使者1
あの時確かに、俺はすべてわかっていた。
なぜ俺は世界を守るのか。
…けれど今、狂った『門』を前にしても、俺はなぜここにいるのかわからない。
あの確信は幻だったのか。
去った子供と共に、消えてしまった。
あいつが…アキラがいたからこそ俺は世界を……
ゴゴ…
ああ…、また、魔物がやってくる。
身体が重い。…両手両足に重りでもつけられたみたいだ。
視界もぼやけている。よく見えない…なにか…老人が喋っている。
「巫女じゃ。美しいであろう? 偉大なるザイウェトロストと同化できる乙女ぞ」
眼下に人影が二人。片方は暁を攫ったじじいだ。もう片方は…?
『…スーク神官、確かに美しい女性だ。だが私はザイウェトロストに鑑定をしていただきにきたのですが』
感情を押し殺した冷めた声。
アズーアさんだ!
「ふん。せっかちな若造め。まあいいついてきなされ」
先に行くじじいに気づかれぬよう、アズーアは暁を見上げた。そしてきびすを返しじじいスーク神官の後についていった。
アズーアさんがいるってことは、ここはナイアーラトテップなんだろうか。でも、なんだか雰囲気が違う。
ここはどこなんだろう…。神官ってことは神殿とかいうところだろうか。
身体は重かったが、思考は明快だ。
自分がどうやら座っているらしいということに気づいた。高い場所に座っているのだ。
視界は不明瞭なままなのでよくはわからないが、なにやらガラスのようなものに四方を囲まれている。
しかしなんだってこんなに身体がだるいんだ? 一服盛られたんだろうか。
なんとか動こうとするが、指先がかすかに動くだけだ。
ちくしょー、あのじじい…ひとを見せ物かなんかだと勘違いしてるんじゃないのかっ
ふつふつと沸き立つ苛立ちを抱えながら辺りを見回す。首もよく動かない。
蝦夷はどこにいるんだろう…酷い事はされていないだろうか。
向かいの壁全体に絵が描かれている。青い鳥が中央で羽根をひろげていた。それを見上げる数人のひとがいる。
もっといろいろ描かれているようだったがよく見えない。
不意に、なにか振動を感じた。
「?」
だが一瞬で消えてしまう。気のせいだろうか。眩暈だったのかもしれない。
視界の隅をなにかが横切った。
「!」
黒いモノ。まっすぐに暁のいる方へ向かってくる。
それは高い台に座る暁に接触すると、そのまま留まる。影だ。
そういえばあのじじいが影を借りるとか言ってたっけ。なんに使ってたんだろう? 気持ち悪いなぁ…。
アズーアはスーク神官に連れられ、神殿の奥に連れていかれた。
奥の大きな扉の向こうに広がるのは、一面の岩山。遥か遠くに結界が見える。気温が少しばかり低めだ。
スーク神官は小さく震えると、さらに奥を示した。
「たいてい結界の端あたりにおられる。普通ならついていかねばならぬが、お主ならいいわい。寒いんで神殿に戻る。ま、無理だとは思うが幸運にも同化に成功したら酒でもだすぞい。おっと…精神体なら飲めぬか」
下だらない厭味を言う。
ほっほっほ、と笑い戻っていく。
『あんなじじいにはなりたくありませんね』
吐き捨てるように言うと、一瞬にして結界の端へ飛んだ。
青い鳥が二匹いた。片方は尾が長く、もう片方は尾が短い。尾の長い方が蝦夷だ。
蝦夷はぐったりとしてザイウェトロストのそばで身体をまるめている。
『なんてことを…同化している魔物とひとを長時間離せば、両者とも身体を壊してしまうのに…』
スーク神官がそれを知らぬはずもない。故意にやったのだろう。
意を決し、尾の短い青い鳥霊鳥ザイウェトロストを見る。
『我が名はアズーア=ベリス=イリオン=ヴーア。鑑定を願う!』
アズーアの横に音もなく焼き菓子が現れる それはザイウェトロストの前にそっと落ちた。
ザイウェトロストの反応はない。
『……………』
安易過ぎただろうか…。
次には果実が置かれ、さらに料理が現れる。
くるるる…、とザイウェトロストが小さく鳴いた。それに応えるように蝦夷が鳴く。
じ、とアズーアが見つめる中、ザイウェトロストはエサをついばみ始めた。
まさか…誰も霊鳥ザイウェトロストが人間のように食事をするとは思いませんよね…。
他の魔物も調べてみればわかるが、人間のように頻繁にではないにしろ草や水を口にすることはできる。
さすがに解剖をしたことはないので消化器系については謎だが、魔物の中にも動物に似た生態を持つものもいるのだろう。
