、ミュウ様も飛び込んでも大丈夫そうだとおっしゃっていましたから」
ミュウは苦笑いを浮かべてニィを抱え直した。冗談交じりに言ったとは切り出せない。それを真に受けてかなりの高さから落ちてきたのだから、その肝の据わりようには感服するばかりである。
「ところで勇子は?」
「勇子様でしたら————」
桜が説明しようとしたとき、またも水面にまた何かが落下した。またも盛大な音が響いた。
「今来たようです」
「あぁ……」
ミュウはヘリにしがみついて、肩で息をする勇子の姿に同情する。彼女も不安があっただろうに。
桜は勇子を引き上げつつ、ミュウに言う。
「ニィ様は大丈夫ですか?」
「ん? 気を失っているだけだ。問題はない」
ミュウは少しツンケンした言い方をした。
ニィは心配するのか、と内心愚痴った。幼稚だと思うも、少しは労ってほしいと思う。
すると、桜は誇らしげに誠実な瞳を向ける。
「さすが、ミュウ様です。頼りになります」
ミュウはその一言に目を瞬かせる。意識の差を明確にされたのだ。
桜は異星人であるが、ミュウを仲間として認めてともに行動しているのだ。そこに地位の高さや異なる文化への偏見もない。
ミュウは皇女という立場と導師という立場に縛られて考えてしまっていた。ややこしい観念を抱いていたのだ。もっと単純な思想を彼女は示している。
「こ、こんな無茶苦茶、やめなさいよ……」
勇子は肩で息をしながら、手で顔を拭う。落下の感覚にはやはり慣れることができず、水の浮遊感も居心地が悪い。着ている服がびしょ濡れになってしまえば、着心地の悪さも目立つ。
「申し訳ございません。けど————」
桜は謝罪の言葉を口にしながら、背中の作業機械を下ろしてワイヤーを引っ張り出す。
ミュウと勇子はその様子を見ながら、彼女の次の言葉を待った。
「導師様をするなら、これくらいの危険は乗り越えなければならないと思うのです。でなければ、目的も人をお救いすることも叶わないませんから」
自分が変わらなければならない。
形からでも行動として『導師』とは何かを体現しなければいけないと思う。勇子とミュウがそれぞれ目的があって行動するように、桜も小さい目標はある。
そのためにも『導師』というものを探求する。
「これから、向こうの『船』まで泳いでいきます」
桜が自分のベルトにワイヤーとフックを引っ掛けながら言う。岸辺に置いた作業機械も脚部の吸着機能を駆使して固定される。
「危険じゃない?」
勇子が立ちあがって制止する。
「どのみち渡る手段がありませんから。何かあったら、この子がワイヤーを巻いてくれますので」
桜は腰についているワイヤーをちょいちょいとひっぱて見せる。
ワイヤーを出している彼女の作業機械はミュウに追随していた作業機械と井戸端会議しているように向き合って、カニバサミ型アームで握手をする。少女たちの会話そっちのけといった風体であった。しかし、握手自体はバッテリー消費の多かったミュウ機への充電の役割がある。
そんな機能があるとは知らないミュウはその様子に不安を覚えながら、抱っこしているニィを持ち直す。
「だったら、わらわが行く。泳ぎは得意だからな」
「え? でも、ミュウ様はニィ様がいらっしゃいますので、後についてきてください。ワイヤーを渡せれば、この子たちが運んでくれます。ではっ」
桜はそういうと肩の懐中電灯の光を調節して、水の中へ入り顔を出した平泳ぎでゆっくりと進んでいく。
ミュウは有無を言わさず進む彼女の行動力に肩の力が抜ける。ニィのことを言われると嫌な気分にもなった。
「有害な生物がいなければいいのですけどね。姫様、少し休憩いたしましょう?」
「そうするほかないか……」
勇子とミュウは腰を下ろして、水面を滑る光を目で追った。
ミュウはニィを抱いたまま、あやすように時折揺すり、背中を叩いていた。そのたびに、ニィの耳がくすぐったそうに動き、尻尾の先も左右に揺れる。
勇子が懐中電灯をしまいながら横目に見る。
「あの、姫様。変わりましょうか? ニィを抱っこするの」
「なぜ?」
ミュウはこともなげに問うた。
「なぜって、姫様のお手を煩わせるわけにはいきません。くしっ」
勇子は寒さに震え出す。
