表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/28

  4

 守るために、ここにいる。

 

 迷惑をかけたくないから、苦しめたくないから、混乱させたくないから。それらの言葉はすべてたったひとつのことに起因していたのだ。ようやくそれに気づく。

 

このことに気がついた今、守れるほど強くなれるだろうか…アルハザートのように。



 くるるるる…



 どこかで、蝦夷えぞが、鳴いた。


 爆風の音が突然止んだ。


 鼓膜がやられたのだろうか、予感を伴う静けさ。なにかが、起る。


 本能が、そう囁き出す。


 薄れる痛みにアルセイードは気づいた。


 柔らかな光が腕の中に納まっていることにシェアリングは気づいた。


 青い光が部屋に広がった。


 炭となったヨグ=ソトースの身体が復元していく。ただれたリヴァイア=サンの皮膚が治っていく。


 ひとだけではなく、部屋もまた焼け跡が消えていく。


 光は部屋だけに留まらない。


 空中から裸体の女が現れた。シュブ=二グラスだ。


 奇跡にも不可能な無からの有。


 シェアリングはようやく腕を離した。腕の中にいたのが誰なのか、よくわからなかった。


 確かにアキラのはずなのに…。


 彼女の長い髪がさらりと揺れる。


 不思議な事に暁の髪は先から紫、そして青へと色が変化している。まるで蝦夷の尾だ。


「…アキラ?」


 かすれた声で、シェアリングが問う。


 応えるかのように、彼女の背の羽根が軽く羽ばたいた。青い羽根。


 立ち上がり、暁は赤龍を見上げた。


 獣の本能からか、赤龍は動けずに暁を見返す。


 蝦夷に近い姿になった暁には、もうわかっていた。


 蝦夷と力を合わせれば、この世界を守ることができる。そうできる力がある。


 既成の概念に捕らわれていた暁には、なかなか気づくことができなかった。


 蝦夷の知識を理解するほど、同化ができなかった。


 大丈夫。まだ間に合う。


 異界の世界を再現したザイウェトロスト。


 その同種と同化した暁の力は、それ以上のであってもおかしくはなかった。


 同化には相乗作用があるのだ。


 青い光が世界に満ちる。


 絶命していた者まで甦らせるその光。


 炎は幻であったかのように無散する。


 崩壊した建物もまた、奇跡のように復元していく。

 それを見なくともわかっている暁は、ただ赤龍を見据え、歩を進める。


 しかし、なぜか赤龍の傷までもが治っていく。


 光は、人魔関係なく平等に照らした。


 甦る戦慄。


 赤龍は再び炎を吐くのか。


 ぐにゃり、と赤龍の姿が歪んだ。あたかも波紋を描く水面に映った姿のように。歪み、ねじれ、やがて線となり点となる。その点さえも、やがて消える。


 暁はやはり、生物を殺す事はできなかった。


 だから、外敵を殺すことなく世界を守れる強い力が必要だった。


 その願いに蝦夷が応えた。


 ただ暁が、たったひとつのことを強く願えば、力は呼応してくれたのだ。


 ただ純粋に。一途に。迷いなく。



 あの魔物に、次元を越える力はない。この世界へくることはもうできない……



 するり、と暁の背から羽根が消えた。髪もまたもとにもどる。


 ぼんやりと、眼下の湖を見た。



 ああ……ここがはじまりだったね……アルハザート。



 そんなことを思い、知らず微笑する。


 ザイウェトロストの力は溢れるほど膨大な量だ。しかしそれを支える精神力は、暁に足りなかった。


 アズーアの昏倒より危険な状態に陥る。


 暁は、優しく訪れる闇に身を委ねた。




 湖に落下する少女。



 再生した世界の産声は、死を予感させる水音だった。


「アキラぁ!」


 目覚めた半獣の、叫びが轟く。


 ようやくわかったのに。なにが大切か、なぜ守るのか。


 純粋に、一途に、迷いなく、今ならそれを言えるのに。


 アルハザートは湖へと飛び出す。


 一瞬にして空を駆け、降り立った湖水はいやに冷たかった。


 下半身は馬体のまま、浅瀬を駆けるアルハザートに、青い燐光が湖中より近づいてきた。その光の中

に少女の姿を認め、激しく動揺する。



「……あ……アキラ……?」



 少女は、まるで人形のように、水にたゆたい生気がない。


「アキラ……?」


 ゆっくりと近づいてくる少女に手を伸ばすが、触れるのが恐い。


 抱き締めたかった。触れたかった。


 だが恐い。


 もし、冷たかったら? もし、息をしていなかったら?


 赤みのない青白い頬へ、そろりと指を伸ばす。



「!」



 死。


 冷たい頬。血の気のない色。上下しない胸。動かない身体。


 この世界全ての命と引き替えに、彼女の魂は消えてしまった。


「いやだ!」


 認めない!! そんなものは認めない!


 アルハザートの全身に、狂わんばかりの怒気が溢れた。


「いらない! アキラと引き替えになど、なにも欲しくない!」


 たとえそれが世界でも。

 すがりつくようにして冷たい少女を抱き締めた。

 

ひとり、残されるのが恐かった。どんな方法でもいいから、彼女を取り戻したかった。


「……そうだ……アキラ。俺は全てを破壊する」


 腕に力を込め、全身から漂う怒気を殺気へと変貌させる。


 アキラのいない世界など……存在させはしない!


「……殺す」


 これまでにないほどの強い一念であった。

 みしり、と脊髄が音をたてる。脊髄に限らず上半身の骨格が軋み出した。


 アルハザートの姿は、瞬く間にアクアへと変貌を遂げた。


 殺戮という強い想いによって、完全なる同化を果たしたのだ。


 すべてを殺し尽くため、今まさに飛び立たんとした時だった。


 ……しばし待たれよ。


「」


 突然脳裏に浮かんだ言葉に、アルハザートは驚き辺りを見回す。


 湖岸に横たわる少女を守るかのように、身を低くした。


 安心せよ。お前はアキラの家族となる者。アキラに家を与えたい私が、お前からアキラを奪う事などしない。だが……


 ゆるりと少女が身を起こした。


「アキラ……」


 抱き締めようと同化を解いたアルハザートは、だが腕を伸ばすのをためらう。


 見上げる瞳が金色だった。


「お前、蝦夷だなっ」


「しばし待たれよ」


 暁の中にいる者が、暁の口を使い、言葉を紡いだ。


「必ず戻る。私の家族となる者よ」


 暁の身体が湖面に浮いた。そしてその足下に光の輪が現れる。


「まて! アキラ」


 光の輪が、目を灼くほどに強い光を放った。


 伸ばした掌より光が通り抜けていく。


 



 まっていて……アルハザート。

 

 私は必ず帰るから。

 

 蒼い鳥に導かれ、必ずあなたへ帰るから。 


 家はきっとそこにあるもの……

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