~再戦~ 腹に眠る歴史
〔ミカミカミ〕には浮遊泉と呼ばれる液体が流れる管が存在し、それらが山一つ持ち上げる浮力を循環させているのだという。『ノア』の巡洋艦〔アーク・フォース〕に使用されている反重力流体の近似値と考えれば、理屈は同じことである。
その中核はちょうど中央の山脈の中に三つの貯水タンクをなしており、心臓のように全体を循環するシステムになっていた。
「浮遊泉って聞いたことはあったけど、実在したのね」
勇子は目の前で伸縮を繰り返す、浮遊線の貯水タンクを見つめた。ぶ厚い粘膜のような貯水タンクはまさに臓器である。鳥類の気嚢を彷彿とさせ、休む間もなく一定のリズムで脈打っている。
「浮遊泉は〔ミカミカミ〕の中核にある積層構造の鉱脈を雪解け水が通ることによって生成されています」
「なるほど。その過程で化合が行われて、できるというのね。興味深いわ」
勇子の理論に、案内役のミーガルもその通りと頷いた。
一方で、ミュウはその動作に鳥肌が立つのを覚えて腕をさすった。
「少々気色悪いがな」
「そんなことをおっしゃらないでください」
ミーガルが大きく腕を振って否定する。袖を振り、強い風がミュウの甘栗色の髪を乱した。。
「ええい。風を起こすな」
ミュウがイラついた声を上げて髪を撫でていると、桜がある方向を指さす。
「あの、この先はどうなっているのでしょう?」
桜は貯水タンクを囲うキャットウォークの曲線の先。大通り風の通路がぽっかりと空いている。そのトンネルは低く唸るような風切り音を上げており、貯水タンクの脈動と相まって不気味な音色を奏でていた。
ミーガルは腕をおろして、ステップを踏むと桜の前に躍り出る。
「この先は管制室へとつながっております。しかし、導師様? その手前にはもっとおもしろい場所がございます」
「それは一体――」
「では、ご案内いたしますっ」
ミーガルは興奮して頬を朱に染めて、さっと桜の手を取る。そして、風のようにキャットウォークの上を走り出した。
桜は目を白黒させて、倒れまいと前にでる足に任せて走る。
「これっ! 勝手に動くでない! ゆくぞ、勇子」
ミュウは目を三角にして、勇子を急かして後を追う。
「う、ん。ああ……」
勇子は口惜しそうに浮遊線の貯水タンクに目をやりながら足を動かし始めた。
トンネルに足を踏み入れると、向かい風が少女たちを包む。与圧が強くかかっているブロックに向かっているのだ。左右には明るい光の管が走り、ごつごつとした壁面の陰影を起こしていた。
「メララ族の大樹に似ている、様な気がするけど」
勇子の目に映るものは、東の大陸北部にそびえたっていた大樹と酷似しているところが多かった。光を運ぶファイバー素材や浮遊泉の存在。この世界で根底的に精通している技術のような気がする。
「ここ。ここですよ」
ミーガルはトンネルを抜けた途端、足を止めて開けた空間を煽った。
天蓋には浮遊泉の貯水槽が青々と輝き、厳かな空間を照らした。あちこちに幾何学的なオブジェが並んでいる。石膏像に、絵画、さらには巨大な生物の骨格標本が吊るされている。
「博物館、でしょうか?」
桜はメガネの位置を直しながら、ぽかんと口を開けたままであった。自分の真上に浮かぶ骨格標本の影と天蓋の水槽照明は、海面を見上げるかのように神秘的で感動に肌が震える。
「これほどの芸術品、そうそうお目にかかれないんじゃないかしら?」
「わらわの家よりも豪奢であるか」
勇子とミュウも吐息を漏らして、床に落ちる標本の影や精緻な美術品の数々に視線を巡らせる。オープンスペースに雑多に展示されている美術品の合間を巡る観覧者までも、芸術品の雑木林に迷い込んだ桜たちには新鮮に映った。
「ここには、カラスード族が何千年と集めてきた芸術品の数々が納められております」
「集めてきた? これだけの数を?」
「はい。とはいっても、ここにありますのはほんの一部です」
勇子は感嘆の声を漏らしながら、自然と足を踏み出して空間にたたずむ見事な猛禽類の剥製に息をのんだ。
「な、なかなかやるではないか」
「あたしたちの一族は温暖な気候を求めて大陸を渡るので、その道中には様々な発見と歴史があるのです。こちらへ」