無論ルルイエには岩しかないので、食べ物はない。そのため魔物どうしで食い合うこともあるが、特に食事をしなくては生きられないという訳でもない。
だが味覚はあるらしい。
ザイウェトロストは物凄い早さですべてたいらげるとアズーアを見上げた。
『あの…私は鑑定を受けにきたのですが』
ザイウェトロストは見つめる。
『………………。』
諦めてまた焼き菓子を出した。
焼き菓子をついばむザイウェトロストを見下ろしため息をついた。
早くアキラさんを助けなくてはならないのに…
不意に陽が差した。柔らかな光。
だがルルイエの空は常に暗雲に覆われているのが常だ。薄暗い荒野、それがルルイエ。 いぶかしげに辺りを見回す前に、それはアズーアの視界に入ってきた。
金色の鹿のようなもの。羽根もないのに空を駆けてくる。たてがみが優雅になびいていた。頭には二本の角がある。
その神々しい姿に、アズーアは絶句する。
こんな魔物…みたことがない…。
同化する魔物はたいていナイアーラトテップでも見た事がなかったが、どこか特長の似た魔物はいるのが普通だ。今現れた魔物と共通するものを持つのは四つ足でたてがみがあるアクアだけだ。
共通点が少な過ぎる。
それはアズーアから少し離れて宙に佇む。
ザイウェトロストが顔を上げアズーアを見た。
ああ、そうだ。ここで名前を付けるんでした。
鑑定の際の規定を思い出す。
『………ヘリオドール』
その言葉に応えるかのように、ヘリオドールはアズーアに近づき、触れた。
初の男性獣魔法使いの誕生だった。
いささか姑息な手を使ったようだが。
『ありがとう、ザイウェトロスト。エゾは連れていきますよ』
空になった食器をナイアーラトテップの厨房に移動させ、代わりに焼き菓子をだした。 アズーアはきびすを返し、神殿に向かった。
ナイアーラトテップに戻る前に、アキラさんを助けなくては…。
アズーアは空中を移動していたので、地面が微かに振動したことに、気づかなかった。
王城アザトース城の奥、神殿への入口があった。
一応王城の敷地内ではあったが、王城の背後は岩山だ。その岩山を削り長く続く階段がある。その頂上に神殿があるのだ。
入口の扉の前に立つ人影が四つ。牢番の知らせを受け駆けつけたアルセイードを始めとする若き長官達だ。
「なんで私まで…。リヴァイアとヨグだけでいいでしょう? ミワーキラ殿には、帰ってきてから聞くことは聞きますよ」
「さきからぶつぶつとうるさいな。シェアリングはあの方の安否を一刻も早く知りたくはないのか」
ヨグはシェアリングもまたミワーキラの信者だと勘違いしている。
シェアリングはわざとらしくため息をついてみせたが、ヨグは気づかない。
「スークのじいさんも隅におけないなぁ。ああいう娘が趣味だったのか」
豪快に笑いながら神殿の扉を開くアルセイード。長官達もそれに続く。
彼らの行く手を阻むかのように人影が現れた。
空間を移動してきたスーク神官だ。
神殿の周囲にはスーク神官が張る結界がある。ザイウェトロストを守る為のものだ。それに触れたら、スーク神官は肌に触れられたように敏感に侵入者を察知する。
「こ・これはアルセイード王。突然どうなさったのです?」
「いやなに。ただの散歩よ。久々に壁絵が見たくなったまで」
立ちふさがるスーク神官を避け、奥へと歩を進める。
「ですが…ただいまアズーア殿が鑑定を受けておられる最中でして…その…」
スーク神官は食い下がりアルセイードの前に立ちはだかる。
「おや。鑑定中は神官殿も同行するのではなかったか?」
シェアリングの鋭い一言にスーク神官は大慌てでせき込む。
「体調を崩しておりまして…。もう歳ですかの」
「ふむ。では我らに構わず休むとよい。勝手に見物しておる」
血色のいい老人に遠回しな言葉でひっこめと言い捨てアルセイードはさらに進む。
「そんな訳には…」
「なぜそのように止めるのですか? なにかやましいことがあるのではないかと我々が誤解してしまいますよ」
やましいことがあるのを知っておきながらそう言い、スーク神官を追いつめるリヴァイア。
「い・いや、わたしは…」
「まさか。神官殿にかぎってそのようなことあるはずがなかろう?」
ヨグはその刃物にも似た視線でスーク神官を見た。
かしゃーん!
壁絵のある奥の部屋で何かが壊れる音がした。
アズーアが暁を囲むクリスタルの壁を破壊したのだ。
スーク神官は顔色を変えその場から消える。




