~海底~ 魔の三角地帯
『ファルファーラ』には東と西を隔てる大海、ちょうど大西洋に似た大海原が存在する。『ノア』の故郷である地球に酷似している地形にあって、陸地と海の配分も近しいものであった。
それ故なのか、彼らの古代史の中にも記録されている魔の三角地帯を彷彿とさせる海域が存在する。
その一帯に侵入した船舶は消息を絶ち、近隣種族の伝承にもこの海域のことは詳しく書かれていない。あるのは踏み入れた者は帰ってこない、という戒めだけであった。
超常現象的な見解をするならブラックホールや異常気象を原因とするだろう。しかし、科学技術が発展した『ノア』、加えて月に居を構える月の民たちの超文明でも解析不可能の領域である。
しかし、『不可能』というには少し語弊がある。
現実に彼らの機械は衛星写真にしても、現地偵察でも視認し、確認している。
東と西の大陸に挟まれ、赤道近くになれば諸島がちらほらと点在し、大きな海流も大陸に沿うようにして巡っている。だが、その地形からか細かな海流のぶつかりや渦巻きが中心にいくほど入り乱れている。
『ノア』にしても詳しい地形調査をできる状況ではなかったから、そういうものだと了解していた。
それが覆されたのは、ちょうど桜たちがネッズたちネーミラ族と接触していた頃である。
海洋に突出したいくらかの岩礁。時刻は深夜の月が大きく輝く日であった。
そこで精鋭攻勢軍隊の偵察機はある存在を捉えた。
礁湖の一つに腰掛ける人影を。
* * *
明るい月夜の海原に一人の少女が岩礁に腰掛けていた。
サンゴが寄り集まってできた礁湖に打ち寄せる波は静かで、浅いサンゴの陸地を覆っては引いていく。星々が輝く夜空の黒が染み込んだ様な海原と水平線では、白い細かい波が重なっていた。
少女は一人濡れた髪を撫でながら、膝元に置かれた小さな冠に視線を落とす。双子月の光に当てられて、瞬く星々の様にはめ込まれた宝石が煌めき、希少な生体鉱物で形作られた意匠は筆舌に尽くしがたい。
「はぁ……」
しかし、この世の粋を集めて作られたにも等しい海のティアラに少女はため息ばかり。
錨の様に重くなった頭を落とし、船倉に穴が開いたかのように気持ちは沈んでいく。
「どうして、自分なのかな……」
少女はそれでもぐっと背中をそらして、夜空へと視線を上げた。
澄み切った、あまりに鮮明な世界の色。この色に少女の沈んだ気持ちが徐々に引き上げられていく。
「もっと、広いところに行きたいだけなのに」
見上げた空に果てはない。
どこまでも、どこまでも遠く、両目に収まりきらない世界。いや、収めようと思えば彼女の子の大海にも負けない冒険心で飛び出していけるだろう。
どんな世界が待っているのだろう。どんな陸地が出迎えてくれるだろう。そして、どんなヒトに出会えるのかと想像するだけで胸がいっぱいになる。
自然に口元が緩む。耳にしている少し色艶がくすんだ耳飾りが鈍い光を照り返す。
「みんなして、自分の冒険を止めるし。守護役に選ばれたのだって、絶対嫌がらせだっ」
少女は暗い海に目を向けて、むくれる。
海の底に住まう一族のことを思い出して、腹立たしくなる。
任命された守護役はただの祀りごとの代表だ。だが、シキタリで彼女は故郷を離れるわけにはいかない。縁起云々が理由であり、今さらお伽噺を信じる歳でもない。
彼女はずっと海の底で暮らすのは嫌なのだ。
だから、いつかこの場所から連れ出してくれる人が来ないか。
少女はそう考えたが、高望みだと首を振った。海の底にある町に陸地で生活するヒトビトが軽々しく来られるはずがない。まして、彼女の一族は外界との接触を拒んでいる。
この海一帯を守らなければならない使命を全うするためだ。
