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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第十五章
111/118

~音楽~ 旋律の戦場〈前編〉

 西の空から高度を落とし始めた精鋭攻勢(グラナド)部隊(アルマダ)はいよいよ目標を目にする。


 荒野に横たわる閑散とした街が砂塵に紛れて目視できる。


「目標、視認。音はここからだな?」

「はい。発信元は間違いありません」


〔ガム・ガラン〕を操縦する二人の兵士たちは確認を取り合うと、サブモニタに映るレーダーの反応とヘッドホンに不愉快に響く音楽に顔をしかめる。そこに刺すような風の音が混ざれば、不快感はさらに増した。


「総員、降下準備!」


 隊長の声が無線にノイズ混じりに響き、〔カムシャリカ〕、〔アルファ・タイプ〕各機が降下準備にジェネレーターの出力を上げていく。機体の瞳に光がともり、得物を掴むマニピュレーターが固くなる。


「目標に動きなし。ウィド隊長の指示を待つ」


〔ガム・ガラン〕二番機の操縦者、メッケーラ・バグスが指示を仰いだ。副官的に働く彼は口の中に苦々しい思いを抱きながら、『ノア』出身の隊長がどんなものか、知りたくもあった。


「外宇宙から来たという腕前、信じさせてもらう」


 無線をきることなく、メッケーラは〔アルファ・タイプ〕に乗る月の住民の操縦者たちの総意を代弁する。


 これには〔カムシャリカ〕部隊の操縦者たちが眉をひそめたが、隊長たるウィドのリアクションに任せる。彼等とて部隊として仕上がってきているという自負はありながらも、信頼関係が上々というわけではない。


「全幅の信頼はやめておけ。各員の腕次第だ。お前たちの腕なら、ついてこれるだろ?」


 ウィドにしてみれば、啖呵を切られたくらいでは動じることはなかった。


 今は〔ガム・ガラン〕のカメラがとらえる標的のことにだけ集中していたい。そして、任務を遂行するためには全員の目的意識が一点に集約されていれば、あとはどうとでもなると確信している。


 隊員たちのクセや信奉関係なく、動物に刷り込まれた性だと彼は思うからだ。


「視界良好。状況を開始する」


 ウィドはそういうなり、機体の砲門を町へと向ける。


〔ガム・ガラン〕一番機の五指の連装砲が地平線に見える街並みへと向けられる。角度を微調整、空気の計測と気流を弾道計算に踏まえて射撃の時を待つ。


 二番機も同じく爆撃の準備に入っていた。


「座標確認、修正。照準を同調させる」

「各機は〔ガム・ガラン〕の視界をモニタ。発射後、一〇秒で降下してもらう」


 ウィドはサブ・コンソールのスイッチを操作しつつ、伝達する。


 天蓋に吊るされたサブモニタに羅列される情報。数値ばかりの簡素なものである。彼は握る操縦桿とフットペダルのリアクションに神経を研ぎ澄ませる。風のあおりを受ける機体から伝わる微細な振動にこそ、重大な決定打が見え隠れしている者だ。