ミーガルは慣れた足取りで博物館のエントランスを縦断して奥へと行く。カランコロンとステップを踏む足音と共に、艶やかな振袖が揺れる。
桜たちはエントランスに飾られている数々の展示品をじっくりと見たかったが、先を行くミーガルにおいていかれまいと小走りになる。
「楽しそうね?」
「それはもう。この世界に眠るロマンと文明の見聞録はとっても、とっても面白いのです。あたしが生まれる前のことを知る機会はめったにありませんもの」
「それで、導師伝承も好きなわけか」
「憧れですから。ヒトビトを良き世界に導こうとしたお方ですもの」
さっさと進んでいくミーガルは心酔しているようで、うっとりとした表情で言った。
勇子とミュウは目元を細めて、彼女の背中を見据える。
「夢見がちな乙女のようだな」
「歴史マニアなだけだと思いますよ。これだけの展示品を見せられれば、気持ちもわかるわ」
歩いていくたびに変わっていく展示品はこの星の時代を追うものであった。剥製や再現標本などは異星から来た勇子に新鮮で目新しいものばかりだ。
「こんなにも長い歴史があるのですね……」
桜もまた新鮮な好奇心に胸をときめかせていた。水飲み鳥のように体を屈ませては起き上がり、ジオラマを見つめて先を行く。ずり落ちそうなハンチング帽をおさえて、ミーガルの朗々とした解説を聞いた。
「先史時代の様相は地質調査と化石の分析など数々行われいるのですが、確証のある情報を得ることはあたしたちにはできませんでした」
「では、これらすべては想像だとでも?」
「南国のお姫様。あたしたちは、有史からの歴史すら明確に把握をしていないのです。それを解き明かすための科学や技術はすべて古代から引き継がれたものを借りているにすぎません」
ミーガルの知的な言い回しにミュウは眉をひそめる。自身の知性が低いことを遠回しに言われたような気分だ。
「操縦者にしては随分と学者肌なのだな?」
「もともと外部調査の学生だったので。戦闘などはどうにも……」
振袖の少女は自信のない声を漏らして肩をすくめる。
「そうか……」
ミュウはそれだけ言って、左右に並ぶジオラマに視線を向けた。
展示されているモノすべてが、カラスード族独自の歴史観の表れでもある。
生物学的な進化論は微生物から海洋生物、上陸を果たしたそれら生物はやがて爬虫類から哺乳類へと種は枝分かれしている。ただ面白いことにこれらの生物から現在『ファルファーラ』に生けるヒト属は突然変異的に生まれている。
「なにか、腑に落ちないな」
『ファルファーラ』で生まれ育ったミュウでも彼らの進化論は理解しがたい物であった。
彼女の知る生物学は未だ発展途上にあるのだが、ヒトの存在を定義する進化論などはもっと別の学問にされている。哲学や神学に精通する普遍的命題として位置づけられている。
博物館の回廊を進むにつれて、生物の分野から文明文化の色へと変わっていった。
そして、彼女たちはモルタル製の図書館にたどり着いた。。壁面は岩壁に穿たれた鳥の巣穴のような小部屋がいくつもあり、その部屋一つ一つがジャンルや音で振り分けられて書物が保管されている。さらに左右へ橋渡しするロープが数本わたっている。
「ここが図書館になります。みなさまに見ていただきたいのは、こっちにあるんですよ」
そういってミーガルは袖に隠れた手先で図書館の一角を示した。そこは図書館の最奥部、大きくスペースを取っている空間である。
桜たちはその方向へ歩みながら、不思議な図書館の作りに目を白黒させる。
壁の小部屋は遙か頭上にまで居をなしており、最高は目もくらむような俯瞰の景色が拝めることだろう。
そこまでいくのに階段という手段はない。利用者たちは自慢の翼で羽ばたいて、貼り廻られているロープを足場にさらに上昇や方向転換をして小部屋へと入ってく。
だから、少女たちの頭の上では幾人ものカラスードたちが飛び交っているなんとも不思議な光景が広がっている。
「すごい蔵書量……、あるかもね」
「ここには数千年前の書物まで完備してます。ざっと、一千万冊はございましょうか……?」
常連のミーガルもその正確な蔵書量を把握できるものではない。その中にはパピルスや羊皮紙にちかい材質の紙媒体や石碑として保存されている情報も存在する。一千万、いや、それ以上の量を〔ミカミカミ〕は内包しているやもしれない。