「こんな生活、隠れてばっかりの生活なんていつまでもしたくないな」
少女は双子月の輝きが失せて、夜明け前の暗闇が訪れるまで岩礁に腰掛け続けた。お尻が痛むのも忘れて、熱帯の空気に似つかわしくない冷え冷えとした風にも気づかず、身に着けている薄いチェニックに似た着物が渇くのも気にせず、淡々と夜の星が一つ、また一つ消えていく光景を見上げていた。
そして、朝日が昇る前に彼女は海に漂う泡に交じって暗い底へと帰っていった。
* * *
「宇宙に帰れるかもしれないですって?」
勇子は〔アル・スカイ〕の操縦席でカラスード族のミーガルとラトゥ族のキルレとの通信をしていた。
「ええ。いろいろ調べてみて有力な手掛かりが出てきてて……」
「こっちもそれらしい手がかりが訪れた先で見つかった」
ミーガルとキルレは預けられた作業機械を通じて、何度か勇子に連絡を入れていた。そのすべてが戦略的な情報交換というわけではなかった。彼女たちはとりわけ、『ファルファーラ』の文化史、民俗学に関心があり、その調査を勇子個人から委託されていた。
それは文通のような気さくな内容でもあり、この星の文明について他愛のない議論を交わすこともあった。
しかし、世界を渡る〔ミカミカミ〕とキルレが乗艦したファルフェンの空中艦艇によって世界に散逸していた歴史の断片を比べることもできた。
それがかつてこの世界が一つに纏まっていたことを確証づけるものであり、酷似した内容が見て取れた。
「宇宙っていうのがどういうのか、実感はないのだけど――」
ウィンドーに映るキルレが自信のない表情を浮かべつつ、手元にある資料を広げた。
そして、カメラに向けてその記述を指示した。
「ここ、『空よりも高い場所へ向かう橋』って」
「そう言った表現はこちらでもいくつか残っています」
キルレの報告に加えて、ミーガルがつなげる。
「北極、南極、それから赤道のいくつかにその『橋』はあったみたいです」
ミーガルの報告に勇子は口元に手を添えて、機体のデータベースを立ち上げる。呼び出したのはホログラフィの『ファルファーラ』模型で報告された個所を指先でマークしていく。
北極、南極に一点マーカーを追記し、赤道をぐるっと線でなぞった。
「軌道エレベーターとか、マスドライバーなら考えられそうね」
勇子が比較的現実味のある装置を思い浮かべて、シートに深くもたれる。
この星の古代文明が宇宙進出するまでになったとして、空間転移能力ほどの科学力あったとは考えにくい。現に月からくる侵略軍の科学力はあくまで宇宙工学の成熟期ほどの技術が使われている。
他に仮説を立てるとすれば、ファルフェンの空中艦艇、〔ミカミカミ〕ような母船が弾道軌道に乗り、そこからロケット推進など高推力を搭載したユニットで宇宙に飛び出すくらいのものだろうか。
キルレとミーガルは小首をかしげて、勇子の言葉の意味を想像するしかできない。
「それで? 今も残ってそうなところはあるの?」
「断片な文献と遺跡の調査結果だから……」
ミーガルは勇子の期待にそえなくて、沈んだ声で答える。
『ミカミカミ』も星を巡行して古代遺跡を調査してきた。原形をとどめているモノはほとんどなく、自然に帰依して緑や海に沈み、朽ちてほとんどが崩れていた。
「風化しているのがほとんどじゃないかしら」
キルレはキッパリと言うが、勇子は悲観的な考えはなかった。
「そうとも限らないわ。キルレが乗艦している代物だって元は地下に保管されてたものよ」
そう一概に古代文明の遺産すべてが機能を停止しているとは限らない。
ファルフェン族に伝えられていた空中艦艇やキルレたち、ラトゥ族が保有している〔ロゴート〕にしても文明の遺産である。表面的に出ているモノが古代文明のすべてはない。