「俯角、コンマ六度下げ。右、五度上げ。出力、上げろ」


〔ガム・ガラン〕二機が長距離砲撃体勢に入り、機体全体が武者震いしたように震える。


 その微振動が搭載されている〔カムシャリカ〕、〔アルファ・タイプ〕にも伝わり緊張感を高めた。


 発射の号令を待つ、張りつめた空気。


 ウィドが命令を下そうとしたとき、地平線の彼方から跳躍する巨大な影を光学センサがとらえる。


「センサに感あり。例の機体だ!」


 メッケーラが声を上げる。


 接敵の警報がヘルメットのヘッドホンを揺さぶり、各員が身を強張らせる。


 何かが来るという予感。決して生半可なものではない、と直感できる。


「噂の、白い機体だ!」


 モニタリングしていた〔カムシャリカ〕の操縦者が興奮した様子で叫んだ。


 枯れた大地から跳び上がる白い軌跡。スラスターの噴射が綿毛のごとく膨らんで、その機体〔アル・スカイ〕を押し上げた。


「二機編隊?」


 降下を始めている精鋭攻勢(グラナド)部隊(アルマダ)を視認した勇子(ユウコ)は訝しみながらつぶやく。拡大画像が粗いために、敵の正確な数まで把握できないのだ。


 その状況にあっても〔アル・スカイ〕は次の空中跳躍で一気に数百メートルを稼ぎ、右脚部に懸架しているバリアス・ショットガンにその手を伸ばした。


「牽制させてもらうっ!」


 ミュウはいぶかしみながらも、トリガースイッチを押した。


〔アル・スカイ〕は右腕部に携えたバリアス・ショットガンを掲げて、ビームを発射。射程範囲内ではあるが、直撃でも大した損害を与えられない。


 焦燥感からの無鉄砲であるが、敵の反応を見るための囮だ。


 しかし、割り切ってはいても闇雲な攻撃だ。


 先見していた精鋭攻勢(グラナド)部隊(アルマダ)などはもはや互いに意思疎通をせずとも、公道に映っていた。


〔ガム・ガラン〕二機が左右に分かれ、旋回をする。手荒な回避運動だ。ビームを大げさに避けるとともに、機体を傾け、背にしていた〔カムシャリカ〕と〔アルファ・タイプ〕を投機。


「――っ」


〔カムシャリカ〕、〔アルファ・タイプ〕の操縦者たちは舌を噛みそうになりながらも衝撃に体を縮こまらせる。首が問答無用に前に倒され、後ろに引っ張られた。泣き言や文句を言う暇もなく、モニタのリンクが切れたことで彼らの視界には空と大地がぐちゃぐちゃになった映像が飛び込んできている。


 目を回すよりも早く、彼らは重い操縦桿とフットペダルを動かす。


〔アルファ・タイプ〕は両腕部を広げると、風をつかんだ燕の様に鋭く上昇ループを描く。


 片や〔カムシャリカ〕は反重力ユニットを起動させながらも、自重に任せて地上すれすれをなめるように復帰していく。


「上と下――。左右とはっ」


 ミュウは素早く敵機を目で追って、せわしなく操縦桿を動かした。


〔アル・スカイ〕は頭を取る〔アルファ・タイプ〕へと連射を続ける。機体は平行に跳躍を繰り返し、挟撃を仕掛けてくる〔ガム・ガラン〕の射線から回避。ジグザグに飛んでは風に煽られ、上空にいる標的を牽制し続ける。


