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 夢の中で、卵のことを思い出した。


 痛みで気が狂いそうだったあの時、色を変えた卵のドーム。


 それは世界だったのだと気づいた。夜がきたのだと気づいた。


 私はこんなに痛くて苦しいのに、そんなことはなんでもないんだ、とでもいうようにあっさりといつもの夜を迎えた世界。


 たった独りなんだ、と孤独ぶっていたのをせせら笑うように、それでも堂々と世界はすぐそばにいてくれた。


 それに気づいた瞬間、世界が愛おしいと感じた。


 だから卵の殻やナイアーラトテップは、世界を守っているんだと、頭だけじゃなく身体中で理解した。


 私を守らなくていいんだよ、アルハザート。貴方は世界を守るんだ。それはゆくゆくは私を守ることにつながるんじゃないか。貴方はそう言っていただろう?


 だから自分を責めないで。ナイアーラトテップを選らんで、いいんだよ……。


 アルハザートの背が見えた。これ以上ないというほど苦しんでいるのがわかった。声は届いていないのだろうか。背が遠ざかる。


 もっと、伝えたいことがあるのに…。




 

「…夢…?」


 ぽっかり、と目が覚めた。妙にすっきりしている。熟睡したらしい。それにしては夢を見た気がするのだが。

 室内は薄暗い。まだ夜は明けていないらしい。

 窓を見ようと視線を移動させ気づいた。

 長椅子に座る二人。それぞれ手掛けの部分にもたれかかる、という不自然な格好で眠っている。

 暁は毛布をかきよせると、二人の眠る長椅子に近づいた。

 毛布をかける寸前に、シェアリングが目を覚ました。


…本当に勘がいい…。


 シェアリングはセイを指し、そちらにかけろと示した。

 セイに毛布をかけるとシェアリングは立ち上がり、勝手に水差しから水をくみ飲んでいる。完全にこの部屋の物は私物化されていた。

 二人のそんな行動にはもう慣れていたので暁は別段気にせず、窓際の椅子に座り夜明け前の庭を眺めた。


「……どこに帰りたいんだ?」


 突然背後から声をかけられ、暁は驚いて振り向いた。シェアリングが立っている。

 気配を感じられなかった。感覚が鈍っている。そういえばなにやら頭がぼぅ、としていた。昨夜の酒のせいか。


「昨日……、お前は帰りたいと言っていた」


 暁を見下ろすシェアリングの目は、ミワーキラを見る目と違った。


 ミワーキラは私なのだと言ったら、あの目でミワーキラを見ないでくれるだろうか。


 けれどそれは卑怯な手段だ。シェアリングの暁に対する思いを利用することになるのだ。

 暁にはできない。


「帰りたい……ところは、二つあります」


 ひとつはあちらの世界の温かな家。


 けれどそれはもうない。それにきちんと決着をつけてからでないと帰れない。


 もうひとつはナイアーラトテップ。


 けれどそれも、混乱を招きナイアーラトテップに迷惑をかけてしまう。


「でも……そのどちらにも、今は帰れません」


 シェアリングは困惑を露にする。

 暁は監禁されているわけでもない。この世界は三日もあれば歩きでも一周できるほどの大きさなのだ。いかに遠くともその気になれば帰る事はできる。


「なにか、事情があるのか…?」


 シェアリングを見上げつつ暁は笑った。


 優しいひとだ…。


 脳裏に過ぎる、あの冷たい目。

 笑いながら、泣きそうになってしまった。


「聞いてどうします?」


 私がミワーキラだと知れば、私をあの目で見るかもしれない。


 それが恐かった。


「…」


 シェアリングは言葉を返せない。


 拒絶されたと感じた。


 差し出した手を振り払われた…そんな時、気を悪くしないと言えば嘘になる。


「…よけいなお世話…でしたか」


「そうじゃありません。…お心遣いはとても嬉しいです。ただ」


「俺達は別に迷惑じゃないぞ」


 むっくり、と起き上がりセイが言った。

 そんなことを気にしていたのか、とシェアリングは暁を見る。

 暁は俯く。話す事はできない。


…けれどどうしていいのかわからなかった。


「お前の帰りたいところってのは…アルとかいう奴がいるところか?」


 暁は顔をあげセイを見る。


「なぜ彼の名を…」


「昨夜酔った勢いで呟いてました」


 言いつつ、シェアリングは椅子の背に手を置いた。慰めるかのような仕草だったが、逃がさないとしているようにも感じた。


 セイとシェアリングの顔を見比べる。


 まさか、このことを聞き出す為にーーー

 




