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邂逅 1

それぞれの1頁の行数が多いです。そのうち分割します。

 私の住む建物は、ワンルームマンションと言えばなんだか格好いい気がするけれど、実際はただのボロマンションだった。


 なにしろ湿気が凄い。梅雨時期になると、青カビ、黒カビ、白カビ等、下等菌類がてんこもりなのだ。最初の頃は、肺にカビが生えてくるんじゃないかと、本気で思った。


 おふろ場にきのこが群生したことはあったけれど、それでも私はそのマンションから出ていかなかった。破格の安さ、ではあったけれど、それでもここは人が住むような環境じゃなかった。なにが私を引き止めたかというと、ベランダだった。


 こんなボロマンションにはめずらしく、広いベランダがあった。噂では設計ミスということらしいけれど、私には嬉しいミスだった。


 わたしは朝、そこへパン粉をまいておく。

 そうすると、ちょうど朝ごはんの用意をし終えた頃に、ベランダには鳥達がやってくるのだ。


「いただきます」


 小さな仏壇に陰膳を供えてから、テーブルに向かって手を合わせる。

 仏壇には二つの位牌があった。私三輪みわあきらの両親だ。

 暁は孤児だった。両祖父母とも両親が若い頃に亡くなっている。親戚の者も外国にはいるらしいが、そう近い血筋の者ではないそうだ。


 そのため父の古い友人である弁護士が、後見人になっている。

 両親が死んだのは三年前暁が十四才の時だった。まだ中学生だった暁は、義務教育も終えぬうちに彼女を保護する温かな家庭を失った。


 ただ生きていくことに夢中で、気がつけば三年も経っていた。そうすることで、哀しみを忘れようとしていたのかもしれない。


 いまだ哀しみの意味さえ、知らぬ齢であったのに。


 それでもいつのまにか、口数は減っていた。

 ついぼんやりしてしまったと気づき、暁は再び箸を動かした。

 彼女の小さな部屋にテレビはない。高校とバイトを往復するので、テレビを観るひまなどないのだ。もちろん、お金の問題もあるが。


 羽音を聞きつけ、いけない、と思いつつも手を止めてベランダを見てしまう。煤色のくすんだ雀達がいた。排気ガスのせいだろう。 けれどころころとよく太り、愛らしく動き回りながらパン粉をついばんでいる。


 だが不意に、強い風が吹きつけた。パン粉は飛ばされてしまう。

 飛び立つ雀を見送り、自分も食事を終わらせないと、と箸を進める。けれどひとりきりの食事はひどく味気ない。


「……テレビ……買おうかな」


 備えつけの狭い台所から、パン粉を持ち出す。ベランダへのサッシを開きながら、苦笑した。


 三年経っても、ひとりきりの食事は苦手だな……。


 袋の開け口を閉じていた洗濯ばさみを取ろうとした時、やけに大きな羽音が聞こえた。「!」

 見ると、ベランダを囲う手摺の上に、鳥がいた。尾の長い、たとえるなら孔雀ににている鳥だ。だが尾に柄はなく、色も違う。


「青い鳥……」


 それは空のように明るい水色をしていた。長い尾は先へ行くにつれて濃い青から青紫へと色が変わっていく。そしてなによりも目を引きつけるのは、その瞳だ。鮮やかな黄金色の瞳はまっすぐに暁を捕らえる。

 しばらく見つめあったまま動けないでいたが、暁はおもむろにパン粉をばらまいた。

 しかし鳥は動かず、暁もそれきり動けないでいた。

 やがて再び雀が訪れ、パン粉をついばむ。 暁はつい青い鳥から目を離し、雀を見下ろした。慌てて視線を戻すと、そこに青い鳥はいなかった。


「奇麗な鳥だったな……」


 童話に出てくる幸福の青い鳥は、もしかしたらあんなふうなのかもしれない。


 幸せの青い鳥を探して旅に出る話だったよな……。でも結局青い鳥は、自分の家にいるっていう……


 童話を思い出しながら、部屋へ入ろうと振り返った。


「! お前っ」


 朝食のハムエッグが青い鳥のくちばしの奥へと消えたのはその時だった。


「ぅああああっ 私のおかずがぁ!」


 青い鳥は駆け寄る暁を見向きもせずに、テーブルの上に用意されていた食事を食べていく。


「こら」


 慌てて追い払おうとしたが、伸ばされた手はひらりとかわされる。

 朝食をめぐっての乱闘はしばらく続いたが、気がつくとほとんど食い散らかされた後だった。

 青い鳥は暁の手を器用にかいくぐり、見事朝食を奪うことに成功したのだ。ご飯粒をくちばしにつけたまま暁を見る青い鳥は、妙に得意げだ。


「雑食の鳥なんて始めて見たよ」


 笑いが込み上げた。

 のけぞって笑いながら、背後に置かれたクッションの上へ倒れ込む。丁度、ベランダから空が見えた。

 澄んだ青空だ。排気ガスなどものともせずに、その空は清らかだ。


 ふと笑いを消す。


「……どこか遠くへいきたいな……」


 そんな夢見心地な言葉を戒めるように、羽音が部屋を横切った。青い鳥は再びベランダの柵に降り立つ。


 黄金きん色の瞳が暁を見つめていた。


 あきらはひかれるようにして立ち上がる。


 そばに来い、と、呼ばれた気がしたのだ。 ふらりと危うい足取りでベランダへ出るが、青い鳥のそばへ行ったところでなんになる、と思い直す。


 そろそろ、学校へ行かなきゃ。


 学校へ行って、そのままバイトへ行き、帰りに閉店間際の安い食料品を買って、食事をして、寝て、また起きて学校へ行く。


 そんな毎日を、これからもずっと続けていくのだ。


 戻ろう。部屋へ戻ろう。そして毎日を過ごそう。


 孤独な現実へ。所詮青い鳥はもう二度と帰る事のできない家にいるのだ。私には戻れない、過去の家に。


 それ以外のどこにもいないのだ。


 だが俯きがちに戻ろうとした暁を、鋭く見上げる複数の目があった。


 雀達は、一様に暁を見上げている。


 行け、と、言われた。そう感じた。


 押されるように、暁は歩を進めた。後ろへではなく、青い鳥のいる前へ向かって。


 そばへきた暁を見上げる青い鳥は、満足げに見えた。尾が揺らぎ、暁を囲むように円を作る。それほどに長い。


 なにをするつもりなのかと暁が見つめるなかで、青い鳥はただ一声鳴いた。


 途端、青い鳥の身体が光り出す。


 驚いて見下ろすと、尾の作る円の中に、いく筋かの光の線が走った。それは幾何学模様を描いていたように見えた。


 だがもう、光が溢れ、目を射り、意識をいた。だからなにも見えなかった。全ては光に包まれた。


 気にいった。だから連れていく。


 青い鳥の意識が、最後にそう流れてきた。

 

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