「敵は一機だ。取り囲め!」


 太陽を背にして、〔アル・スカイ〕の攻撃から隠れる〔アルファ・タイプ〕の操縦者が無線に叫んだ。


「囲まれるわよ」

「そう言われましても――」


 無線を傍受した勇子(ユウコ)の警告はもっともであるが、(サクラ)は奥歯を噛みしめて下から付きあがってくる〔カムシャリカ〕の攻撃に目を細める。


〔アル・スカイ〕が一瞬空中で逆噴射をかけて停止。重力に任せて落ちていく。機体はクイックターンをするように丸まって、力強く空を蹴って体勢を立て直す。


 その瞬間こそ隙が生じやすい。そして、見逃すほど精鋭攻勢(グラナド)部隊(アルマダ)も未熟ではない。


〔ガム・ガラン〕一番、二番機が左右に分かれてそのまま〔アル・スカイ〕へと突進する。


「速いっ」


 (サクラ)は戦慄を覚えながら、しかし、後退の選択肢を捨て去った。


 すでに、敵の陣形は完成しつつあるのだから。


「相手は包囲陣形に入ったわ」


 勇子(ユウコ)はバブル・スクリーンに投影される敵機の位置情報を不安顔で見つめながら、不意に正面から来る負荷に体がシートに押さえつけられた。


〔アル・スカイ〕がマントをなびかせて前進したのだ。バリアス・ショットガンを両腕部で支えて、迫る〔ガム・ガラン〕に照準を合わせる。


「このまま、こちらに集中してもらいたいが――」


 勇子(ユウコ)の報告を耳にして、ミュウはモニタ上で乱舞する敵機のターゲットカーソルを目で追い優先順位を分別する。


 操縦桿のスイッチを操作し、彼我の距離を測り、動き続ける互いの機会をうかがう。


「嫌な予感がするっ」


 ミュウはまず右手から一気に接近をかけてきた〔ガム・ガラン〕一番機に狙いを定めてトリガーを引いた。


〔アル・スカイ〕はバリアス・ショットガンを一発放つと、高度を上げた。風を切り、上空で待機する〔アルファ・タイプ〕三機編隊へと突っ込んでいく。


「高度を取るか」


〔ガム・ガラン〕一番機は変形と同時にビームを回避して、メイン・スラスターで機体を支える。


 隊長機をしり目に〔カムシャリカ〕部隊が急速上昇。二番機もサブ・スラスターを以て急旋回。機首を持ち上げて、連装砲を〔アル・スカイ〕に向ける。


「この位置、もらった」


 下を固める精鋭攻勢(グラナド)部隊(アルマダ)の誰もが思った。


〔アル・スカイ〕に回避する手立てはない。上下の挟撃はもっとも留意すべきことで、この位置を取られないために動きを正確に見る必要があったのだ。


 だが、ひらめくマントの下でガクンッと何かが動いた。


「――――っ! チィッ」


 下方に展開する〔カムシャリカ〕、〔ガム・ガラン〕二番機は雲の子を散らすように散開する。


 そして、一拍の間をおいて〔アル・スカイ〕の背中からビームの散弾が降り注いだ。ポップコーンがはじけたように広がるビームの雨の中、〔カムシャリカ〕部隊はビーム・シールドを展開して耐え忍ぶ。その下を〔ガム・ガラン〕が効果範囲から脱け出す。


 ミュウは足元のモニタで散開する敵機のノズル光を目にして呻いた。


「避けた?」

「町の方には言ってないですよね?」


 (サクラ)の素っ頓狂な質問にミュウは頬を膨らませる。


「わかるかっ! そんなことまで――」

「上も来るよっ」


 勇子(ユウコ)は上を見上げて、人型に変形した〔アルファ・タイプ〕三機の連携降下に緊張する。


 飛翔する〔アル・スカイ〕は果敢に圧縮空気の足場を蹴ってバリアス・ショットガンを連射する。力強いライフル・スラグ弾モードだ。


〔アルファ・タイプ〕の先鋒が腕部をクロスしてバリアス・ショットガンの連射を受け流す。


「――――っ」


 (サクラ)は眉間に皺を寄せて、うめいた。


 高出力で射出している荷電重粒子に直撃して、無事ですむはずがない。エネルギーの塊は容赦なく装甲を穿ち、貫くことに特化している。


 それだというのに、先鋒の〔アルファ・タイプ〕は沈まない。怯まない。


「どうにか、持ってくれ――」


 操縦者は祈って、操縦桿を通じてくる衝撃にいつこの体が砕かれるかと不安で仕方なかった。


 だが、機体の改良が間違いなく効力を発揮している。〔ベータ・タイプ〕に使用されている鏡面装甲の廉価版を急ごしらえであてがった。それだけで十分な対抗力を持ったのだから、僥倖である。


 加えて、真正面から受けているわけではない。角度をつけて、ビームの流れを逸らして、最小限の損傷に抑えている。開発者、整備員、操縦者の技術が集結して最大限の効果を出している。


「その首、討ち取るっ」


 続く、〔アルファ・タイプ〕二機が上下から加速をかけた。先鋒の上下から攻め込んで、人型形態になるとその手にビーム・サーベルの発振器を素早く握った。


 そして、〔アル・スカイ〕のマズルフラッシュを突き破り、二機のビーム・サーベルの刃が伸び上る。


「くぅっ」


〔アル・スカイ〕はマントを翻し、ビーム・サーベルの刃を弾きとばす。


 両者の合間に鋭い衝撃波が炸裂。


〔アルファ・タイプ〕は上空へと押し戻されるとともに、すぐに体勢を立て直す。上昇気流をつかむのは彼らにはお手のものだ。


 一方で〔アル・スカイ〕も地上へと真っ逆様に落ちていく。


「押し返された……?」


 勇子(ユウコ)は激しく揺らぐ視界の中で苦々しく言う。


〔アル・スカイ〕のマントがたった二機の〔アルファ・タイプ〕に押されるはずがない。今までならむしろ、敵の体勢を崩すほどの勢いをぶつけられた。


 だというのに今は自分たちが空中できりもみをしている。


「侵略軍も力を付けてきたのだろうっ」


 ミュウは腕に力を込め、操縦桿を強く握る。


 そうは言いながらも、頭の中では攻撃がきいていないことが混乱を招いていた。先入観、などで片付けられない。着実に侵略軍と『ノア』が手を組み始めて、力を出し始めている。


 ミュウは、目に見えない不安に押しつぶされそうになって頭を振る。


「周りにはまだ敵がいるのだ! (サクラ)、持ち直せ!」

「――――っ」


 (サクラ)も首をすぼめて、警報色(レッドアッラート)を視認して自分自身、そして機体に喝を入れる。


〔アル・スカイ〕は腰部のスラスターを噴射して宙返り。マントだけが逆立ったままで、脚部が地面を向いたときには機体はがら空きの状態である。


「このタイミングならっ」


 突き上げるようにして〔カムシャリカ〕と〔ガム・ガラン〕が攻め込む。


 ビームに対して絶対防御の力を発揮しているマントがなければ、いかな〔AW〕でも直撃をくらって無事でいられるはずがない。


「背中のからくりもわかった。一気に仕掛けるっ」


 ウィドは勢い勇んで声を張り上げる。


 彼の正面には〔アル・スカイ〕の背中が見える。そこは〔AW〕にとって死角ともいえる部位であるが、標的はそこにビーム兵器を背負っている。なおかつ、それを保持するアームがフレキシブルに動くとわかれば、なるほど器用な機体と思える。