『ファルファーラ』が抱えている歴史はそんな表層的なものばかりではないはずだ。
勇子は姿勢を正し、二人の映像を見比べる。
「これまで同盟を締結で来たヒトたちの中に、そういう伝承を持っていたことはなかった?」
「いいえ。こちらは聞いてない」
「こっちも同じ」
キルレとミーガルの返答に勇子は口元をゆがめる。
「あとは――」
『ファルファーラ』のホログラフィを眺めながら、自転する星を眺める。
「どこか……」
考えられるのはマスドライバーのような投射装置だ。そうなると極地での建造は理にかなっていない。仮定するなら赤道に近い地域。
勇子は星の中央をなぞりながら、海から陸地へと指先を這わせる。
「陸地に隠すだけの施設があったとしたら、何かしら手掛かりになることは残っているはず」
協力者が意図的に隠しているのか。
それはない、と勇子は首を振る。味方に疑心を抱いても始まらないことだ。今ある情報がすべてと考えて、結論を出すべきだろう。
「あとは、行ってない場所くらい、かな?」
西大陸、中央の大海は勇子たちが実際に訪れて目の当たりにしている。そして、東大陸はキルレたちファルフェンの空中艦艇が中心に回っている。
勇子は少ない手元の資料と睨めっこしながら、ある地域に指先を止めた。
「ここは……」
そこは『ファルファーラ』の魔の三角地帯である。
「どうかした?」
ミーガルが思考を終えて、難しい顔をする勇子に問いかける。
キルレも心配そうに彼女の口から答えが出るのを待った。
「いいえ。二人はこの辺りの地域について聞いていること、ない?」
勇子は『ファルファーラ』のモデルにある魔の三角地帯を囲い、それから二人に共有データを送信した。
キルレとミーガルは送られてきた地図データを見て、しばし眉根を寄せ手元の資料を即座に調べる。
二人の検索は数分とかからなかった。
「図書館にある文献には、その地域一帯は消息を絶った船舶がいくらかあったって」
「いつ頃の情報?」
「わかるかぎりで、ここ百年の間」
ミーガルの報告は比較的新しい情報だ。
各地を放浪する〔ミカミカミ〕ならではの情報だ。
「こっちにもあった。ミーガルと同じ内容だわ。だけど……」
勇子とミーガルは言いよどむキルレに傾聴の姿勢を保った。
「だけど、どうしたの?」
「この前、尋ねた国の古い伝奇なんだけど」
キルレも疑念の方が大きいらしく、あまり気乗りしない表情を浮かべていた。
それでも勇子は辛抱強く待ち彼女の口が開くの待った。
「それによるとね。この場所には――」
渋々といった感じにキルレの声が響き、緊張する。
「導師様に最初に反旗を翻した一族がいたんだって」
その言葉に勇子は口元を固く結った。
これまで桜たちを好意的に受け入れてくれたヒトたち。同盟の反対や気乗りしないそぶりを見せることはあったにしても、門前払いを受けるようなことはなかった。
それは伝承の通り、英雄の名が強く受け入れられていたからだ。
そして、英雄には敵もいなければおかしい。お伽噺の締めくくりは後悔と反省を教訓としていたが、果たして敵対していただろう種族の末裔はどう思うだろうか。
「もし、その末裔がいるのなら会ってみるだけよ」
勇子は一抹の不安を抱きながら、宇宙へ昇る道を決めた。
本当に希望的観測だ。〔アル・スカイ〕を短期間で宇宙に上げるには、そうしたかつての文明の力を借りなければならない。もし現状の戦力で行えば、数か月は先延ばしになる。
「こちらに残されている時間はそうないんだから」
すでに彼女たちは頭上に控えている衛星兵器〔サンクション〕を危惧していた。
〔サンクション〕が完成すれば、同盟軍に勝ち目はない。