        ココン。

 

 ノック音が部屋を凍りつかせた。


「暁? まだ寝ていますか? 暁、起きて下さい。急いで支度しないと、王からの呼び出しです」


 セイとシェアリングは慌てふためきながら庭に出て行った。


「? はい…起きてるけど…」


 首をかしげ庭を見る。

 二人は夜の明けた緑の茂る庭を駆けて行く。


「開けて下さい。正装しなくては…」


「あ、はい」


 あの二人…シュブが苦手なんだろうか。

 変なの。



 

「あの声は、シュブ=二グラス殿ですね」


「ああ。王がなんとかって言ってたな…妙だな…」


 生け垣の影に座り込む。


「昨日は遊んでましたから…シュブ殿にお命じになる暇はないはずですよね」


 セイのかたわらに立ち腕を組むシェアリング。


「着替えてシュブ=二グラスんとこ行くか」


「え? そばにはアキラがいるかもしれませんよ?」


「俺は近くで隠れてる。お前が行け」


「え…、私が長官だなんて知ったら益々口が堅くなりそうですけど…」


「俺が王だとバレるよりましだろうが」


 シェアリングはむぅ、と口を閉ざす。


 にやり、とセイアルセイードは笑う。

 不意に強い風が吹いた。いつの間にか空は暗い雲に閉ざされている。


 嵐の予感。


「…芸が増えましたね…。寝ながら行動したり、笑顔で嵐を起こすなんて…」


「行くだろ?」


「御意」



 

「もっといろいろ付けたかったのだけど…化粧も地味過ぎるような…」


「急いでるんでしょう? これで十分です」


 惜しむシュブに暁は言って聞かす。これでも早く顔を洗いたいくらいなのだ。

 会堂の扉が見えた。


 また…あの目で見られるんだろうか…。


「こんな朝早くから長官達が集まったのでしょうか。皆さん朝は遅いはずですけど」


 シュブの言う通り、早朝から訓練を行う騎士などとは違いお偉方は昼近くまで寝ているのが普通だ。

 たまには例外もいるが。


「ご苦労だったな、シュブ=二グラス」


 会堂の扉の両端に置かれている彫刻の影から、現れる者達がいた。


「…? ハスター城主にクトゥルー城主、一体… 何を!」


 シュブが前方に立つ中年男達に気を取られた隙に、背後から現れた男が暁を羽交い絞めにした。


 男の爪は鋭利で異様に長い。獣兵だ。


「危険であろう? そんなモノが宮廷をうろつくなど…」


 ハスター城主は侮蔑に満ちた視線を暁に向ける。


「王命を騙ったのですね」


 シュブの叫びにクトゥルー城主が笑い声で応えた。


「知らぬなぁ。わしらは知らぬぞぉ。伝言を伝えた者が言い間違ったのだろうよ」


 騙されたシュブをあざ笑いつつ言う。


「獣魔法使いの分際で我らを敵に回すか?」


 ハスター城主もまた、嫌な笑いを浮かべている。


「貴公らは…私がなぜ獣魔法使いと呼ばれているかおわかりになられていない」


 シュブの背でひとつに束ねられた髪が、ふわりと浮く。マントもまた。風もないのにそよいでいる。

 シュブを中心にして、風が起こっていた。


「う・動くな!」


 暁を抱えた獣兵が叫んだ。

 獣魔法使いの強さは、城主達よりも彼の方が詳しい。


「手元が狂うぞ」


 暁の首筋に当てられた爪。


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