 しかし、種明かしがわかってしまえば彼らの意識も変わる。


〔ガム・ガラン〕一番、二番機が五連装砲の十字砲火を放つ。あわせて〔カムシャリカ〕は大きく旋回して、〔アル・スカイ〕の高度にあわせていく。


「うぅ。強い」


 (サクラ)は全身を揺らして操縦桿とフットペダルを切り返す。


〔アル・スカイ〕がスラスターを小刻みに噴射して、マントを全身に巻き付け、枝葉のように宙を舞う。


 その衝撃に(サクラ)たちの体も前後左右に振られ、制御する方向に体重をかけなければ操縦桿を操ることもできない。


 モニタを横切り、爛漫と輝く粒子のまぶしさに少女たちはすくみあがる。機体のすぐ横を〔ガム・ガラン〕の強力なビームが過ぎているのだから。天も地もわからない状態ならなおのことである。


 しかし、待ちかまえる〔カムシャリカ〕部隊は容赦ない。


 掌にあるビーム・ソード発振器の出力を最大にして、刃を形成する。両の掌から収束されたそれは絶大な破壊力で〔アル・スカイ〕へと斬りかかった。


 一、二、三!


〔カムシャリカ〕による三連閃が〔アル・スカイ〕を打ちのめし、再び大空へと打ち飛ばす。


「――――っ」


 悲鳴を上げることも、息をすることもできず、(サクラ)たちは体をくの字にうずめて衝撃に意識が遠のく。


 必然、〔アル・スカイ〕の動きが鈍る。


 続いて上空で待機していた〔アルファ・タイプ〕による三連閃。鞭打ちのごとくビームの刃がうなり、〔アル・スカイ〕の巨体を地平線へと吹き飛ばす。


「総員、射撃用意!」


 そして、クライマックスを告げる隊長の号令が轟く。


〔ガム・ガラン〕二機が人型形態になると、その五指を無防備な白い巨人へと定められる。〔カムシャリカ〕、〔アルファ・タイプ〕のビーム・ライフルもまた狙いを澄ます。すべての機体が同じ標的に照準を合わせる。


 射程範囲内、ジェネレーターの出力も安定している。大気は障害となるものではない。一切合切が精鋭攻勢(グラナド)部隊(アルマダ)の勝利のために働いているようだ。


 迫撃迫真の精鋭攻勢(グラナド)部隊(アルマダ)の舞台は整った。


「ってぇ!!」


 全機による一斉掃射。何条もの光が空を駆けて、空気を焼いた。


「――ぐっ。うぅ」


 (サクラ)が機体の電気ショックで意識を取り戻した時には、モニタを覆い尽くす光の波が広がっていた。


 だから、意識はそれ以上の速さを持っていたに違いない。


 手足を動かすよりも早く、鳥肌や悪寒を覚えるよりも速く、心臓が大きく跳ね上がるのと同じくらい当たり前に〔アル・スカイ〕は機体をひねり、動力炉の出力を上げた。


 そして、燃え上がったように輝くマントで迫る光の波をはじき返す。


 接触と共に雷鳴のごとき破裂音が空を駆ける。赤、青、緑の色が瞬き、すべての感覚を麻痺させる。


「何だとっ!?」


 精鋭攻勢(グラナド)部隊(アルマダ)の操縦者たちが驚嘆したのも無理はない。


 自分たちの攻撃が、それもたった一振りのマントで弧を描いて跳ね返ってきたのだから。


 誰が命令するわけでもなく、各機体は散開。押し戻ってきたビームの網を回避していく。


 だが、完全に避け切れるものではない。


〔カムシャリカ〕の一機が上空に逃げるも、脚部を飲まれて蒸発する。


「ぐっ。脚を――」


 操縦者は激震と爆音に怯えながらも、取り乱しはしなかった。


 そこへ同じく上昇をかけていた〔アルファ・タイプ〕がバランスを崩したその機体を拾い上げる。


「世話を焼かせるなっ」

「すまない」


 精鋭攻勢(グラナド)部隊(アルマダ)が散り散りになって、跳ね返ってきたビームをやり過ごす。〔アルファ・タイプ〕が〔カムシャリカ〕を引き上げる場面もあれば、〔カムシャリカ〕がビームシールドを展開して、後方の〔アルファ・タイプ〕を守る面もあった。


