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~別離~ 桜・マホロバ

「一緒に死んでくれる?」


 父と母が懇願した言葉に、幼い少女はどう応えるべきだったのだろうか。


 物心がつき始めた女の子、(サクラ)・マホロバにとって死に対する観念は薄く、小首をかしげるばかりだった。誰かが死んでしまった時、悲哀や哀悼を覚えるというが彼女にはそうした感情を発露させる出来事は三年ぽっちの人生ではない。


 だから、幼い女の子はそれを真っ向から否定した。


「生きていたい」


 (サクラ)が覚えている限りでは、これが最初の拒絶だったのかもしれない。


 少女の赤い瞳には、今ガラス一枚隔てた向こう側に立つ両親の姿が映っていた。もはや、触れることも許されない透明な壁は決定的な線引きであり、乳白色の手が触れても先へ届くことはない。


 動悸が早くなる。


 ぼやけた視界では向こう側の景色ははっきりとしない。両親の姿だけははっきりとしている。いつもの質素な服装で、寄り添いあっている。


 そして、いつもの精いっぱいの笑顔が向けられた。幸せそうに、笑いかけてくれた日々が短くも培われた記憶を呼び覚ます。


「嫌……」


 (サクラ)は首を弱々しく振って、真っ白な髪を揺すった。


 幼い理性が泣いていた。本能が慟哭していた。


 しかし、体は誰かに抱えられたまま動くことを許さない。目の前で起きるだろう予感は少女の命を呼び覚ます。


「……やれ」


 無慈悲な言葉が(サクラ)の耳に届いた瞬間、両親の後ろで漆黒の扉が開かれる。


 有無を言わさない見えない力が二人をさらっていく。何もない場所。ただ冷たい無限の空間、宇宙へと(サクラ)の両親が宇宙服もなしに放出される。


「————ッ!?」


 (サクラ)は見開いて、大口を開ける。だが、嘆きも悲鳴も慟哭すら出ない。ただただあんぐりと口を開けて、戦慄かせるばかり。


 扉が閉じられても、(サクラ)は両親のいた一点を見つめ続ける。何が起きたのか、二人はどこへ行ってしまったのか。幼い思考はぐるぐる回る。


 心臓が張り裂けそうだ。頭が沸騰してしまいそうだ。この身が砕けてしまいそうだ。


「処分しました。問題は滞りなく……」

「コロニーへの配信はやっているな?」

「いい薬になりましたでしょう。しかし、申請者が出ますな。無許可で子づくりなど……」

「この子供の処分は?」

「冷凍しておけ。後世に残る罪の産物だよ」

「新しい土地につけば、問題はなくなるのだしな」


 (サクラ)の耳に届く現実は、ただ冷淡な言葉の羅列だった。


 ここにいる人たちは自分のしたことをごみ処理程度しか思っていない。感傷はない。やることをやって、弛緩している雰囲気が幼い肌にもわかった。怠惰で、面倒臭がりの空気だ。


 そして、思うのだ。


 (サクラ)・マホロバという存在がいたから、両親は死んでしまったのだと。


「これが、人間のやることか……」


 頭上から恨みがましい女性の声が聞こえた気がしたが、(サクラ)にはもう生きる希望はない。


 生きることを望みながら、かけがえのない存在を失ってしまったのだから。


 失意した瞳から無情な涙が流れる。




 どれくらいの時が経ったのか知れない。


 (サクラ)が目を覚ました時には、すでに新天地の星を眼前に控えていた。


 青い星。アステロイドベルトに囲まれ、それに別たれた二つの月が付かず離れずの距離を保っている。


 狭い世界しか知らない彼女には夢のような光景だった。


 その美しい星は、故郷であった『地球』にも似ている。しかし、(サクラ)はその星、ファルファーラを見上げるばかりで、自分の立場がまだ罪の塊であることを思い知らされる。


