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終章

 ふと、彼は手を止めた。


 事件のあらましを書き記した紙は、窓より流れくる風に身をたゆたせる。

 記されたそれは、いずれ歴史の一部となり後世の学者達が口論するのだろう。


 例えば、世界を救った少女の行方だとか。


 ペンを置き、窓へ歩み寄る。


「……早く、帰ってきてください……」


 鬱々とした空を見上げる。無理をしたように晴れ間を見せる日もあったが、ここ一カ月間こんな天気が続いていた。

 王もまた彼と同じく、命が助かったからといって晴れやかな気分にはなれるほど、幸せではないらしい。


「アズーア」


 開いたままのドアをノックし、エリュオナが執務室へ入ってきた。


「王城から使者がみえましたが……」


 どうします?


 と、このところすっかり痩せたエリュオナは、気づかうようにアズーアを見上げた。

 アズーアもまた、顔色がよくないらしい。


「わかりました。すぐに参ります」


「それが、彼にも来ていただきたいようなのです」


 言いにくそうに肩をすくめた。


「……そうですか……。では、呼びにいってきましょう。多分来ないとは思いますが」


 苦笑したアズーアの姿がかき消えた。


「でしょうね。とりあえずは、私が出迎えてきますか」


 息をつき、エリュオナは応接の間へと向かった。



 

 最近、ウルヴァーハンプトン湖の岸辺には、魔物が現れるという噂があった。

 鋼色の、見事なたてがみを持つ四つ足で有翼ゆうよくの魔物だという。

 さっそく魔物の売り買いを生業としている商人が捕獲しようと乗り出したが、大怪我を負って逃げ帰ってきた。

 いわく、魔物はとても凶暴で、その額にある角でもって襲いかかってくるという。

 ナイアーラトテップに苦情をいう者もいたが、あの魔物には近づかぬようにという言葉が帰ってくるのみだった。


 当初は、冗談じゃない捕まえてルルイエへ放り出せ、と息巻く者もいたが、こちらが手を出さぬ限り魔物はなにもしないと気づき始めた民衆は、最近では大人しくしている。


「傷つけることなどないでしょうに」


 非難を込めてアズーアが言うと、魔物はその角を向けて応えた。


「殺さなかっただけいいと思え。いずれ殺すことになるのだからと、見逃してやったんだ」


 アズーアは、すっ、と目をすがめる。


「では、私はあなたを捕獲しなくてはならないのですね」


「俺はためらわぬぞ、アズーア」


 狂気と殺気を湛えた藍色の瞳が見返してくる。


「アルハザート……、あなたは信じていないのですか」


 そんなはずないでしょうに。


 魔物は目を閉じ、湖へと顔を向けた。


 二人は湖畔に佇んでいた。背後には林があり、彼らの姿を隠している。

 空は暗く曇っているので、魔物がそこにいると気づける者は、そういないだろう。


「あなたがその姿のまま、ここに留まっているのは、彼女の帰りを待っているからでしょう?」


 魔物はうっすらと目を開き、湖を見下ろしていた。


「完全なる同化には何が必要か、知っているか」


 淡々とした呟きに、アズーアは頷いて応えた。


「純粋なる強い念、でしょう?」


「そうだ。では、俺がどんな念でこの姿を保っているかわかるか?」


 静かな、あまりに静かな問いに、アズーアは鼓動が速まるのを感じた。


「殺す」


 魔物は双眸を妖しく閃かせ、アズーアを射抜くように見た。


「全てを殺す。……それが俺に満ちる念だ」


 アズーアは、言葉を返すことができなかった。


「そんなことをしたら、アキラが帰ってきた時に悲しむだろう? いいのか?」


 突然かけられた言葉に、魔物は一瞥を投げた。


 額を覆う飾りを煌めかせ、ジュブを伴ったアルセイードが湖畔に舞い降りた。

 エリュオナとシェアリングもいる。


 では彼らが王城からの使者なのか、とアズーアは知った。


「わかっている。だから堪えている。だが堪えられなくなった時は、俺が待つことのできる限界に達したのだ」


 その時は全てを殺し尽くす。


 魔物となったアルハザートは、そう言っているのだ。


「神官及びクトゥルー、ハスター両城主を罷免した。城主候補はとりあえず未定だが、神官にはアキラを据えようと思う。今日はそれを伝えにきた」


 言い放ったアルセイードを振り向く魔物から、殺気があふれ出た。


「……では……、たとえ戻ってきたとしても、共にはいられないのだな……」


 ゆらりと角を傾ける。


「お前が神殿に住みたいというのならば構わん。なぁに、星のことなど気にするな。責任はすべて私が背負う。だから」


 向けられた角ごと、アルセイードは魔物を抱き締めた。


「独りで待つのはよせ、アルハザート。お前は新居の掃除でもしていればいい」


「……兄上……」

 


 キュァァァアアア!


 

 遠く、遥か頭上よりかん高い音が降りてきた。


 アズーアが、シュブが、同時に息を呑む。


 結界になにかが触れた!


「なんだ!?」


 まさか、とアルセイードが期待をもって空を見上げた。


 天空はその意を受け雲を消していく。


 雲の裂け目より光が降りた。陽の光と共に清浄なる蒼き光が降ってくる。


 その中心とも言うべき光の輪が、雲の払われた上空に現れた。


 彼らは確かに、そこに佇む人影を見た。


 


 ただいま。

 

 

 読んでいただき、ありがとうございました。

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