温水だったとはいえ、濡れた衣服をつけたままでは寒くて仕方ない。ミュウもまたびしょ濡れであったが、妙に落ち着き払っており、震えらしいものはない。ニィの体温が戻ってきて、湯たんぽ代わりになっていたからだ。
加えて、ニィの耳や尻尾が動くたび、勇子は興味が沸き立って仕方ない。猫のような尻尾に兎のような耳はどことなく暖かみが感じられた。
ミュウもニィの容態を心配していたが、寒そうにしている勇子を見るのも忍びない。それに青い瞳で羨望の眼差しを向けられて気圧されてしまう。
「わかった。では、頼んだぞ」
「はい。お任せください」
勇子は誇らしく言って、ミュウから慎重にニィの体を受け取って抱きかかえる。
「わぁ、ふくふくしてる」
頬を撫でる耳の感触をそんな風に表現する。
勇子は抱きかかえたニィの温かみに感謝しつつも、どこか幸せそうに顔をほころばせる。赤ちゃんを抱かせてもらった子供のようである。
「そういうのが好きなのか?」
「はい。小さくてかわいいですから」
勇子が柄にもなく弾んだ声を出す。
それにはミュウも彼女がただの堅物でないと認識を改める。
「愛玩動物ではないのだぞ」
その時、勇子は目を見開いて、ミュウの横顔を見る。
ミュウはその視線に気づいて、照れ臭そうに頬を膨らませて耳元の髪を後ろに送る。
「何か?」
「いえ……。姫様からそんな言葉が出るとは思いませんでしたので。何だかんだいってもお優しいのですね」
「フンッ。わらわはつねに高貴である。そのような慇懃な言葉遣いをせずとも、会話してやろうぞ」
「はい。では、そうのようにします」
勇子はミュウが照れているのを知って、可愛いと思いながら返答する。
しばらくして、桜が『船』に取りついて、その頂まで登るのが懐中電灯の光からわかった。作業機械からのワイヤーが水面から上がって、ピンッと宙を渡る様に張られる。
見守っていると、桜から通信が入る。
「お待たせしました。どうぞ」
「了解。姫様、準備を」
「わかった」
二人は立ち上がって、準備を始める。
ミュウは作業機械を持ち上げて、腹部にワイヤーを当てる。それを感知して、腹部が左右に展開し中にある小型の車輪がワイヤーを挟んだ。
「先に行くがニィを任せて大丈夫か?」
「心配性が出てる。少しは信じてよ」
勇子はニィを下ろしてから、自身の作業機械を外してライトをつけさせた。
「…………そうだな」
ミュウは水の中に入ると、作業機械の脚部を掴んでぶら下がるようにした。アクセサリのスイッチを入れると車輪は回りだして、作業機械が動力となって彼女の体を運んでいく。
徐々に水から体が離れて、懸垂状態になる。水を吸った重みに悪戦苦闘しつつも、『船』にとりつくことができた。
表面は思った以上に乾いており、ごつごつと手足を引っ掛ける場所が多い。しかし、ひとたび下を向けば暗黒の世界が広がり、正確な高さなどわからない。加えて、背後の岸辺の明かりも蝋燭のように小さい。
ミュウは固唾をのんで慎重に上に登っていく。
「姫様、こちらです」
「うむ」
桜の懐中電灯の光を目印に、ミュウは岩場のような足場にふらつきながら近づく。その後ろをリフト代わりになってくれた作業機械が器用についていく。
暗闇の中に見えてきた桜は床を見て、何か困っているようだった。
「どうした?」
「あ、はい。ここがハッチみたいなのですけど…………」
桜は開閉用のレバーらしいものを見つけることができたが、引いても回しても開放することができない。ハッチの周りにフジツボに似たモノが付着しており、操作が効かないようだ。
ふと、ミュウの足元に作業機械の影を見つけて、思いつく。
「姫様、作業機械をお貸ししていただけますか?」
「ああ、構わないぞ」
「ありがとうございます」
桜は作業機械を引き寄せる。それから、自分のアクセサリで軽く作業機械の半球状の光学センサを叩く。これで操作権限が得られた。
「危険ですので、お下がりください」
桜が立ちあがってそう警告する。
ミュウはそれに従って、一歩下がる。すると、作業機械の二本のカニバサミアームからレーザーが照射されて、ハッチの溝をなぞってフジツボらしいモノを切断していく。バチバチと真っ赤な火花を散らし、煙を立てて焦げたにおいを漂わせる。
「酷い臭い……」
「何? 凄い臭いしてるけど?」
そこへニィを抱えた勇子が自分の作業機械と桜のとを連れ立って近づいてくる。二人ともびしょ濡れであったが、ニィはまだ目を覚まさない。
