事件1
シェアリングの放つ雰囲気に呑まれてしまったのか、会堂内は静まり返っている。
暁を人間だと思い始めていた者達はシェアリングの言葉に動揺する。
やはり魔物なのか
雰囲気でそれを感じ取った暁は、身体をこわ張らせた。
シュブは危険を察知する。
真実を知らぬ長官達の中で、暁が魔物に仕立て上げられるのを感じた。
「彼女はか弱き女性です。そのか弱き女性がなぜ異界を渡ることができたのか、そしてなぜザイウェトロストの結界内へ『門』を通ることなく入れたのか。それを疑問に思うのは当然のことと存じます」
暁を着飾った目的は、長官達が先入観で想像した『恐ろしく強い魔物』が、実は『か弱く美しき女性』だった、と想像と現実の間にある差によって真実味を出そうとしたのだ。
着飾る前のままだと、実は『薄汚い少年』だった、になってしまう。どちらかというと騎士道精神を持つ長官達には、『か弱く美しい女性』の方がいいだろうと考えたのだ。
シュブの読みは当たっていたし、うまくいっていた。だがシェアリングの言葉で皆動揺してしまっている。
やはり未知の魔物であったか……、と。
「獣魔団長殿はその理由を知っている、という口調だな」
布の向こうにいる男アルセイード王は静かに言った。
シェアリングと同じく彼もまた、『か弱く美しき女性』には心を動かされなかったようだ。それともシェアリングと王は目先の華にはごまかされなかったということか。
「はい」
シュブの低い応えに、暁は知った。
私とザイウェトロストが同化していることを言うつもりか。
怒りは沸かなかった。暁がシュブに打ち明けた時に葛藤した。それと同じ思いを、シュブもまた感じ、暁と同じ結論に達したのだろう。隠し事や嘘は、後に遺恨を残す原因になりかねない。
「ルルイエには、この世界を守るザイウェトロスト以外にもザイウェトロストがいらっしゃることを、御存じですね?」
長官達が重々しく頷いた。クトゥルーとハスター城主は皆につられた感じで、いささか遅れがちに頷いた。
「移動用に使うコボという魔獣がいい例ですね。コボは一匹だけではなく、人間のように同じ種と生殖を行い増えます。ザイウェトロストもまた他に同じ種がいてもおかしくありません」
イリオン城主が朗々と説明した。
調教され、世界の生態にとりこまれた魔物は魔獣と呼ばれる。獣騎士と同化している魔物もそう呼ばれるべきなのだが、一般には魔物と呼ばれてしまっている。一部の者は魔獣と呼んだり、魔物の種族名を呼んだりしている。
アルハザートがアクア、と呼んでいるのは種族名だ。
「つまり、彼女は」
『その先は、私が説明いたしましょう……』
暁の目の前に、黒いローブ姿の男の背が現れた。
咄嗟に手を伸ばし、抱きつこうとして動きを止める。触れているはずの手にはなんの感触もない。昔、科学館で見た立体映像のようだ。
(影を飛ばしているんです。実体はナイアーラトテップに置いてきました)
頭の中に、背を向ける男アズーアの声が聞こえた。
「……あ」
怪我はないのか、と言いかける。
(怪我はありません。ただ魔法を使う時に必要な、精神力のようなものを使い過ぎて倒れただけです。……声を出さずに頭に思い浮かべるだけでいいのですよ)
『彼女は普通のか弱い女性です。それはナイアーラトテップの名にかけて……』
アズーアが影、と呼んだものは順序よく暁のことを説明していく。
暁はいろいろ聞きたいことを思い浮かべながらも驚く。
(……貴女が女性であることは最初から知ってましたよ)
ただ顔の美醜は確認していなかった。だからエリュオナが確認した時驚いたのだ。
(アルハザートのことは……彼自身が解決することです)
暁が思い浮かべたものを読み取り、アズーアは応えた。気に病むな、と言っていた。
(今のナイアーラトテップは危険です。ですから貴女がそこにいてくださり、私やエリュオナも安心しているのですよ。ただ……、アルハザートが心配するように、宮廷にはいろいろな者がいます。それで貴女が傷つくのではないか、と危惧しているのです)
やはりアルハザートに心配をかけてしまっているのか。
それをアズーアは読み取ったはずだが、なにも応えなかった。
実はさきほどのシェアリングの態度で、自分が異端視される存在であることを思い知ったのを思い出しかけたが、押えた。アズーアに心配をかけてしまう。
会堂内がざわめく。一斉に暁へ視線が集中した。アズーアとの声のない会話で聞いていなかった暁は、何ごとか、と驚く。
