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~別離~ ミュウ・ミュレーヌ・レルカント

 ファルファーラを発ったシャトルのキャビンは異様な緊迫感を放っていた。原住民たちにとって宇宙に出るという初体験と未知の領域に足を踏み入れて、緊張を隠しきれない。


 原住民たちはそれぞれ、特異な容姿をしている。ふさふさの体毛に覆われた犬人や猫人、爬虫類のように鱗を持った有鱗人、中には岩のような硬質の肌を持つ石人と呼ばれる種族もいる。しかし、彼らは一様にして、ヒトの血を感じさせる二足歩行や器用さ、聡明な知識を持っている。


 その中に、一人コロニーに住む人類と変わらぬ容姿をした少女が紛れている。

 

 背の低い女の子だ。肩まで伸びた甘栗色の柔らかい髪、意志の強そうな瞳、幼さを残しつつ女性らしい姿態を持っている。


 彼女、ミュウ・ミュレーヌ・レルカントは分厚い窓の下に広がる青い星を見下ろしながら物憂げに思う。


 あの青い星が、自身の生まれ故郷なのだ。とてもそうは思えない。

 

 彼女はファルファーラにある国の一つ、レルカント領国の第一皇女であり、外交官の一人として出向いた。年のころはファルファーラの年月で十一歳。コロニーの太陽暦換算なら、一四、五歳である。


「間もなく『ノア』に到着いたします。シートと宇宙服を固定しますので、席を立たないでください」


 綺麗に着飾った制服を着た男性が足を浮かせて、キャビンへ流れてきた。このシャトルの副機長だ。彼に促されるようにして、ギャレーに待機していたキャビンクルーの女性も流れてきた。


「失礼します」

「…………」


 ミュウはゆったりとした席に座ったまま、キャビンクルーが宇宙服とシートとを固定する手際を観察する。慣れた手で宇宙服の各所に設けられた留め具とシートとを繋げる。


 それが終わると、女性は一礼して次の外交官のもとへ向かった。


 ミュウはそうした一連の流れを見つつも、未だになれない無重力での光景に眉根を寄せる。最初のころにあった頭痛や吐き気、目眩は和らいでも腹が据わっていない感覚はどうにも落ち着かない。


「う、うぅん?」


 身体を少しよじって、訛った筋肉を動かす。それでも思うように訛った感触は取れず、逆に頭がぽぅっとしてきた。


 命にかかわるからと、宇宙服なるものを着ているのは、やはり落ち着かない。動きにくいうえに、着ぶくれして気に入らない。せっかく気合を入れて発注したドレスを置いていくことになったのだから、なおさらのこと。


「宇宙とは不便なものよ」


 ミュウは一つ愚痴って、もう一度分厚いガラス窓の向こうに視線を戻した。


 青い星、ファルファーラが輝いている。黒い影が徐々に照らされて、雲の筋を映し出し、海を露わして、地面を浮き彫りにする。


 時差ボケというのか、瞼が重くなる。


「う、うぅ……」


 ミュウは吐息を吐いて、瞼を閉じた。




 朝日もまだ昇らない暗い部屋を一灯のランプだけが照らす。


 淡い光に浮かび上がるのは、豪奢なベットで横たわる女性。頬はやつれて、柔らかい甘栗の髪はべとつき、その瞳からは生気が抜け落ちていた。


 彼女の瞳は幼い日のミュウを見つめて、とうとつと乾いた唇を開いた。


「ミュウ……」

「はい。お母様」


 ミュウは母のやせ細った手を握って、顔を寄せた。握り締める手は今にも折れてしまいそうで、蝋人形のように硬かった。


 もう余命いくばくもないと知らされた幼子にとって、手に伝わる感覚だけが真実だ。


 きっと長くない。もうすぐお別れを告げなければならないと、わかってしまう。培った知識で判断するのではない。もっと霊的な直感がミュウに囁くのだ。


 母が目を細めて、微笑む。


「大きくなって……。王とは、どう?」

「はい。お父様とは良好です。お義兄様とも……。わたしは大丈夫です」


 ミュウは精一杯の笑顔を見せて、大きく頷く。


 実際、王である父とその腹違いの兄たちとの仲は芳しくない。国を任せられるのは、代々男性というしきたりがこのレルカント領国にはある。女の性を持って生まれたミュウは、母ともども役立たずの烙印を王侯貴族たちにも押されている。


