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   (別離3)

「貴様! このようなところで何をしている」


 しゃん、と涼やかな音がした。剣を抜く音だと気づく。


 げ、まずい。


「ごめんなさいごめんなさい、うおっ」


 平謝りするうちにバランスを崩してしまった。枝から落ちるが、咄嗟に手が枝をつかんだ。

 目の前には剣の切っ先があった。枝にぶら下がりながら青くなる。


「子供? 坊主、ここで何をしている」


 生真面目そうな男は、剣を鞘に納めつつ尋ねてきた。


「花見てたら変な人が来たんで隠れてたんですっ」


 まったく何度も何度もなんなんだっ


「では坊主はこの辺りに住む者の世話になっている者か」


「そうそう。眠れないから散歩してただけの無害な坊主です」


 どうせ誰も女だってことに気づいてくれないのさ。


 暁はヤケになり自らそんなことを言う。


「怪しげな人影を見なかったか?」


 落ち着きなく首を巡らしながら男は聞いてきた。


「すげー怪しくてすげー偉そうな男なら見ましたけど」


「どこにいらっしゃったっ」


 がし、と暁の肩をつかむ。

 その剣幕に驚きつつも応える。


「『部屋貸せ』と言われたんで……、私の部屋でぐーぐー寝てます」


 そうか、あいつを探しに来たのか。


 やっぱりあいつは偉い人らしいな。


「案内してくれ」


「はい」


 あんな妙なご主人で大変だなあ、と同情してしまう。

 生真面目そうな男は少し離れてついてきた。

 足音がしない。なにか特別な訓練を受けたひとなんだろうか、とアルハザートと比べて考える。

 アルハザートもあのがさつな動きに似合わず、歩く時には音がしなかったと思い出す。


「どうして私があそこに隠れているのがわかったんですか?」


 別に殺気だってた訳じゃないのに。


「気配だ。私はそういう勘が鋭いのだ。騎士にでもなっていたほうが向いていたやもしれん。そこか」


 男は暁の部屋を指す。確かに勘がいい。


「ええ、そうです。……ちょっと待ってくださいね。鍵かけたんで」


 暁は身軽に窓から部屋に入ると、庭に面したガラス張りのドアの鍵を外した。

 静かにドアを開き、男が入ってきた。

 足早にベットに歩み寄ると深く息をついた。安堵しているのだと感じられた。


「すまないが私もここで休ませてもらう」


「はあ。起こすのは忍びないですしね」


 主人に似てでかい態度の奴だ。

 とは思ったもののたいして不快にも思わない。


「ん? ああ……」


 なにやら曖昧に言葉を濁す。理由は別のところにあったらしい。


「よければそこの長椅子使ってください」


 とはいえ別に私の部屋ではないけど。それともこんな立派な部屋に住まわせてもらうんだろうか。


「え? ではお前が困るだろう? セイがベットを占領してしまったようだし」


 言った途端男は、しまった、と顔に出したが薄暗いので暁は気づかなかった。


「構いませんよ。今夜は眠れそうにもありませんしね。その辺の椅子を引き寄せて窓から花を眺めてます」


 その言葉を気を回してのものかと思ったが暁が本当に、備えつけの机から椅子を引き窓辺に置いたのを見て、男は小さく笑った。


「月星花が好きなのか?」


 長椅子に横になりながら聞く。


「へぇ、そういう名前なんだ。ええ、好きですね」


 珍しいし、と言いかけてやめた。もしかすると珍しくないものかもしれない。


「月や星が明るい夜に咲く花だ。そう珍しくはないが、名はあまり知られていないのか」「私は……あまりものを知らないので」


 ぎくりとしながらそう言った。


「……そうか」


 それきり会話は途絶えた。

 背後で寝息が聞こえ始めると、いつしか暁も眠ってしまった。

 だが眠りは浅く、時折目覚め、また浅い眠りに就く、と繰り返した。



 悪夢を見た。



 たった独りで魔物と対峙するアルハザートがいた。その背後では魔法の使い過ぎで失神したアズーアが倒れている。

 アルハザートは魔物を倒していく。何匹も繰り返し、『門』から現れる多くの魔物。

 気づけば彼の背後に横たわるのはアズーアだけではない。多くの騎士や魔法使い、獣騎士が倒れている。それらを背後に抱え、一歩も退くことを許されずにアルハザートは戦い続ける。