見せ物にするつもりか。
アルハザートの言葉が、不意に浮かんだ。
(……。蝦夷を出してくれませんか)
アルハザートの言葉は危惧は正しい。 美しく着飾られた暁に、誰もが興味を持ってしまっただろう。
アズーアの影はアズーアの想いを映し、暁を振り向く。
暁は俯きながら手の甲を目の高さまで持っていく。丁度手首の辺りに、尾の長い青い鳥が現れた。
どよめきが会堂を振るわせた。
蝦夷は嫌がるように手首から肩に飛び移る。そして暁の頬に頭を寄せる。
『衆目が嫌なようですね…』
(戻して結構ですよ。貴女も辛そうだ)
暁は頷き、蝦夷と同化する。
長官達の視線が痛かったが、堪えた。
見せ物になるのは、私だけでいい。
そう思い、ふと、なにかを思い出しかけた。
「た・確かに、ザイウェトロストですな」
興奮した口調でスーク神官が言った。
「彼女の対応はどうするのです? 治安学校に入れるというのはどうでしょう」
ヨグ=ソトースがにっこり、と笑いながら長官達を見る。
「いやいや、神殿の巫女にするというのはどうか? おそらくその者はザイウェトロストの使わした……」
「王城で保護するという形で迎えては? ザイウェトロストと同化しているのならば、この世界を愛していただくことから始めなくては」
スーク神官の言葉を遮り、リヴァイア=サンがもっともなことを言う。
(貴女にお聞きしたいことが……)
ゆらり、とアズーアの影の輪郭がぼやけた。ああでもないこうでもない、と議論しあう会堂を無視している。時間がないのかもしれなかった。
「あ……」
いなくなってしまう予感に暁は心細さを感じてしまう。
(……なぜ、貴女はザイウェトロストと同化することが……できたのです?)
蝦夷と同化した、理由?
そんなものあるのだろうか。
蝦夷との出会いを思い出す。
暁の朝食を平らげた蝦夷はとてもご機嫌だった。
エサをあげたから、かな…。いや、それはなついた理由か。
(いいえ、それで結構…です…。必ず…貴女を……)
それきり、声のない会話は途切れてしまった。アズーアの影も、消えてしまう。
空を掻いた手を見つめる。
ひどく、心が重かった。
眠り続けて一日半。
未だ目覚めぬご主人様を見下ろし、優秀な秘書はため息をついた。瓦礫と化した中央城が、見たくなくとも窓から見えてしまう。
守り続けて一日半の獣騎士隊長が、思いつめた殺気を放ちながら『門』の前に佇んでいるんだろうと思うと、よけい気が重くなった。
「あのひとをどうにかしてくださいよ。私では手に負えません。あんな顔していたら責めたくても責めれませんし……」
妄信的暁派のエリュオナも、なにも言えないらしかった。
「放っておけばそのうち自己完結しますよ」
ゆるり、と身体を起こす青年アズーア。なぜかひどく悔しげな顔をしている。
「あ、起きたんですか。じゃ、私はちょっと王城まで行ってきます。あとはよろしく」
「絶対駄目です。行かせません」
今気づいたばかりなのに、いつもに増して鋭い声を放つ。
「なぜですか。誰も、私がアキラ様のもとに行くのを止めことはできないのです」
「駄目。絶対なにがなんでも、行かせる事はできません」
ぎり、とエリュオナを睨みあげる。そして悔しげに拳を壁に打ちつけた。
エリュオナは驚く。それほどの理由があるのか。
「あの時……実体だったなら」
「一体、何が?」
なにかあったのだろうか、とエリュオナは危惧しつつ尋ねる。
「実体だったなら、アキラさんは抱き……」
言葉を切る。
「実体だったなら? ではアズーアは精神体で、ふらふらアキラ様のところまで行ってたんですか」
「う……眩暈が」
アズーアはベットに沈む。
「抜け駆けだっ 私はアキラ様のもとへ行ってきます。そして感動のあまり抱き合ってきますっ」
「……至急神殿に申し込みをしてください。ザイウェトロストの鑑定を受けたいと」
鑑定、とは魔物と同化するために訪れた者に見合う魔物を、ザイウェトロストがルルイエから呼び寄せ同化させることを言う。
神殿の奥にいるザイウェトロストはそういうこともしている。
アズーアは魔法使いなので、鑑定を受けザイウェトロストが魔物と同化させてくれたとしたら、初の男獣魔法使いということになる。
「……ああ、精神体でも受けるのは可能かどうか、聞いてみてください」
出て行きかけたエリュオナの背に言う。
エリュオナは何も応えず部屋を出て行った。城の出口ではなく、執務室の方向へ向かう足音に、アズーアはほっと胸をなで下ろした。