ミュウはあまりの眩しさと目に染みる煙から目を逸らす。
「ハッチをあけているのだそうだ」
「開くのかしら?」
「知らない」
溶断作業に勇子機と桜機も加わって、ハッチを覆う異物除去作業が進められる。ハッチは人ひとりが通れる程度の大きさがあった。
暗がりの中でひときわ目立つ閃光が止むと、懐中電灯の光が弱々しく感じられた。
桜はメガネの位置を直しながら、祈る様に呼吸を整えて再度レバーを引いた。
すると、軋んだ音を立てて、ハッチがスライド。だが、それも数センチの幅を開けただけだ。桜は辟易しながらもそこに指を入れ、力づくで開放させる。
「あ、開きました……」
肩で息をする桜にミュウと勇子は近寄って、中を覗き込んだ。真っ暗闇で何も見えない状態。
桜は息を整えると、上体を開いたハッチに入れて中を探る。ハンチング帽を押さえつつ、ぐるりと見渡す。
「エア・ロックみたいな空間があります。大丈夫そうですね」
言いながら、上体を元に戻す。
「しかも————っしょ。さらに下には艦橋みたいです」
「内壁は空いているの?」
勇子が問うて桜が頷く。
「よしっ。これで、動けば証明になるわ」
「動けば、の話だ」
ミュウは現実的なことを突きつける。城塞を思わせる船とはいえ、かなりの年月が過ぎている。
「中は思いのほか綺麗に残っているので、期待できますよ」
桜はミュウにそういうと作業機械たちをハッチに落としていく。中が作業機械たちのライトで満たされる。開け放たれたハッチから光の柱がそそり立った。
ミュウは楽観的な言い方をする桜に呆れる。
「そうでなければ、わらわたちはどうやってここから出るというのだ?」
「それは、別の道を探すしかありませんっ」
桜がハッチから中に降りる。
勇子もそれにならって、ニィをしっかり抱きかかえながら降りて行く。高さがわかっていたため着地に支障はなかった。。
ミュウが最後に降りた。
「なるほど、こういうものか……」
艦橋、と言われてもミュウにはピンとこなかったが、船内を見てなるほどと納得する。
扇状の空間に低い段差は劇場を思わせるが、配置されている機器を見ると指令室らしい趣があった。座席もあり、各所に配置されている。天蓋は曲線を描いて、卵の殻を内側から眺めているかのようであった。
空気も冷たく、カビ臭さや青臭さなどない。清潔な空間だ。
「動かせそうか?」
「コンソールパネルらしいものはあるんですけど……。ミュウ様、この文字、読めますか?」
桜が艦橋の先端、おそらく操舵士が扱う座席の前で大理石のようなデスクを見ていった。
そこには古代文字らしいものが刻まれている。『ファルファーラ』の文字も齧る程度には見ていたが、見覚えのない記号の羅列である。縦読みか、横読みかもわからない。
ミュウはブーツにたまった水の感触に嫌な顔を浮かべつつ、桜のもとへ。
勇子はニィを手近な席、おそらく艦長席に降ろして、調査に当たる。シートは干からびた樹皮のように硬く、バリバリと亀裂の入る音が響いた。
作業機械もそれぞれ散って、配線の類を探る。それさえ見つかれば、彼らも動かしようがあるのだ。
「見たことのない文字だ」
「そうですか…………。電源も切れているようですし、せめて艦内図があればよいのですけど」
「動力室を探すの?」
勇子は大理石風のコンソールを撫でながら、何か起きないかと期待する。手で触れた冷たい感触からは何かの力が働いている感じはしない。
桜は操舵士の席から離れて、艦橋の中心にある艦長席へ移動する。それも動くかどうかわからない代物である。
「はい。この船、動く可能性はありますよ。ここまで装置が整っているのも変ですから」
「こういう場所なのだから、綺麗なのだろう」
ミュウは収穫の見込みが薄れて、投げやりな態度になる。
見込み違いも甚だしい。確かに実在はしても、動力が働いていないでは鉄くず同然である。
桜はそれでも諦めがつかないようで、艦長席を囲う石柱に触れながら何か仕掛けがないかと探る。
「そういう見方もありますけど……」
「諦めて、地上に出る手段を考えるのもありね。こうもわからないものだと、手の施しようがないわ」
「そんな、勇子様まで」