 延々と。


 目が覚めた。今見たのは夢だとわかったが現実に近い夢だと知る。


 袖が濡れていた。また泣いていたらしい。

 この苦しみは代償。私が守られることに甘んじていた結果だ。


「……すまんな、起こしたか」


 顔を覆っていた手を離し、背後を振り向くと、肩から布が落ちる。マントだ。

 そういえば誰かをこの部屋に泊まらせたのだった。


「ああ……いえ」


 偉そうな男の方だった。セイ、とかいったか。暗がりでは気づかなかったが、その額には派手な飾りがあった。


 無言でマントを返す。礼を言う余裕がなかった。胸が酷く痛む。締めつけられるようで苦しかった。


 おぼつかない足取りで部屋を横切り、水差しから大きな器に水を入れ顔を洗った。

 中央城は瓦礫となってしまった。『門』が狂ったと誰かが言っていた。

 ナイアーラトテップは、大丈夫だろうか。 私は、ここにきてよかったんだろうか。彼らによけい迷惑をかけてしまうことにならないだろうか。


 ぽん、と頭に手が置かれた。振り仰ぐとセイが立っていた。


「ボーズ、昨夜は眠れないと言っていたな。……何かあったのか?」


 なぜか、セイはアルハザートを連想させた。体格もしぐさも似ても似つかないのに。

 不意に全てを吐露していしまいたくなる。

 だがそんなことは無関係なこのひとにとって、迷惑以外のものになるとは思えない。


 その温かい心遣いだけで十分だった。


 無言で首を振る。


 セイは柳眉をひそめると、きびすを返し庭へと続くドアに向かう。


 気を悪くしてしまったのだろうか。


「世話になった」


 もうひとりの男は、ちらり、と夜の明けた空を見やりつつ言い、セイの後を追って出ていった。

 空は、どんよりと曇っていた。

 






「シュブ=二グラスの連れてきた魔物は見つけられましたか?」


 先を歩く主君に問う。


「あのような子供が思い悩んでいるというのに、私にはなにもできないんだな」


 問いとは違う応えが返ってきたが、詰め襟の男は何も言わず後をついていく。


「……すまん。ただの愚痴だ。忘れろ」


「調べましょうか」


「いや……いい」


 迷いつつも、そう言った。


「私に相談させてみせる」


 決心と同時に雲間から陽の光りが差し込んだ。


「性根の歪んだ者ではなさそうでしたので、あえて反対はいたしませんが……ほどほどになさるように。ひとにはひとつふたつは触れられたくないものがあるものです」


 男の言葉に、セイは神妙に頷いた。

 







 何人かの女性を従え、シュブは嬉々として暁を着飾った。

 化粧や髪をいじられることに慣れていない暁は、不快を通り越してなすがままの人形になる。


「髪に花を挿しましょうか」


「そうね。大輪の花がいいわ」


「……月星花がいいな」


 何気なく言った。大輪ではないけれど花といえば月星花が思い浮かんだのだ。

 頭が重かった。きれいな石の連なる飾りをつけられたせいかもしれない。


「あれは夜に咲く花ですから」


 呆れたように暁を見て指示した女が言った。髪に飾るのには呆れてしまうような花らしい。

 女のひとりが派手な大輪の花を抱えてきた。月星花と同じく真白な花。香りがきつく、花びらがこれ以上ないほどの存在感を表すように大きい。


 むせるような甘い香りに暁は目を細める。

 危うく顔を背けかけたがどうにか耐えた。


「シュブ様、支度が整いました」


「ご苦労様でした。ああ、とても奇麗ですね思った通りですわ」


 シュブは褒めてくれるが、暁は鏡に映る自分の姿を見て困惑する。

 鏡の中の少女は、とても自分だとは思えなかった。


「ええ本当に」


 腕の振るいがいがあった、と侍女達は満足そうだ。

 困惑を露に、暁はシュブを見た。


 こんな格好をさせて、なにをするつもりなんだろう。


 シュブは侍女達に退室を促すと暁のかたわらに立った。


「これより王に謁見を願います。王の命令で貴女をナイアーラトテップから迎えたので、お引き合わせしないといけません。恐らく、議会の長官の方々もいらっしゃるでしょう」


「長官?」


 シュブは頷く。

 暁は危険な魔物などではないことをわからせなければならないのは、この長官達なのだ。

 長官は王城とナイアーラトテップ城群を除く城の城主達四人と、ザイウェトロストのいる神殿の神官一人、そして国の政治の中枢にいる者五人の計十人からなる。


 神官と城主以外はたいてい若い者だった。

 長官は、政治の最終採決を決定する権限を持つ。王がなにか提案しても議会で長官が反対の決定を下せば却下される。


「今回の王の命令は、議会に参加していた長官全員が賛成したので行なうことができました。この採決には神官とクトゥルー、ハスターは出席していなかったけれどそういう場合は、頭数に入れられません」


 とにかく長官というのは偉い人なんだろう。


 これだけ説明してもらったのに、暁はすべて聞き流してしまったようだ。眠らなかっただけましかもしれないが。


「ちょっと難しかったようですね」


 くすくすと軽やかに笑う。だが不意に顔をあげ背後のドアを見る。女性らしい柔らかな雰囲気が突如

凍りついた。

 ばん、と乱暴にドアが開かれ剣を抜いた背の高い男を筆頭に、数人の男が入ってきた。


「昨夜、ナイアーラトテップから連れてきた魔物を、部屋に野放しにしているとはなにごとかっ! 王の御身を警護なさる者がそのようなことで」


 乱入してきた男達はだらしなく口を開け、部屋の中央に佇む者を見つめる。


 先頭にいた切れ長の目をした背の高い男も同様だったが、いち早く剣を鞘に納めた。言葉を切ったまま近づいてくる。


「お怪我はありませんか」


 ぶ、と、かすかに吹き出しそれを堪えシュブは男を見やる。

 男の言葉は暁に放たれたもののようだったが、どう応えていいのかわからずシュブを見る。

 シュブは笑いを押し殺して小さく頷いた。


「ヨグ=ソトース長官殿、女性の部屋を訪れるにしては随分と物騒な訪問の仕方ですね」「申し訳ありません。魔物を地下に入れずに野放しにしているらしいので、かけつけたのだが」