桜はカラスード族が太古の情報を守る万人のように思えてきた。
そして、四人は図書館の最奥部にたどり着いて、ライトアップされたそれを目の当たりにする。
「じゃじゃーんっ。こちらになります」
ミーガルは壁いっぱいに飾られた石版を示して声を上げる。
桜たちはその圧巻な石板を見上げて、あんぐりと口を開く。
「これは……?」
桜は床下から、目もくらむような天蓋へと視線を挙げていく。メガネがずれていることなど気にしている余裕はなかった。
それほどの衝撃がある、荘厳で力強い逸品であった。
『ファルファーラ』の古代の象形文字と共に記された数々の壁画。そこには鮮やかな色によって象徴される風と海と大地に空が描かれている。まるで鳥が俯瞰から眺めた世界、あるいは枝木に止まって臨んだ地平線の光景である。
そして、壁画の中心には白く華奢に描かれた少女が描かれている。いくつにも分断されていた石碑のピースによって輪郭が復元されていても、その顔や細かい部分はわからない。
ただ安らかな微笑みを浮かべる赤い瞳と長く細い白髪は繊細なタッチで描かれていることは、三人にはわかった。
「あたし、この壁画が好きなんです」
ミーガルは胸元で手を組むと祈るようにつぶやいた。
桜たちもこの復元された石碑の巨大さを思えば、カラスードの探求心の強さを思い知らされる。
「これには何が記されているのですか?」
「この石碑には諸説あるのですが、あたしはご先祖様たちが導師様のありようを記したものだと思います」
「導師のありよう……」
桜は繰り返し口の中でつぶやくと、ミーガルに視線を向ける。
「はい。この星、最初のヒトである導師様は鳥のように世界を見渡し、魚のように水面の底を覗き、狼のように大地をかけ巡った。そんな風に語られるものだから、導師様は複数人いたのではないか、なんて学説もあります」
「何というか、学問的ね」
勇子は率直な感想を述べた。
ラトゥ族やロフクス族に見るような伝奇ではなく、もっと学術的に『導師』の存在を証明しようとしている。今まであったどの部族よりも、理知的な印象を伺わせる。
「あたしたちはこの船のおかげで世界中を回ることができます。だから、各地の遺跡調査もやったりしていたのです」
「む。そのような動きがあったのか?」
ミュウは不快そうに口元をとがらせる。
対して、ミーガルはコロコロと笑った。
「あまりヒトの手が行き届いていない未開の土地ばかりです。この石碑だって、北海の大陸に砕けていたのです」
「つまり、かつてにはそこに暮らしていた部族もいたという事か?」
「そういった白骨も確認されていますし、何より興味深いのは〔ミカミカミ〕に近い技術がすでに使用されていた痕跡もあります」
「それはどこも同じだな」
〔マリーネン〕の存在がいい証拠であったし、メララ族が住む大樹には飲まれた古代の機体もあったほどだ。加えて、初めて出会ったファルフェン族は巨大戦艦が地中に埋まっていた。
それぞれの部族は技術の使用頻度は違えど、根底的な技術は同じである。
「それだけじゃありませんよ。この船でもいくこともできない、空よりもずっと高い星の海に到達する技術もあるらしいのです」
ミーガルの発言に桜と勇子は目をむいた。
「それは今、どこにあるのですか? 使えるのですか?」
宇宙に上がる必要があると感じ始めていた矢先のことだ。興味がないはずがない。
彼女の口振りだと〔ミカミカミ〕ですら、大気層を越えることはできないのだろう。もちろん〔アル・スカイ〕の現状装備では『ファルファーラ』の重力を振り切ることはできない。
ミーガルは袖に隠れた指先を唇に添えながら記憶を呼び起こす。
「北海の遺跡は使いものになりませんでしたが、それに近い装置を持った部族がいるとか、いないとか……」
「ええい。はっきりせい」
ミュウがじれったそうに言った。
ミーガルが結論を導き出そうとしたそのとき、博物館内に鈍い警報が鳴り響いた。お腹に響く低音で、危機感が足下からはい上がってくる。
「何事よ?」
勇子は左右を見渡しながら言った。
そして、ミーガルが顔つきを変えて三人を見据える。
「緊急避難警報です。もしかしたら……」
「侵略軍と『ノア』の軍隊が攻めてきた――」
桜は瞬時にそう判断した。