 もしも母が自分ではなく、男の子を出産していたなら、この病の進行も早くに止められていただろう。母は王族の端くれとして、少なからずその恩恵を受けていただろう。


 もしも、ミュウ・ミュレーヌ・レルカントが男として生まれていたなら……。


 どうしようもない命の定めに、ミュウは悔しさがこみ上げる。


「そう……」


 母はどこか悲しげにつぶやいた。


「お母様?」


 ミュウは顔を覗き込んで、尋ねた。


 母はいつだって、自分を見捨てなかった。王家にとって価値はなく、彼女自身の立場すら危うくする娘の存在を受け入れてくれた。


 だから、その消え入るような返答はミュウにとって重く、辛いものに感じられた。


「ミュウ…………」


 我が子の名を呼んで、彼女の瞳から光が消える。何かを告げようと開かれた口は固まって、何も発しない。


 ミュウは始めこそ、彼女の唇に耳を近づけて聞き取ろうと努力した。それは、悲しい現実を知るいち早く知ることとなった。小さな子供でも明瞭にわかる息吹の流れを感じ取れない。


 すなわち、死。


「お母様? お母様!?」


 ミュウは一度顔を離して、母の顔を真摯に見つめた。もう動かない彼女の手をぎゅっと握り締めたまま呼びかけ続ける。その声は次第に嗚咽となって、大粒の涙を流し、最後は泣き叫んでいた。


 暗がりの部屋には冷たい空気が忍び込んで、わずかなぬくもりを奪い取っていく。


 幼子の泣き叫ぶ声に使用人たちが押っ取り刀で駆け付ける。朝日が昇り始めたころだった。冷たい朝の訪れは、ミュウの孤独の始まりでもあった。




「————ふわっ!」


 ミュウは夢心地から醒めて、素っ頓狂な声を上げる。こっくり、こっくりと頷くようにしていた彼女の体は電撃でも走ったようにしゃんとする。


 キャビンにいる他の外交官たちが一斉に注目した。宇宙という慣れない環境、目の前に浮かぶ巨大な箱舟を前にした彼らは神経質な瞳をしていた。特に有鱗人の切れ長の瞳がしゅっと細くなるのには、圧力があった。


 ミュウはぼんやりする視界からそうした鋭い気迫を感じて、羞恥心に頬を朱に染める。しかし、威厳を保つためにしゃんとした姿勢を保った。


 馬鹿にされてはいけない。


 ファルファーラに住む領国民のために、一族のために自分たちははるばる宇宙まで来たのだ。その代表に選ばれたからには、身内であっても侮られてはいけない。


 ここにいる人々に見下されることはすなわち、一族を見下されることだ。種族間で均衡を取り合い、折り合いをつけているファルファーラでは、弱みを見せることは平穏のバランスを崩しかねない。


 一国一族と呼ばれる体制。国一つは、一つの種族で形成されている意味だ。不干渉で狭隘な世界でも、互いが角を突き合わせる戦乱只中よりは建設的な構造だ。


「…………」


 ミュウは窓の外に視線を移して、むっつり顔の自分を見た。


 すべてではないにしろ、種族同士が会する場所は自然と緊張が生まれる。不可侵の領分に干渉するのは、そういう危うさを持っていた。


 そして、十年前の出来事もあってミュウを含めた外交官たちは必要以上の警戒を強いられていた。


 護衛、付き人はごくわずか。ミュウは単身であったから、余計気疲れが進んでいる。


「うたた寝をしてしまうなんて……、なんて恥」


 自分を叱って、ミュウは頭を振った。


「みなさま、ノアが見えてまいりました」


 キャビンで待機していたキャビンクルーがメインスクリーンを指して、宇宙に浮かぶ箱舟『ノア』を映し出した。


 各所で感嘆の声が上がって、ファルファーラではお目にかかれない造形に目を丸くする。


 シリンダー状の巨体が三つの花弁のように太陽光を受けるミラーを広げて、回転している。その側近を務めるように同型のものが二つ浮かんでいる。近くに浮かんでいる小惑星と比べても、その大きさは歴然。


 あの中で人が暮らしている。


 宇宙工学という分野が開花していないファルファーラの人々でも、目に見えるものの圧倒的な存在感を認めざるを得ない。

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