勇子も一通り見て、手におえる品物ではないと判断する。別の星の、それも古代技術をどうにかできるなどと考えてもみなかった。いや、できるという自信があったからこそ、そのことに目をつぶっていた。
目の当たりにしてみて、『ファルファーラ』の科学と『ノア』の科学とではまるで違うものだ。
諦めムードが漂い出す。
すると、気を失っていたニィが寒さから体を震わせて、全身の毛を逆立たせる。耳と尻尾をピンと伸ばして、小刻みに動かす。
「うぅ……」
ニィが気怠そうに呻く。
その瞬間、今まで沈黙していた装置たちが脈打つように起動しだす。
桜たちは周囲を見て、幾何学模様の走る大理石のコンソールを見た。これまで反応しなかったものが、精気を宿し、熱量を上げていく。
「動いた!?」
勇子がコンソールにしがみついて、声を張り上げる。先ほどまで何もなかった場所に走る幾何学模様に目を白黒させる。
作業機械たちがそれらの光に当てられて、動きを活発化させる。事前に学習していた文字体系とを比較し、合致する部分や変換可能領域を解析する。
桜は艦長席で目を瞬かせて、目元をこするニィに気付く。
「ニィ様が起きたから、こうなったのですか?」
「ん? ここ、どこ? お家帰る」
ニィは寝ぼけているのか、そんな譫言をこぼす。
次の瞬間、床が激震して桜たちは倒れ込んだ。船体が軋む音。さらに、入ってきた内壁ハッチが閉じた。
「今度は何だ!?」
「動いてますよ、この船」
桜たちは座席にしがみついて、激しく上下する振動に歯の根が合わない。
ニィだけはゆったりとシートに坐して、あくびを掻いている。肝が据わっているのか、それともまだ夢心地なのか判断がつかない。
しかし、彼女たちの乗る『船』は力をみなぎらせて浮上を開始する。衝角を天井に挙げて、そこへ一点突破の力の奔流を収束させると、一気に発進した。
岩盤を貫き、木の根を割いて、腐葉土をかき分けて、ものの数秒で船体の前部が日の当たる地上へとつき上がった。
桜たちは重力の矛先が変わったことに気付くも、そこが地上であるとは思わない。作業機械たちのライトは消えており、真っ暗闇だけが広がっていた。
「みなさん、ご無事ですか?」
「なんとか……」
「生きてる……」
勇子とミュウが呻くように返答する。
ニィは真っ暗闇の中を見回して、外の景色が見たいと体を動かす。その動きを感知したかのように艦長席の周りにある石柱が輝き、ドーム状の天蓋がモニタとして作動しだした。
眩しい光が艦橋を照らす。しかし、その眩しさは太陽の光だけではなかった。
桜たちはその緑の樹海に紅蓮の揺らめきと黒煙の柱、さらに青い空を旋回する岩石型の機械に目を見張った。
間違いない。未確認勢力の〔アルファ・タイプ〕だ。
「敵が、来てたの?」
勇子が唖然として、口を戦慄かせる。
この事態がいつか来ると考えていた。だからこそ、戦力になりえる船を見つけてきたというのに、唐突な現実に頭が痺れてしまう。
「地上に出たと思ったら、これか。嫌になるなっ」
ミュウは地上に帰ってきた感動よりも、旋回し森に放火をする〔アルファ・タイプ〕に怒りを覚える。
高い木々が燃え盛り、幹がなぎ倒されて火の粉が飛ぶ。
故郷の惨状ニィは瞠目し、宙を旋回する機械から吐き出される炎の大蛇に尻尾の毛が逆立つ。火炎放射器など見たことなかったから、その動きは森を喰らう蛇の動きそのものだった。
逃げ惑う人々。炎に巻かれて、火だるまとなり悲鳴を上げて枝から落ちていく。地面にたたき付けられて、まるで紅葉のように散っていく命。その光景は見えずとも、上り火の手や機械の執拗な火炎放射の軌道からも予測きる。
「————っ!」
桜は気が動転しそうになりながらも、艦長席に噛り付くニィに顔を寄せて言う。
「わたしたちが敵を倒します。ニィ様はここにいてください」
ニィは擦れた鳴き声を上げて、首を横に振る。涙をいっぱいに貯めて、行くなと懇願する。一人にされては不安で死んでしまう、といった悲痛な面持ちだ。
それでも、桜は厳格な顔つきになって一度勇子とミュウに視線を配る。
「勇子様、ミュウ様、〔アル・スカイ〕をここへ! 迎撃します」
「わかったわ。姫様、ハッチへ」
「まったく、タイミングが悪い」
勇子とミュウは傾く床を滑って、入ってきた内壁ハッチにしがみつくと、手前にあるレバーを引いて開放する。エア・ロックに進入しさらに外壁ハッチを開けた。
