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「くっ」


 忌々しげに獣兵を睨み、風を納める。


「さ・さあ、そいつを連れて行け」


 シュブの迫力にたじろきつつも偉そうに命令する。

 獣兵は頷き暁の腕をひねり上げ連れて行く。


「なぜこのようなことを!彼女が危険だなどと、なぜ思うのです!?」


「そう危険。危険なのだよぉ、そんなモノが王城のものになると」


「!」


 ハスター城主の言葉で、シュブは気づいた。


 この中年どもは王城の力が強まるのを恐れているのだ。


 天を操る王。それが宮廷が世界の中枢たる権力の背景。

 そこへ、同化によってザイウェトロスト以上の力を発揮する可能性のある者が抱え込まれると、王城は各城に対して有無を言わせぬ『強制力』を行使できる。


 王城がそんなことをするかどうかはともかく、その可能性があるだけでも彼らには不満なのだろう。


「我らも非情というわけではなぁい。そんな奇麗な娘を殺したりはせん」


 にやり、とクトゥルー城主は笑う。

 あわよくば自分のものにしようとしているのだ。


「なんて…」


 あまりに汚れた心根にシュブは言葉を失う。


「ここにいらっしゃったか、シュブ=二グラス殿」


 涼しげな声がかけられた。


『!』


 そこにいた誰もが驚く。


「シェアリング=リカード長官!」


 喜びと期待の混じったシュブの声に、シェアリングは柳眉をひそめる。


「なんですか?」


「ミワアキラが、この方達の手の者によって連れ去られたのですっ」


 指をさされた二人の中年は、居直るかのように嫌な笑みを浮かべる。


「我らは王の身を案じたまで」


「ただ地下牢に放り込んだだけで、殺したり連れ帰ったわけではありませぬ」


 やれやれ、血の気の多い女だ。とわざとらしいため息をつく。


「ほう…。まあ、ミワーキラ殿の処遇は未だ決まっておりません。会議で決まるまでは、閉じ込めておいたほうがよいのではありませんか? どのような力を使うか、わかりませんし」


「か・彼女は普通の少女ですっ!」


 なんてこと! こんなに長官達は物分かりが悪いだなんて…


 あらためて、魔物と同化する者に対する偏見を知った。


「シェアリング殿の言う通りだ。未だ会議で決着はついておらぬ」


「お前が口出しすることではないのだ」


 城主二人はシェアリングの尻馬に乗る。


「あの子に蔑むべきところなどありません!無論崇拝すべきところもありません! 普通の少女なのですっ」


 訓練を受けていない者が、そうそう同化した魔物の力を引き出せるはずがないことは、獣魔法使いであるシュブはよく知っている。


「…それは会議で決めることだ」


 なにをそんなに感情的になっているのだ、とシェアリングはいぶかしげにシュブを見つつ言う。彼にはシュブの言う事が理解できないのだ。育った環境の違いだ。


「そういうことだっ」


 クトゥルー城主はそう言い放つと、ハスター城主と共にそそくさと去って行った。


「そんなことよりシュブ殿…」


 シェアリングは辺りを見回す。


 そ・そんなこと!?


 余りの怒りに拳を振るわせる。


「アキラはどこにいるのだ?」


 なにを言っているの…?


 問いの意味がわからない。


 たった今牢屋に放り込まれたと言われ、それをさもどうでもいいことのように言っておきながら、その暁がどこにいるか、など…


「…どういう意味か、わかりかねますが」


「? いや、だから…貴公の知り合いの坊主だ。アキラという薄汚れた、気のいい坊主のことだ。一緒ではないのか」


 坊主?


 暁と初めて会った時、男の子だと勘違いしたことを思い出した。


「なるほど…」


 どうやらシェアリング殿は、正装していない暁を探しているらしい。いつ出合ったのかはわからないが、知り合いになったのか。


 だが暁は会堂でシェアリングに会っているシェアリングがどんな身分の者か知っていたはずだ。しかし暁はなにも打ち明けていないらしい。


 この男を利用しよう、とは…思わないわね…あの子は。


「シュブ殿?」


「ええ…知っております。純粋で…優しい子のことですわね?」


 怒りが渦巻き身体の奥で暴れている。


「地下牢へお行きになればわかりますわ」


 憎しみがあふれた目でシェアリングを見上げる。

 自分が残酷なことをしようとしているのがわかった。気づいていながらやめようとは思わない。

 思い知るがいい。どうでもいいと牢屋に入れた少女と、探す少年が同一人物だと知り苦しむといいんだわ。


「…別にミワーキラ殿を探しているわけではないのだが」


 シェアリングの言葉にシュブは声をたてて嘲笑する。


「そのミワーキラが知っております。…アキラも…いい友人を持ってしまいましたこと」


 言い捨て、シュブは礼もせずに消えた。

 魔法によってすぐ消えてしまうほど、一刻も早くこの場を去りたかったのだとシェアリングに教えるためだ。


「なんなんでしょうか…」


 首をひねりシュブの消えた宙を見る。


「変だな…。シュブ=二グラスは気のつく優秀な団長なんだがな。シェード、お前よほど失礼なことを言ったんじゃないか?」


 物陰から出てくるアルセイード。


「ただアキラのことを聞いただけですよ? まったく…これだから女は」


「さて、地下に行くか」

 




