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混乱 (微震1)

 六芒星ろくぼうせいの右上に存在するクトゥルー城。それぞれの城には学館がくかんと呼ばれる学校のようなものがある。クトゥルー城には政治を教える学館がくかんがあった。それを官学館かんがくかんという。

 ちなみに魔法を教える学館は法学館ほうがくかんという。

 官学館かんがくかんは、クトゥルー城と湖を挟んで向かいにあたるハスター城にもあった。

 自然、二つの城は敵視しあう。

 

「…以上です」


 しん、と静まった執務室に使者の声は異常に大きく響く。

 なにも反応がないので、使者はそっと上目に相手を見た。

 机の向こうの城主は苛々と机を指で叩く。


「所詮は学者馬鹿の集まりか。ナイアーラトテップめ……、ザイウェトロストより強い魔物を独り占めするつもりか」


 ヒステリックにペンを握り締め机に突き刺す城主のかたわらには、秘書官がいた。

 痩身で優雅な物腰だが、くせのある銀髪の間より覗く透き通った緑の瞳は、刺すような冷たさで肥えた身体を震わせる城主を見つめていた。

 彼はこの城主の息子で官学館でも優秀な成績を納めた。しかし王城に放り込んだはいいが、浮いた噂ばかり流すのでつい最近実家に連れ戻された。


「魔物はナイアーラトテップにまかせるのが一番でしょう?」


「馬鹿者! もし……ハスター家がその魔物を手に入れみろ。やつらのことだ、王城での権力を脅し取

るに決まっておるっ」


 はぁぁ、と心底呆れたため息を漏らし秘書官エリュオナ=オレア=クトゥルーは、使者を見た。そして手で出ていくよう合図する。


「ちなみに父上は、もしその魔物を手に入れたらどういたします?」


 使者が出ていくのを見届けてからそう切り出す。


「勿論、王城に差し出しクトゥルー家の権力を強めるに決まっておるわ」


 どういう違いがあるんでしょうか。


 無言で両手を上げる。お手上げ。


「エリュオナ、そういえばお前、ナイアーラトテップに行ったヴーア家の息子と仲がよかったな」


 エリュオナは父のめずらしく働いた記憶力に驚く。


 俺に都合の悪い事だけは覚えているという便利な頭なんですねぇ。


「もう何年も合っていませんよ」


「よし、お前ナイアーラトテップに行ってこい」


 何がよし、なんですか


「私はそんな恥知らずなことはできません」


 既知きちであることを盾に、間者として乗り込むなんて。


「別に恥などないであろう? お前は幼なじみに会いに行くだけなのだから」


 よく言う……。


「嫌です」


 息子の思いもかけない反抗に、城主は目をむく。


「私が行けと言っているんだぞ」


「なんのために?」


「ザイウェトロストより強い魔物を手に入れるために決まっておろうが」


 本音が出たか。


「アズーアは馬鹿ではありません。突然の訪問に警戒しますよ」


 むぅ、と城主は口をつぐむ。


 こんなことすら気づけない者が城主とはねぇ。


「わかりました。ではこうしましょう」


 にっこりと微笑んで父を見る。

 エリュオナが微笑む時は、女を口説く時と悪だくみをしている時なのだと城主は未だ気づいていない。


「その魔物について調べてきますから、その間父上は手を出さないでください。アズーアの機嫌を損ねたくないのでね」


 ちょっかいを出されて、その背景に誰がいるかを看破することなど、アズーアには造作もないことなんですよ。そして私にも。



 

「何! クトゥルーが動き出したかっ」


「ええ確かに。遠見の術で見張っておりましたならば、城よりクトゥルー家の息子がナイアーラトテップへ向かうのをしかとこの目で」


 小狡こずるい目をした城付きの魔法使いの言葉に、ぬぅぅ、とハスター家城主は唸る。


「間者を放て。クトゥルーより先にその魔物を手に入れろっ」


「はい」

「おまかせください」


 同時に応えた秘書官と魔法使いは、火花を散らしながら睨み合う。

 城主のお気にいりの魔法使いと秘書官は、互いの地位をより城主に尊ばれるように敵視しあっていた。

 魔物を手に入れることは、すなわち彼らの戦いの勝敗を決めるのだ。

 




 足音が近づいてくる。かすかに衣擦れの音が混じっている。あいつか。

 この部屋のドアの前で足音が止まる。

 ココン。几帳面にノックなんぞしやがる。


「勝手に入れ」


「おや、アキラさんはいらっしゃらないんですか?」


 放り出された外套や、脱ぎ捨てられた靴などの散乱する部屋を見回す。


「『門』に行ったあと眠っちまった。寝るにはまだ早いと思うんだがな」


「……ああ、時差でしょうね」


 アズーアの呟きにアルハザートは疑問の目をむけたが、説明されても眠くなるだけなので尋ねない。

 慣れているのかアズーアも何も言わず椅子を捜し当て座る。

 暫の沈黙が流れる。それを先に破ったのはアルハザートだった。


「アキラは……大丈夫か?」


 抽象的な質問だったが、アズーアはすぐ意味を悟る。


「それを確保するために貴方を護衛につけたんです。異世界人に対する偏見も、持たせないよう私が配慮します。アルはただアキラさんを守ってください」


「ああ。」


 アズーアは嫌な奴だか、こういう時には信用することにしている。


 また沈黙が流れた。今度はアズーアが破る


「こういう言い方をすると、貴方は怒るかもしれませんが……アキラさんの所有権を決めておきたいのですが」


「所有権!? あいつは魔物じゃないんだ!」


 わかっています、とアズーアは頷き壁を指さす。隣の部屋では暁が眠っているのだ。


「わかってないだろう! 所有権なんて」


 そんなもの人間に使う言葉じゃない。


 声のトーンを落とすが憤りは拭えない。


「いつか他の城の者にはこの言葉を使う事になるかもしれません。……言葉を変えれば保護権ですね」


「保護?」


 なんだ、そうか。


「ええ。一応私と貴方で半々ということにしませんか?」


「俺に全権を認めないのか?」


「私にはアキラさんを保護させてくれないんですか? 貴方に根回しができるとは思えませんが」


「そーか。お前は陰険なことは得意だもんなよし。半々でいいぞ」


 話はまとまったものの、なにやら剣呑な雰囲気が漂う。


「そうですね。あなたは頭の中まで筋肉でできているようですから」


「なんだとー」


 夕日を背にいい歳の青年が二人、むなしい口喧嘩をしていた。


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