 操縦者としての仁義ともでいうべきか、通じ合う部分が彼等を自然と強調させる。


「標的は――」

「俺たちが炙りだすしかないだろ」


 メッケーラの声がノイズ混じりにウィドのヘルメットのヘッドフォンから伝わる。無線はビーム干渉でひどく乱れて、距離の近い物の声すらもあいまいになっていた。


 だが、閃光が和らぐのを待っていてはやられる。


〔ガム・ガラン〕二機が素早く飛行形態になると、最初に〔アル・スカイ〕がいた場所へと加速する。目測など当てにならない。光でホワイトアウトした景色はウィドとメッケーラを恐怖させたが、窮地を脱するにはカウンターを仕掛けるほかなかった。


 しかし、青い空が見えだして、ホワイトアウトが緩和されても〔アル・スカイ〕の姿は発見されなかった。


「クソッ――」


 悪態を行くウィド。敵影を見失った焦りが冷や汗となって、彼の頬を伝った。


 しかし、彼らは真っ先に疑うべき方向に目を向ける。その方角は頭上に燦然と輝く太陽である。


「そこか……?」


 ウィドが左の指先で太陽を隠し、片目で確認を取る。そして、指先からわずかにはみ出た〔アル・スカイ〕の脚部を見つける。


 確信が高揚感と闘争心と共に湧き上がった。


〔ガム・ガラン〕一番機は飛行形態のまま、五連装砲を太陽に向けると間髪入れずに掃射。


「見つかった!?」


 勇子(ユウコ)がいの一番に驚きの声を上げる。


 まだ電気ショックの痛みが四肢を麻痺させている。それが和らぐまでは大丈夫だと高をくくっていた。


 だというのに、速攻のカウンター。


 バリアス・ショットガンを構え直す〔アル・スカイ〕であったから、その十条の光は圧倒的脅威となって襲い掛かる。


「だとしても……っ」


 だが、(サクラ)の操縦がさえていた。


〔アル・スカイ〕はスラスターを噴射して宙を転げるようにし、敵の射線上から離脱することができた。


 幾重もの筋が太陽に吸い込まれていき、〔アル・スカイ〕は木の葉のごとく揺らめいて地平線へと横滑り降下していく。


「ガァウッ。タイミングをこうもはずされようとはっ!」


 ミュウは機体が起き上がる衝撃にふっと体が浮く感触を覚えながら、傾いていた体をシートに納めて吠える。


「相手のチームワークがいい。(サクラ)、町には近づけないでよ」

「そうしております。けど――」

「弱気なことは言ってられんぞ」


 敵陣系の変化が地上の色合いもあって、顕著に見える。


 地平線と大地の合間をジグザグに奔る敵機の動き。〔ガム・ガラン〕一番、二番機を筆頭に左右に広く展開していく。


 ミュウは目をせわしなく動かし、優先順位を測った。


 しかし、付け入る隙と呼べるものは感じられない。どちらを攻撃しても確実に片方の部隊は即座に反応してカウンターを決めるだろう。逆に受け身になっていては攻撃の流れを呼び戻せるか、自信もなかった。


 それだけのチームワークが今、目の前にしている部隊にはあるのだ。


「マントも、限界なのだろうっ」


 そして、少女たちを不安にさせるのが、絶対防壁であるはずのマントの損耗である。


 風を受けて広がるマントはすでにいくつもの風穴があいていた。熱で溶けたようにまだら模様に広がり、チリチリと繊維の燃えカスが散っていく。限界以上の出力をした結果だ。


「それでもやります」

(サクラ)、機体を三時方向に流して」

「はいっ」


 (サクラ)は力の限り、〔アル・スカイ〕を操る。


 穴だらけのマントをひるがえし、〔アル・スカイ〕が横間から飛来するビームを回避する。風が四肢を持ち上げようとする。それをスラスターを噴射して、立て直し、脚部のストレス・コンプレッション機構で宙を跳ねる。


 しかし、敵の動きは柔軟。


〔アル・スカイ〕が地平線へと飛び退いたのを見るや否や、瞬発力のある〔ガム・ガラン〕二機は一気に加速をかけて接近する。


「どういうつもりかは知らんが。自由に動かれるのは癪だ――っ」


 ウィドは体にかかる負荷に耐えて、機体を加速させる。


〔アル・スカイ〕の放つビームの連弾を潜り抜けて、二機の〔ガム・ガラン〕が標的の背後を取った。〔カムシャリカ〕部隊が上下に展開、〔アルファ・タイプ〕も挟撃姿勢を取った。


