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   (微震3)

 中央城の屋上、あまりひとの来そうにない足場の悪いところに人影がふたつあった。


「ふぁー、いい景色ですね」


 もうひとつの人影に比べてかなり小柄な人影暁が猫のようにしなやかな伸びをしながら言う。

 目前には湖が広がっている。そこより見える世界は確かに美しかった。


「おお」


 寝転がるアルハザートはなま返事を返す。


「どうかしたんですか?」


 アルハザートは城を案内してくれたものの途中で飽きたらしくここへ来たのだった。


「なぁに、暇に飽きただけだ」


「……普段は何をしているんですか?」


 アルハザートのそばに座る。


「そうだな……。鍛錬か調教かな。でもお前魔物を調教するの見るの、嫌だろ」


 あっさりとそう言われ、暁は驚く。


 鋭い……。


 生き物を傷つけるのを見るのは、辛い。


「鍛錬もなぁ、いざって時に疲れてちゃ困るしな。魔物相手なら鍛錬の延長みたいなもんだが間者はなぁ、油断できないし」


 暁の驚きなど構わず言葉を続けた。

 あなどれないひとだ、と苦笑まじりに思う。


「昨日、『門』の間で思ったことなんですが、私もなにか護身術を身につけたいな、と……」


 それをアルハザートに教えてもらったら、アルハザートの暇つぶしにもなるし一石二鳥だと……


「だめだ」


「は?」


 即座に却下され、暁は間の抜けた声を出す。


「理由を聞いてもいいですか?」


 理由なく頭ごなしに反対するようなひとでないことは、ほんの数日一緒にいるだけでわかる。


「お前はひとを……生き物を傷つけることができないからだ。そんな人間に攻撃する術を与えるのは残酷だからな」


 どうして残酷なのか、暁にはわからなかった。育った環境の違いだろうか。

 互いを隔てるものの存在に気づいた。


「手を汚すのは……・・・」


 アルハザートの呟きは、よく聞き取れなかった。


 聞き返したかったけれど、説明されても理解できないような気がした。

 それに、アルハザートもそれがわかっているから答えてくれないだろう。


 どうやらこのひとは、ただの筋肉ダルマではないようだ。

 

 夜陰に紛れて、城門を出る者がいた。

 金を握らせたのだろうか、門番は下卑た笑いを浮かべつつ静かに門を閉める。

 黒いマントをはおった者は振り向きもせずに城門を離れていく。

 彼は羽根が短く足の長い鳥に乗っていた。 コボ、と呼ばれる移動用の鳥だ。飛ぶ事は出来ないが足は速い。だが高価なので上流階級の者や金のある商人ぐらいが利用者だ。

 彼は細い金属で編んだ籠を大事そうに抱えている。わりと大きい物だったがよほど大切なのだろう、身体の前に置き抱えつつ手綱を握る

 コボが走ると、その籠が揺れる。

 中になにか生き物が入っているようだ。

 彼はバルサイの街に向かっていた。いや、方向はそうだったが目的地はその向こう、クトゥルー城である。

 この真夜中近くの時刻では街の門も開いているはずもないので、向かって右側に当たるウルヴァーハンプトン湖の方から回って、クトゥルー城へ向かうつもりだった。

 無論クトゥルー城城下町門も開いているはずもなかった。だがあえて向かうということは門の外で野営するのか、それとも入れる方法を持っているのか……

 歩きならばバルサイの街まで一刻かかるが、コボならば半刻で済む。

 丁度バルサイの街を左に置きつつ進んでいると、コォォォォ…、と低い音が背後で聞こえた。


「もうそんな刻ですか…」


 後ろに上がる光りの柱を振り仰ぎ、男は呟いた。

 ナイアーラトテップより光柱が立つのは十二刻を表す。真夜中であり一日の境目でもある。


「どうせ夜更かしするのなら、女性と一緒の方がいいですねぇ」


 はぁぁ、と重いため息をつく。この口調でこの言葉となれば、この男はエリュオナ以外の何者でもない。

 クァ、とコボが鳴く。エリュオナの言葉に同意したのかと思いきや、なぜか立ち止まる。


「どうしたんです? エサですか?」


 とぼけた呟きで問いかける。理由などわかっていた。

 殺気が濃厚な霧のようにたちこめている。 コボはこれを感じ取ったから立ち止まったのだろう。


 どさり、と音がした。


 途端生臭い匂いが立ち上る。

 コボの首が消えたことに気づき、エリュオナは身じろく。コボの身体が揺らぎ傾いたので、仕方なく地面に足をおろす。

 悔しいことに、エリュオナは自分が気圧されていることを認める。


「まさか獣兵を雇うとは思いませんでした」


 魔物を守護に持ち国に仕えるのが獣騎士。それ以外は獣兵と呼ばれる。


「その籠を置け」


 闇の中から告げられた声に、エリュオナは応えず剣を構えた。

 クッ、と嘲る笑いがエリュオナの負けず嫌いを刺激した。


「その女臭い顔は知ってるぜ。クトゥルーのお坊ちゃんだろ。剣なんざぁ振り回すより女のケツを追いかけ回すほうが似合ってるぜ」


「私もそう思いますよ」


 こういう相手の神経を逆なでするのはお手の物である。貴族ぶった厭味な笑い声をたててやる。


「……かかってこいよ、貴族のブタが。俺達から税金しぼり取ってさぞかし肥えてんだろうよ」


 相手が挑発に乗ってきた。だが腕の差は明らかだ。エリュオナには防衛しかできない。 敵が先に攻撃してくれなくては困る。

 エリュオナは敵がもっと逆上するような言葉を探す。


「憐れな……。獣騎士になれない者の、ひがみにしか聞こえませんね」


「黙れ!」


 当たり。やはりこの男は守護にした魔物が弱過ぎて、騎士にさえ劣る力の持ち主なのだろう。

 とはいえこんな者でも、ひとより数倍の殺傷力を持つ。

 エリュオナの期待通り、獣兵の男は襲いかかってきた。


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