(微震2)
翌日、いつの間にか酒盛りをして泥酔した二人は下級魔法使いに叩き起こされた。
「面会の方がいらしています」
「面会? どなたでしょう」
酔いを完全に冷ましたアズーアは、いつも通り取り澄ました笑顔で聞き返す。
「それが……エリュオナ=オレア=クトゥルー様と……」
アズーアの笑顔が消えた。
「わかりました。すぐ参ります」
「昔の女か?」
下級魔法使いが去るのを見送りながら、アルハザートがそう軽口を叩く。
「さすがというべきか……クトゥルーは手回しが早いですね」
先手を打たれた。
「無視するところが怪しいな。お前が夜遊びの達人という噂は本当だったんだな」
「早くもクトゥルー城が手を出してきたんですよ。……どこから聞いたんです、そんな噂」
「ほぉぉ。クトゥルーが。大変だな、がんばれよ」
あからさまにごまかし部屋を出ていく。
「アルハザート」
隣の部屋の気配を探りながら、アズーアはドアを開く。
アルハザートは暁の部屋をノックしかけた手を止める。
「アキラさんをお借りしたいんですが?」
むぅ、と心底嫌そうな顔をしてアルハザートは応えない。
父性本能とでもいうのだろうか?
独占欲があるらしい。
「半々、でしょう?」
「保護者同伴、な」
自分を指さしながら言う。
アズーアは何も応えなかった。
応接の間で待っていた青年は、いくぶん面影はあったものの記憶より女性的な顔になっていた。名前のせいもあるのかもしれない。
「おひさしぶりです、アズーア。急に訪ねてすみません」
にっこり、と人の良い笑みを浮かべてくる。あいかわらず読ませないひとだ。
「いいえ」
いくぶん神経質に目を動かしながら、椅子を勧める。
短い沈黙の中で数度手を組み替えながらエリュオナを見る。
「あの」
「私もきたくなかったんですけどね、うちの父があまり馬鹿騒ぎをしそうだったので、仕方なく本当のところを教えてもらおうと思ったんだよ」
アズーアはかすかに息を呑んだ。
エリュオナは父親ほど愚かではないらしい。
「知ってどうなさるおつもりです?」
下手な演技を止め、いつもの不遜な態度で問う。
「城主殿に報告するさ。……このままだと勝手な妄想で、来訪者は祭り上げられますよ」
アズーアの変貌を驚くでもなく話しを続ける。見破っていたらしい。
「ザイウェトロストより強力な魔物だという妄想ですか……」
エリュオナは頷く。
「このさい本当のことを正直に報告して、野望を消すのが先決ですよ」
「来訪者がザイウェトロストより強くないと、思っておられるようですね」
「強いのですか?」
驚いたようにエリュオナはアズーアを見る。
「貴方の浮き名はよく耳にしますよ。辺境のナイアーラトテップでもね」
エリュオナは話しがつかめない。
「エリュオナはフェミニストだと、お見受けしますが?」
「自慢じゃないが、私は女に弱いですよ。それが?」
顔色を変えずにしれ、と言いのける。
「アキラさん」
呼ばれ、暁はそろり、と応接の間に足を踏み入れる。のそのそとアルハザートがついてきた。
肩に乗る蝦夷が、甘えて頬に擦り寄るのをそっと撫でながら、アズーアのそばへ行く。
エリュオナは腰を浮かせ、ぽかん、と口を開いたまま暁を見ている。
そしてごく、と喉を鳴らし立ち上がると暁のそばへ歩み寄ってきた。
エリュオナが凝視するのでなにやら恐くなるが、後ろにアルハザートがいるのを思い出す。
なにかあったらどうにかしてくれる。
「失礼……」
エリュオナが手を伸ばしてくる。
別に攻撃してくる訳ではないだろうが。
なにをするかと思えば、暁の顔を隠しているざんばらな前髪をかきあげた。
はっ、とアズーアが息を呑む音が聞こえた。
「!」
いきなりひとの前髪触るのは変態以外の何者でもない。
暁はエリュオナより飛び退く。
「なんだこいつは」
暁を受け止めたアルハザートは、気色悪そうにエリュオナを見た。
「アズーア、この美しいひとはどなたです」
「……美しーひとぉ?」
まともに顔を外気にさらしたことのない暁は、突然そんなことを言われ喜ぶより気味の悪さが心に浮かぶ。
「こいつ……男色家か? 女好きで有名なのに。アキラ、病気がうつる。近づいたら駄目だぞ」
「うん」
あいかわらずアルハザートは暁を男と勘違いしてるが、そんなことに気がつくような心境じゃない三人は何も言わない。
「この方が噂の来訪者です。異世界人なんです。ちなみにザイウェトロストと同化できます」
動揺を押え、応えるアズーア。
「そうだったのか……。ようし、アズーア。私は当分ナイアーラトテップのお世話になりますね。アキラ様を父上の魔の手から守って差し上げねば」
勝手に張り切るエリュオナを、暁は迷惑そうに見やる。
「欲しがりますか、クトゥルー城主は」
「恐らく。ハスター家は間違いなく狙ってくるな。ザイウェトロストを守護に持つ異世界の麗人ですから」
ぶ、と暁は吹き出す。
レイジンだって。
「ハスター家では、魔法使いが秘書官代わりでしたか」
エリュオナは頷く。
「本物の秘書官とも仲が悪いだろうな」
「面倒ですね……」
「おい、アキラ。ナイアーラトテップの中を案内してやろうか」
こんなくそ難しい話しなんぞつまらん。とアルハザートは移動することを提案する。
暁は頷く。アルハザートに同感だった。
「構いませんよ。ただし、エゾと同化していてくださいね。つれて歩くと正体をばらしまくっているようなものですから」
「はーい」
去っていく暁を名残惜しげに見送りつつ、エリュオナはアズーアのそばに寄ってきた。
「ちなみに、アキラ様の身体の構造は研究したのですか?」
「……彼女は人間ですよ」
「ほほう。では調べていないということですね」
嬉々としてエリュオナは目を輝かせる。
「彼女に手を出したなら、あなたをお父上に献上して差し上げますよ」
「ひとがせっかく親切に、調べてあげようとしたのに」
エリュオナの軽口にはつき合い切れないようで、アズーアは無視して思索にふける。
「我々はナイアーラトテップを動く事はできませんから、どうしても受け身になってしまいますね」
その後になにを言い出すか予想したエリュオナは、嫌そうにアズーアから離れた。
「アキラさんに向けられた矢をずらすのに、協力してくださいますか?」
「ずれた矢は私にむけられるのではないですか?」
エリュオナの頭の回転のよさに、アズーアは苦笑する。
「彼らは鏡に向かって矢を放つんですよ」
「は?」