「――っ」


 仕掛けたのは無論、〔ガム・ガラン〕二機。


 一気に〔アル・スカイ〕のはるか後ろを陣取った。


 そして、その三角形の巨体が急減速し、機首を持ち上げる。コブラの軌道。そのまま、向かい風を捉えて主翼を制御すると、ひねりこむようにして百八十度回頭。


「網を張れ――っ」

「了解!」


 苦しい中でも、ウィドは指令を怠らなかった。そして、その指令がなくとも二番機のメッケーラも同じことを考えられていた。


 互いにこの機体の持ち味と舵の粘り強さを知っていた。


〔ガム・ガラン〕二機が人型形態へと変形し、互いの腕部を振り、ワイヤー・フィンガーを振った。両機の五指が連結すると、それは巨大な網となって背中を向けて飛び込んでくる〔アル・スカイ〕へと迫る。


「後ろに壁。前に敵っ」


 勇子(ユウコ)はリア・カメラがとらえた立体モニタを見て、思わず振り返り、顔を正面に戻せば〔アルファ・タイプ〕の横隊がビームを連射している。


〔アル・スカイ〕も穴の開いたマントをひるがえして、どうにか致命傷を避けつつ上下に展開する〔カムシャリカ〕を牽制するので手一杯であった。背面の補助アームに懸架されているバリアス・ショットガンがマントをどかして、上空へとビームのスプリンクラーを発散して、攻撃を留めている。


 降り注ぐビームと接触するたびに甲高い干渉音と衝撃が機体を揺さぶった。


「このままでは――。ええいっ!」


 ミュウは上下を見て、せわしなく標的の動きに目を働かせながら吠える。四方八方に散らばられては、照準のつけようもない。防戦一方になっている歯がゆさ、不安に腹の底がキリキリと痛む。


(サクラ)、正面突破だ!」

「ビーム・サーベル、突貫します!」

「接触予想、あと五秒!」


 少女たちは端的な言葉ながら、それで十分に理解できた。


 その動きに少しでも誤差が生じれば、おのずと機体に影響が出るものだ。


 しかし、〔アル・スカイ〕に吹き込まれる意志は一個の意志となり、回路を駆け巡る。


 後方へと流していた足運びが、一瞬にして前へと踏み込む蹴りへと転身。そのわずかな時間、踏み出す右脚部へとバリアス・ショットガンを収めて、左腕部は素早くショルダー・ホルスターへと回した。


 再び、前へと踏み込む。高度を維持。上下の〔カムシャリカ〕の攻撃を振り切り、〔ガム・ガラン〕の網を引き離す。その出力が生み出す負荷は(サクラ)たちの骨身を軋ませる。


「来るか――っ」


〔アルファ・タイプ〕の操縦者たちは呻きながらも、その口元はにやりと歪んでいた。


「これも想定内だ! 恐れるな!!」


〔アルファ・タイプ〕部隊の士気が一気に高まり、発振器を握る〔アル・スカイ〕へと迷うことなく突進する。


 三機が人型に一斉に変形し、その手にビーム・サーベルの発振器を握り、空を駆ける。


「同じ手は受けません!」


 (サクラ)は目の前に煌めくビーム・サーベルの光を見据えて機体を一気に加速させる。


〔アルファ・タイプ〕の刃が造るビームの螺旋へと、〔アル・スカイ〕はビーム・サーベルを抜刀して突っ込む。三重の剣線を一閃にて弾き飛ばし、巨体を避けるように〔アルファ・タイプ〕が散開する。


 まばゆい燐光のきらめき。視界を一瞬失ったが、目に飛び込んできた群青の空に安堵を抱いた。


 その瞬きほどの、わずかな気のゆるみこそ精鋭攻勢(グラナド)部隊(アルマダ)にとって最大の勝機であった。


「――しまった」


 勇子(ユウコ)が真っ先にその言葉を吐き出した。


 視界の中に五本の線が目の前を横切っている。それは何を隠そう、〔ガム・ガラン〕のワイヤー・フィンガーのもう一つの網だ。


 すでに〔アル・スカイ〕は〔ガム・ガラン〕が編み上げた囲い網の中に収まっていた。


「これで、終わりだ!」


 ウィドは〔アルファ・タイプ〕の離脱を確認するや否や、機体の出力を上げる。


 そして、そのエネルギーがワイヤーから放出されて、電流となって宙を走った。まさにクジラをも捕らえる電撃の網。ウミヘビの様にしなる電撃が、〔アル・スカイ〕を締め殺すように絡まる。