外の焼けつく臭いがした。顔を出した瞬間、目の前を〔アルファ・タイプ〕が横切って烈風を巻き起こす。
その中で勇子がアクセサリのスイッチを操作して、緊急要請信号を発した。
これで、森の中に隠しておいた〔アル・スカイ〕が自動で向かってくる。
「緊急要請をかけた。すぐに来るわ!」
桜は二人がアクセサリを使って、〔アル・スカイ〕を呼び寄せているのを見取ってニィに向き直る。
「ここにいれば、安全です。ですから、待っていてください」
それでもニィは首を横に振る。
桜は幼子には辛い現実だと思いながらも、ここで迎撃しなければ殲滅されてしまうという不安があった。
突如現れた船の前部に岩石型の機体〔アルファ・タイプ〕がビーム・ライフルを発砲する。外部装甲で爆発が立て続けに起こるも、船体はピクリとも動かない。
艦橋に振動が伝わっても、損傷のアラームすらならない。丈夫なのだ。事実、外皮の用に張り付くフジツボのようなモノを焼いた程度の損傷だ。
ニィが背中を丸めて、震える。耳と尻尾は垂れ下がる。
「時間がありません。ニィ様、必ずあなた様を、いいえ、皆様をお守りいたします。見ていてください」
「桜、来るわよっ!」
勇子が少し離れた森林より跳躍する〔アル・スカイ〕の姿を捉える。スラスターを使った旧態的な跳躍で『船』に近づく。直線的な運動がいかにも自動操縦らしい。
〔アルファ・タイプ〕も出現した〔アル・スカイ〕の迎撃に回り、何機かが『船』に人型となって取りつく。
桜は敵機が取りつくのを知って、ニィから離れると作業機械たちに言う。
「船のコントロールが掌握でき次第、避難している人たちを収容できるようにしてください。対空砲もあればよろしくお願いします」
作業機械三機は大理石のコンソールにしがみつきながら、カニバサミ型アームを振った。了解の合図だ。
〔アル・スカイ〕が森林に沈めて、〔アルファ・タイプ〕の射撃を回避。そして、次の一蹴りで『船』にまで伸びやがる。
そのまま〔アル・スカイ〕は取りついている〔アルファ・タイプ〕一機を膝蹴りで引っぺがすと、マニュピレーターで船体を掴みミュウが半身を出しているハッチ部分を覆うようにした。
「行くぞっ!」
ミュウが勇んで垂れ下がってきたリフトワイヤーにつかまって、操縦席へと移る。
勇子は桜を引き上げて、エア・ロックに入るところであった。桜は後ろ髪をひかれるように艦橋を幾度も振り返る。その理由が蹲って怯えるニィにあることは言うまでもない。
「迎撃して、安心させてあげるんでしょう!?」
「わかっております。先にどうぞ」
「一緒に来る。時間がないのよ」
勇子は下りてきたリフトワイヤーを掴んで、桜の腰を抱き上げると、そのまま上がっていった。桜もそうなっては彼女にしがみつくほかなかった。
だが、もし残っていたらニィのところに足を戻していただろう。その点で勇子は英断を下したと言える。
勇子が座る右胸部ハッチに降りると、〔アルファ・タイプ〕のビームがマントを直撃する。ミュウがすでに出力を上げて防御に入っていたが、突き抜けてくる衝撃波に顔を顰める。
「すぐに動かしてください」
「何秒あれば行ける?」
勇子はここから頭部までの移動時間を問うた。
桜はさらに上から降りてきたリフトワイヤーを掴んで一瞥。
「三〇秒————、いいえ、二〇秒でお願いします」
「了解」
桜はリフトワイヤーを手繰り寄せ、足は装甲を押し付けるようにして登り始める。
「いいようにいたぶりおって————」
ミュウは〔アル・スカイ〕の周りを旋回して、射撃を繰り返す〔アルファ・タイプ〕の陰湿なやり方に毒づく。頭部に直撃しないのは彼が常に動き回っているからだと判断する。そう考えると、射撃の腕はそこまでではないとミュウなりに敵を分析することができた。
その間にも〔アル・スカイ〕は装甲を握るのをやめて、船体を滑っていく。勇子の操縦だ。無様な滑り落ち方で、〔アルファ・タイプ〕も力尽きたものかと様子を窺った。
ギリギリで天頂部のハッチから操縦席に体を滑り込ませた桜は火の入っている〔アル・スカイ〕を操る。フットペダルを押し込み、操縦桿を握り締める。
〔アル・スカイ〕は泥沼に脚部がつくと膝を曲げて、一気に跳躍。
反撃とばかりに、ショルダー・ホルスターからビーム・サーベルを抜き放つ。