 薄暗い地下。

 岩をくりぬいて作られたらしく、階段の壁は武骨な肌をしていた。

 湿気が多く、かび臭い。服がしっとりと重くなった。

 獣兵の男は牢番に暁を引き渡すと、さっさと消えてしまった。

 牢番もまた事務的に暁を牢に入れると去っていく。


 酷く寒かった。


 牢の中を見渡すと隅に布が一枚置いてあった。毛布の代わりらしい。

 だがよく見ると小さな茸がはえている。とても身にまとう勇気はなかった。


 このまま…一生ここに閉じ込めておくつもりなんだろうか。


「どうしよう…」


 逃げようか。でも今ここから逃げても、追われることになる。ナイアーラトテップに逃げ込む訳にもいかない。あちらの世界に帰る方法もわからない。


 重くため息をつき、肩に蝦夷えぞを出した。

 嬉しそうに擦り寄る蝦夷。


「これからどうなるんだろうね…」


「ああ! なんということでしょう…お可哀想に。今助け出して差し上げますぞ」


 突然声が降ってきた。どこかで聞いたことのある老人の声。


 蝦夷は暁と同化しようとした。が、一瞬早く宙に現れた老人が暁の肩から奪う。


「貴方は!? 蝦夷を返してっ」


 蝦夷は老人の手の中から消える。


「心配はいりませぬ。一足先に安全な場所へお送りしたのですよ。影をお借りいたしますぞ」


 暁の足下にあった影が消える。代わりに牢の中央に佇む少女が現れた。暁と瓜二つのその少女は虚ろなまなざしで宙を見つめている。

 枯れ木のような手が伸ばされた。


「さあ、参りましょうぞ」


 なぜか、咄嗟に嫌悪を感じた。





 

 うっとうしい湿気の中を、たいまつを掲げたシェアリングは歩いていた。後ろにはアルセイードが並ぶ。


「地下牢か…。こんなところにあの娘は放り込まれたのか」


「おや、セイ。貴方もヨグ=ソトースやリヴァイア=サンのようにあの娘の外見に惑わされたんですか?」


 振り向かずにシェアリングは背後の主人に言う。


「そういう訳ではないさ。だが奇麗な娘だった。さぞ嘆いているだろうと思ったんだ。あわよくば、玉の輿にでも乗るつもりだったんだろうがな」


 シェアリングが押えた笑いをこぼした。


「ヨグ=ソトースなら喜んで娶りそうだ」


「随分とご執心のようだからな」


 二人して笑っていると、背後から足音が追ってきた。


「ミワーキラ殿」


 現れたのは噂のヨグ=ソトースとリヴァイア=サンだった。

 更にアルセイードとシェアリングが笑うと怒りを込めて睨まれた。


「何を笑っておられる!?ミワーキラ殿は?ハスターのおやじが、自慢げに吹聴していたぞ」


「さて。牢の中ですすり泣いてるんじゃないのか?」


 アルハザートが言ってやるとヨグ=ソトースとリヴァイア=サンは顔色を変え階段を駆け降りていった。


「…本気なんでしょうかね」


 去る二人を気味悪く思い、柳眉をひそめつつ見るシェアリング。


「あれは美しいからな。あいつらが狂うのもわかる」


「所詮は皮一枚の問題でしょうに…」


「美女を皮一枚で結論づけるお前って…本当に男か?」


「女性は中身ですよ」


「よく言う…」


 前方からヨグとリヴァイアの声が聞こえてきた。


「ああああミワーキラ殿、なんとおいたわしい…」


 アルセイードとシェアリングは顔を見合わせ肩をすくめた。


「ヨグ、ちょっとどいてくれるか。私の用が済んでから愛の告白なりなんなりしてくれ」


「ま・まさか殿下も…」


 アルセイードはわざとらしくため息をついてみせる。


「安心しろ。私はお前ほどーーー」


「なんです、これは!」


 牢を覗き込んだシェアリングの声がアルセイードの言葉を遮った。


「これはひとではない! 牢番!鍵をあけろ」


 呆然とするヨグとリヴァイアの間をすりぬけ、あたふたと牢番が鍵を開けた。


「わ・私はしっかり入口で見張っておりました…本当です」


 牢番の言い訳もろくに聞かず、シェアリングは鞘から剣を抜いた。


「何をする!」


「お逃げ下さい、ミワーキラ殿」


 ヨグとリヴァイアの声も空しく、シェアリングの剣が一閃した。


 音もなく暁の姿がはじける。


 床を滑っていく影。その行き先に影の持ち主はいる。


「牢番、追え! 見失ったらお前の首はないと思え!」


「はっ」


 決死の覚悟で、牢番は駆け出した。

 

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