「う、うぅっ」


 (サクラ)たちは悲鳴も上げられず、再び受ける電撃の苦痛に苦悶の表情を浮かべる。体中の筋肉が縮み上がり、引き裂かんばかりの痛みが駆け巡る。


 操縦席とパイロットスーツの電磁シールドをもってしても、高圧電流の放つ力は着実に三人の体を蝕んだ。


〔アル・スカイ〕も四肢の自由を奪われ、ビーム・サーベルの発振器がマニピュレーターから零れ落ちて、地上へと落ちていく。命令が無ければ、何もできないのが機械の宿命か。


 いや、そうでなくても関節のアクチュエーター、電子回路の一部が焦げはじめてきていた。各所で血管が切れて血を拭きあすように、火花が弾ける。システムの処理速度が落ちていく。


「このまま、地上に下ろす。総員、ぬかるなよ」


〔ガム・ガラン〕二機によって構成されるサークル上の電気網の中は、一種特異なフィールドを形成しており〔アル・スカイ〕は蜘蛛の巣にかかったように重力に任せて落ちることもない。


〔ガム・ガラン〕が高度を下げ始めて、上空で展開する〔カムシャリカ〕と〔アルファ・タイプ〕の部隊はビーム・ライフルを構えて追従する。


 妙な動きをした瞬間、彼らの一斉射があるのは明白である。


 しかし、そんな状況など(サクラ)は知る由もなく、よしんば知っていたとしても彼女の意思は変わらなかっただろう。


「う、動いてっ……。動いて!」


 それは自分の体に言い聞かせるようにも、〔アル・スカイ〕にも言い聞かせるようでもあった。


 全身の筋肉が引きちぎれそうで、反りかえる背中や腕を留める。指先は操縦桿を、足先はペダルから離さず、渾身の力で押し込んでいく。


 それはほんのわずかな力でしかなくとも、システムが過負荷(オーバーロード)していようと、諦めるわけにはいかない。


〔アル・スカイ〕はサブ・スラスターを展開すると、推進剤たる荷電粒子をまき散らして強引に電撃の網から脱け出そうとする。だが、まだ足りない。全身に絡みつく電撃の強さは並ではなく、少しスラスターで揺らした程度では崩すことが出来ない。


「こいつ、まだ動くかっ」

「よせ。ただの悪あがきだ。このままでも、じきに力尽きる」


 上空に展開する部隊はそう判断した。


 闇雲にエネルギーを消費させているだけで、なんら解決の糸口など見つけてはいない。しかし、もし彼らが〔アル・スカイ〕の四肢の汎用性に気づいていたなら、もっと別の考えも浮かんだだろう。


「――っ」


 ミュウが耳の奥でブチブチと何かが切れる音を聞いたような気がした。その音にはやし立てられるようにして、無我夢中に手足のストレス・コンプレッション機構の出力を上げる。


 瞬間、〔アル・スカイ〕の両手足に黒い圧縮空間が出現する。光をも吸い取り、その部分だけがまるっと切り取られたかのように暗闇が開いた。そして、電気網がその中へと有無を言わさず吸い込まれていく。


「何っ!?」


 精鋭攻勢(グラナド)部隊(アルマダ)の面々は目を見張った。


 まばゆい雷が、標的の傍に発生した暗闇の中に吸い込まれていくさまは異様であり、疑わずにはいられなかった。鎌首もたげて、暗闇へと落ちていく光の束。それは自分たちの視界をも奪っていた強力な光であったはず。


 それがいともたやすく溶けていく。


「これでぇっ」


 瞬間、勇子(ユウコ)の機能の強制停止が機体を駆け巡り、手足の空間もまたエネルギーの供給を絶たれた。


 そこからはヒトが感知できる現象ではない。


〔アル・スカイ〕の拘束から解き放たれたエネルギーが、閃光と音韻、烈風となって周囲に膨らんだ。


 各機はもはや紙ふぶきの様に空をのたうち回り、自分の位置を知る由もなく風に弄ばれて一瞬にして散り散りにされてしまう。


「ぐぅ……。総員、立て直せ!」


 ウィドは脳髄を揺さぶる高音の中でそう叫んだ。だが、無線もモニタもすべてが暗転してしまい、互いがどういう状況なのかなどわかるわけがなかった。


 それでも、操縦者たちは己の技量と勘だけを頼りに機体を操った。雲が引き裂かれ、大地の草が凪ぐ、その一陣の風に彼らは身を任せて重心を定める。たとえ五感すべてがマヒしようと、体幹だけは失わないよう訓練を積み重ねてきた。