 今彼女がいるのは、カプセルのような作業機体〔ボール・ボーイ〕である。鋼鉄の球体に手足をつけたような一人乗りの機械だ。中からは上下左右、前後とコンピューターグラフィックによるマルチ・ディスプレイで視界が効き、宇宙空間での作業を滞りなく実施できるようになっている。反面、搭載されている機材は古めかしい。特に旧式の生命維持装置は、搭乗者の命を保証するのには弱い。


 その中に宇宙服もなしに搭乗している(サクラ)は簡易な操縦桿を握って、自分たちのすみかである恒星間航行宇宙コロニー『ノア』の増築にいそしんでいた。


「…………」


 暮らしている場所とはいえ、ずいぶんと大きくなっていると思う。


 全長三〇万キロメートル。人口は一〇〇〇万人。シリンダー型の軌道コロニーを増築、改良し続けた結果の箱舟。それに追随するのは、農業プラント、貯水プラントのコロニー。三隻の船がこの『ファルファーラ』の宙域にまで来れたのは、奇跡でしかない。


 科学の偉業か、魔法の産物か。討論する暇な学者はいない。


「ナンバー二九八。作業はどうなっている」

「あ——っ」


 (サクラ)は無線に驚いて、素っ頓狂な声を上げると機体の脚部を建設途中の鉄骨に固定する。


 成長した彼女は、見た目美しく幽玄な少女になっていた。背は低く、雪のような白い髪と宝石のような赤い瞳、乳白色の肌は作業着のつなぎで隠されている。頭をすっぽりと覆うハンチングをし、ちょこんと鼻の上にメガネを乗せている。


 十四歳、というのが彼女が生きていると認知できる時間の総称だ。


「ああ、現在、その、第七ブロックを————」

「わかった。続けろ」


 無線が一方的に切られて、(サクラ)はわたわたしていた手を止める。


 機械を扱うような物言いは、不調がないか確かめる作業そのものだった。退屈で仕方がない管理職をしているのだ。


「…………」


 (サクラ)は操縦桿を握りなおして、周囲を見渡す。


 同じように働く〔ボール・ボーイ〕や宇宙服を着た人たちが溶接作業や運搬作業をしている。ここにいるほとんどの人間が、総じてコロニーの所有物。物として扱われる人々だ。


 コロニーの規範に背いた住民は犯罪者であり、危険な仕事を押し付けられる。ミラーの掃除、その取り替え、コロニー増設、アステロイドベルトの運搬等、気を抜けば死に直結する世界だ。


 (サクラ)が宇宙服を着ていないのは、死んでも代えがあるということだ。


 人の命はそれだけ、重要視されていない。必要とされるのは、気高い精神。それを前にしては、素行の悪い人間は淘汰される。


 コロニーの社会とは、そういった堅牢な法によって動いていた。


「お仕事しませんと……」


 つぶやいて、自機を持ち場の鉄骨へと移動させる。回転するコロニーの慣性が弱いとはいえ、気を抜けない状況だ。


 と、オープンにしていた無線が近くで雑談する人の声を拾った。港の管理会社の人らしい。


「なぁ、今日だろ? 外交が再開されるのってのは?」

「原住民とのシャトルはもうこっちに来てる。ようやっと交渉にこぎつけたんだよ」

「十年前の一件以来、ご無沙汰だったからな」


 (サクラ)は盗み聞きだなんて、と思いつつ、勝手に入ってくる会話を止めることはできなかった。回線を閉じるわけにもいかないし、垂れ流しにしている人たちを注意することもできない。聞かないよう努めるしかない。


 彼女の〔ボール・ボーイ〕が鉄骨を伝って走るトレーラーから新しい機材を受け取り、所定の位置に戻りマニピュレーターで溶接を始める。バチバチと火花を散らす溶接バーナーと連結される骨組み。野太い鉄の棒でも機械にかかれば、苦労も短縮できた。


「…………?」


 (サクラ)は一度作業の手を止めて、太陽の方へ視線を向ける。


 ファルファーラから顔出すようにして差し込む太陽の光。それに背を受けて、一機のシャトルの影を浮き上がらせる。

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