 部屋を見回し魔物がいないことを確認する そして暁をじっと見つめた。


 なんなんだ、このマジな顔は……。


 暁は恐くなり退きかける。その腕をシュブがつかんだ。


「さ、参りましょう」


「待て、シュブ=二グラス団長。王がお待ちだ。早々に魔物を連れ参内せよとの命だ」


「承知」


 振り向かずにシュブは応え、ドアへ向かう。


「その方をどちらまでお送りするのだ?」


 部下を追い払いヨグ=ソトースは後をついてくる。彼は長官なので議会会堂に向かうシュブと行く方向が同じなのだ。


 シュブは応えず黙々と歩く。


「イリオン家のご息女か?」


 これにもまた応えない。

 ヨグ=ソトースは困ったようにため息をつき、切れ長の目を暁に向けた。


「お名前をお聞きしてよろしいか。私は治安省長官、ヨグ=ソトースと申します」


 応えてもいいものか、と思い悩んでいるとシュブがかすかに笑った。いい、と言っているらしい。


三輪暁みわあきら


 どこのご息女というわけでもないので、ただそれだけ言葉にする。それがよけいにヨグ=ソトースの興味をひいてしまったらしい。 会堂までの道筋を、随分と熱心な質問攻めにあってしまった。

 





「どういう事だ、シュブ殿」


 目の前の議会会堂の扉を見やり、ヨグ=ソトースは言った。


「失礼いたします」


 シュブは無視してドアに手をかける。

 中へと歩を進めるシュブの後についていくあきら


「なぜ、ミワーキラ殿が?」


 困惑しつつも一礼して入室する。

 ざわめきが会堂の中に起こった。


「ほう、それが噂の来訪者か」


 よく透る男の声を境に会堂内は静まる。

 ドアより正面の壁に薄い布が全面に垂れ、その向こうに椅子に座るひとの影があった。

 声はその中から放たれた。

 半透明な石造りのテーブルが中央に置かれ、それを囲むようにして九人の長官が座っていた。それらの椅子もまた、半透明の石でできている。よくみると、そのテーブルと椅子には細かい彫刻が施されていた。

 空いていたひとつの椅子にヨグ=ソトースが座る。驚いた顔で暁を見ていた。


「はい。異界より参られたミワァキラ様とおっしゃる女性です」


「異界だと!? なんだそれは。そんなものがあるのか」


 シュブの言葉にでっぷりと太った見苦しい中年の男が叫んだ。

 ハスター城主だ。


「創世の神話を御存じですの?」


 中年のおっとりとした女性が静かに言う。

 イリオン城主だ。

 ハスター城主は彼女を見やるが言葉を発しない。語れるほどは知らないのだろう。


「我らの祖先に快適な生活環境を与える為にザイウェトロストは何をしましたか?」


 質問を投げかける。まるで教師が生徒に尋ねるような口調だ。


「我らと同じ種族が住まう環境をこの地に復元たらしめたのでしょう」


 白地の布に青い糸で細やかな刺繍のほどこされた服を着た白髪の老人が、柔らかに応える。スーク神官だ。


「つまり彼女は、この世界の原形である土地に住まう我らと同じ種族の者であるということですね」


「その通りです」


 イリオン城主はヴーア城主の言葉に深く頷いた。

 シュブは内心ほっとした。イリオン城主はアズーアの伯母で、ヴーア城主はアズーアの父だった。アズーアから知らせが届いていたのだろう。


「なるほど、そうでしたか。魔物であるというのは早計な判断による噂にすぎなかったのですね」


 ほう、と安心したように息をつく司法省長官、リヴァイア=サン。


「では、異界の人間はザイウェトロストの結界を破り、また異界どうしを渡り歩く力を持つというのか」


 なごやかな雰囲気を切り裂くかのように、冷めた声が透る。


 民政省長官、シェアリング=リカードだ。

 ぎくりとしてシュブは身構えた。

 暁も蝦夷えぞのことを言わねばならない予感に不安を感じたが、同時に声のした方を見やり息を呑んだ。

 昨夜会い、部屋に泊めた男のひとりだ。堅苦しそうな方で、あいかわらず詰め襟の服を着ている。

 シェアリングが暁をいぶかしげに見た。


 視線が刺さった。


 汚らわしいものを見るような、冷たい目。


 他人を見る目。


 異界人であるということが、この時ようやくわかったような気がした。

 

 

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