 それが宇宙で暮らすものの本能である。


 光が弱まってくると怪奇音もまた和らいで、モニタも復旧に入る。


「クソッ。あの機体は、どこに!?」


 苛立った声を上げて、隊長は辺りを見回した。


「隊長、六時方向。地上に敵影あり!」


 俯瞰から索敵をかけていた〔カムシャリカ〕の一機が〔ガム・ガラン〕の横間に沿いながら、マニピュレーターで指さしする。


 その方向に目をやれば、赤茶けた地面にぎこちなく身を起こす〔アル・スカイ〕の姿があった。


「ほとんど虫の息か」


 誰が見ても、〔アル・スカイ〕の戦闘能力の低下は明白である。


 マントはボロボロに引き裂かれ、四肢には漏電の火花がうかがえる。電気網を脱しても、爆心地にいた機体が無傷でいられるはずもないのだ。


「んっ。このままだと……」


 (サクラ)は吐き出したいものを無理矢理飲み込んで、上空に集結する敵部隊を見上げる。


 圧倒的不利の中でどうするべきか。


「負けられ、ません」


 ネガティブな考えを(サクラ)は捨てて、操縦桿を握る手に力を籠める。身体は鉛のように重く、芯がぐらついているような、気持ちの悪さが居座り続ける。


 それでも諦められない。


 まだここにいるという実感が、彼女を支える。


 生きていることへの闘いを放棄はしない。


〔アル・スカイ〕もまた膝関節から漏電を起こしながらも、乾いた大地に立ち上がる。砂塵が周囲に巻いて、パラパラと装甲を叩く。ボロボロのマントが弱々しく揺れる。マニピュレーターは痛々しく、ちぎれた人口筋肉がささくれの様に飛び出している。


 それでも戦える。まだ、戦える。


 荒野に凛と咲くか弱い花のように、例え苦しい中であっても輝きを失わない。


               *     *     *


「なぜ、戦う……?」


 ベロッキ・クムは木陰の下でつぶやいた。めしいた目は白い霧ばかりで、何の虹彩もない。


 彼の見る景色は白亜で塗りつぶされている。耳も遠くなって、舌も衰えいる。身体が老いていくことの典型であると、彼も受け入れていた。


 一族の命運もまた同じだと考えている。


「勝ち目などありますまいに……」


 老いた耳の奥に響く戦闘の音。


 肌にまで伝播する恐ろしい震えは、戦いの壮絶さを物語っていた。彼らは外見こそ厳格であるが、争い事を好む性格ではない。


 所有する〔マリーネン〕とて、決して戦闘向きのものでもない。


 彼ら一族では負けてしまう。無益に血を流すだけならば、潔く、この場で果てるのが美学ではないのではないか。


 ベロッキはそう思いながらも、鼻先を上げて風の匂いを探る。周囲を固める付き人たちの悲し気な音色に交じって、涙の匂いが掠める。


「…………」


 ベロッキは口元を固く結って、手にしている古びたギターを強く握る。


 死の恐怖が波及する。その実感はただ、生きる気力をも奪い去って、悲しみに身を沈めることしかできない。それは耳と鼻を塞ぎ、目と口を閉じて、すべてを拒絶することに等しい。


 この場にいることを否定し、生きることを諦める。そのほうが諦観として受け入れやすく、また、つらいことも忘れられる気がする。


 その思考を吹き飛ばすようにして、町に強烈な風が吹き込んだ。


 一陣の風が木々を凪ぎ、家屋の脆い屋根をも剥がして、地平線へと運ぶ。荒々しく、清々しく、その風は力強かった。


 ヒトビトが演奏を止めて、身を縮こまらせていると、遠く郊外から雄たけびと怒号のごとき管楽器の響きが空を揺さぶる。


「――っ!?」


 ベロッキははっきりとその音が聞こえた。


 全身の毛が逆立つほどの驚愕。圧倒的な音量と迫力で、胸の鼓動を速めた力強い音色。残響が余韻を残し、宙を舞う塵がファンファーレの紙ふぶきのごとく太陽の光を反射した。


 その光景をどれほどのヒトが見ただろうか。


 そして、その光景に心打たれたヒトがいるだろうか。


 たった一つ、はっきりしていること。その力強さが今、自分たちの奏でている音楽にはなかった。これほどまでに強く、血潮をたぎらせることがあっただろうか。


 この瞬間ほど生きていて、喜ばしいことがあるだろうか。


 その想いは絶望以上のまばゆい希望の旋律となって、彼らを突き動かす。

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